Sapphire 〜ハリー・ポッターと宝石の少女〜   作:しらなぎ

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43 次のジニー

 シャルルはいつも通り図書室にいた。勉強のためもあるし、自分の考えや、知ったことを纏めるためにも、シャルルは図書室を利用している。寮にはプライバシーがない。図書室にあるわけではないが、少なくともほとんどの生徒は話しかけてこない。

 日記を書くのは辞めたけれど、思考整理のために色々と書き連ねることは日課になった。人に見られても問題がないように、消える羽根ペンを使っている。それに、本を読むだけでも逃避の役には立つ。

 リドルからこんなにも離れている時間は、頭ではつねに彼のことを考えていたとしても、しばらくぶりのことだ。休みが開けてからもうすぐ3ヶ月。その間ほとんど生活の中心にリドルがいた。

 自分が心細さに似た物足りなさがあることを認識していたが、同時に、解放感のようなものも感じていた。自分にあった何かが欠けているような寂しさがあるのに、息がしやすいことも事実だった。

 

 椅子の後ろを数人の生徒がひそやかに笑いながら駆け足で過ぎていって、緩やかな風が髪をふわりと浮かせる。

「ねえ、あの子のレポート見た?」

「見た見た、全く意味がわからなかったわ!『しわしわ角のナントカの危険性と、有効な対策呪文について』だって。笑っちゃう!」

「しわしわ角のスノーカックね。なにあれ?」

「さぁ?どうせいつものくだらない妄想生物でしょ。というかあなた、あんなヘンテコな生き物の名前なんか覚えてるの?」

「レポートにTをつけたのは私だもん。ホントあの子ってイカれてる」

「あんなのを提出するなんて信じられないわよね?ルーニーがいたら、レイブンクローの質が下がったと思われちゃう」

 囁き声でクスクスと残酷なおしゃべりをする声が遠ざかり、少しして、マダム・ピンスのヒステリックな声が遠くで聞こえた。

 ルーニー(気狂い)とはずいぶんな言われ様だ。シャルルは読み終えた本を片付けるため、立ち上がった。

 

 本棚の傍の席にレイブンクローの少女が座っていた。本を戻し、横を通る時にちらりと後ろから覗くと、テーブルに広げられた文字がびっしり書かれた羊皮紙が見えた。シャルルはピクリと眉を上げる。その羊皮紙には真っ赤な滲みが広がっていて、右上に大きく『T(トロール並)』と書かれていた。

 この少女がおそらく、さっきの『ルーニー』だろう。

 

 彼女のことを一方的に知っている。ラブグッド家は純血だった。だから親切にしてあげようという気になったのだが、ラブグッドは口をぱか〜んと開け、テーブルを見つめて固まる銀灰色の瞳は何を考えているか読めない。呆然としているようにも、ただボーッとしているようにも見えたが、どちらかと言えばショックを受けているような顔ではなかった。

 

「こんにちは、ルーナ・ラブグッド」

「こんにちは。わたしを知ってるんだ」

 

 振り向いた拍子に豊かなディッシュウォーターブロンドがふさふさと揺れた。あっちこっちに髪の毛が跳ねている。

「わたしもあなたを知ってるよ。シャルル・スチュアートだよね」

「ええ、話すのはこれが初めてね。わたしを知ったのがいい噂だといいんだけど」

「噂じゃないよ。同級生にダスティンがいるから、みんな話してる」

「光栄だわ」

 ふつうにしゃべっていても、まるで歌うような口振りだった。ラブグッドはリラックスしているように思える。羊皮紙を指さしてシャルルは「何かお困り事?」とたずねた。

 

「ああ、本を探してきたらダメになっちゃってたみたい。こういうこと、よくあるんだ。ナーグルの仕業かと思ったけど、文字が書いてあるからだれかがイタズラしたみたい。あんまり面白くないイタズラだね」

「ナ、ナーグル?」

「ウン。よく靴とか教科書とか、いろいろ隠されちゃうんだ」

「そうなの…ええと、それで、ナーグルって?お友達のだれか?」

「ううん。あのね、ナーグルは人をボーッとさせたり、ちょっと暗い気持ちにさせる魔法生物のことだよ。それにイタズラ好きで、人の物を盗ってちゃうんだよ」

「そんな生き物がいるの…ね?初めて聞いたわ」

「成績がいいって聞いたけど、スチュアートでも知らないことがあるんだね。でも大丈夫。無知の知とも知は空虚なりとも言うから」

「え、ええ…ありがとう」

「それで、何か用事だった?」

 あっけらかんとしたラブグッドが首を傾げる。彼女の独特なペースに飲み込まれていたシャルルは、変わった子ね…と心の中でつぶやいた。頭の良さそうな子ではあるが、たしかにルーニーと呼ばれるのも分からなくもない。

 夢見がちな口調に加え、奇抜なファッションをしていた。首元のコルクのネックレス(?)は絶大な存在感を放っているし、なにより、話していると本題が自分の意思と関係なく離れていってしまう。

 そしてそもそも、シャルルの知るかぎりでは、ナーグルという生き物は存在しない。すくなくとも日常的に知れる範囲や、書籍で得られる知識の中にナーグルはいない。名前だけ脳の片隅にインプットして、シャルルは話題を戻した。

 

「このレポート、書き直すの?」

「ウン。でも大した手間じゃないよ、内容は全部覚えてるから。またおんなじことを書くだけ」

 事もなげにラブグッドは言った。やっぱりやや浮世離れしたところはありそうだけれど、レイブンクロー生らしく彼女はかなり賢さを備えているようだ。シャルルは好感を持った。

「そんな面倒な手間をかける必要ないわ。便利な呪文があるのよ。使い途は限られているのだけど」

「何をするの?」

「呪文をかけても?」

「いいよ。どっちにしろダメになっちゃってるもん」

 

 彼女の透明感のある銀灰色の瞳には好奇心が浮かんでいるように見えた。シャルルはにっこりと笑みを象り、口の中で呪文を呟くと杖を振った。

 すると、みるみるうちに赤色のインクが消えていって、数秒後には元通りのレポートが現れていた。「すごい!なんて呪文?」前のめりになったラブグッドに、シャルルは呪文と交換を教えた。これは特定の材質だけを取り除く呪文で、今回は赤いインクに含まれる顔料を指定したのだ。

「へぇ、便利な呪文だね。でもたしかに使う場面は少なそう。錬金術とかかな?」

「そうね。魔法薬でも使われたりするけど、これは既に性質が変化した材質には効果を発揮しないの」

「そうなんだ。でもとにかく元に戻ってよかった。ありがとう、シャルル。あなたはいい人だね」

「どういたしまして」

 彼女からの好感を得て、シャルルは機嫌よく図書室を後にした。新しい純血の友人が増えて嬉しかったし、新しい友人を作ることも、他寮の友人と社交することもシャルルは最近ずっと怠っていた。同寮生すら蔑ろにしていた自覚はある。それよりもずっと重大な議題があったからだ。

 

 純血家系に上下はあっても、純血に上下はないというのが、元々自分の考えのはずだったのに。

 気付かないうちに、自分の世界が狭くなっている。

 それは去年の年度末パーティーをきっかけとして、ターニャのことやリドルのこと、色々なことが複雑に混じりあって、変化していることに自分で気付かないほど、少しずつ変わっていっていた。

 

 俯いて悶々としていたシャルルは廊下でトンと誰かとぶつかった。休みが開けてからはずっと、シャルルは前ではなく、リドルと文字で会話したり、色々と思い悩んで下ばかり見つめて歩いていた。

 

「あ、ごめんなさい」

「あっ…」

「まぁ、ジニー。こんにちは」

 

 久しぶりに見るジニー・ウィーズリーだった。彼女を最後に見かけたのはあのバレンタインのことだっただろうか。

 見るたびにジニーは青ざめているか、その逆に真っ赤に顔を染め上げているかのどちらかだったので、以前より随分と健康そうな顔色のジニーに親しみやすく唇を釣り上げて微笑みかけた。

 

「お元気?前よりずっと顔色が戻ったみたいね。もう体調はいいの?」

「え、ええ…。ありがとう」

 ほとんど話したことのないシャルルにどう対応したらいいか分からないようだ。ジニーはおずおずとして、シャルルを見つめた。まるで観察している視線だった。

「どうしたの?」

「スチュアートは大丈夫なの?」

「大丈夫って?」

「あなたこそ凄く顔色が悪いわ。今にも倒れてしまいそう。何か病気?」

「ああ、大したことないのよ。ここ最近寝不足で…」

 よく言われることを笑って誤魔化し、言い慣れた言い訳を言った。その言葉尻が薄く消える。

 

 鏡に映る蝋のような顔の自分と、憔悴していたジニーがふいに重なって思えたのだ。

 

 シャルルの体調不良が始まった頃はたしかに寝不足と食事不足と不摂生だったが、しばらくはそれも落ち着いている。血も近頃は日記に流し込んでいない。それなのに一向によくならないのはおかしいとわかっていたが、医務室に行ってもなにも問題がなかった。

 元気爆発薬を飲んでも良くならない体調不良。シャルルとジニーの共通点はリドルだ。

 シャルルはリドルに血を通じて魔力を渡した。彼女も何かを彼に捧げたのだろうか。

 

「あなたの体調不良は何だったの?風邪?それとも疲労?」

「さぁ、でも多分その…色々重なったの」

「そう…。なんにせよ、元気になってよかった」

「ええ。それじゃあ」

 ちょうどいい。

 周りに人はほとんどいない。

 去ろうとする背中にシャルルは声をかけた。

「そういえば、日記は見つかった?」

 ジニーはギクリと足を止めた。振り向いたジニーは素早くうなずいた。

「う、うん。見つかったわ。もう忘れてくれて大丈夫」

「あら、そうだったの?じゃああれは気のせいだったのかしら…」

 シャルルは顎に手を当て、ゆっくりと首を傾けた。ジニーが怯んだように食いついた。

「気のせいって?」

「この間、図書室に黒い手帳があったの。誰かの忘れ物かもしれないと思ったのを、ふとあなたを見て思い出したのよ」

「図書室…」今やジニーは、出逢った頃のように分かりやすく血の気を失っていた。ウィーズリーのそばかすの散った顔は、青ざめていてもどこか快活そうに見えるのが不思議だ。

「でも、あなたの日記は見つかったんだものね。気のせいだったみたい。どこにあったの?」

「あ…えっと…。そ、外にあったわ。落としていたみたい。ねえ、それよりその黒い手帳はどうなったの?」

「さぁ?次の日にはなくなっていたから、元の持ち主が持って返ったか、忘れ物として誰かに届けられていたらマダム・ピンスが管理しているんじゃない?」

 ジニーはもう一度繰り返した。「図書室…」

 

 上の空のジニーに、シャルルはなおもニコニコと話しかけた。

「外にあったのね。よかった。そういえば、もう一つ気になってることがあって。ぶつかった日、あったでしょう?」

 なんでもない声音で、顔を近づけて、囁き声で問いかけた。

「あなたの靴についていた雪が、赤かったわ。まるで血みたいに…」

「…っ!」

 ジニーが息を飲んだ。そして何か呻きながら震え出す。

「噂なんだけど、森番が飼っていた鶏がたくさん死んだって…」

「ちがう!!」

 とうとう彼女は突き飛ばすように叫んだ。「ちが…私じゃ……」

 

 ジニーは何度か青い顔で口をはくはくと動かした。みるみるうちに涙が浮かんだ。シャルルは一瞬冷徹な目でそれを見下ろし、すぐに驚いた顔を作った。

「まぁ、泣かないでジニー。雪に血がついていたから、もしかしてって思っただけなの。ほら、鶏が殺されたらしいって話が出たのが、そのすぐ後だったから…」

 シャルルはそう繰り返して、慰めるように小さな背中を優しく撫でた。彼女がビクッと震えた。ちらほらと生徒が好奇心の滲んだ視線を寄越しながら通りすぎていった。赤いローブがないことは幸いだったが、時間の問題だ。

 冷えた手でジニーの手を握ると、「ここじゃ人目があるから、静かな場所で話しましょう?泣きやむまで一緒にいるわ」と寄り添うように言った。

 

 埃っぽい空き教室に入り、グズグズと鼻を鳴らすジニーを座らせる。シャルルも隣に腰を下ろした。

「ジニー、あなたを傷つけてしまったかしら。疑ってしまって…。血は、きっとわたしが見間違えたんだわ。それか、鶏とは関係のないことだったのよね?」

 彼女はヒンヒンと嗚咽を洩らした。のろのろと首を振る。何を言いたいのか何となく察しつつも、シャルルは優しそうな声を出した。

「足元に赤い何かが着くってあんまりないことでしょう?その後すぐ、変な噂を聞いたものだからそんなふうに考えてしまったの。泣かせるつもりなんてなかったのよ。もし本当のことだったら、なにか事情があったのかしらって。きっと、知らないうちにわたしが気付いていたら、不安でしょう?でも、余計な事だったわ。ごめんね、許してくれる?」

 わざとらしいほど優しく、柔らかく言った。

 根気強く背中を撫で続けていると、やがて一際大きくしゃくり上げて、ジニーが喉の奥から引きつった声を絞り出した。

 

「お…覚えて、ないの…!」

「覚えてない…?」

「き、気付いたらハグリッドの小屋の前にい、いて、ローブが羽根だらけだったの!」

「…それって…」

「でも、でも、記憶がないの!私、やってないのに…でも、きっと、気付かない間にやってしまったんだわ!」

 

 そして、頭を抱えてワーッと火がついたように泣き出した。

 リドルと関わったおかげか、シャルルの柔らかな脅迫は十二分以上に効果を発揮した。けれど追い詰められたジニーが答えたのは、シャルルが想定していたものとは違っていた。

 何かリドルを示唆する手がかりが得られるかと思っていたのに、記憶がない?

 唇を舐めて、いくつかの考えが頭の中を巡る。

「忘却呪文という可能性もあるわ」

「ひっ、ヒクッ、忘却呪文?」

「言葉通り、記憶を忘れさせる呪文よ」

「…ヒクッ……」泣きながら少し考え込み、絶望したような顔でジニーは首を振った。「でも、現場に私がいたのに?」

「誰かがあなたに罪を擦り付けようとしているのかもしれない」

「……。…」

 彼女は一瞬僅かな希望を瞳に浮かべたが、すぐに暗くなった。口元をモゴモゴさせ、何かを言い淀んでいる。

 それを問うことはせずに、シャルルはジニーの手のひらに自分の手を重ねた。彼女は抵抗しなかった。さっき手を掴んだ時も思ったが、ジニーの手は発熱しているくらいに熱い。彼女の体温が高いのではなく、おそらくそれだけシャルルの手が冷え切っているのだろう。

 

「何か心当たりはない?たとえば、実態を持つゴーストだとか…自分にしか見えない何かだったりとか…不思議なものに血を分けたりだとか……」

「そ、そんな怖いことしないわ!わ、分からないから怖いの…!」

 ジニーは小さく叫び、勢いよく首を振った。

「そう……」

 あてが外れた。シャルルは白けた声で返事をし、泣いているジニーの手を惰性で優しく擦りながら考え込んでいた。

 

 ジニーはリドルのお眼鏡にはかなっていなかった。だから、シャルルのように何かを捧げさせる段階には進んでいなかったのかもしれない。そうなれば当然、実体化もしていないだろう。

 記憶を奪ったのはリドルかと思ったのに。

 たしかにリドルはジニーに鶏を殺させたと言っていた。仕事をさせたあと、ピーピー泣き喚くのを慰めることにウンザリすると。

 

「記憶がないのは、その時だけ?」

 ジニーは弱々しく首を振る。「その時はどんな状況だったの?」

 尋ねると、彼女の顔はますます泥のようになって、逃げ場を探すように周囲に視線を走らせた。シャルルは宥めすかした。

「もちろん言いたくないのなら言わなくていいのよ。ただ、共通点を探せば、なにか手がかりが分かるんじゃないかと思うの」

「で、でも…」

「そう、そうよね。大丈夫よ、ジニー。わたしはただ、あなたがまた知らないうちに生き物を殺すようなことが起こらないように手助けをしたかったの。でも、無理強いはしないわ」

「…っ!」

 残念そうに言うと、ジニーは声にならない悲鳴を上げた。内心でほくそ笑む。スリザリン生のシャルルからすると、グリフィンドールの1年生である彼女は、あまりにも単純だった。リドルはさぞ簡単にジニーに信用されたのだろう。

 か細く震え続けている彼女に、シャルルはさらに親切な追い討ちをかけた。

「わたしに打ち明けてくれてありがとう。スリザリン生に話すのは勇気がいったでしょう?それで充分よ。これ以上わたしに話すのが難しいなら、親しい人に相談してみるのはどうかしら。たとえば、そう、あなたのお兄さんのロンや、そのお友達のハリーなんかに。わたしから伝えてあげましょうか?」

「ハリーには言わないで!」

 ガっと強い力で手首を掴み、ジニーが必死の表情で顔を上げた。

 

「あら、いやなの?」

 シャルルは白々しくたずねた。好きな人に自分の罪を打ち明けたい女の子はいないだろう。

「…、…お願い、ロンにもハリーにも言えないわ、こんなこと」

「分かったわ、誰にも言わない。約束する」

「……本当?」

「本当よ。スチュアートの誇りにかけて誓うわ」

 元から彼らに言うつもりなどさらさらなかった。特にリドルがハリーになぜか並々ならぬ興味を示しているのだから、巻き込むことなどありえなかった。

 

「…どうしてあなたが私にここまでしてくれるの?」

 僅かな不信感を浮かべつつも、なにか期待するように、縋るようにジニーの瞳が揺れていた。シャルルは小さく笑った。目に見えるチャンスがおかしかった。

「どうしてって、友達を助けたいと思うのは当然でしょう?」

「と、友達…?」

「あら、わたしはとっくにジニーのことを友達だと思っていたのだけど…。嫌だった?」

「あ、いや、別に嫌とかじゃ……」

「よかったわ。あ、でもね、ジニーがわたしを友達だと思わなくてもいいのよ。わたしが勝手にあなたと親しくなりたいと思ってるだけなんだもの」

「……」

 彼女は少し困ったように視線を伏せた。シャルルはにこにこと親しげに彼女を見つめた。

 

「だから、よかったら教えて?もちろん何の助けにもなれないかもしれないけど…ひとりで不安を抱えているよりは、少し楽になるんじゃないかしら」

 

*

 

 シャルルはほとんど走るような早足で廊下を駆け抜けていた。よく分からない焦燥感のようなものがあった。

 ジニーが話してくれたのは、猫が襲われた日にペンキ塗れになっていたこと、息絶えた鶏の前に立っていたこと、襲われた人が出た日は自分がどこで何をしていたか覚えていないこと……。

 

 けれど、ジニーはゴーストのような青年のことも、声なき声を聞いたことも、見覚えのない人と話したこともなかった。ハンサムな青年について何も心当たりがなかった。

 

 おかしい!

 シャルルの背中は今や冷たい汗でびっしょりだった。

 だって、リドルが実体化していないなら忘却呪文をかけられていない。日記のことは彼女は言わなかったが、血を捧げたり、類似する何かを渡したこともなさそうだった。

 

 それに…それにそもそもリドルは実体化していなかったのに…どうやってバジリスクに命令を下していたの?

 

 記憶のないジニー。

 サラザールの血を引くリドル。

 石になった被害者たち。

 

 ──リドルはジニーに乗り移っていた?

 

 方法は分からない。実体のない記憶が乗り移ることが可能なのか?ジニーに見せなかっただけで既に実体化は成功していた?復活するとは、新しく肉体を得ることではなく、既にある肉体を奪うこと?それはサラザールの血の復活とは言えないのではないか?血を捧げることに何の意味があったのか?

 ぐるぐると答えの出ない仮説や疑問が嵐のように胸中を吹き荒れていたが、シャルルは、リドルがジニーに乗り移ったことを半ば確信していた。そうでなければバジリスクと意思疎通できるはずがない。

 ジニーを媒体としていたのだ。彼女が記憶が無いときの状況は、いつも継承者が動いているときだった。

 だが日記はジニーの手を離れた。

 リドルが言った通り、たしかに誰でもよかったのだろう。

 始めはジニー、そして次に自分を奪われるのはシャルルなのだ。

 

 唇を引き結んで、自分が辿り着いてしまった答えに唸った。シャルルの全身を支配するのは恐怖ではなく……燃え上がるような怒りだった。

 

 絶対許さない。絶対に許さないわ──リドル。

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