Sapphire 〜ハリー・ポッターと宝石の少女〜   作:しらなぎ

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5 純血を率いる者

 シャルルは朝が苦手だ。家にいた頃は母や、メロウや、ハウスエルフが彼女を揺り起こしたが、ホグワーツではそうもいかない。パンジーは、個人主義だし、シャルルの準備があまりに遅いと、マルフォイたちの元へさっさと行ってしまう。

 その距離感は心地よかったが、困ることもあった。そんな時、よく役に立つのが、ルームメイトだった。

 

 パンジーとイル・テローゼの衝突があってから、部屋は3対1に分かれていた。パンジーの子分のようになっていたターニャ・レイジーには、逆らうという選択肢などない。部屋の中で、イル・テローゼは透明人間だった。

 

「朝です、スチュアートさん」

「…わかってるわ…」

 寝ぼけて不機嫌な声でシャルルは言った。腕を引かれ、緩慢な動作で起き上がる。レイジーは、クローゼットからバスタオルと制服を取り出して、バスルームまで連れていく。

 シャワーを浴び、目を覚ましたシャルルが部屋に戻れば、ベッドメイクが済んでいる。

 レイジーは召使いではなくルームメイトのはずだったが、彼女はよく働いた。パンジーのワガママに嫌な顔せず付き合っているせいで、どんどんメイドとして腕を上げていく。シャルルは哀れに思いつつも、便利なレイジーに世話されることに慣れ始めていた。

 混血で、しかもマグル育ちの魔女なんてスリザリンではあまり歓迎されない。しかし、いるにはいる。そういった手合いで普通は隅に固まるものだが、レイジーはパンジーとシャルルの後ろを着いてくる以外、人と絡んでいるのを見たことがない。

 不器用で、あまり髪をまとめるのが得意でないシャルルの髪を、レイジーがていねいに編んでいく。自分の髪はボサボサのままのターニャだが、意外にも手先は器用だった。

 

 先に大広間で過ごしているパンジーの分と、シャルルの分、そして自分の分の妖精の呪文、薬草学の教科書をレイジーが持ち、ふたりは立ち上がる。

 背中に、鋭い声が降ってきた。

「恥ずかしくないの?ルームメイトをしもべのように扱って。お姫様にでもなったつもり?」

 レイジーがはっと肩を強ばらせてシャルルを盗み見た。しかしシャルルには透明人間の声は聞こえない。

 

「あなたもよ。人間としての尊厳や誇りを踏みにじられて、どうしてそう言うことを聞くの?」

「し、したくてしているの。口を挟まないで」

「なっ……」

 レイジーは震えた硬い声で、だがピシャリと言い放った。テローゼは絶句して、唇を戦慄かせている。

 

 ふうん、と内心シャルルは思う。彼女はおどおどしているが、狡猾だ。イル・テローゼは美人で、気も強く、実家も裕福だが、レイジーは華がなく、気弱で、みすぼらしい。普通なら決して逆らえないだろう。

 だがこうしてレイジーが堂々と逆らったのは、立場があるからだ。パンジーとシャルルがお気に入りの取り巻き。あるいは召使い。

 彼女が同じカーストの生徒とつるまないのは、これが所以だろう。気付いていないかもしれないが、レイジーの顔には、薄暗い優越感が滲んでいた。

 血は相応しくないが、彼女自身の性質はスリザリンにぴったりなのだ。シャルルは、レイジーのこの狡猾さは悪くないと思った。

 

 

 

 大広間ではパンジーたちがまだ食事を楽しんでいた。

 シャルルは彼女の元へ真っ直ぐに進んでいく。シャルルの目の前を塞いでいたハッフルパフの生徒を見つめるとさっと避けてくれたので、微笑みを投げかける。

「おはよう」

 シャルルがパンジーの隣へ行くと、スリザリンの生徒がそそくさと席を立った。そこへ腰掛けると、パンジーが「遅いわよ、もう食べ終えてしまうわ」と食事を取り分けてくれた。

「朝に弱いのか?」

「気持ちの良い眠りから目覚めることほど難しいことってないとおもうの」

「本当に彼女って気持ちよさそうに眠るのよ。無理やり起こすとすぐ不機嫌になるし」

「起きるタイミングがあるんだもの」

「まったくシャルルったら!」

 

 少女たちが楽しげに笑い合っていると、そういえば、とマルフォイが言った。

「君、怪我はもう大丈夫なのか?」

「マルフォイったら、何回目?もう元気よ、ありがとう」

 シャルルはくすぐったくてクスクスと笑った。あの日からもう何日も経っているのに、友人達はみな心配性だ。

 医務室から寮に戻るのは気が重いと思ったが、彼らはわざわざ次の日の朝迎えに来てくれた。そして真摯に心配して、甲斐甲斐しくお世話をしてくれたのだ。

 ダフネなんて、部屋が違うのにも関わらず、無理やり部屋に泊まっていったくらいだ。シャルルは恥ずかしかったが、嬉しかった。

 ノットですら、シャルルに話しかけたり、教科書を持とうとしたり、不器用ながらに気にかけてくれていた。人とつるまないノットがシャルルをこんなにも心配してくれていたのがひしひしと伝わり、シャルルは照れくさかった。

 パンジーなんて、一人っ子の上お嬢様だと言うのに、何かとシャルルの世話を焼きたがった。ダフネが現れて、少し寂しくなったせいもあるかもしれない。

 シャルルはパンジーがあの時泣きながら怒ってくれたのがとても嬉しかった。彼女は苛烈だが、友達を大切にするスリザリンの鑑だ。

 

 

 マルフォイは安心したのか、ならいいんだ、とオートミールを口にした。そして次の話題に移る。彼はぽんぽんと会話を提供するのが上手だ。

「スチュアート、君は談話室の予定表を見たか?」

「?いいえ」

 それを聞き、我が意を得たりとばかりにマルフォイは話し出す。

「午後の授業の飛行訓練がどこと合同だと思う?よりによってグリフィンドールだ!この学校の教授たちはよっぽど僕らと奴らが友好な関係に見えるらしいな」

「全くだわ!せっかくの飛行訓練が台無し!ねえ、ドラコ」

「ああ。だが、奴らに僕らの洗練された飛行術を披露する機会でもある。奴らが無様に地べたに立ちぼうけする様を、空中から悠々と観覧してやろうじゃないか?」

「素敵だわ…それにしても、やっぱりドラコは飛ぶのが得意なのね」

 うっとりとマルフォイを見つめるパンジーに満更でもない表情で、マルフォイは顎を上げた。唇を吊り上げていつもの言葉で締める。

「父上は来年僕がクィディッチの代表選手に選ばれなかったら、それこそ犯罪だと言うよ」

 

 小羊のステーキを切り分けながら、シャルルはこっそり溜息を零した。やはり、純血家系の子息子女なら空の旅を好くのが当然なのだ。

 シャルルの浮かない顔に気付き、ノットが「スチュアート?」と声をかけた。

「ああ、いえ、なんでもないの…」

 自然と眉が下がり、パンジーが「どうしたのよ」と顔を覗き込んだ。

「もしかして飛行訓練が不安なの?大丈夫よ、あいつらはマグル生まれが多いし」

「そうさ、僕らが萎縮することなんてない」

「…そうね」

 シャルルは曖昧に微笑んだ。瞳を伏せてステーキを口に運ぶシャルルに、ノットが小さく言った。

「僕も箒は苦手だ」

「えっ…」

 顔をはね上げたシャルルだったが、ノットと視線は合わなかった。

「別に純血だからって誰も彼もクィディッチが好きなわけじゃない」

 

 シャルルは俯いて、微笑んだ。じわ……と、胸の奥が暖かくなるのを感じた。

 彼は、家柄や理知的さを差し引いても、スマートな男の子だと思った。彼と仲良くなるべきだ。

 

 食事を終え、シャルルとパンジーが立ち上がると、どこからともなくターニャ・レイジーが現れた。ぷるぷると腕を震えさせながらたくさんの教科書を持ち、談笑する4人の後をそっと着いてきた。

 誰かがくすくすと笑った。「金魚の糞」吐き捨てられた言葉に笑い声が微かに大きくなる。

 

 シャルルは横目で彼女を振り向いた。レイジーの顔色は長い前髪で隠れていて分からない。彼女に言葉を投げたのはスリザリン生だったようだ。シャルルの知らない少女だった。

 それはつまり、スチュアート家に相応しくない生徒だ。シャルルは自分に釣り合わない人間を覚えない。

 ターニャ・レイジーはスチュアートには相応しくないが、シャルルが傍に侍ることを許している少女だ。対等ではなく、召使いとして、メイドとしてだが、シャルルは彼女を少しは気に入っていた。

 ターニャ・レイジーが侍ることを笑うのは、すなわち、彼女を傍に置くシャルルやパンジーの選択への嘲笑だ。

 

「彼女は後をついていってるんじゃないわ。わたし達が仕えることを許しているの」

 

 シャルルは素っ気なく言い、スリザリンの少女を静かに見つめた。パンジーは目を見開き、マルフォイは片眉を上げた。ノットは無表情だった。

 廊下がしん……と静まり返り、彼女を笑ったスリザリン生たちは、顔色を真っ青にして小刻みに震えた。

「す、すみませんでした……スチュアートさん」

「軽々しく話しかけないで」

「も、申し訳ございません!」

 少女たちが頭を下げた。シャルルはまったく苛立ちも感傷も無かったが、周りは何故かシャルルが気を害したと怯えているようだった。

「あなた達はわたしに触れることも親しくすることも許されないの。あなた達の言う金魚の糞…と違ってね」

 つまらなそうに、どうでも良さそうにシャルルは言った。嫉妬や自尊心ばかり高い生徒がスリザリンには多い。レイジーは俯き、頬を喜びに染めながらも、口端を歪めていた。

 スリザリンの歪みが、シャルルは好ましい。

 

 パンジーが「あなた、そんなに彼女が気に入ってたの?彼女はハーフマグルよ」と少し険の含んだ声でシャルルに話しかけた。

「ええ、もちろんよ?彼女は卑しい生まれだわ」

「それなら庇うなんて…」

「パンジー」シャルルはパンジーの声を遮った。

 

「彼女はわたし達に相応しくないわ。けれど侍らせている。あなたが選んだの」

 パンジーにはシャルルが何を言いたいのかわからなかったが、シャルルの光る瞳に何も言えなくなった。

「え、ええ、そう…わたしが選んだわよ……」

「そう。あなたが選んでわたしも許した。その選択を笑うことは許されないわ。わたし達は純血を率いる者で、その選択は何者にも尊重されるべきなのよ。逆に言えば尊重されるようにわたし達は選択していかなければならないの」

 パンジーにはやはり、シャルルのことばを真に理解するのは難しかった。だが、シャルルが恐ろしいほどぬらぬらと蒼い瞳を照らしていることと、恐ろしいほど純血としての誇りと矜恃が高いことはわかった。

 

「わたし達は純血よ。純血の中の純血よ。……そういうことよね」

「ええ。パンジー」

 

 シャルルは瞳をふと緩めて、とろけるような微笑みを浮かべた。女のパンジーですら頬があつくなるような、そんな笑みだった。

 プライドが山のように高い彼女ですらその笑みですべてをゆるして、すべて委ねたくなるようになるのだから、シャルル・スチュアートは、そういう才能があるのだった。本人もまだ気付いていない、ひとを惹き付け、魅了し、支配し、振り回し、洗脳し、同調させ、こころを溶かし、尽くさせたくなるような才能が。

 

 それは、もしかしたら、名前を呼んではいけないあの人と呼ばれる魔法使いのものと、似ているものかもしれなかった。

 

 ノットは考え込むように口をつぐみ、歩き出した3人の背中を見つめていた。いや、正確にはシャルルの背中をじっと強い瞳で射抜いていた。足取りがゆっくりと遅くなり、ついに彼は立ち止まった。

 もうすぐ授業だ。人がもうまばらだった。さきほどのシャルルの意図せぬパフォーマンスも終わり、野次も消えた。

 

「純血を率いる者、か……」

 

 たかだかスチュアートのくせに、と思わないでもなかった。

 彼女の血筋は聖28族に数えられない。純血だが、マグルの血がかつてわずかに混じったからだ。

 だが、彼女は、シャルルは、誰よりも純血らしい。自分の知るだれよりも。少ししか関わっていないのに、ノットには痛烈に理解出来た。

 

 シャルルはきっと偉大になる。恐ろしく、偉大なことを成すだろう。

 

 皮肉にも、それは帽子の出した結論と同じなのだった。

 

 

 

 

 

 気が重い時間がやってきた。飛行訓練の授業だ。隣のパンジーの顔色は明るかった。彼女もおもちゃの箒でよく遊んでいたし、マルフォイの活躍を見れるのが嬉しいらしかった。

 シャルルは微笑みを絶やさなかったが、返事をする声のトーンが少しばかり低くなるのは抑えられなかった。

 

 シャルルは、箒に乗れないのだ。

 

 乗れない、というと語弊がある。空が怖いのでも、高いのが怖いのでもないが、箒に自分で乗って早く飛ぶことが昔からシャルルには出来ないのだった。

 箒はゆったりと空の旅を楽しむツールだった。乗りこなすものではなく、優雅な移動手段なのだ。父親のヨシュアや弟のメロウはクィディッチが大好きで、よくスニッチを追いかけ回していたし、母のアナスタシアもシャルルもそれを見ること自体は好きなのだ。

 ただ、ひとりで早く飛べないだけで。

 いくら練習しても、シャルルは風のようには飛べなかった。認めたくはないが、恐れているのかもしれなかった。

 空や高さを恐れているんじゃない。

 何かに身を委ねるということを、多分、シャルルは恐れていた。

 

 グラウンドには、既に多くの生徒達が集まり、見事にスリザリンとグリフィンドールに別れていた。もう授業ギリギリだ。グリフィンドールの間をわざわざ縫い、「邪魔よ!どきなさい!」と怒鳴り散らしながら、パンジーはマルフォイの隣へするりと居座った。

 マルフォイはパンジーの登場がお気に召したらしく、せせら笑いを浮かべている。

 シャルルはパンジーやマルフォイ達のいる中心からそっと離れた。……そっと離れたかったが、シャルルが動く度モーセのように人の波が割れる。

 小さくため息をついて、シャルルはいちばん端に寄った。そこはカースト下位者の追いやられる場所だったらしく、目を剥いてちらちらと見られ、生徒達は体を強ばらせていた。

 マダム・フーチが怒鳴りながら表れ、マルフォイに恥をかかせたのち、授業はつつがなく始まった。スリザリンの生徒は、既にフーチに対して良い感情はなく、刺々しい空気が流れた。

 

 カースト下位の少女が、怯えながらシャルルに箒を回し、シャルルは薄く微笑んで受け取った。シャルルは常に微笑みを絶やさない。どんな相手にも、基本的には。

 ノブレス・オブリージュや気品ある態度は貴族の基本だ。

 少女は微かに肩のこわばりを解いて、そっと下がった。それは、なんだか、上位者への対応が妙に慣れているように感じた。

 

 シャルルはふと、扱いあぐねて遠巻きにされる自分のように、周囲から妙に浮いている少女がいるのに気づいた。

 薄褐色の肌に、腰下まで伸びる暗い茶色のたっぷりとした髪が波打つ少女だった。彼女は、居心地の悪い彼女の場所をまったく気にしていないように堂々としていた。

「なに、この箒…古すぎて使えたものじゃないわ。枝がこんなにあちこちに飛び出しているし」

 ハーフマグルの生徒達が、彼女の苛立ちを含んだ独り言にびくりと肩を揺らした。たしかに、少女の持つ箒はみすぼらしかった。

 手元の箒を見ると、毛羽立ちが少なく枝のまとまりも解けていない、比較的綺麗なものだった。パンジーのほうへ乗り出すと、パンジーがこちらに気付きウインクをするのが見えた。

 

 ひとりの少女がおずおずと薄褐色の少女に「わたしの箒をお使いください」と申し出た。柄はボロボロだったが、枝はまだまとまりがあった。

 薄褐色の少女はきょとん、として、じっと手元の箒を見つめ、差し出した。

「感謝するわ。名前はなに?」

「が、ガネット……」

「そう。それじゃあガネット、わたしと授業を受けましょう」

「!…いいんですか?」

「いいわよ」

「ありがとうございます!ブルストロードさん!」

 嬉しそうに笑った少女が口にした言葉に、シャルルは驚いた。

 

 ブルストロードは聖28族に数えられる貴重で高貴な純血家系だ。それなのに何故……。

 

 シャルルは少女たちにそっと近付いた。視界の端で常にシャルルを気にしていた生徒達は、すぐにぎくりとした。

「あなたの名前は何?」

 シャルルのサファイアのような美しい蒼の瞳で真っ直ぐ見つめられると、大抵の人間は言葉をつかえさせてしまう。

「ミ、ミリセント・ブルストロードよ」

 ブルストロードは高貴さを失わずに言った。しかし、強気で大人びた顔立ちのブルストロードだったが、シャルルを前にして眉をさげずにはいられなかった。下位カーストで強く振る舞えても、マルフォイやノットやパーキンソンやスチュアートの前では形無しになってしまう。

 

「ブルストロードがなぜ…」シャルルが、自分たちを暗い目で見つめてくる生徒達を見回した。

「こんな場所に?」

 彼女の声音は至って普通だったが、彼女の口元に浮かぶ余裕の微笑みや、漂う気品や、堂々とした態度に、まるで見下されているような感情を覚えて、小さく唇をかんだ。笑われている気がした。

 

 

 ブルストロードの名と血筋は、ミリセントにとって、最も誇りであり、最も恥だった。

 

 

 ブルストロードは、純粋にきょとんとするシャルルに敗北感と羞恥心を耐えながら、やっとの思いで口を開いた。

「……わたしが…わたしが分家で、クォーターマグルだからよ……」

 瞳に涙さえ浮かべて言った。純血では有名な話だった。祖母がブルストロードの家系から抹消されたことは。それをわざわざ自分の口から言わせようとするシャルルに、強い怒りと屈辱を感じたが、ブルストロードに逆らうという選択肢はない。ここはスリザリンで、ミリセントは純血ではないから。

「ああ、聞いたことがあるわ。あなたがあの……」

 シャルルは純血以外にはとんと興味を示さない娘だった。

 だから、家系図から抹消された女の娘が、分家として家系図に新たに載ることを許された話を聞いてはいたが、覚えてはいなかった。所詮純血ではない人間の話だったので。

 

 シャルルの自分を見る瞳が、哀れみや同情に染まるのを耐え難く思いながら、ブルストロードは、彼女が純血でない自分を無感情や蔑視の目で見ないことに安堵してもいた。

 屈辱で、怒りで、恥で、情けなさで震えつつも、ブルストロードは内心は輝くスリザリンのリーダー達への憧れを、誰よりも捨てることが出来ないのだった。

 

 自分がマグルの血の混じる生徒達の中で強気に振る舞っても、彼らは、談話室のソファにも座れないような身分の自分達に目もくれない。

 シャルルはブルストロードを無言でじろじろと眺めて前を向いた。何故か隣に居座り、だが、話しかけるのは躊躇われた。

 生徒達もブルストロードも肩を強ばらせながら、マダム・フーチの号令を聞いていた。

 

「上がれ」

 ブルストロードの掛け声に合わせて箒が掌に吸い込まれた。シャルルはそれを横目で見つつ、眉を寄せた。

「上がれ」

 小さく呟くが、箒は微かに揺れ動くだけだった。やっぱりね。シャルルは苛立ちと諦めから溜息を零した。家の箒すら、シャルルの言うことを聞くようになるまでに数年かかったし、調教したのはヨシュアだった。

「上がれ…上がれ……上がれ!」

 語気が荒くなるシャルルを嘲笑うように箒は浮かんだり、左右に揺れたり、シャルルをおちょくった。ブルストロードが目をクリっとさせてシャルルを見つめているのに気付き、シャルルは頬が熱くなるのを感じた。

 

 わたしにだって、苦手なことくらいあるわ。向いていないだけよ。

 

 内心誰に言うわけでもなく言い訳を零して、とうとう箒に怒鳴る。

「いい加減にして!上がりなさい!あなたを薪にして火にくべてやってもいいのよ!」

 箒が声を荒らげるシャルルを笑うように細かく震えて、ようやくシャルルの掌に収まった。シャルルは柄をギリギリと強く握り締めながら、フーっと息を吐いた。

 久しぶりに怒りの感情が湧いたせいで、酷く疲れた。最初から言うことを聞けば良いものを。苛立ちはまだあったが、深呼吸をすれば、少し落ち着きを取り戻せた。

 

 周りを見回せばちらちらと視線が向けられたが、いつもの事だ。ヒソヒソとなにか話されている気がしたが、箒に乗れないくらいで品位の落ちるシャルルではない。そう思えばもう気にならなかった。

 シャルルは家と同じように箒に横向きに跨った。いや、跨るというよりは、腰をかけた。マダム・フーチはそれを目敏く見つけて、ツカツカと怖い顔で寄ってきた。

「スチュアート!」

 怒鳴り声が響く。教師に怒鳴られるのは初めての経験だ。開き直った図太いシャルルは面白くさえ感じながら、顎をつんと突き出し、マダム・フーチを挑発的に見上げた。

 

「その座り方は何ですか!正しい乗り方はこうです!柄を足でしっかりと挟むように跨り、手できちんと掴みなさい」

「いいえ、教授?わたしの正しい乗り方はこれなの。わたしは、わたしの好きなように乗ります」

 

 マダム・フーチはぽかん、と一瞬呆け、すぐに髪を逆立てて怒鳴った。

「スチュアート、箒は正しく乗りこなさなければ非常に危険を伴う道具なんですよ!」

「ええ、教授。よく知っていますわ。だからわたしはわたしの正しい乗り方をしています。ほら、わたしへの指導は意味の無いことなので、ほかの所へ行った方が良いのでは?」

 シャルルは教師に対して非常に反抗的な態度を取る自分に驚いた。自分でもかなり自覚的に嫌な顔と口調をしていた。

 

 恐らく、最初のマルフォイへの態度への小さな不満、先程の屈辱と箒への苛立ち、よい成績を取ることの諦めから来る態度だろう、とどこか冷静に考えていた。

 マダム・フーチは、唇を戦慄かせて「スリザリン10点、減点!こんな生徒は初めてです!」と赤ら顔で叫んだ。

 野次と嘲笑がグリフィンドールから飛び交い、スリザリン生が気色ばんで臨戦態勢に入る。

 

「減点されたのって、わたし初めて」

 背景の喧騒をものともせず、シャルルは面白がるように呟いた。「みんな、この分は明日取り戻すからゆるしてほしいの」

「もちろんさ」

 マルフォイが言った。「あのナンセンスな教師を翻弄するなんて、なかなか出来ることじゃないな」

「もちろん褒められたことじゃないけどね」

 ノットが間髪入れずに釘を刺したが、声音はわらっていた。

 

 フーチは「ミス・スチュアート!その乗り方で飛ぶことは決して許しませんからね!」と言い捨てて、授業を進行させることを優先させたようだった。いつまでもスリザリンの問題児たちにかまっているのは授業の進行の上で、建設的ではない。

「さあ、私が笛を吹いたら、地面を強く蹴ってください 。箒はぐらつかないように押さえ、二メートルぐらい浮上して、それから少し前屈みになってすぐに降りてきてください。笛を吹いたらですよ ──1、2の── 」

 

 臆病なネビルが、言い終わるうちにさっと飛び立ってしまったので生徒たちは途端にざわつき始めた。

「降りてきなさい!ミスター・ロングボトム!」

 ガミガミとフーチは怒鳴ったが、自分で戻って来れるならはじめからネビルは飛んでいなかっただろう。ネビルは真っ青な顔で必死に箒にしがみついていたが、コントロールを失った箒は次第に地面へと急降下した。

 

 シャルルは息を飲んでそれを見守っていて、何か出来ることはないかと杖を握って視線を右往左往したが、箒にもうまく乗れないシャルルに出来ることはなかったので、結局凍りついてネビルが地面に真っ逆さまに落ちるのを呆然と眺めていた。

 

 ぼきり、嫌な音が生徒たち全員の耳に反響して、その場がシーンと静まり返った。

 

 マダム・フーチが真っ青な顔でネビルに駆け寄って「折れてるわ」と呟いた。突っ伏して動かないネビルを立たせ、

「私がこの子を医務室に連れていきますから、その間誰も動いてはいけません 。箒もそのままにして置いておくように 。さもないと、クィディッチの『ク 』を言う前にホグワーツから出ていってもらいますよ」

 と言い放つと、よたよたとその場を去っていった。

 

 

 ふたりの背中が見えなくなると生徒たちが騒然とし始める。マルフォイが大声で嘲笑を上げた。

「あの大間抜けの顔を見たか?」

 他のスリザリン生もはやし立てた。パンジーも追従して大声で笑っている。ダフネがくすくす笑っているのが見えた。

 シャルルはネビルの涙に濡れたぐちゃぐちゃの顔と、耳元で聞こえた嫌な音を思い返した。

「やめてよ、マルフォイ」シャルルが声を上げる前にグリフィンドールの女の子がマルフォイを睨みつけた。パーバティ・パチルだ。

 

「へー、ロングボトムの肩を持つの? 」

「パーバティったら、まさかあなたが、チビデブの泣き虫小僧に気があるなんて知らなかったわ」

 シャルルは初めてパンジーに対して嫌な感情が浮かぶのを自覚した。ロングボトムもパチルもれっきとした純血だ。

 シャルルは僅かに眉を顰めて会話を見守った。

 

 マルフォイとハリー・ポッターは箒の勝負を始め、シャルルは呆れつつも、ふたりの飛行技術に目を瞠って見つめる。

 マルフォイは余裕を持ってひらりひらりを宙を舞い、ポッターは拙いながらも、鋭く切るように箒を操った。正直、1年生レベルの実力ではないだろう。

 歓声や悲鳴、怒声、笑い声、叫び声が上がり、雑然とした雰囲気の中、ポッターが壁の手前で見事に回転し、ふたりの対決は終わった。その手際の鮮やかさにスリザリン生は言葉をなくし、マルフォイも顔を強ばらせながら何とか強がった。

 

「ハリー・ポッター……!」

 熱狂する空気に冷水を浴びせるように、声を震わせたマクゴナガルが駆けてきて、ポッターの腕を掴む。

「なんてことですか…こんなことはホグワーツで1度も……」

 彼を擁護するグリフィンドールの言葉を全部振り払ってマクゴナガルはポッターの腕を引いて行く。意気揚々としていた背中がしょんもりと小さくなっていくのを後目に、今度はスリザリンが湧き上がった。

 

 勝ち誇るマルフォイやパンジーたちを置いて、シャルルはその場をあとにした。どういう結末になるかは分からないが、そう良いものでは無いはずだ。まさか退学にはならないだろうが、こんなくだらないことで処罰を受けるなんて、少し哀れだとシャルルには思えた。

 

 

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