Sapphire 〜ハリー・ポッターと宝石の少女〜   作:しらなぎ

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6 残響音

 

 部屋に戻ってもきっと話題の中心になるのは、マルフォイとポッターの箒勝負と、ポッターの処遇についてだろうとわかり切っていた。英雄の悪口で盛り上がるのはシャルルにとって全く魅力のないことだった。

 

 寮に向かうのは止め、シャルルは医務室へ向かうことにした。ぼきり。あの音が残響する。

 

「あ、ありがとう、シャルル。お見舞いに来てくれたのは君が初めてだよ」

 ネビルは眉を下げて嬉しそうにシャルルを歓迎してくれた。腕には白の包帯が巻かれ、首から吊り下げられている。

「怪我の具合はどうなの?」

 眉をきゅっとして、心配そうに囁くシャルルにネビルはおどおどして言う。

「ぜ、全然痛くないよ。夜には腕はくっつくって先生が」

「そう…マダム・ポンフリーは本当に優秀な癒者でいらっしゃるのね」

 ほっと胸をなでおろし、感心の声を漏らす。

 

「でもネビル、気を付けないと。あなたは怪我が多すぎるとおもうわ」

「う、うん、そうなんだ。僕ってドジだから……でももう慣れっこだよ」

「痛みには慣れないでしょう。それに、痛い思いはなるたけしないほうが良いはずだもの」

 咎めるような口調だったが、彼女の声はとても優しかったのでネビルはどぎまぎしながら俯いた。

「もうすぐディナーだけど、あなたはどうするの?」

「ここに運んでもらう予定なんだ」

「まあ、先生が?」

「ううん、ハウスエルフだよ」

「ハウスエルフがいるの?」

「うん、ホグワーツに就いてるみたいなんだ。地下にたくさんいるって…」

「そうなの…」

 

 確かにこんな立派な城にはいない方がおかしい。シャルルは良いことを聞いたと嬉しくなった。彼らはとても優秀で忠実なしもべだ。シャルルは彼らが好きだった。

 

「もう行くわ。お大事にね、ネビル」

「来てくれてありがとう。僕、僕、とっても嬉しかった」

 微笑みを交わしてシャルルは去った。ネビルは鈍臭くて、ドジで、いろんなことが苦手だけれど、とても話しやすい雰囲気を持っているし、高慢でない。彼の良いところはいくつもあると思う。

 

 

 

 大広間に入ると、ちょうどマルフォイがクラッブとゴイルを引き連れて、ポッターに何事かを楽しそうに囁いている最中だった。

 シャルルは肩を竦めてダフネの元に向かった。彼女はパンジーと違って、マルフォイたちのパフォーマンスに興味はないようで、黙々と食事を口に運んでいた。

 

「彼って本当につまらないわ」

 ダフネはなぜか憤慨して言った。

「ポッターが連れて行かれたのは本当にいい気味よ。それはわたしもそう思うわ。けど…」

 マルフォイをちらりと見る。

「彼が何をしたの?ポッターと同じことをしていただけよ。そして、運良く見つからなかっただけ。それなのに、さも自分の手柄のように誇るのってどうかと思うわ」

「本当にそうね」

 こんなことはパンジーの前では言えない、と思いつつシャルルは心の底から頷いた。少なくともあのパフォーマンスはマルフォイの成果ではないように思われた。

 

 マルフォイはネビル・ロングボトムという新しい玩具を見つけたようで、最近は特に生き生きとしていた。彼は意地悪で独善的だが、優秀で誇り高かった。恐らく、純血でありながらグリフィンドールに入り、何をするのも上手くいかない不器用なネビルが気に食わないのだろう。

 しかもネビルは皮肉なことに、マルフォイの嗜虐心や劣等感を満たす、たいへん良い反応をするのでしばらく遊ばれるのは確定だった。

 ネビルは友人なので、あまりひどいことをして欲しくない。シャルルはちいさくため息をついた。

 

 

 談話室に戻ると、中央の彫刻が掘られた大きなソファーで件のマルフォイが王のようにふんぞり返っていた。隣ではパンジーがしなだれかかって、シャルルを見つけると「こっちに来て!」と手を上げた。

 シャルルは曖昧な微笑みを口元に浮かべて、少し間隔をあけてマルフォイの隣に座った。肩を竦めてダフネが寝室へと消えていく。

「随分ご機嫌ね、パンジー」

「当然よ!ドラコったらとっても最高なの」

 ねえ?と見上げるパンジーをシャルルが頷いて見つめる。マルフォイが気取って言った。

「今夜、何があると思う?これで奴らは退学決定だよ」

「今夜?」

「ああ──決闘さ!」

 もったいぶるようにマルフォイは笑った。決闘?マルフォイ──というより、スリザリンには些か不似合いな単語にシャルルは半笑いで首を傾げる。

「と言っても、僕が本当にするわけじゃない。決闘の約束だけして奴らをおびき出し、それにまんまと引っかかった彼らはフィルチにとっ捕まるって作戦だよ」

 なんて幼稚な……。シャルルは思ったが、口に出すことはしなかった。それに、自分で考えてスリザリンらしく策を練っているところには好感が持てた。

 

「上手くいったら素敵ね。でも、そう簡単に彼らが引っかかるかしら?だって、深夜徘徊なんてすぐ見つかってしまうし、罠だと見抜かれてしまう可能性もあるでしょ?彼らもそこまで…愚直ではないと思うの」

 シャルルはつとめてオブラートに包んだ。マルフォイはそんな気遣いをよそに「はは」と吹き出す。

「知らないのか?スチュアート。奴らは愚かなんだ。疑いもせずに即答したよ」

「ああ、そう…」

 脱力してシャルルは眉を下げた。男の子は決闘や男の戦いを異常に神聖視しているところがある。それにポッターは英雄だ。謙虚に思えた彼だけれど、やはり英雄は英雄たることを望むのだろうかと、ぼんやりと考えた。

「明日の朝が楽しみね」

「まったくだね。明日の朝食が奴らの顔を見る最後になるだろうさ」

 

 

 

 

 

 朝からマルフォイは一日中怒り狂っていた。いや、マルフォイだけでなく、誰も彼も、スリザリン全てが怒気を顕にしていたと言っていい。

 

 ポッターは退学どころか、1年生ながらにクィディッチの選手に選ばれたとまことしやかに噂が流れ、彼に送られてきた箒を見るにその噂は多分正しかった。

 ダフネですら慣習を破る特例措置に苦々しい顔を隠さず、スリザリンのクィディッチチームの先輩たちは唸るようにポッターを睨みつけている。パンジーの怒りは一際強く、グリフィンドールを見かける度にけたたましく罵倒を浴びせかけていた。ポッターへの措置はスリザリンだけでなく、ほかの寮の生徒も湧き上がるか、何となく面白くない気持ちで眺めるかに分かれていた。

 

 シャルルはと言えばあまりクィディッチに意味を見出していないこともあり、そこまで熱狂的に議論する気にはなれなかった。ポッターのことは伝説という意味では好ましかったし、ホグワーツの教員が自分の感情で大きく成績や得点を変化させたり、贔屓することには慣れ始めていた。

 シャルルにとって問題だったのはスリザリン全体が薄暗い怒りに支配され、とても楽しんだりリラックス出来るような環境ではなくなってしまったことだった。

 仕方なく数日間、シャルルはひとりきりで図書室に篭もり、10冊の本を読み終え、マダム・ピンスと僅かに話すくらいの本の虫になっていた。

 

 シャルルにとってうんざりしたのは、グリフィンドール生がシャルルとすれ違うたびに得意げな顔を向けてきたり、勝気な嫌味を投げてくることだった。

 寮の敵対心はくだらない…とまでは言わないが、血の前には些細なことだとシャルルは考えていた。

 

 偉大なる4人の創設者たち…。道が分かたれようと彼らが偉大なことを成したのには変わりがない。各々に信念があり、思想があり、創設者たちの求める人材として選ばれたそれぞれの寮の生徒は、それぞれ誇り高いと思う。だからスリザリンだからと見下されたり、敵愾心を向けられるのは、気にしないようにしていても徐々に心を疲弊させていた。

 

 シャルルはホグワーツに来てから、自分に向けられる悪意というものを知った。

 

 滅多に感じることの無い苛立ちをどう解消すれば良いのか、まだ情緒の未熟なシャルルは悩んだ。本を読んで知識を積み重ねるのは、疲れた心を癒すのに実に最適だった。

 

 3年生の実践的な妖精学の本を返しに図書室へ向かうと、グリフィンドールの女の子が隅の方で本を捲っていた。豊かな栗毛の彼女は、いつもあの席で必死にペンを動かしている。

 彼女の名前をシャルルは覚えていなかったが、図書室に通う中で顔は覚えていた。それに彼女はいつも魔法薬学で、あのスネイプ相手に質問や意見を真っ直ぐぶつけて減点されているので、シャルルの印象に残っていた。

 

 彼女の脇を通り過ぎると肩が微かに揺れ、背中をおずおずと視線が見上げてくるのを感じ取った。栗毛の彼女は毎回シャルルのことを気にしている。分かっていたがそれを無視して、シャルルは離れた奥のテーブルに腰を下ろした。

 新たに借りたのは妖精学の応用呪文が載った本と、魔法界の英雄伝の物語だ。3年生の魔法はまだあまり完璧には使えないが、いくつか良さそうなものを抜粋してノートに纏めていく。

 例えばフィニート・インカンターテムや、金縛り呪文──これなら未完成だが少しだけ使える──や、イモビラスなどはとても魅力的な呪文に思えた。呪文や効果を覚えたら、実際に使って練習したい……シャルルは実践的な魔女だった。

 

 学校では対象に出来る生き物はいないが、家に帰ればハウスエルフがいる。わくわくと胸を弾ませながらペンを動かしていると、栗毛の少女が動き出したのが目の端に映った。

 

 普段ならそのままマダム・ピンスのところへ向かう彼女が、ゆっくりとシャルルのいる方へ向かってきたような気がして、自分の視界を遮るようにシャルルは本を立てて読み始めた。

 彼女が近くまで来るのは初めてじゃない。

 視界に映らないよう意識してページの文字を追うも、栗毛の少女が目の前に立ったのを見て、シャルルは観念した。

 

「何か?」

 

 視線を僅かに上げ、すぐに本に視線を落とし、長い黒髪を白い手で耳にかけたシャルルを見て、ハーマイオニーは言葉を躊躇った。もごもごと口の中で呟くようにして、シャルルの前の席に座る。

「あなたのこと最近よく見かけるわ」

「そう」

 返事はつれないものだったが、近くに座るのを拒絶されなかったことや、無視されなかったことに安心してハーマイオニーは続けた。

「いつも高度な本を読んでる。今も」

 何が言いたいのか分からず、シャルルは少し間を置いて、「そうね」とだけ口にした。

 

 

「あなたは他のスリザリンとは違うような気がするわ」

「たとえば?」

 

 シャルルは誰よりも自分がスリザリンらしく誇り高いという自負があったので、的はずれな彼女の言葉に怒るというよりも面白いような気持ちで、口の端を釣り上げた。その顔はハーマイオニーにとっては嘲笑されているように感じて、少しだけ鼻にシワを寄せる。

「例えば…生産性のないことに意味を見出さないところとか…、大切なことを分かっているところとかよ」

「大切なこと?」

「勉学よ。それが学生の本分で、あなたはそれを満たしていると思うわ」

 

 ハーマイオニーは何かを期待した瞳でシャルルを見つめて、シャルルはつまらなそうに指で髪の毛をくるくると弄んだ。

「たしかに知識を得ることはわたしにとって価値のあることよ…」

 呟くような言葉にハーマイオニーは顔をぱっと明るくしたが、

「でも、あなたと会話をすることに生産性があるとは思わない…かな」

 嘲るような響きを込めて言葉を転がすシャルルに彼女は顔を赤らめて眉を釣り上げた。

「少なくともあなたの周りにいる無能でナルシストな彼らとよりは、有意義な語らいが出来るはずよ」

「あなたは彼らを侮辱する立場にないわ」

 ピシャリと言葉を叩きつける。「話は終わりね」

 

「待って──彼らを悪く言うつもりは無かったの。それは悪かったわ」

「わたしはスチュアートよ、そしてあなたはマグル生まれ。そしてわたしはスリザリンであなたはグリフィンドール。今の寮内の雰囲気がわからないの?」

 他人に合わせるのが苦手なシャルルでさえまざまざと分かる刺々しい互いの雰囲気が、彼女に分からないとは思えない。

 シャルルにとって重要でない寮の違いを自分で上げたことにシャルルは唇を皮肉げに歪めた。

 

 栗毛の彼女の頭の良さはシャルルはそんなに嫌いではなかったが、実際に話してみると、彼女からは尊大さや神経質さがありありと伝わってきて、楽しくおしゃべりを楽しもうという気にはならなかった。こちらの機嫌を伺おうとしていたところは可愛いのに、多分向いていないんだろう。

 

 自分の意見を言いたがる気質なのだろうと思った。

 よく彼女がマルフォイの話題に上がるのは、マグル生まれや、生まれが劣るのに成績がいい事へのやっかみ以上に、何となく他人の癇に障る言動にも理由があるのだろう。

 

 グリフィンドールが聞いたら何様だと憤慨しそうな感想をシャルルは抱いたが、それも当然だった。純血であることを誇る自分たちにとって、マグル生まれはそれだけで劣っていて、対等ではない。

 

「クィディッチで一喜一憂するなんて馬鹿らしいことよ」

「それは…」まったくその通りだけど。

 箒も苦手で、クィディッチの試合を生で見たことの無いシャルルには、学校を巻き込む熱がわからなかったが、彼女と同じ意見だとは言えずに口を噤んだ。

 

「あなたは他のひととは違うと思っていたけど、間違っていたみたいね」

 硬い声で栗毛の少女は吐き捨て、そのままツンと去って行った。

 

 

 

 

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