Sapphire 〜ハリー・ポッターと宝石の少女〜 作:しらなぎ
ハロウィーンの朝は城全体に漂う甘い匂いから始まった。朝食のパンプキンに舌鼓を打ち、ふくろう通販でこっそりと買ったお菓子をローブに大量に隠す。
屋敷ではハロウィーンの日には仮装をして両親に悪戯を仕掛けに行くのだが、ホグワーツ城では残念ながらそういうことをする人はいないみたいだった。
地下から魔法史の授業に向かう途中、顔を覆って走る女の子がシャルルの肩にぶつかった。赤のローブ。グリフィンドール生の無礼にパンジーがいきり立つ。
「どこ見て歩いてるのよ!」
「ご、ごめんなさい…」
聞き覚えのある声で少女を見つめると、すれ違い様に涙を零れそうなほど浮かべた瞳と目が合った。
彼女だ……。
目を丸くするシャルルからふいと顔をそむけて、栗毛の少女は走り去って行った。パンジーが横で意地悪く笑っていた。
「今のグレンジャーじゃない?」
「あの子も泣くのね」
感慨深く呟いたシャルルに少女たちがクスクス笑った。
「ヒステリーでバッグなあの女にもマトモなところがあったのね。てっきりゴブリンなのかと思ってた」
パンジーが悪意を持って口を大きく歪めた。脳裏に図書室での縋るような目線や、さっきの潤んだ瞳がよぎった。
だが、結局シャルルはパンジーたちとともにクスクスと笑うことを選んだ。シャルルは残酷ではないが、他人にひどく無関心だった。
ハロウィーンのDADAの授業は最低だった。死者の日だからかクィレルは常以上に怯え、にんにくの匂いが噎せ返るようだった。吸血鬼が今にも襲いかかって来るとでも言いたげに、扉のそばには乾いたにんにくと粗末な十字架がこれみよがしに垂れ下がっている。
教室の窓側のいちばん奥の席が、DADAの授業でのシャルルの特等席だ。クラッブとゴイルをお菓子で懐柔し前に座らせ、大きなふたりに隠れるようにしてシャルルはパンジーやダフネとひっそりとおしゃべりに花を咲かせる。
窓際なのできつい匂いも幾分かは和らいだ。シャルルはローブの内ポケットからヌガーとキャンディを両手のひらいっぱい握り、クラッブとゴイルに正当な報酬を支払った。
「あなた達はあとで食べるのよ…我慢出来たらハロウィーン用の特別なお菓子をあげる」
しっかりと釘を刺すのを忘れない。ふたりは本当にお菓子を横目でチラチラみたがらも、うんうんとおおきく首を縦に振ったので、シャルルも満足げにちいさく頷いた。これで自由は手に入れられただろう。
今日のDADAで隣に座ったのはパンジーだった。斜め前にはパンジーのメイドのターニャ・レイジーもいる。シャルルはパンジーと目配せして、防衛術の教科書を机の上に立てると頭を寄せあった。
「特別なお菓子ってなんなの?」
パンジーが期待を込めた声で囁いた。もったいぶって、シャルルはゆっくりとローブに手を入れた。
「ねえ、いいじゃない。意地悪ね」
シャルルの肩をちいさく小突いてパンジーが笑った。せっかちな彼女に答えるように、シャルルは机の上にそれを置いた。
「ワオ…」
それはクッキーだった。けれどもちろん、ただのクッキーではない。
ひとつは宝石のように煌めくジャムが中央に練り込まれていて、口の中でぱちぱちと弾けた。ひとつには花が咲いていた。季節も色もとりどりの甘やかな花だ。小さな鳥が花の周りを飛んで一部になった。ひとつは海があり、砂浜があった。しっとりとした真白なクッキーの上で、小さく波打ち、貝が踊っていた。
感嘆の声を漏らして見蕩れていたパンジーが「これ、これってパティシエール・ミニレムの限定ものでしょう?」と、興奮したように囁いた。得意げにシャルルは顎を上げる。
「お母様はハロウィーンとか、クリスマスとか、イースターとか…そういう伝統的な催しが大好きなの」
「でも簡単に手に入るものじゃないわ」
「マダム・ミニレムはお母様の広めたハーブティーの虜よ」
シャルルは訳知り顔で囁いた。彼女の母、アナスタシアはハーブを中心に多くの名声を得た薬草学者だった。
「ああ、素晴らしいわ!彼女の作るスイーツはどれも逸品よ」
「これはほんの一部なの。午後には庭でパーティをしましょう。あるいは部屋で、眠る前に」
「完璧なアイディアだわ」
ふたりは微笑み合った。
スイーツについて有意義な議論を交わし、教室を出ていこうとすると、後ろから呼び止められてシャルルは振り向いた。
かたくなに目を合わせようとせず、クィレル・クィリナスが小刻みに体を揺らして、「す、少しだけお話が…お、お時間はそう多くは、と、取らないので」と早口でまくし立てた。
怪訝な顔でふたりは顔を見合せ、「最初に行ってるわね」とパンジーが出ていく。目が、あとで詳しくきかせてちょうだいよ?と伝えてきていたので、シャルルは肩をすくめてクィレルに向き合った。
クィレルはせわしなく目を動かしながら、言葉をつまらせて指先をいじっていた。この教師と顔をきちんと合わせるのは初めてだったが、シャルルは早くも少し辟易とし始めていた。他人のペースに合わせるのはあまり好きなことではない。
だがシャルルはクィレルを急かすことはせずに、落ち着いた微笑みを浮かべながら彼の瞳を覗き込んで、視線だけで上品に話を促した。
「わ、わたしはクラスの様子にび、敏感です」
クィレルが唐突に言って、シャルルの瞳を見つめた。すぐに逸らされたが、見上げるような視線だった。
「お、お、美味しかったですか?き、今日は素敵なハロウィーンで、ですからね」
今度はシャルルが目をそらす番だった。見抜かれていたのだ。
「未熟な教師とは言え、わ、わたしは、ル、ルール違反には、対処をし、しなければなりません。ミ、ミス・スチュアート?水曜日の夜は、あ、空いていますか?」
「教授」シャルルはクィレルの言葉を遮った。
「教授、たしかにわたしは授業にきちんと集中出来ていませんでした。さらには、不要なものを持ち込んでいた。それは事実です。けれど、罰則というのはあまりにも重い対応ではありませんか?」
意図的に眉を哀れに下げて、シャルルは儚げに目を伏せた。
「わたしにあなたの授業を邪魔する意図はありませんでした。けれど、スリザリンにはそういう生徒が多すぎます。クィレル教授?わたしはあなたを嘲笑ったことはいちどもありません」
シャルルは黙ってクィレルをじっと見た。オドオドと何回か目を合わせたクィレルに優しげに微笑んでみせる。
クィレルはひととき逡巡したあと、躊躇いがちに口を開いた。
「わ、わ、わかりました。そ、それでは、スリザリンは10点減点…と、い、いうことにします」
唇を濡らして、顔色を伺うようにクィレルがそう言ったのを見て、シャルルは内心で勝利を喜んだ。
「ありがとうございます。あなたは寛大な教師ですね」
話は終わったと思ったが、クィレルはシャルルを引き止めるようになおも言葉を続けた。
「ミ、ミス・スチュアート、あ、あなたの両親はどんな方なのですか?」
「…なぜ両親のことを?」
怪訝に首を傾げるシャルルに、慌ててクィレルは首を振った。
「わ、わたしは、ど、どうも話をするのが、じょうずではないのです」
口元に笑みを浮かべてシャルルは答えた。彼はコミュニケーションがたしかに苦手そうに見える。
「陽気で厳しい父に、繊細で気丈な母です」
「よ、良い人たちなのでしょうね。あ、あなたを見ればわかります」
嫌味だろうか?
しかしクィレルは目元を緩めていたので、恐らく他意はないはずだ。シャルルは賞賛を素直に受け取ることにした。
「彼らはとても偉大で愛情深い。わたしの誇りです」
「か、彼らのお名前はなんと?」
そんなことを知りたい理由がわからず、一瞬躊躇ったが、良好な雰囲気に水を差すのも望ましくなかった。
「ヨシュアとアナスタシア…ふたりの名前です」
「本当に?」
「え?」
クィレルが一瞬睨めつけるような鋭い目付きをして、底冷えのするような声音を出したように感じた。しかし彼の顔をまじまじと見つめても、確かに感じたはずの氷のようなぞっとする冷たさは欠片も見当たらない。気のせいだったのだろうか。
シャルルは無意識に指を弄び、顔に浮かべる笑顔を決して誰にも貶せないような、完璧なものへと変えた。戸惑いもいつの間にか表情から消されていた。
完璧なスチュアートの令嬢は、花が蕾むようなほがらかな声で「そろそろお暇しなくては」と切り出した。思ったより穏やかな時間を過ごせたが、長居したい場所ではなかった。
「それでは教授、また次の授業で」
ちいさく腰を下げてシャルルはほんの少し早足で歩き出した。理由のわからない微かな焦燥感と違和感、戸惑い、そして光るような目で睨む「本当に?」クィレルの言葉を思い出した。
パンジーに詮索された時も、罰則にされそうになったことを面白おかしく話してみせたが、何故か家族について語らったことは言う気にならなかった。睨む目付きを思い出し、しかしパンジーと話しているうちに、シャルルの中にあった微かな危機感は次第に忘れ去ってしまった。
大広間は見事な様相だった。スチュアート家は人数が少ないながら、いつも大々的に屋敷を飾り付けたり、イベントらしい雰囲気を楽しめるよう趣を凝らしていたが、ホグワーツはそれをいとも簡単に上回った。
広大な広間に垂れ込めていた重厚な垂れ幕は、羽根を羽ばたかせ蠢く蝙蝠の群れだった。頭上を真っ黒に覆い、風に揺れるカーテンのようにゆらいでいる。テーブルの上や広間の照明にはジャック・オー・ランタンやスィード・ランタンが使われていて、蝋燭の炎が幻想的に大広間を演出する。いつもより薄暗く、何もかもが揺らめいている空間はまさにハロウィーンに相応しく、美しく魅惑的だった。
「ホグワーツって思ってたより悪くないかもしれないわね」
パンジーが目の前のランタンを見つめながら呟いた。炎が小人の形になってくるくる回っている。
「こんなに素敵な装飾がされるなんて思わなかった」
シャルルの左に座っていたダフネが彼女の言葉に答えた。ふたりが共に行動することは珍しい。
「今日のメニューは特別仕様になるかしら?」
大広間は既にいい匂いが漂っていたので、シャルルはディナーに思いを馳せた。パンプキン・パイにかぼちゃジュースは当然として、バーンブラックやデビルト・エッグなんかも欠かせない。庶民的すぎるけれど、コルカノンもあったら嬉しくなる。デザートはトフィーアップルが出たら素敵ね……。
夢想するシャルルに苦笑し、パンジーとダフネが会話に加わった。彼女たちの頭の中は食べ物でいっぱいになった。
ダンブルドアが指を鳴らすと、机上に魔法で次々と豪勢な食事が並べられた。色々な種類の色々な国のハロウィーンの伝統料理。
ターニャ・レイジーが無言でセンスよくお皿に料理を盛り付けてくれた。大広間にはいつの間にか重々しいクラシックが流れていて、雰囲気が高まっている。
「ハッピー・ハロウィーン」
「ハッピー・ハロウィーン」
少女たちがかぼちゃジュースで乾杯し、ごきげんにグラスを鳴らすと、突然大広間の扉がバタン!!と開かれた。その音は騒々しい空間の中でもよく響いた。
息を切らせて駆け込んできたクィレルは、大広間全員の何千という目玉に見つめられながら喘いだ。
「ち…地下室にトロールが……お、お知らせしなくてはと思って……」
顔を強ばらせたクィレルは、そのまま気を失って倒れてしまった。恐怖でおののいている顔だった。
広間は一瞬シーン…と静まり返り、次の瞬間爆発した。恐慌に陥り、怒声や悲鳴が飛び交う。クィレルの恐慌に引き攣った顔が事実だと如実に表していた。
ダフネがシャルルの手をぎゅっと強く握った。
「トロールみたいな野蛮な生き物がどうして城に入り込むのよ!世界でいちばん安全なんじゃなかったの!?この無能!」
歯をむき出してパンジーがダンブルドアに怒鳴っている。シャルルは反対の手でパンジーの手を握って宥めてやった。頭の中では困惑と疑問が渦巻いていた。
ダンブルドアが広間中に耳の割れるような紫の爆発を起こして、やっと騒ぎは静かになった。監督生に連れられてスリザリン生はなんとか気品を保ちつつ、列を為す。
「トロールなんかに台無しにされるなんて、こんな情けないハロウィーンってあるかい?」
先程青ざめて顔を歪めていたマルフォイは、監督生の後ろでわざとらしく残念そうに頭を振った。目が合ったノットが片眉を上げ、シャルルは苦笑したが、マルフォイの言葉には同意だった。
パンジーはトロールのいる地下に向かうのを不安がったが、何事もなく一行はスリザリン寮に辿り着いた。
「残念なハプニングがあったけど、このままハロウィーンの夜を終えるのは少しもったいないわよね?」
監督生のジェマ・ファーレイが談話室に溢れた生徒たちを見回した。
「先生方からパーティーの続きをして良いという許可が出たの。ハロウィーンはまだまだ終わらないわ!」
ジェマ・ファーレイが腕を振り上げると共に、談話室の中心の見事なテーブルに次々と料理が出現した。騒ぎ足りなかった生徒たちは歓声を上げてそれぞれパーティーを楽しみ始めた。
マルフォイは暖炉のそばの大きなソファを占領して、ゆったりと寛いだ。クラッブとゴイル、レイジーが中央に料理を取りに行き、シャルル、パンジーがソファに続く。
「椅子が足りないわね」
パンジーが呟き、シャルルはおもむろに杖を取り出してちょんっと振った。ふたつの豪奢で重量のある椅子がふよふよと暖炉のそばへ飛んできた。
「さすがだね」マルフォイが口笛を吹くような口調で言った。「それじゃ、パーティーを始めようか?」
用意された椅子にノットとダフネが腰掛けて、クラッブとゴイルは真ん中のテーブルに拠点を構えた。食べても食べても料理が補充されるあの場所はふたりにとって天国だろう。
乾杯し、先程飲めなかったかぼちゃジュースで喉を潤した。甘く、こってりした味がするすると胃まで滑り落ちていく。料理だけでなくお菓子も食べようと、部屋に置いてきた特別なお菓子をレイジーに取りに行かせ、シャルルも会話に加わった。
「トロールなんて本当にいるのか?」
猜疑的な口調でノットが眉を顰めた。「もし本当に侵入を許したのだとしたら、ダンブルドアは間抜けだ」
ダフネが可笑しそうに笑った。
「そんなの今に始まったことじゃないわ」
「たしかにそうね。わたしの両親はダンブルドアに対して信頼を寄せていないわ」
「もちろん、僕の両親もだ」
「それにしたって、今回のことはかなりの失態よね?」
「大体クィレルもお粗末すぎる。あれでも一応DADAの教師だろう?父上が知ったらなんとおっしゃるか」
マルフォイが嘆かわしいよ、と頭を振った。
「今回のことで何らかの処置をしないわけにはいかないでしょうね。ダンブルドアは理事会に対してなんて釈明するかしら?」
パンジーが楽しそうに意地悪く笑った。シャルルも思わず口を緩ませる。
「僕の父上は理事会のメンバーだ、きっと動いてくださると思う。それにスチュアート、君のお父上はウィゼンガモットの判事だね?ノットもパーキンソンもグリーングラスも、魔法省への有力な影響力を持っている」
マルフォイは唇を吊り上げて、グラスを傾ける。蝋燭の炎がプラチナブロンドの髪を幻想的に照らした。
「トロールはどこから侵入したのだと思う?」
シャルルが新たな火種を提供すると、珍しくノットが話を広げた。
「禁じられた森は無法地帯だ。可能性があるならそこだろうな」
「たしかに」パンジーは頷いた。「それにあそこの森番は野蛮人よ。トロールと変わらないわ」
「森番?」
脳内検索には引っ掛からなかったので首を傾げると、ダフネが目を丸くした。
「知らないの?冗談よね?」
「興味のないことは覚えられないの」
シャルルはグラスを煽った。
「禁じられた森の傍に犬小屋よりも酷い家があるだろう?あそこにはハグリッドとかいう野蛮人が住んでるんだ」
「あの森番は巨人族と魔法族のハーフなのよ!」
パンジーがキーキーとした声で小さく叫ぶ。
シャルルは背筋がぞっとした。
「じゃあ、魔法族でも魔法生物でもない生き物ってこと?あ、ありえないわ…。高潔な魔法生物をもどきに引き摺り落ろすのは、人間の最も許し難い過ちのひとつよ」
シャルルは魔法族としての自分に誇りを持っていたし、魔法界の生き物に敬意を払っていた。だからこそ、マグルやマグル生まれ、魔法生物のハーフなどに許し難い怒りと言いようのないおぞましさを感じるのだ。
「なぜそんな存在がホグワーツに?」
「決まってるじゃない!ダンブルドアよ!」
パンジーが顔を顰めて吐き捨てた。ダフネが言葉をつなぐ。
「昔から苦情は多かったらしいのよ?けれどダンブルドアが全て跳ね除けて、今も彼を採用しているの」
「しかもホグワーツの顔とも言うべき1年生の案内をやつにやらせてる。品位を貶しめてるとしか思えない」
「なおさら今回の件を急いで報告するべきね」
話題がひと段落したのを見計らい、ターニャ・レイジーが影のようにシャルルのもとへ滑り込んだ。
「お持ちしました」
「ありがとう。レイジー?あなた、ハーブティーは淹れられる?」
レイジーはおずおずと頷いたので、シャルルは笑みを見せた。そしてみんなの顔を見渡して言った。
「お母様が持たせてくれたハーブがあるの。それに、今日のために用意した取って置きのスイーツも」
「僕も送ってもらってある。今、部屋から持ってくるよ」
いまだ手を緩めず料理をかきこんでいるクラッブとゴイルを横目で見て、マルフォイが部屋に戻った。シャルルは自分で取りに行くマルフォイに感心した。
「悪いけど僕の家ではこういう行事にあまり重きを置いていない。何も準備できてないんだ」
「そんなの気にしなくていいわ」
ノットの言葉にシャルルが微笑んだ。「ただ楽しめばいいの」
パンジーとダフネも部屋に戻り、その場にはセオドール・ノットとシャルル・スチュアートを残すのみとなった。
「君のことよくわからないな」
ポツリとノットが言った。
「スリザリンらしい子女かと思えば、レイジーを侍らせていたり、グリフィンドールやハッフルパフの連中なんかとも平気で話すだろう」
ぶっきらぼうな口調だったが、ノットの声に怒りはなかったので、シャルルは穏やかに言った。
「寮の組み分けによって純血の魔法族が差別されるのは、何だかおかしいとわたしは思うの」
「どういうことだ?」
「つまり…寮の組み分けは才能や性格によって決められるもので、それによって血に優劣はつかないと思うの。純血魔法族は思想によらず尊いものよね?純血同士で差別し合うより、もっと有意義なことがあるはずなの…」
シャルルのサファイアの瞳が不思議に煌めいている。ノットはその瞳に魅せられて何も言えなくなった。もしかしたら、全く新しい思想というものが生まれつつあるのかもしれない。
「そうか…何となくわかったよ」
マルフォイが階段を降りてくるのを見て、ノットは囁いて素早く体を離した。
準備が整って、それぞれテーブルに持ち込んだお菓子を並べた。貴族の子息子女なだけあって壮観だ。
それぞれの手元にはアナスタシア自慢のハーブティーが添えられている。レイジーが淹れたものだ。彼等はハーフ・マグルの手に触れたものを飲むことに嫌な顔をしたが、シャルルの微笑みにより渋々受け入れた。それからテーブルから少し離れた場所に椅子を持ってくると、レイジーをそこに座らせた。思ってもみなかった褒美にレイジーは少し頬を上気させた。
黄金色に透き通るダイヤーズ・カモミールティーの香りを楽しむと、シャルルは特別なお菓子の封を開ける。箱の中からカラフルなコウモリが飛び出してきて目を楽しませた後、煙になってしゅわしゅわと空へ溶けた。あとに残ったのはジャック・オー・ランタンの形をしたボックスと、その中でスノー・ドームのように揺らめく蝙蝠型のお菓子たち。クッキーやキャンディがランタンの中で飛び回り、クリームが踊り、茜色のシロップが波打っていた。お菓子たちによるちいさなハロウィーン・パーティーに感嘆の声が響く。
「最高のセンスね」ダフネが見上げた。「これはアナスタシアが?」
「ええ。この中のクッキーはマダム・ミニレムが作ったものなの。ハーブが練り込まれているのよ」
「さすがアナスタシアだわ!」
シャルルが得意げに言い、ダフネが悲鳴のような歓声を上げた。パティシエール・ミニレムが3年前に出したシリーズはハーブがテーマだった。数量限定で、プレミア価値がついている。
マルフォイが持ってきたのは、落ち着いて上品なレアチーズケーキだった。かぼちゃの生クリームがふんだんに使われていて、銀のフォークには蛇の意匠があしらわれていた。
「母上のお気に入りでね。気に入ってもらえると思うよ」
ダフネはアップルトフィー、パンジーはモンスターの形のジンジャークッキーだ。シャルルたちはスイーツに舌鼓を打って、会話を楽しんだ。先程の少し重苦しい政治の話からは離れ、スリザリンの話、他寮の批判、授業の話、冬休みの話…ティーンらしく恋の話。
おなかいっぱい食べて彼らが満足したのは、もう夜も耽ける頃だった。談話室にはいつの間にか数人の生徒たちしか残っていない。
シャルルは特別なお菓子をクラッブとゴイルに渡し、余ったスイーツをレイジーに食べて良いと許可を出した。余り物を下賜されてレイジーはどのような反応を示したかと言うと、嬉しそうに受け取った。
部屋ではひとりぼっちのイル・テローゼがベッドで次の日の予習をしていた。シャルルは上機嫌で声をかけた。
「楽しいハロウィーンを過ごせた?」
パンジーとシャルルのせいでスリザリンに居場所がないテローゼは、傷付いた顔でシャルルを強く睨んだ。その日の夜、自分の素晴らしい一日に大満足してシャルルはぐっすりと眠った。
ハロウィーンの夜が耽けていく……。