Sapphire 〜ハリー・ポッターと宝石の少女〜   作:しらなぎ

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8 開幕

 クィディッチ・シーズンが到来すると、ホグワーツ中が浮き足立ち、またはピリピリし始めた。

 朝から晩まで練習に明け暮れた選手たちが、夜は宿題を何とかこなそうと談話室に集まってくる。最近はすっかり冷え込んだ上に、地下室にある石造りのスリザリン寮はどこかいつも寒々とした雰囲気だったので、自然と暖炉のそばに人が寄っていく。

 

 マルフォイは次期シーカーと目されていたので、よくマーカス・フリントやエイドリアン・ピュシー、キャプテンを務めるエリアス・ロジエールたちの後をついて回っていた。

 シャルルはクィディッチに気を惹かれることは無かったが、紳士的なルシアン・ボールや温厚なテレンス・ヒッグスと共に、暖炉の前で勉学に励むのは心地の良い時間だった。

 

「やつのデビューをこの目で見定めなきゃならない」

 シーズンの開幕を1週間後に控え、メンバーは頭を寄せあっていた。開幕を飾るのはスリザリン対グリフィンドール。

 忌々しそうに鼻に皺を寄せて、マルフォイがテーブルを覗いた。机上にはチェスの駒が並んでいる。クィディッチの作戦会議をしているらしい。

 

「経験も技術もない1年シーカー…とは思うけど、どうだろうね。ウッドが毎日浮かれまくってる」

「あの熱血男が即戦力で使うなら、ある程度の実力はあると見るべきだろうな」

 ロジエールとピュシーは冷静に指摘したが、フリントは鼻を鳴らして獰猛に笑った。

「ふん、あんな小さい棒っ切れなんて、オレが吹っ飛ばしてやるよ」

「血の気が多いな、マーカスは。頼もしいよ」

 ヒッグスが苦笑した。

 

「ブラッジャーは集中してシーカーを狙おう。英雄様を潰してしまえば問題なしさ」

「それか女子陣だな。やつらはか弱い上にグリフィンドールの主戦力だ。あっちは層が薄いし、潰せばすぐ揺らぐ」

「うーん、俺はレディを狙うのは気が進まないな」

「軟弱な考えは捨てろよ、ルシアン。弱いやつから潰すのは定石だろ」

「ま、その考えには同意だけど。でも君は野蛮すぎるね、だからモテないのさ、ペレグリン?」

 ボールが口元に笑みを浮かべてからかうとデリックが沸騰しかけたが、慌ててヒッグスが宥める。

 

 そんなヒッグスの肩に腕を回し、グラハム・モンタギューが脇を小突いた。スリザリンは他寮に比べ上下の関係がことさらに厳しいが、クィディッチ・チームは固い絆で結ばれていたので、そのルールからは外れたところにあった。学年も家柄も関係なしに、気兼ねしない口調で彼らは対話する。

「テレンス、お前にかかってるんだからな。いつも通りでいい、頼むぜ」

「僕に任せて、って言いたいけどね…。でも、そうだね、1年なんかに負けていられないよね」

 ヒッグスの瞳にくらい光が宿っている。「ただでは転ばない。それが僕らスリザリンだ」

 ヒッグスの言葉にメンバーたちは顔を見合わせ、破顔してそれぞれ肩を叩いた。

 

 マルフォイがわずかに瞳に尊敬の念を浮かべ、

「スリザリンの勝利は間違いないだろうね。こんなにも理知的で威厳溢れる先輩がいるんだから」

 と、称賛を述べると、クールを装ってそれぞれが嬉しそうな顔をした。マルフォイが素直に他人を褒めるのは珍しい。

 数秒待っても、マルフォイは自分の自慢を始めなかった。

 今日はたいへんに機嫌が良いようだ。

 

 賑やかに良い気分で作戦を語り合う彼らに、シャルルはボールがもう今日は勉学に付き合う気分でないことを察した。

 かと言って、自由な時間に対等に勉学に励む友人は、ほぼ居ない。パンジーとダフネは上流階級の子女とティーパーティーに参加しているし、ターニャは成績が良くない。

 図書室は遠いから、暖かい部屋から出たくないとも思った。

 

 仕方ないので、やかましい男たちから離れ、暖炉から少し離れた小さなテーブルに向かう。

「ここ、使わせていただいても?」

「もちろんだよ、ミス・スチュアート。良い時間を」

 シャルルが声をかけるとさっと彼らは席を離れた。上級生だったが、彼女がそれに物怖じすることは無い。

 

 スリザリンはシャルルが望めば、なんでも思い通りになる心地の良い空間だった。

 

 教科書をたたみ、ローブの内ポケットから小さな文庫本を取り出し、目を通す。机の上には自然と紅茶とスコーンが準備されている。ハウスエルフは勤勉だ。

 内容は200年前活躍したハッフルパフの魔女の慈愛の物語だった。今の医療魔術に繋がる伝記で、ストーリーもおもしろく、勉強になったが、スリザリン生の間では軽視されがちな本だった。

 

 黙って字を追っていると、向かいの椅子に誰かが腰掛けたのがわかった。シャルルの落ち着いた空間に、物怖じせず入り込んでくる輩はあまりいない。友人たちはシャルルに声をかけるだろう。

 そっと視線を上げると、柔らかい瞳と目が合った。

「やあ、君はとっても素敵だね。海底を舞うマーメイドのようだ」

 自信に満ちた態度でウインクを飛ばしてきたキザな彼の名前は知っている。ブレーズ・ザビニだ。彼は深い紺の癖毛を遊ばせて、群青の瞳を艶めかせている。

 彼の腕には品よくくすんだ銀のブレスレットが嵌められていた。シャルルの正確な審美眼はそれが非常に良い職人の作品であることを見抜いた。

 緩やかな時間を楽しむことを止められるのは好きではない。

 しかしシャルルは読書をやめて彼と向き合った。彼は正当な純血の血筋だった。

 

「あなたと話すのは初めてね」

「驚いた、君は声まで愛らしいんだな、シャルル」

 彼はシャルルを称えた。シャルルは、彼とはあまり会話が成立しないかもしれないと心配になった。

 ザビニはマイペースに会話を進めた。

「よかったら今度ふたりで一緒に過ごさないか?きっと素敵な時間を提供するよ」

「お誘いは嬉しいけれど……」

 少し言い淀む。彼の女好きは有名だった。シャルルはまだ恋愛に時間を割くつもりはない。本に視線を逃がした彼女にザビニが宥めるような声音で言う。

「押し付けるつもりは無いよ。君の好きなことを一緒にしよう。俺としてはチェスなんかに興じたいところだけど、図書室で静かに本を読むのも君と一緒ならたのしいだろうな」

「どうしてとつぜん?」

 もっともな疑問を口にするとザビニは嬉しそうな笑みを浮かべる。

 

「突然じゃない、ずっと気になってたさ。シャルルはスリザリンで最も品位のある女性だ」

 自分が最もうつくしく素敵に見える角度を彼は熟知しているようだった。

 それに、彼の仕草はひとつひとつがキマっている。

 

「その言葉で何人の女の子を喜ばせてきたのかしら?」

 皮肉な言葉とはうらはらにシャルルはまんざらでもない笑いを零した。

 

 ザビニはスリザリン内で独特の地位を築いている。

 彼自身は紛れもない純血だが、彼の母親はあまりにも有名すぎた。貴族的ではない手段で栄光と財産を手に入れ続けている彼女に、魔法界の旧い家などは歓迎的でなかった。

 息子であるザビニも複雑な立場だったが、彼は半純血の生徒を取り込んでそのトップに立った。そのグループにはあのミリセント・ブルストロードもいた。

 

 シャルルは少し考えた末、微笑みを返した。

「あなたのエスコートに期待するわ」

 まっすぐ見つめられてザビニは頷く。喜びと自負。女の子をときめかせることには、同世代では誰にも負けない自信があった。

「有意義な語らいをしたいね。俺自身も、俺を取り巻くものもきっとシャルルを喜ばせる自信があるよ」

 

 その時、尖った声が降ってきた。

 

「次のターゲットはスチュアートか?分不相応な身分を弁えろよ」

 振り返るとノットが不機嫌に腕を組んでザビニを鋭く射抜いていた。ザビニは一瞬つまらなそうな目をして、片眉を上げると煽るように顔を背け、立ち上がる。そして

「素敵な時間をありがとう、レディ」

 と微笑むと、踵を返そうとする。

 そして、わざとらしくノットの肩にぶつかると、大げさに謝った。

「ああ、悪い、このジメジメ埃っぽい匂いはお前だったのか。陰気すぎて気付かなかったぜ」

「……卑しい禿鷹が随分な言い様してくれる。所詮君は程度の知れる男なんだ、腐肉でも漁っていればいい」

「君の父親のような?」

「お前の母親ほど下劣な生き物はいない」

 

 ノットとザビニは激しく睨み合った。

 知的でクール、常に余裕を崩さない。そんなノットが敵愾心を露わにするのは初めて見たので、シャルルは呆気に取られてふたりを見つめた。

 やがて2人は熱い視線を交わすのをどちらともなく辞め、忌々しそうな顔をした。

 

 去る間際、ザビニが振り返ってシャルルにウインクを飛ばしていく。

「そういえば、俺の義父が新しい店を開いたんだ。プレゼントにも期待しててくれよ」

 

「成り上がり風情が」

 ノットが吐き捨てる。

 そしてシャルルに向き直ると謝罪を述べた。

「すまない、君を利用した」

 おそらく、ザビニを侮辱するために流用した件だろう。淡い微笑を浮かべ、シャルルは小さく首を振る。

「気にしないで。でも、あなたは彼とは相性が悪いみたいね?」

 シャルルがからかうと、ノットは気まずそうに苦々しく笑った。

「彼とは色々な面で馬が合わないんだ」

「ふふ、感情を剥き出しにするノットは新鮮だった。新しい一面を見つけた気分」

「君はたいそうな言い方をする」

 

 ノットは視線を暖炉へ向けた。それは見方によっては照れ臭そうにも見えた。

 すこし炎が燃えるのを楽しんで、ノットが口を開く。

 

「奴に何を言われたんだ?」

「どうして気になるの?」

「特に深い意味は無いよ。答えたくないなら言わなくていい」

「称賛と、デートのお誘いをいただいたただけ」

「そうか」

 ノットは微かに言い淀んだ。

「これは、僕の私情とは関係ない、有益な忠告だ。ザビニは女好きだが、それ以上に寄生するのが上手い男だ。気をつけたほうがいい」

 固い声だった。シャルルは彼の心配と忠告をありがたく受け取ることにした。

「ありがとう、ノット。彼に心を預けないようにするね」

 しかし、おそらくそれはいらない心配だった。

 シャルルは誰にも心を開かないから。

 彼女は、大好きな人たちにさえ、ぜったいに左右されない不思議な芯があった。

 

 

 

*

 

 親愛なる家族へ

 

 お元気ですか。返事が遅くなってごめんなさい。

 ホグワーツでの毎日がとっても素敵すぎてついつい時間が過ぎてしまったの。忘れてたわけじゃないわ。ほんとうよ。

 

 最近はすっかり寒くなって、冬の足音が迫っているのを感じます。もうかなりホグワーツは冷え込みました。スリザリンから見える朝の湖は、しんしんと冷たさを感じさせて、上を見るとたまに凍りついた水面の不規則な光を見ることが出来ます。寒いけれど、その美しさはすごく幻想的で気に入ってるの。

 そういえば、お母様が新しく送ってくださったブランケットはとても重用しているわ。マントのように大きくて、毛布のように厚手で、羽根のように軽くって。やっぱり温度を自動調節してくれる道具って便利ね。この前ドラコ・マルフォイが、自分のローブは夏でも冬でも常に最適な温度に保たれ続けるから快適なんだって自慢してきたの。わたし羨ましくなってしまって。ねえ、来年新しくローブを新着してもいいでしょう?

 

 クリスマス休暇は家に帰ります。手紙じゃ話しきれないことがいーっぱいあるのよ!

 スチュアートに相応しい友人も何人か出来ました。彼らは気品のある人たちよ。グリーングラスは当然として、パーキンソン、マルフォイ、ノット、ロングボトム……。聖28族の方たちとは親しみのある関係になりたいです。最近はディゴリーとたまにお話するの。彼はハッフルパフの人でとても紳士的よ。

 最近はザビニやブルストロードのことも気になっていて、もし友人になったらまた手紙を書くわ。

 

 ねえ、メロウは元気にしている?彼へのプレゼントは何がいいと思う?

 寂しい思いをたくさんさせてしまったから、今年はすこし特別なものが良いかと思ってるんだけど、なかなか思いつかなくて……。

 こっそり聞いてみてくださる?せっかくなら喜んでもらえるものを送りたいわ。メロウはクィディッチが好きだけれど、新しい箒を買うのはまだ早いものね。

 

 それでは今回はここまでにしておくわ。少し短かったかしら。ごめんなさい。

 あ!そうだわ。ティーン向けの新しいカタログは家に届いてる?もしあったら送って欲しいの。お願いね!

 身体に気をつけて、あたたかく過ごしてね。クリスマスに会えるのが楽しみです。

 

 お母様とお父様の天使 シャルルより

 

 

 *

 

 手紙を持って、ブランケットを羽織ってシャルルは早足で中庭を歩いていた。次の授業に向かいつつ西塔のふくろう小屋に行くにはそれが最も早い。けれど、びゅうびゅうと冷たい風がシャルルの指先を痛めつける。

 

 夜に行けばよかった。

 内心後悔しながら思った。横着した結果がこれだけれど、寒いより時間がかかる方が、ましだったかもしれない。

 

 前方に黒い影が見えた。全身真っ黒なそれは徐々に近付いてくる。各寮の色を纏っていない黒は限られる。我がスリザリンの寮監だ。

 

「こんにちは、スネイプ教授」

「ああ」

 彼が足を引き摺っているのには気付いていたが、それを表に見せずに挨拶すると、スネイプは鷹揚に頷いた。彼は手になにか持っていた。分厚い本。

 『クィディッチの今昔』と書かれている。スネイプ教授がそういう本を持っているのは意外に思い、ああ、と思い出す。そういえば明日はスリザリン対グリフィンドールの試合がある。スリザリンはだれもかれもそれに熱狂的であった。

 

「あの、教授、その足は……?」

「気にする必要は無い」

 好奇心と心配の入り交じった気持ちでつい尋ねると、スネイプはにべもなく切り捨てた。彼はスリザリンを贔屓するが、個人を贔屓するのはマルフォイだけだ。

 スネイプは他者に閉鎖的だ。その彼が怪我したことを隠し通せないほどなら、脚の傷は相当痛むに違いない。

 苦笑し、肩を竦め「お大事になさってくださいね」とだけ言い、背を向ける。余計なお世話かもしれないけれど、これくらいは良いだろう。

 

 

 

 また少し歩くと、今度は3人組が見えた。遠目からでも赤い差し色がわかる。

 ハリー・ポッターと愉快な仲間たちだろう。

 少し考えて、シャルルは彼らの方に歩き出した。ポッターとウィーズリーとはずっと話してみたかった。今、シャルルはひとりだ。煩わしい寮差別は付き纏っていない。

 

「ハーイ。こんな良いお天気にピクニック?」

 なぜか自分たちのほうにスタスタやってきたかと思えば、親しげに話しかけてきたシャルルにロナルド・ウィーズリーやハリー・ポッターは目を剥いたが、すぐに敵愾心をあらわにした。

 

「何か用かい?」

 ポッターの口調は刺々しい。気にせずににっこりして話しかける。

「ずっとお話したいと思ってたの。でも、人が多いところだと、話したくっても話せないでしょう?」

「僕たちは話したくなんてないけどね!」

 ウィーズリーの口調も素っ気ない。シャルルは肩を竦めた。彼らになにかしたことはなかったが、スリザリンは彼らに大して敵対的だったから、仕方ないことだ。

「ポッター、あなたは明日試合があるのよね。応援しているわ」

「……ご丁寧にどうも。君に何を願われたって、僕は自由に飛ぶよ」

 疑わしそうにシャルルを見て、ポッターは皮肉った。彼はスリザリン生に嫌味を言われるのにあまりにも慣れすぎていた。

 

「あなたの飛行技術は本物だと思ったわ。1年生でシーカーに選ばれるのは、重荷かもしれないけれど、あなたならきっと上手くいくと思う」

「何企んでるんだ?君はスリザリンだろ?お生憎だけどそんなおべっか使われたって、君の杜撰な企みには乗らないさ」

「大きな声を出さないで、ウィーズリー。心配しないで。わたしは他のスリザリン生と違って彼のことも、あなたのことも好きよ」

 ウィーズリーは口を噤んで、一瞬だけ耳を染めた。シャルルが同世代の男子に絶大な魅力を放つ見た目をしていることがかなり有効に働いたのは間違いない。ウィーズリーは、しかしすぐに厳しく眉を釣り上げたが。

「ふふ、それじゃあ頑張ってね」

 彼が口を開く前にシャルルは手を振った。茶髪のマグル生まれと目が合ったけれど、視線を外して、シャルルは去っていく。

 彼女は徹底的にマグル生まれが眼中になかった。

 目的を達したシャルルを、変な物を見るような目でポッターとウィーズリーは見送り、互いに顔を見合わせたが、結局彼女が何をしたかったのかは分からなかった。

 

 

 その日の夜は、スリザリンの熱狂がかなり高まっていた。クィディッチに熱心に夢中になる気持ちは分からなかったけれど、寮内の雰囲気に水を差すつもりはなかったので、パンジーに引っ張られるまま選手を応援する輪に加わった。

「信じてるわ、スリザリンに勝利をもたらしてくれるって!」

「ありがとう、ミセス・パンジー。綻ぶ花のように可憐な君に応援してもらえて、勇気がもらえるよ」

「きゃあっ、ボールったら!」

 ルシアン・ボールは女の子をあしらい、喜ばせる術は完璧に会得しているようで、パンジーは黄色い悲鳴をあげてにやにやした。

 シャルルは呆れた顔で彼女を横目で見ていた。

 パンジーはすでにエリアス・ロジエールとエイドリアン・ピュシーにも、全く同じことを言い、全く同じ反応を返していた。

 

 選手への激励や軽いハグを終えると、選手は男子寮に早々に引っ込んだ。キャプテンであるマーカス・フリントの部屋で作戦会議に勤しむようだ。スリザリンの雰囲気はとても落ち着いたものとは言えない。

 彼らが消えた談話室では、上級生の指示のもと応援グッズの最終仕上げが行われ始めた。

 この作業には全く関わっていなかったため、少し呆気に取られる。

 派手な音と共に蛇の紋様が打ち上げられるクラッカーだとか、煙がずっと宙に残っているもの。応援している声が何倍にも反響して、相手に緊迫感を与えるもの。最も凝っていたのは「スリザリンに栄光を!」と刺繍された横断幕で、ひとめで高級だとわかる繊細で、丈夫で、巨大な作りをしていた。

 7年生の女子生徒で最も力を持つ子女が、個人的な私財を投入して、特注で依頼したものらしい。

 スリザリンの熱の入れようにシャルルは少し引いた。

 

 次の日の朝、パンジーに叩き起されて、寝ぼけまなこでいると、顔になにやら塗りたくられているのを感じた。

「なんなの?」

 欠伸を噛み殺しながら尋ねる。

「動かないで」

 ぴしゃんとパンジーが言った。肩を竦める。話を聞かないモードのパンジーだ。多分、マルフォイか男の話か誰かの陰口か、あるいはクィディッチ関係だろう。

 

 頭の方はターニャ・レイジーがまとめ上げていた。揺れる度にパンジーが怒鳴る。「ずれちゃうじゃない!」その度にレイジーが「すみません」と謝る。以前は毎回ビクッと怯えていたけれど、もう慣れたのか、すまなそうな顔を作るだけになっていた。

 

「いったいなにをしてるの?」シャルルがもう一度尋ねた。

「今日の準備をしてるのよ」

「今日?」少し考える。「何かあったかしら?」

「信じられないわ!クィディッチの試合を忘れるなんて!」

 パンジーが耳元で叫ぶので、うるさそうに眉を顰めて、

「そうだったかもしれないわね」

 と、呟くように答えた。

 

 その声はあからさまに興味がなさそうだったが、パンジーは気づかなかったのが、満足そうに頷いた。

「完璧に素晴らしい出来だわ」

 鏡の中のシャルルは、両頬に凝ったペイントを施されていた。スリザリンの紋章や、箒やスニッチだった。

 自分の気品や知性というものが急速に失われてしまったように、シャルルには感じられた。率直に言うと、実に間抜けに映った。デザインは悪くなかったが、この行為自体があまりにもシャルルの性格と会わなかった。

 しかし、僅かにほほ笑みを浮かべ、シャルルは頷く。パンジーの機嫌を損ねるのは本意ではなかったし、そうなった彼女は面倒な面がある。

 

「それじゃあ次はわたしね」

 パンジーはメイクブラシとパレットをシャルルに差し出した。

「お願いね」

 それを受け取って、手元を見つめて、シャルルはぱちぱちとまばたきした。

「あなたに?わたしが?」

「当然でしょ。他に誰がいるのよ」

 シャルルは部屋の中にレイジーしかいないのを見て、ため息をついた。

 でも、シャルルにこんなメイクは出来ない。

 

 唇に手を当て、すこし唸っていると適切な呪文が脳裏に浮かんだ。シャルルは口角を上げ杖を取りだした。

「ジェミニオ」

 

 頬のメイクが見る間にパンジーの頬にも浮かび上がった。双子呪文。偽物を作り上げる呪文をシャルルはメイクのみに使ったのだ。

「ワーオ……」

 感嘆の声を上げて鏡に見入っているパンジーにシャルルはご満悦で頷いた。

 

 クィディッチの試合にシャルルはこれっぽっちも期待を抱いていなかったが、意外にも試合はかなり面白いものだった。

「そこよ!今!もう!」

「いけ!それ!叩き落とせ!クソっ、使えないな!」

「違うわよ!ワリントン……ああっ、そう、そう、行け!行きなさい!」

「いいぞボール!女の尻を追うだけじゃない!!」

「Foooo!!そうよミスター・ブレッチリー!今夜のヒーローはあんたよ!」

 隣のパンジーとマルフォイはかなり盛り上がっていて、少し引いてはいたが、自然とシャルルも歓声を上げるようになった。

 得点が決まるたびに馬鹿みたいな横断幕がビラビラ靡く。

 

 キャプテンのフリントにブラッジャーがぶつかり、落としたクァッフルをデリックがキープする。流れはスリザリンのままだ。

 と、そのときざわめきがかなりの轟音になっていき、ハリー・ポッターの様子がおかしいのに気付いた。

 箒が遥か上空で叩き落とそうとするかのように激しく縦横無尽に飛び回っていた。ポッターは何とか柄を掴んでぶら下がっているが、このままでは落ちてしまう。

 シャルルはハラハラしてポッターを見守った。客席の反応を見るに、このハプニングはかなり普通じゃないようだった。

「ははっ、なんだあれ。コントロールを失ったのか?情けないな」

「やだあ、無様ね、ドラコだったらあんな風にはぜったいならないでしょうね」

「当然さ。箒の信頼を得るなんて基本中の基本だよ。なぜポッターが選手になれたのかわからない」

「グリフィンドールの連中はみんな目が曇ってるから仕方ないわ」

 

 左右でけたけた笑う会話でピンと来て、シャルルは奪うようにパンジーの手から双眼鏡を取った。

「貸して!」

「きゃっ。どうしたのよ」

 1年生で100年振りにクィディッチチームに選抜される優秀な乗り手が、試合中いきなり箒のコントロールを失うはずがない。

 しかも、あんな攻撃的な暴走の仕方……。

 シャルルは誰かが箒に何らかの方法で細工をしているに違いないと思った。

 箒や杖のような、強力な素材と魔力を持ち、意思のある魔法具に干渉するのは並の呪文ではまず無理だ。強力な呪文か、あるいは闇の魔術──。

 

 観覧席に素早く視線を向けた。スリザリンの親がいる観覧席だ。選手の親は見に来る権限がある。しかし、呪文を行使している魔法使いは見つからない。

 相手への呪文、特に、curseの類は特徴が顕著に見える。口を動かしたり、瞬きすらせず相手を注視したり、杖を向け続けたりなどだ。

 他寮の部外者観覧席にもそれらしい人物は見当たらなかった。強力な物だから、大人がしたことだと思ったのに。

 シャルルは前かがみになってスリザリンの高学年たちを見たが、野次を飛ばし囃し立てる人たちばかりで、呪文を使っている人はいなさそうだ。一応レイブンクローも見たが、彼らも違う。

 いよいよポッターの箒は激しさを増している。

 

 会場を見回し、ふと訝しみながら教授席を見ると、小さな騒ぎが起きているのが目に入った。スネイプ教授のローブが燃えている。自然発火したとはとても思えないが……。

 教授席を一瞬で見てみても呪文を唱えた様子はない。

 

 前を向くと、ポッターの箒が落ち着きを取り戻していた。

「ありがとう、パンジー」

「いいけど、なんだったの?」

「べつに、ちょっとね」

 肩を竦めてみせるとそれ以上は踏み込んでこなかった。それよりもスニッチを追うポッターの方が重要になったらしい。

 

 試合は拮抗していた。

 テレンス・ヒッグスとハリー・ポッターが体をぶつけ合いながらかなりのスピードで、グラウンドを縦横無尽に飛び回り、金のスニッチらしき小さな点が微かに見えた。

 普段穏やかな態度を崩さないヒッグスが鬼気迫る表情でポッターを睨みつけ、しかしその必死さとはうらはらに、解説席の影に入った瞬間冷静な狡猾さでポッターの脇腹に肘を入れるのが見えた。

 地面にふたりは激突するように突き進んだ。スレスレまで飛んでいきヒッグスが狼狽えてハリーと地面を二度見し、強く唇を噛んで箒を急停止させた。勢いが殺しきれず箒は地面をかすり、ヒッグスが地面に投げ飛ばされ、ポッターを見上げながら頭を掻き毟って拳を叩きつけていた。

 ヒッグスが追えなくなった今、シーカーを止められるのはビーターだけだ。しかし、ボールとデリックは呆けたように、あるいは諦めたように動けずに眺めていた。

 

 そして……スリザリンが怒鳴り散らす中、ポッターはスニッチを掴み──正確には飲み込み、だが──勝利を決定づけた。

 

 落胆と罵倒の嵐の中シャルルは思った。

 ──騒ぎがあったから、箒は落ち着いた?

 

 

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