Sapphire 〜ハリー・ポッターと宝石の少女〜 作:しらなぎ
スリザリン生であるシャルルは始めは評判が良くなかったが、寮学年問わず純血の子息子女たちに愛想良く挨拶を投げかけていれば、自然と対応が柔らかくなり始めた。
シャルルに親しみを向けられてそれを完全に無下にできる人はそう多くない。
クリスマスの頃にはすっかり顔馴染みが増えていた。
「こんにちは、パチル」
「あらスチュアート。いい天気ね」
「なんだかご機嫌みたい」
「ええ、そりゃあまあ……あなたの前では言いづらいけど……」
「ああ」シャルルは得心がいった。
「この間の試合はかなり白熱したわね」
パンジーやダフネがいたらここまでストレートな話は出来なかった。パチルは安堵して話を進めた。
「そうよね、ハリーはかなりすごいシーカーだったわ!」
「その上、スニッチを飲み込むという、人類初の偉業を成し遂げたわ」
シャルルが少し踏み込んだからかいをすると、パチルは目をぱちぱちっとしてから吹き出した。
隣で目を剥いていたラベンダー・ブラウンがやっと正気に戻って、パーバティ・パチルに噛み付く。
「パ、パーバティ?何考えてるの?この子はスリザリンよ」
「そうね。でも彼女かなり話がわかるタイプよ」
「初めまして、ミス・ブラウン。シャルル・スチュアートよ」
手を差し出すと、パチルとシャルルと手を5往復くらいしてからしぶしぶ手を握った。
「あなたと話してみたいと思ってた。あなたはいつもオシャレでチャーミングだもの」
彼女はかなり分かりやすく気分の良い顔をした。
「あなたに言われるって光栄ね」
「あなたが今してるカチューシャ、マリア・クロスのものだわ。あの店わたしもすきよ」
ブラウンはすぐさま食いついて、3人は楽しく会話することが出来た。その様子をかなりの生徒が見ていた。
スリザリンとグリフィンドールが親しく過ごせるのはあまりにも稀で、シャルルはそういう機会がとても多い。シャルルが偏見に満ちた人となりでないということは、ゆっくりと根付きつつあった。
図書室で3年生の呪文学と魔法薬学について関連する有用な本を探していると、隅っこからかなり大きな囁き声が聞こえた。シャルルが近付くのも気づかず、夢中で顔を付き合わせている。
ハリー・ポッターと愉快な仲間たちだ。ここ最近彼らはかなりの頻度でいる。マグル生まれの彼女ならともかく、ウィーズリーがこんなにも図書館に通うのは、ザビニが女の子と過ごさない時間よりも珍しい。
「……どこなの……なにかを……」
「ハグリッドが……あの犬……狙ってる……」
「……ニコラス・フラメル……」
ニコラス・フラメル?聞き覚えのある名前だった。
好奇心にかられてシャルルは話しかけることにした。
「だれを探してるの?」
3人は飛び上がって劇的な反応を見せた。思わず笑ってしまうと、ロナルド・ウィーズリーは不機嫌に睨んでくる。
「お前に関係ないだろ。あっち行ってろよ」
「だって彼女ならともかく、あなたを図書室で見るのってとっても珍しいから。でしょう?」
「……えっ?あ、そ、そうね……今までになかったことだわ」
「ハーマイオニー!」
今まであからさまに存在を消されていたグレンジャーは、突然話しかけられて戸惑った。シャルルは非常に気まぐれで猫のようだった。
「ニコラス・フラメルって聞こえたわ。彼を探してるの?」
3人は大きく肩を揺らして視線を交わすと恐る恐る尋ねた。
「もしかして知ってるの?彼のこと」
「いくら探しても見つからないんだよ」
「君が知ってたら助かるんだけど」
ニコラス・フラメルは錬金術学界の権威だ。
しかも、ダンブルドアと親しいことで有名。
シャルルは首を振った。情報の有用さについて彼女は天性の感覚を得ていた。
「ごめんなさい、聞き覚えはあるんだけど……」
「まあ期待はしてなかったさ。それでは僕たちは作業がありますので、お帰り願えますかね?」
ウィーズリーはかなり辛辣だ。シャルルは肩を竦めた。彼は純血だからと自分を宥める。
「わたしも調べてみるわ」友好的に笑ってさりげなく問いかける。
「どうしてニコラス・フラメルのことを調べているの?」
3人は揃って口を噤んだ。シャルルは苦笑いを零さざるを得ない。彼らはスリザリンにはとことん向いていなさそうだ。
「邪魔してごめんなさい。そうだ、ポッター」
「……なんだい」
「クィディッチ見てたわ。あなたのフライトは文句なしに素晴らしかった。良い試合を見せてくれてありがとう」
シャルルは彼の手を取ってぎゅっと握った。ポッターは眉を下げた。
「……ありがとう。君に褒められると思わなかったよ」
照れているのか、戸惑っているのか、罪悪感を刺激されてるのか、その全てにも見える。
「どうして?わたしはあなたにけっこう好意的よ」
「そうみたいだね」
「騙されるなよ、ハリー!スリザリンの奴らって腹の底では何考えてるか分かんないんだから!」
かなりムッとしたが、シャルルは困ったように首を傾げるに留めておいた。ウィーズリーは純血で、グリフィンドールだ。スリザリンのシャルルにあたりが厳しいのは仕方ないことだ。
「それでね……その……あなたに伝えるかは迷ったんだけど」
瞳を下げてシャルルは思案した。睫毛が影を落とす。でも、必要な忠告だと思った。
言いづらそうに口を開く。
「ポッター程の才能の持ち主が箒に振り回されるのは有り得ないことでしょう?でも……試合では振り回された。箒があんなに攻撃的になるのはあんまりないことなの」
ポッターが顔を強ばらせた。「何を言いたいの?」
「あなたの実力を疑ったんじゃないの。むしろ尊敬してるわ。だからこそ忠告なんだけど……。箒は魔力を帯びた意思のある魔法具で……干渉するのはかなり強力な呪文じゃないと難しいわ」
一旦区切り、顔を見つめる。彼は目をまんまるくさせていた。
「観覧席の誰も魔法は使ってなかった。スリザリンやレイブンクローの上級生も。だからその……部外者じゃなく校内で、あなたか、クィディッチか、グリフィンドールを嫌いな強い魔法使いがいるのかも。だから気を付けてね」
言われていい気分になることでは無いけど、仕方ない。ポッターがぽかんとしたまま頷くのを見て、シャルルは満足してあとにした。言いたいことは伝えられた。
「クリスマス休暇はなにをするの?」
暖炉の前でいつものメンバーが集まっていた。マルフォイたちはお喋りが好きで、シャルルはノットの隣で彼と一緒に図鑑を覗き込んでいた。
ダフネの言葉にパンジーが答える。
「いつもはパーティーやらで終わっちゃうわ。親戚が多すぎるもの」
「うちでも開くよ。それも、今年は特に盛大にね。僕の正式な顔見せを兼ねてる。君たちも来るだろ?」
パンジーは勢いよく、ノットは興味無さそうに、クラッブとゴイルはのろのろと、ダフネは仕方なく頷いた。マルフォイは眉をひそめた。
「スチュアート、君は?」
「さあ。公式のパーティーに出たことないから」
そこで面々はシャルルが謎を秘めた少女であることを思い出した。パンジーが身を乗り出す。
「ねえ、あなたのご両親はどうしてパーティーを開かないの?かなりの名家じゃない」
「ホストが苦手なのかしら……わからないわ。でも弟のメロウは色々なパーティーに出てる」
「ああ、うちに来たことあるな。茶髪で小さい……」
「そう。わたしだけよ」
自分で言って、胸の中にもやもやした疑問が生まれた。同世代と関わるようになって、スチュアートがかなり変なことをしているのだと分かるようになった。
変な噂を流されるのも当然だ。
シャルルはどう考えても、両親に存在を隠されていた……。
「もう君はスリザリンの一員なんだ。パーティーに出た方がいい。後で招待状を送らせる」
「そうね、ありがとうマルフォイ。お父様に言ってみる。社交界のことも学ばなくっちゃ」
話題が流れていく中、ノットだけが不可解そうに眉を寄せていたが、それは誰にも気づかれなかった。
荷物をまとめてホグワーツを出ようとする時、マルフォイは獲物を見つけて、にやにやしながら近づいて行った。クラッブとゴイルもにたにたして、パンジーも可笑しそうについて行く。
「シャルルも、ほら!」
手を取られたシャルルはうんざりしながらダフネの手を取った。嫌そうに睨まれたが、道連れだ。ダフネが捕まえるよりも早くノットは身を翻していた。彼は逃げるのがうまい。
マルフォイが向かう先には大広間で食事をとるポッターとウィーズリーがいた。
「やあ、家無しポッター。親も家もない哀れなポッター!ウィーズリーには帰る家があったと思ったけどね……おや失礼、小屋、が正しかったかな?君の小屋はとうとう崩れてしまって帰れないのかい?」
パンジーが大きな笑い声を立てて、クラッブとゴイルが追従する。ダフネは拗ねた顔で腕を組んでいた。シャルルはため息をついた。
マルフォイはポッターたちをからかうのが大好きでたまらない。
「僕はホグワーツに残るのが哀れとは思わない。君はパパとママによちよちされるのを楽しんでたらいいさ」
「君んちの趣味の悪い家より、ホグワーツのほうがよっぽど上等だよ」
「なんですって!」パンジーが怒鳴る。
「マルフォイ家はとても気品ある豪奢な城よ。あんたは犬小屋に住んでるから想像出来ないでしょうけどね!」
マルフォイは不快そうな顔をしていたが、パンジーの擁護にかなり機嫌を良くして、「やるじゃないか」と褒めた。至近距離で笑いかけられたパンジーは一瞬でうっとりして静かになった。
「もういいじゃない、汽車に遅れちゃうわ」
まだ口を開きそうだったマルフォイをシャルルが遮る。
「ノットが席をとってるはずよ。このひとたちの顔を見てるより汽車で過ごしたほうがよっぽど有意義でしょう?」
ダフネは柔らかい口調だった。納得したようにマルフォイたちは頷いた。シャルルは呻きたくなった。
「それじゃ、せいぜい良いクリスマスを、ひとりぼっちのハリー・ポッター!」
嫌な笑顔で言い捨ててマルフォイが去っていく。パンジーと手をさりげなく離し、シャルルは言い訳がましく早口で囁いた。
「本当にごめんなさいね。あなたたちに構ってもらいたくてしょうがない人達なの」
パンジーの声が背中で響く。「何やってるのよ?」
「今行くから!……それじゃ、良いクリスマスを。プレゼント送るわ」
去っていくスリザリン生の背中にウィーズリーが吐き捨てる。
「奴ら本当最悪だよ。スチュアートはいい顔しいなだけなんだ」
「おかげさまでいい休暇になりそうだよ」
ポッターはチキンを頬張った。
*
アナスタシアは汽車の音が聞こえた瞬間から涙ぐみ始めていた。轟音を立てて止まり、生徒がなだれ、ホームは生徒でいっぱいになった。焦れったく思いながらアナスタシアは緑のローブを探した。
「お母様!」
オルゴールのように聞く者の心を癒す愛らしい声をアナスタシアは聞き逃さなかった。蒼い宝石の瞳を零れ落ちそうにさせて、愛おしい子が駆け寄ってくる。
「ああ……シャルル……」
胸に飛び込んできた天使を押し潰すくらい強い力でアナスタシアは抱きしめた。4ヶ月ぶりの我が子。運命の再会かのような仰々しさに愛妻家で親馬鹿のヨシュアも苦笑いだ。
髪を撫で愛おしむ感覚に包まれていたシャルルに声が降ってくる。
「感動の瞬間はもう終わったかしら?」
振り返ると目元に面白がる光を浮かべたダフネがシャルルのキャリーケースを持って立っていた。
「全部投げ捨てて走っていくんだから……」
呆れた口調だったが、くすくす笑っていた。
「ごめんなさいダフネ。ありがとう。つい、ひさしぶりで」
「みんな帰っちゃった。わたしももう行くわ」
「挨拶できなかったわ。残念」
ダフネは「ばかね」と苦笑いして、アナスタシアとヨシュアに向き合って、小さく膝を曲げる。
「お久しぶりです」
「大きくなったわね」
しみじみとアナスタシアが呟く。ヨシュアがアナスタシアの腰を寄せ、シャルルの肩に手を置いた。
「休暇中はぜひ遊びにおいで。ご両親も一緒にね」
「ありがとうございます」
ヨシュアが頷くと、パシュッ!と音が響き、スチュアート家はプラットホームからいなくなった。
シャルルは我が家の大広間に辿り着いた瞬間、ちいさな天使に駆け寄った。
「ただいま、メロウ!いい子にしていた?」
「あたりまえだよ、お姉様。僕はちゃんといい子だった。きちんとお留守番していたもの」
「とっても偉いわ。お姉様はうれしく思います」
家族たちはホグワーツの話をよく聞きたがった。シャルルは手紙はよく送るけれど、彼女について把握するほどには、シャルル自身のことがあまり書かれていない。
彼女の口からは様々な人間の名前が飛び出してきた。
自分たちの娘が寮や学年の垣根を飛び越えて有効な純血家系との繋がりを構築できていることは、かなり誇らしいことだった。
「スネイプ教授はとても実力のある方で……」
「スネイプ……?」
思わず呟いたアナスタシアにシャルルが首を傾げる。
「ああ、ごめんなさい、なんだか彼が教授をしてるって新鮮で」
綻ぶように笑いを零す彼女に声を大きくする。
「お母様お知り合いなの?」
「お父様もよ。彼は良くしてくれる先輩だった。成績もいつも素晴らしくて、特に魔法薬学と闇の魔術に関する防衛術に優れていたわ」
懐かしむような声音。
「彼は1人を好んでいたし、大抵の人間には敵対的だったから教授をしているとは驚いたけどね」
からかいを含んでヨシュアが笑った。「僕らの親友が彼のお気に入りで──」そこで彼は口を噤んだ。
すぐに笑いながら話し続けた。ほんの少しの寂しさが滲んでいる気がした。
アナスタシアやヨシュアはたまに仲の良かった親友の話をぽろっと漏らすことがあったが、それは常に過去形だった。
シャルルはそれが何を意味するか何となく察していた。
「親友は本当に素晴らしかったんだ。セブルスは僕らも一緒に目をかけてくれた。セブルスはミスター・マルフォイにも気に入られるほどの実力者で、恐れられてもいた」
聞き覚えのある姓。ドラコ・マルフォイの父親?セブルス・スネイプがドラコ・マルフォイを可愛がるのは、その父親に世話になったからなのかもしれない。
教授に両親の話を聞いてみようとシャルルは思った。彼はシャルルにその話をしてくれたことは何も無いけれど。
話がひと段落したところで、シャルルはマルフォイに関するある話を切り出してみることにした。
「マルフォイ家はこの冬ご子息の正式なご挨拶の場を設けるみたいなの。そのパーティーへの招待状をいただいたのだけれど、行ってもいいでしょう、お父様……?」
不意打ちの言葉に、にこやかだったヨシュアは凍りついた。
甘えるような上目遣いで殺人的に愛らしいおねだりをしてくるシャルルの視線から逃れ、ヨシュアは唸り声を噛み殺した。アナスタシアが恐れを顔にうかべて見つめてくる。
強く目をつぶった。
ホグワーツに入った時点で逃げることはもう出来なくなっている。しかし、ルシウス・マルフォイの懐へ入り込むにはまだ様々な面で準備が充分とは言えない。
「夏休みなら許そう、シャルル。君ももう大人だ。でもこの冬は駄目だ」
「……どうして?」
とてもかなしい顔でシャルルは瞳を伏せた。そういう顔をされるとなんでも許してしまいたくなるのは彼女の秀でた特権だった。ヨシュアは自分の心に鞭を打って、真顔で固い声を出した。
「聞き分けてくれ。その代わり、他の家のパーティーへ顔を出そう。魔法省の知人にいくつか招待されている」
「お姉様とパーティーへ行けるの?」
メロウが瞳をきらきらさせた。嬉しそうな弟にシャルルは微かに微笑みを浮かべて小さく頷いた。
「ヨシュア……」
その晩、アナスタシアは酷く不安げな様子だった。しかし反対はしなかった。彼女も分かっているのだ。
ルシウス・マルフォイは狡猾で冷徹な男であり、デスイーターとして有名だった。そして、闇の帝王が倒れた時、誰よりも素早く安全に表の世界に戻ってきた。
ベッドの中でシャルルは暗闇をじっと睨んでいた。
今日の会話によって少女はひとつの確信を得ていた。シャルルはやはり意図的に隠されていた……そして恐らく……マルフォイ家から。あるいは、何らかの共通を持つ純血家から。
グリーングラスやパーキンソンとマルフォイの違いが何なのかはわからない。
両親は自分を愛している。それは確信を持っている。鍵はアナスタシアの酷くなにかに怯える態度や、恐らく亡くなった彼らの親友、そしてスネイプ教授。
家族からの愛は疑わずとも、シャルルを置き去りにして誰かの思惑通りに動かされるのは、かなり不快だった。
秘密を必ず手の中に収めることをシャルルは決意していた。
「本当に?」
ハッと思い出した。ハロウィーンの日のクィレル・クィレルの強い瞳と態度がフラッシュバックした。彼はシャルルの両親について知りたがっていた──。
*
非常に珍しく目をパチッと醒ましたシャルルは、急いで顔を洗い、髪をつやつやにして、前の夜に準備しておいたワンピースを丁寧かつ迅速に身に着けた。
マリア・クロスの2年前のロングワンピースはシャルルがいくらか成長しても、膝丈サイズで違和感なく着ることが出来ていた。肩から胸、裾のところに繊細なフリルと刺繍を施され、シフォンを重ねられた深緑と白のワンピースはかなりお気に入りだった。
楽しみなことがある日は必ずこれを着る。
そして、優雅さを失わないように気をつけながら螺旋階段を駆け下りた。
ホールにはもうたくさんのプレゼントの山が出来ていた。梟が1羽また小包を山の上に落としていった。
プレゼントのそばにはアナスタシアとヨシュアがいた。
「メリークリスマス」
「さあおいで、ちいさなレディ。僕らからプレゼントだよ」
ふたりはシャルルの両頬にキスを落として抱きしめ、背中から箱を取りだした。
去年は呪文集と香水だった。今年の箱はそれよりずっと小さい。
「ありがとう、開けてもいい?」
銀色のリボンを解くと、中には深緑色のシルクのハンカチーフがあった。銀色の蛇が泳いでいる。縁にはダイアモンドも縫い込まれている。
うっとりそれを取り出すと何か固い感触があった。
水晶のネックレスだ。中に透明にきらめく何かが閉じ込められている。光に当たって銀色にも、水色にも見える。
「これは……?」
「御守りだよ。強力な盾の呪文が掛かってる。シャルル、君を守ってくれるだろう」
「中にあるのは?」
「答えだよ。必要な時に砕ける。あるいは適切な時が来たら」
ヨシュアは大きな手でシャルルの頭を撫でた。彼が回りくどい言い方をするのはかなり珍しかった。
なにか大切なものだと理解したシャルルは、彼らが何も言う気は無いのも察していて、頷くとネックレスを首から提げた。盾の呪文はかなり高度な呪文だった。シャルルもまだ概念の理解にすら到達出来ていない。
今はウィゼンガモットで知的に振る舞うヨシュアだけれど、学生時代はかなり成績が良く、卒業後は魔法法執行部に進む道も考えていたという彼のことだから、本当に強力な呪文が掛けられているに違いない。
「ありがとう、お父様、お母様」
心からの笑顔を浮かべてヨシュアとアナスタシアの頬にキスをした。
ホグワーツに入ってから、なにかが動き出している気がしてならない。
メロウが眠い目を擦りながら起き出してきた。シャルルを見ると飛び上がってプレゼントのそばに走ってくる。
「お姉様からのプレゼントは?」
「メリークリスマス、ちいさな子犬ちゃん」
メロウの鼻先を擽ってシャルルは金色がかった箱を指さした。飛び付いて箱を開けていく。
「わあ!新しいグローブ!それに……魔法薬キットだ!」
「まあっ、シャルル!」
アナスタシアが悲鳴を上げた。「メロウにはまだ早いでしょう?……しかもファニー・フィッティング・フェッセンデンのキットじゃない!」
珍しく大きな声で狼狽える母親にシャルルはちょっと申し訳ない気分になった。フェッセンデン氏が作る作品はどれも「普通」からは逸脱したユニークなものばかりだ。
「ごめんなさい、でもメロウはかなり賢いわ。わたしがこのくらいの頃はもうホグワーツの勉強をしていたし……」
アナスタシアはどことなくぐったりして頭を振った。代わりにヨシュアが答える。
「シャルルは昔から色々知りたがったけど、この子はまだ箒で飛び回るのが楽しい時期なんだよ。手習いだってそんなに乗り気じゃない」
「違うもん」
メロウが唇をとがらせた。
「やりたい時にやりたいことが出来ないのが嫌なだけ。先生は僕に質問の時間もくださらないし、楽しくないよ」
それを聞いて得意気な顔で父親を見つめると、ヨシュアも天井を見て頭を振った。
「わかった、わかった。でもメロウ、その魔法キットを使う前に基礎的な知識を覚えるんだ。僕が教えるから……」
シャルルとメロウは顔を見合わせて勝利にほくそ笑んだ。
パンジー・パーキンソンからのプレゼントはマリア・クロスの新作の髪飾りだった。マーメイドモチーフの水色のサテンリボンはシャルルの深い黒髪によく映えた。
ダフネ・グリーングラスからはその日の気分によって色を変えるインクと、花が咲くレターセット。早速手紙を書くと、マーガレットの花びらが散って、わくわくしたピンク色のインクになった。
マルフォイからはティーセット、ノットからは音声自動筆記羽根ペン、ザビニからもあった。『俺の心を捉えて離さない、ミス・サファイアへ』キザなメッセージカードに枯れない花束。ヨシュアがプレゼントを睨みつけたのでシャルルは慌てて次の人に移った。レイジーからもある。ミューズキャンディの詰め合わせだ。食べると優雅な演奏が流れるからお気に入りだと言ったのを覚えていたらしい。
スリザリン生や他寮の生徒からもメッセージカードやプレゼントが届いていた。でも、残念ながら英雄様からはなかった。シャルルはメッセージカードと、保護魔法の掛けられているメガネ拭きを贈っていた。
差出人の書いていない青の封筒の送り主は誰からか分かりきっていた。メッセージカードと招待状。
「叔母様からよ。明後日夕食にいらっしゃいって」
ため息をついてアナが肩を竦めた。休暇くらい放って置いて欲しいと言わんばかりだ。シャルルもあの家に行くのは少し気が重い。
母親の生家であるダスティン家は血は申し分ないけれど、今の当主の奥方──つまりアナスタシアの姉──は癖の強い人だ。その娘とシャルルは仲が良いと言うには無理がありすぎる関係性だった。
*
ミッドナイトブルーの壁、白の亀裂が大胆に走る漆黒の大理石の床には、ネイビーのベロア絨毯が敷かれている。セルリアンの色が入った磨りガラスの窓枠に、セピア色にくすんだ青銅の品の良いテーブルにチェア。柔らかなブルーのクッションがシャルルのちいさな身体を包み込む。
天井から吊り下げられている豪奢なシャンデリアは、優雅に、かつ威圧的に、リビングに静謐をもたらしている。
「いま食事を運ばせるわ。寛いでちょうだいね」
ディアナ・ダスティンがにこやかに言った。彼女はアナスタシアの姉で、親切そうな笑顔を浮かべているが、どことなく胡散臭さの感じる顔つきをしていた。
迷子になったように、隣に座っていたメロウがそっと体を寄せた。シャルルは彼の背を撫でた。
「2階にリディアがいるのよ。シャルル、呼んできてもらえる?」
まるで女王様のように言われ、小さく頷く。「メロウ、あなたはお母様を呼んできて」シャルルが優しく指示を出すと、金髪の子犬は玩具を前にして待ちきれない風に顔を明るくした。固い雰囲気にメロウは戸惑いきっていたから。アナスタシアはいつも別館に篭って祖父母たちと話している。家を出てしばらく経っているのに甘やかされているのだ。
冷たい視線が背を追ってきている気がする。
ディアナ・ダスティンは、アナスタシアや、シャルルのことをどう考えても嫌いだった。 フン、と鼻を鳴らした声が聞こえた。
ダスティン家は良い屋敷だけれども、あの女性のせいでかなり威圧的な空間になっているのは間違いない。そして、今から向かうリディア・ダスティンのこともシャルルはあまり得意でなかった。彼女はシャルルのいとこだった。
銀の取っ手を軽く鳴らすと、不機嫌そうな彼女がシャルルを睨みつけた。まるでなにか大事なものでも取られたかのように大げさに。
「何?あなたの顔見たくない」
口調は冷たくてまったく友好的でない。彼女はシャルルが穏やかな微笑みを浮かべることさえ気に食わないのだ。理由は知らないけれど、母親を見れば分かる。ディアナはアナスタシアになんらかのコンプレックスを感じている。
「叔母様が食事にしましょうって」
扉から部屋の中が見えた。ネイビーやターコイズで統一された落ち着きのある装い、銀と水色の家具。かなりシャルルとセンスが似通っていて好ましい。
テーブルの上には書物がいくつも積み重なっていて、茶色と白の鷲の羽根ペンがインクに刺さっていた。
「勉強していたの?」
「あなたに関係ないでしょ」
母親そっくりにリディアは鼻を鳴らした。シャルルは微笑みを深めた。
リディアと並んで食堂へ歩き出すと彼女は神経質にシャルルを気にして落ち着かない様子だった。
食卓にディアナ、リディア、祖母と祖父、アナスタシア、ヨシュア、シャルル、メロウが揃った。
実に気が重い時間だった。
祖父母はアナスタシアとシャルルとメロウにあからさまに好意的で、リディアが哀れになるくらいだった。ディアナは祖父母の関心を奪おうと高慢に喋り続け、アナスタシアはニコニコそれを聞いていた。
彼女が口を開くのを遮ると、祖父母はディアナを嗜めて、子供時代もそうして過ごしてきたであろうことは想像にかたくなかった。
「ホグワーツはどう?スリザリンに入ったんでしょう?私の出身寮でしたのよ」
祖母は機嫌よく問いかけた。
「居心地がよくて、みんな気品があるわ。わたしずっと入りたかったの」さらに機嫌が良くなって、祖母はワインをスイスイ飲んでいる。
「勉強は?アナの娘だから心配はしていないけれど」
「どうかしら、学年首席は難しいかも。優秀な子が多いの。でも授業自体は易しすぎて、今3年生の内容を自習してるわ」
「あら、本当に?」
祖母は声を僅かに上ずらせた。
「なんて賢いの!さすが……」そこで一瞬不自然に途切れ、ヨシュアをチラッと見た。
「……さすがダスティンの血を引く子ね」
「レイブンクローの末裔として鼻が高いよ」
「シャルルは本当に優秀で、誇り高い子なの。自慢の娘よ」
祖父母からの賞賛にアナスタシアが無邪気に喜色を浮かべた。リディアは唇を引き結んで目の前の皿を懇々と見つめていた。ディアナは眉が釣り挙がってピクピクするのを必死で抑えているように見えた。
当たりがきついふたりへのちょっとした意趣返しだったが、祖父母やアナスタシアには悪気がない。それは相当堪えるに違いなかった。シャルルはリディアに同情して口を開いた。
「さっき部屋でリディアは勉強してたのよ。偉いと思うわ。きっと彼女はレイブンクローになるでしょうね」
彼女はすぐさまシャルルを睨んだが、
「リディアも頑張り屋さんで偉いなあ」と祖父に褒められると、困り眉になった。肩を固くして照れている。逆にディアナは顎をつんと上げて得意げに頷いている。
シャルルはリディアのことを好きになれそうな気がした。彼女も母親と同じ反応をするかと思ったのに。リディアは明らかに褒められ慣れていない。
夕食を終えて別れの挨拶をする時、握手をしながらリディアが体を寄せてきた。
「感謝なんてしないから。余計なことしないで」
彼女はハリネズミみたいだ。
来年のホグワーツがきちんと楽しめるか少し不安になった。