後の世の者はその時代を、荒々しくも眩しかった数世紀と語る。
世界は今よりもはるかに単純にできていた。
すなわち、狩るか、狩られるか。
モンスターハンターの世界へようこそ。
これは、モンスターとハンターの物語である。
この世界には様々な狩人───ハンターがいる。
時に。
ハンターは知恵と勇気と、時々お金を振り絞り。
時に。
ハンターは己の力と、仲間の力を合わせて。
時に。
ハンターは生活の為、大切な誰かの為、自らの地位の為、己の力を確かめる為にモンスターと戦った。
この世界には様々な生き物───モンスターがいる。
時に。
モンスターは陸に、海に、空に。
時に。
モンスターは炎を吐き、雷を纏い、水を従え、氷を武器に。
時に。
モンスターはこの世界の生態系の頂点として、生きていた。
この世界はモンスターの世界だ。
後の世の者はその時代を、荒々しくも眩しかった数世紀と語る。
世界は今よりもはるかに単純にできていた。
すなわち、狩るか、狩られるか。
モンスターハンターの世界へようこそ。
これは、モンスターとハンターの物語である。
☆ ☆ ☆
森の中。少年少女が二人。
肉の焼ける匂い。香ばしいその香りは、設置されたテントの側から漂っていた。
焚き火の上で骨付き肉を回す一人の少年は、軽快な鼻歌を漏らしながらその時を待つ。
タイミングはシビアだ。一歩間違えれば大失敗。少年は肉を回す手を止める事なく集中して、鼻歌が終わったか終わっていないかのタイミングで、骨付き肉を一気に持ち上げる。
「上手に焼けました!」
空に掲げられた骨付き肉はこんがりと色を付けて上手に焼けていた。香ばしい匂いが辺りに広がり、今にも唾液が溢れそうである。
「───じゃなくて、こんがり肉なんて焼いてないであんたも回復薬作るの手伝ってよ」
少年を見ていたもう一人の少女は、浅くため息をつきながら手に持っていた小瓶の蓋を開けた。
そこに、アオキノコと薬草をすり潰して混ぜた物と水を少し入れる。
こんがり肉と違いとてもじゃないが美味しそうに見えないソレだが、ハチミツを混ぜる事で幾分かマシになっただろうか。
同じ物を二十個。
十個ずつお互いのポーチに入れて、少女は肉を頬張る少年に投げ付けた。
「ほら、暗くなる前に早く狩場に行くよ」
「だからこそ、肉を食べるんだ。お前も食うか」
「食べる」
「食うんかい」
少年の持つこんがり肉を横から頬張って、少女は満足気にガッツポーズを決める。
お腹が減っては力は出ない。スタミナを付けるにはやっぱりこんがり肉だ。
二人はハンターである。
近くの村に住む少年と少女は、なんて事もない理由でハンターを目指した。憧れの師がいて、村をモンスターから守りたいとも思ったからである。
この世界にはモンスターという生き物達がいて、人間は彼等に比べとても貧弱な生き物だった。
人々はいつしかそんなモンスターを狩り、生活の糧とする道を選ぶ。そうして生まれたのがハンターという職業だ。
「よっし、モンスターは何処だ!」
「まずは痕跡集めが先でしょ。どんなモンスターがいるか分かってないんだから」
森と丘。
そう表すのが適切なその場所で、狩人二人は自らの得物を背負いモンスターの痕跡を探す。
少年は身の丈程の大剣を。少女は小振りの片手剣と右手に盾を。
イャンクックと呼ばれるモンスターの桃色の甲殻を使った防具をお揃いで身に纏い、神経を集中させて辺りの気配を探りながら森を歩いた。
「おーい、こっち見てみろ」
「何? 焼け焦げた跡、だね」
焼けた草木を見付けた少年は「雷でも落ちたのか?」と首を傾げる。
「なんでそうなるの。イャンクックとか、火を吐くモンスターがいるのかも」
「村長は確か、何がいるか分からんけどこの辺りの小型モンスターが森を出て村の近くに来て困ってるって言ってたよな」
ハンターは基本ギルドからの依頼や、村や人々を守る為にモンスターを狩るのが仕事だ。
今回二人は後者であり、村にモンスターが近付いてくる原因を断つ為にこの森に足を運んでいる。
「うん。ここにイャンクックか……何か火を吐けるような大型のモンスターが来たから、小型モンスター達は逃げ出して村まで出てきたのかも。この森はイャンクックが良く来るから、多分イャンクックだと思うけど」
「決まりだな。イャンクックを狩る、それでこの仕事は終わりだ」
掌を拳で叩いて、少年はやる気に満ち溢れた顔で前を見た。今から戦い出しそうな勢いの少年はしかし、キョトンと目を丸くして少女の目に問い掛ける。
「で、イャンクックは何処だ?」
「それを今から探すんでしょ」
呆れ顔の少女は浅いため息を漏らしながら、ふと草木が焼け焦げた跡の近くに何かの爪痕が残されているのを見付けた。
「……大きい」
自分の腕よりも大きな爪痕が三つ。
彼女達は何度かイャンクックの討伐に成功していて、その証拠にイャンクックの素材を使って装備を作っている。
しかし見た事もない大きさの爪痕に、少女は不安になって少し身を震わせた。
「俺の大剣の方が大きい」
そんな少女の気持ちを知ってか知らずか、少年は自慢げに自らの得物を持ち上げる。
「いや、そんなの聞いてないから」
少年の奇行に不安だった気持ちがどっかに行ってしまった少女は、彼の手を引いて痕跡の跡を辿って歩いた。
ふと、二人の師匠の言葉を思い出す。
「コイツは力はあるが知恵がない、オマエは知識はあるがモンスターを倒す為の決定的な腕力がない。だから───」
「───お互いに支え合ってモンスターと戦え、ですよね」
不敵に笑う少女の横で、少年は「クック先生何処だぁ!」と叫んだ。やかましい、と少女は彼の頭を殴る。
イャンクックを見付けるのに、然程時間は掛からなかった。
森の奥の水場で、足だけでも少年と同じ大きさの竜が水を飲んでいる。
黄色い大きな嘴で掬った水は大樽一杯分はありそうで、ソレを飲み込む様は圧巻の一言だ。
蒼い翼膜を待つ大きな翼を広げ、少年達の装備と同じ桃色の甲殻を持つ竜は背伸びをするように身体を持ち上げる。垂れ下がった尻尾はそれだけで地面を軽く抉った。
大きな耳が特徴的なそのモンスターの名はイャンクック。狩人達からは怪鳥と呼ばれている、鳥竜種に属するモンスターである。
「やっぱりイャンクックだったね」
「思ってたよりは小さいけど、中々デカいイャンクックだな」
「勝てるかな?」
「多分大丈夫!」
「どこからそんな自信が……。でも、やるしかないもんね」
半目で少年を見る少女はしかし「予定通りで良い?」と少年に問い掛けた。
間髪入れずに親指を立てる少年。少女は腰に背負った片手剣に手を向けながら、姿勢を低くして隠れていた茂みを出る。
イャンクックは直ぐに彼女に気が付いた。大きな耳は伊達ではなく、その耳を扇のように立てる事で彼等イャンクックは物音に敏感に対応し───戦いの準備をするのである。
「こっちよ!」
少女が走って、イャンクックは大きな嘴を開いて威嚇の咆哮を上げた。
剣を構えて挑発するような少女に、イャンクックは彼女を外敵と見做して翼を広げる。そうして大地を蹴って進む怪鳥の速度は人間の比ではなく、少女は一瞬で距離を詰められてしまった。
「……っ!」
しかしギリギリの所まで引き付けて、少女は身体を捻って地面を横に転がる。
そして足元をイャンクックの巨体が通り抜けたのを確認すると、冷や汗を流しながら「今!」と大声を上げた。言うが早いか、少年は地面を蹴って茂みを出る。
イャンクックは巨体故に、走行速度を落とす事は難しい。
突進を避けられた事を感知したイャンクックは、自分の身体を投げ出すようにしてようやく止まる事が出来た。
───その背後から少年が迫る。
「貰ったぁ!」
身の丈程の大剣を背に、少年は茂みの中から走ってきた勢いを乗せて、イャンクックの背中に自らの得物を叩き付けた。
甲殻が弾け、イャンクックの悲鳴が響く。
だがそれだけで倒れる程、モンスターは貧弱な生物ではない。
「もういっちょ───うぉ!?」
尻尾を振り回しながら立ち上がるイャンクックに、少年は一旦身を引くしかなかった。
モンスターと違い人間は貧弱で、時にはたった一撃で命を奪われる事もある。
しかしそれ程までに力の差がある相手に立ち向かう、それが彼等ハンターの仕事だ。引いてばかりではいられない。
「下がって!」
「おう! 思ってたより大きくないな!」
「うん。狩り慣れてるし、大丈夫」
前にでる少女は、身を低くして二人を威嚇するイャンクックに刃を向ける。
イャンクックの討伐経験がある二人は、幾分か落ち着いていた。対するイャンクックは頭を持ち上げて、外敵をその嘴で押し潰さんと地面に振り下ろす。
少女は前転してその攻撃を避けながらイャンクックの懐に潜り込んだ。
背後ではイャンクックの嘴が地面を抉っている。転がった身体を持ち上げながら振り上げた片手剣は、イャンクックの足を切り裂いた。
「───たぁ!」
声を張って力を入れながら、少女はさらに剣を振る。
振り下ろし、薙ぎ払い、身体を回転させて体重を乗せた一撃は、遂にイャンクックの甲殻を砕き血飛沫を上げた。
悲鳴を上げながらその場で地団駄を踏んだイャンクックに踏み潰されないように、少女は再び横に転がってから距離を取る。
イャンクックは口から火の粉を漏らしながら、小さな少年少女を睨んで吠えた。そのまま姿勢を上げ翼を広げる。
「しまった───ブレス!?」
嘴から炎が漏れた。
モンスターはただ大きいだけの生き物ではない。時に彼等は火を吐く事もあれば雷を纏う者もいる。
巨大な爪や牙で戦う者もいれば、自然の理を超越した力を持つ者もいると言われていた。
イャンクックは火を吐く。
正確にいうと、可燃性の液体を吐き出してそれを発火させて攻撃する事が出来るモンスターだ。
火は等しく生物を焼く。
その攻撃に当たればひとたまりもなく、二人が見付けた痕跡のように焼け焦げるしかない。
左右に首を振るイャンクックから放たれたブレスは、少女の逃げ場を無くすように地面を焼いた。
回避の為に姿勢を崩した少女は気休め程度に右手の盾を前に向ける。
「───うぉぉおおお!」
そんな少女の前に、少年は大剣の腹を突き出して立った。
ブレスは大剣に直撃して、少年は衝撃と余熱で顔を顰める。
「大丈夫か!」
「助かった!」
しかしそのおかげで、少女は無傷で攻撃を耐える事が出来た。直ぐに立ち上がるが、イャンクックは二人を押し潰さんと再び身体を持ち上げる。
「眼、閉じて!」
左手に片手剣を持ったまま右手をポーチに突っ込み、目的の物を掴んだ少女は間髪入れずにソレを投げ付けた。
刹那、光が森を焼く。
閃光玉。
絶命時に強力な光を放つ光蟲と呼ばれる虫を使った、ハンターが使うアイテムだ。
瞳を焼く程の光を目にした生き物は、それがモンスターであろうと大抵の場合は動きを抑える事が出来る。
「今のうちに回復を!」
「助かる」
例に漏れず、視界を焼かれその場で暴れ回る事しか出来なくなったイャンクックから目を離さずに、少年はポーチから小瓶を一つ取り出した。
薬草とアオキノコを調合し、そこにハチミツを混ぜた回復薬
そうしている間に視力を取り戻したイャンクックは、二人を睨んで炎を漏らす嘴を開いた。
怒りの声かのような咆哮が森に響く。二人は再び身を低くして構えた。
「いけそう?」
「勿論。隙を作ってくれ! 援護はする」
「分かった!」
短く返事をして二手に別れる。少女は正面からイャンクックの頭に刃を叩き付け、噛みつこうと開かれた嘴を盾で殴り付けた。
その隙に背後に回り込んだ少年が、大剣をイャンクックの足に叩き付ける。今日一番の悲鳴と共に血飛沫が上がり、イャンクックは体勢を大きく崩した。
その隙に、さらに少女は刃を振るう。
彼女の片手剣がイャンクックの身体を切り裂く度に、少しずつイャンクックの動きが鈍くなった。猛撃は止まらず、片手剣の手数を生かして刃を叩き付ける。
「もう少しで!」
少女の片手剣は、牙を刃として緑と橙色の特徴的な皮を持つモンスターの素材で作られていた。
名はデスパライズ。
そのモンスターは牙に麻痺毒を有しており、デスパライズの刃で切り裂かれたモンスターには少しずつその麻痺毒が蓄積されていく。
そしてその毒が一定以上蓄積された時───
「麻痺取った!」
───いかに巨大なモンスターであろうと、その動きを止める事が出来るのだ。
「よっしゃ! 任せろ!」
身体を痙攣させ動きを止めたイャンクックの正面に立つ少年。本来ならそんな場所で立ち止まる事は出来ないが、今は違う。
そして少年は大剣を振りかぶり、イャンクックの頭に狙いを定めた。
「これで決めてやるぜ!」
そのまま、少年は大剣を振り下ろす───事はなく。
深く息を吸って大剣を握る手に力を込めた。
狩人は様々な武器を使う。
時には
自らの手に馴染む得物を使う者もいれば、相手に合わせて得物を変える者もいた。
それぞれの武器には特徴がある。
例えば少女が使う片手剣が身軽さと手数ならば、少年が使う大剣は一撃の重さだ。
身の丈程の大剣は振り下ろしただけで絶大な威力を発揮する。
その威力をさらに引き上げるには、力を溜め、呼吸を整え、最高のタイミングで刃を振れば良い。
「まだだ……」
「まだだ……まだ、まだ……まだ───」
「───今!!!」
そのタイミングで、少年は大剣をイャンクックの頭に向けて力強く振り下ろした。麻痺毒で動けないイャンクックの嘴を刃が叩き斬る。
少年の武器は、竜のヒレを刃として水場に生息するモンスターの素材で作られていた。
名は水刃剣ガノトトス。
その刃は切り裂いた相手に、さらに高圧の水流を叩き付ける。
刃と水流がイャンクックの耳を引き裂き、嘴を叩き割った。
悲鳴を上げるイャンクックは、扇状に広げていた耳も閉じて姿勢を低くし二人を睨む。
勝負あり。
既にイャンクックにはこれ以上戦う力は残されていなかった。
だから、足を引きずってでも二人の狩人から逃げようとする。
モンスターは生き物だ。
人を含め全てが等しくそうであるように、命がある。
だからこそ狩人は───ハンターはモンスターと戦い、その命を奪って糧とした。
今ここでイャンクックを逃がせば、少年達の村に被害が出るかもしれない。イャンクックを見付ける前に見た焼け焦げた跡や爪痕を思い出す。
二人は目を合わせて頷き、イャンクックを追い掛けようと地面を蹴った───その時だった。
「うぉ!? まだ飛べるのか!」
イャンクックは大剣を振ろうとした少年を吹き飛ばす勢いで翼を広げる。
それを見た少女は直ぐにポーチに手を入れるが、何か別の気配に身体が震えて動けなかった。
「なんだ?」
少年も、イャンクックすらも、その気配に魅入られる。
空が赤く染まった。
大きな影が降ってくる。
赤と黒の、炎のような甲殻。
人の腕よりも太い両脚の爪、巨体を空中で翻す程の強靭な翼。
突然現れたそのもう一匹のモンスターは、飛びあがろうとしていたイャンクックを押し潰すように地面に着地した。
そのままイャンクックの首を踏み潰し、反射的に耳を塞ぎたくなるような咆哮を森に轟かせる。
「───リオレウス」
この世界には様々な狩人───ハンターがいる。
「あの爪の跡、このイャンクックじゃなかったって事!?」
時に。
ハンターは知恵と勇気と、時々お金を振り絞り。
「だとしたら……コイツを狩らないといけないよな!」
時に。
ハンターは己の力と、仲間の力を合わせて。
「そうだね、村を守らないと!」
時に。
ハンターは生活の為、大切な誰かの為、自らの地位の為、己の力を確かめる為にモンスターと戦った。
「大物だ、怖くないか?」
「まさか!」
この世界には様々な生き物───モンスターがいる。
時に。
モンスターは陸に、海に、空に。
時に。
モンスターは炎を吐き、雷を纏い、水を従え、氷を武器に。
時に。
モンスターはこの世界の生態系の頂点として、生きていた。
「火竜リオレウス、相手にとって不足なしよ!」
「よし、それじゃ!!」
この世界はモンスターの世界だ。
後の世の者はその世を、荒々しくも眩しかった数世紀と語る。
世界は今よりもはるかに単純にできていた。
すなわち、狩るか、狩られるか。
「「一狩り行こうぜ!!」」
モンスターハンターの世界へようこそ。
これは、モンスターとハンターの物語。
読了ありがとうございました。
初めましての方は初めまして。日頃お世話になっている方はおはこんばんちわ。
主にハーメルンにてモンスターハンターの二次創作をしている皇我リキと申します。
今回はせと。さんの企画『モンハン愛をカタチに』に参加させて頂き、筆を取りました。沢山の方が様々なモンハンへの愛を連ねる企画に参加出来た事に少し緊張しております。
イラストや動画、考察のコラム等普段あまり手に取らない創作物を目にする機会に毎日ワクワクが止まりません。
そんな中で自分はモンスターハンターの中の『物語』を文字にする創作小説を投稿させてもらいました。普段こういう作品をあまり手に取らない人に、モンハンというゲームを文字にするとこんな感じだよっていうのを伝えられたら良いなと思っています。
そして企画には私以外にも創作小説を投稿する人が何名かいました。
作品で書いた通り、この世界には様々なハンターがいて、モンスターがいる。そんな我々が大好きなモンスターハンターの世界の物語を残りの期間も楽しんで頂けると幸いです。私も他の人の作品が楽しみです!
私は今回ゲームでは馴染みのこんがり肉や回復薬等を自分なりに解釈して物語に落とし込みました。
作品の数だけ作者さんのモンハン世界への解釈があり、物語でそれを表現出来るのがモンスターハンターの二次小説の楽しい所だと私は思っています。もしこの企画で興味を持っていただけたのなら、他にもある沢山の作品を読んだり、自分も書く側になったりしてみてください!
そして勿論、創作小説以外の作品もとても楽しみにしております。
それでは長くなりましたが、モンスターハンターが大好きな皆様へ。再びではありますが、読了ありがとうございました。
一狩り行こうぜ!