『希望の実』拾い食いから始まる逆転ダンジョン生活!   作:IXAハーメルン

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第六十六話

 痛みを堪えて地べたに這いずる私と、悠然と空を舞う蛾。

 連鎖する爆発に身を焼かれて以降、あの蛾は全く地上へ降りることがなかった。

 私が息絶えるその瞬間まで、絶対に近寄るつもりがないのだろう。

 

 もはやこれまでか。

 諦めに目をつむり、終焉のその時を静かに待とうと、震える四肢から力を抜いたその時だった。

 

「くそっ、ここでもアクセス出来なかったか……! チッ、チッチッ! もっと大きな断層でないと……しかし魔力が足りん……!」

 

 奥から、一人の女が『空を飛んで』やってきた。

 

 目深に被った地味だが大きなつばの帽子、もう夏も近い季節、その上暖かな気温のダンジョン内だというのに、全身を大きなコートで包んでいる。

 しかし何より特徴的なのは、そんな帽子をかぶっているにも関わらずはみ出た、長い金髪(・・)

 

 何か考え事をするように顎へ手を添え、ブツブツと前も見ずに空を飛び続ける。

 彼女も、そして私に注目していた蛾も互いの存在に気付かず……

 

 ドンッ!

 

「ああ? チッ、邪魔だ。くそっ、不愉快な時にばかり出てきおって!」

 

 その巨大な羽根へと体当たりするようにぶつかった彼女は、舌打ちを繰り返して苛立たし気に、激しく髪を振り乱す。

 顔は全く見えないが、何もかもに激高しているような、見ているこちらが恐怖する雰囲気。

 先ほどまで燃えるような熱を持っていたはずの全身が、なぜか突然凍り付いたように冷たく感じる。

 

 この感覚は、かつて母だった人に甚振られた、あの日々の感覚そっくりだ。

 じわりと、何度も執拗に蹴り飛ばされた背中が、幻想の鈍痛を思い出す。

 

 分厚いコートの中から出てきたのは、粗暴なその口調とは真逆のほっそりとした腕。

 それは顔の周りに飛ぶ羽虫を振り払うように、あまりに適当に振られ……その瞬間、私を苦しめていた蛾は、激しく身を地面に叩き付けていた。

 

 強い……!

 

 ピクピクと激しい痙攣、そして透明の体液をまき散らし地面でのたうつ蛾。

 彼女はその元へ降りると、荒々しく、激情を隠しもせずに何度もその身を蹴り続けた。

 最初はその大きな羽根を、二度と飛べないと一目で分かるほど。次にその柔らかな腹を、端から形も残らぬよう。

 戦いではなくただの蹂躙。それも金が必要だからなどではなく、一方的な八つ当たり。

 先ほどまで命を狙い、返り討ちにあった私が言うことではない気がするが、それはあまりに残酷な仕打ちにも見えた。

 

 痛みも忘れ茫然と見る私に、蛾が光へと変わったのを確認した彼女の、鋭く冷たい瞳が突き刺さる。

 

 殺される……!?

 

 先ほどまでの諦めも含んだ感覚ではなく、本能的な恐怖とでもいえばいいのか、彼女の蒼い瞳に睥睨されるのが恐ろしかった。

 自然と頬は引き攣り、額から汗が垂れる。

 ゆっくりとその腕が動き出し、くたばりかけの私を捻りつぶすように……

 

「ふん、まだ(・・)生きていたか」

「え?」

 

 バシャバシャと頭から掛けられたのは、冷たくどこまでも紅い液体。

 血? いや、違う。

 さっきまで赤く爛れてていた四肢も、掻き毟るほどの痒さに襲われていた顔も、燃えるほどの熱さも、全てが消えていく。

 ポーションだ、それもとびきりの。

 

 彼女の手に握られているのは、今も液の滴っている小瓶。

 

 私を……助けてくれた……?

 

「え……? あ……ありがとう……」

「数日したらここは崩壊する、死にたくなければ逃げるんだな」

「ま、待って……!」

 

 表情一つ変えずに伝えられたのは、あまりに衝撃的な話。

 

 ダンジョンの崩壊、その予測なんて聞いたことがない。

 もしそんなことが容易に行えるのなら、定期的に報道される山間部の村の全滅、街での阿鼻叫喚などは一切なくなるだろう。

 だというのに彼女はさも当たり前の様に私へ伝えると、制止も聞かずに飛び去ってしまった。

 魔石すら興味がないのか、その場にごろりと転がったままだ。

 

 ……意味が分からない。

 

 彼女の残していった魔石を拾うのも気が引け、これ以上戦う気にもなれない。

 微かな頭痛とふらつき。

 こんなに暖かいのに鳥肌の収まらぬ腕を撫で、『炎来』の初探索は終わった。

 


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