シャブ漬け少女のストライクウィッチーズ   作:文月フツカ

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光の裏で起きた事 3

「ッ、どうして此処に」

 

 イージスは震えながら後ずさりする。

 

「あれ、初対面なのに怖がられてます!?」

 

 何が初対面かとイージスは思った。

 だが問題はそんな事ではない。

 

「なんで、どうして…よりによってその貌なの」

「そ、そう言われても生まれてからこの顔ですし」

 

 大声でそんな訳あるかと怒鳴りたいイージスであったが、周囲の視線が鬱陶しくなって来た為、無理矢理言葉を呑み込んだ。

 

「……何の用よ」

 

 あからさまに不機嫌な声で用件を尋ねた。

 

「数週間後、ガリア解放式典がパリで行われるんです! その時に慰安部隊がコンサートを開くので、護衛任務に就くよう命令が下ってます!」

 

 またルミナスかよと舌打ち1つ、またコイツと一緒かとため息1つ。

 更によりにもよって思い出したくもないその顔面で。

 

「命令だってなら拒否はしないけど、その貌は止めて貰える?」

「あれれ、お気に召さなかったですか? 貴女のお母様の貌ですよ」

 

 衝動的にその顔面を吹き飛ばそうとしたイージスだが、懲罰部隊の囚人は任務外での武装は一切認められていない。

 代わりに力強く握った拳を遠慮なくプライス曹長へと振り抜いた。

 だがそんなもの予想内とばかりに簡単に受け止められる。

 

「今回はパリ市内全域での市街戦(MOUT)です。因みにMI6はこの件から手を引いたんですが、王党派の中でも特に厄介な過激派がパリへ入ったのを確認しています」

 

 と、知ってるだけで消されそうな情報をペラペラと喋りながら、プライス曹長とイージスは出撃準備に入った。

 

「たった2人で市内全域を掃討出来る訳が無い」

「勘違いしてるようですが、市内を走り回るのは貴方1人ですよ?」

「……あ?」

 

 低い声でプライス曹長を睨み付けるが、彼女は平然と言い放った。

 

「私は圧し折れたエッフェル塔から狙撃支援です!」

「死ね」

 

 短くそう言い放つと、プライス曹長から距離を取るように離陸した。

 

 

 結局のところ、下された命令は覆る筈も無く。

 

 あれよあれよと時は過ぎ、気が付けば廃墟と化したパリの地へとやってきた。

 辺り一面は瓦礫と瓦礫と瓦礫、あと瓦礫。

 

 そんな中で各国の軍関係者を招いてコンサートの当日。

 

「何時間喋る気なんだ」

 

 ド・ゴール将軍の演説は既に開始より4時間が経過していた。

 最初は熱心に聞いてた列席者達も、1時間を超える頃には船を漕ぎ始める。

 

 だが自国が解放され首都へと凱旋した将軍はそんな事お構いなしに喋り続ける。

 嬉しい気持ちは理解出来るが、もう少し何とかならないものか。

 

 イージスはそう思いつつ廃墟の一角へと身を潜める。まだ明るい為に派手な動きは無いが、ここは王党派とSOEが不正規市街戦を繰り広げている戦場なのだ。

 

プライス大尉(Bravo6)よりBravo6-1からイージス(Bravo6-5)。状況報告』

 

 市街地に展開している全てのユニットより次々と報告が上がっていく。

 

 このプライスという軍人は、任務内容に応じて大尉までの階級と所属はいつ何処でも何回でも好きなものに交換可能だという。

 HMW所属の曹長かと思えば、パリへ入るなり何の前触れもなくSOEの大尉に変貌した。

 

「Bravo6-5よりBravo6。凱旋門付近に異常ナシ」

 

 パリの市街地を駆けずり回るのはイージス1人と大尉は言っていたが、実際はSOEのメンバー数名が展開している。

 ただその誰もが『殺人? ゴミ処理と人権に何の関係が?』と素で宣いそうな奴らばかりだ。

 

 花の都と呼ばれたパリで、倒壊を免れた建物の一角に身を隠すイージス。

 SOEや連合軍が先んじて周囲の安全は確保しているが、万全ではない。

 

 なんせ王党派はパリ出身のガリア人が殆どだ。

 地元の土地勘というか、地の利は基本的に王党派が握っている。

 

 ガリア貴族しか知らない地下通路などがあった場合最悪の一言に尽きる。

 是非にそんな物が無いようにと祈りつつ、イージスは崩れ落ちた家屋に紛れる。

 そんな風に時間を過ごしていると、とうとう日が沈んだ。

 

 太陽がその姿を隠し、夜の帳が街を包み込む。

 凱旋門付近は照明などでライトアップされた。

 

 そして到頭ステージが開演し、ルミナスウィッチーズが大空へ飛び立ったと同時―――

 

 暗闇の市街地を舞台とする静かな戦いも同時に幕を上げた。

 

 

『Bravo各員、狩りを始めろ』

 

 その合図と同時、市街地に展開していたBravo各員が一斉に動き出した。

 

「何が悲しくてコンサート尻目に人殺しなんて」

 

 とはいいつつも、体は自然と敵射線から身を隠す様に動き続ける。

 ガリア王党派も専門の訓練を受けた工作員だ。

 だが大昔より欧州全土を裏から操って来た国の諜報機関には及ばない。

 

 ましてやその機関の中でも、国益の為なら文字通り手段を択ばない武力行使要員だ。

 

 その為、起こる事と言えば。

 

『Bravo6-2 1名排除』

『Bravo6-4 1名排除』

 

 ウェルロッドを用いた市街戦が開始されてから僅か数分。

 このたった数分の間に、既に市街地は音の無い地獄と化していた。

 

 無論王党派とて所属不明勢力がいると認識はしていた。だがその勢力が想定以上なので対処が出来ずに壊滅しかけているという話だ。

 

「Bravo6-5 3名捕捉」

『Bravo6-1より、その位置だとこちらで1名排除可能』

『Bravo6-3、残り1人捕捉、排除可能』

 

 はっきり言うが、とても動きやすい。

 イージスが少しでも違和感を感じれば、残りのメンバーが別方面から索敵してくれる。

 少しでも味方が敵射線に出るとイージスが警告すれば、それを直ぐに信じて最適な行動を取る。

 

 動きやすく、連携も取れる。

 だがそんな奴らと阿吽の呼吸で動ける自身が、もう普通ではないんだなと認識させられる。

 

「Bravo6-5 1名排除」

『Bravo6より その3名の排除を確認』

 

 あるいは、イージスの不慣れな動きにBravoチームが態々合わせてくれているのかもしれない。

 さてどちらだろうか、恐らく後者かなと鼻で嗤うと、イージスはまた陰に紛れた。

 

『至急、Bravo6-4より。排除した王党派が守っていた建物に化学兵器発見』

『了解した。持ち運び可能か』

『持ち運び不可。この規格だと、ええと。反応からして…幸いパリ全域を覆う程ではなし』

『効果は』

『非致死性です。一生残る後遺症はあるかと』

 

 直ぐに起動するかもしれない爆弾の前で、よくもそんなに冷静にいられるものだ。

 やはりコイツらは何処か精神がやられてるんだと決めつけ、イージスは若干その建物から距離を取る。

 

 後天的に植え付けられた固有魔法も化学兵器と何ら遜色ない危険さを孕んでいるのだが。

 

 

 Bravoチームも、ある程度はイージスの事を調べている。

 向こうも向こうでコイツ頭おかしいと思っているので、正直な話をするとお互い様なのだ。

 

 

「私の鍛えたチームが態々イージスの動きに合わせてやっている、とかなら普通なんだけどな。歴戦の特殊部隊と出会ってたかが数時間で動きに付いて来れるのかぁ」

 

 マジかよとBravo6ことプライス大尉は溜息1つ。

 

 折れる前はさぞ立派だったろうエッフェル塔から高倍率の光学照準を載せたM14を使い、改めて市街地を見る。

 瓦礫の山であれば遮蔽物も少ないため狙いやすいが、凱旋門付近の建物は殆ど無事だ。

 

空対地観測機(Night Eye)よりBravo6各員』

「こちらBravo6」

『北東より王党派1個中隊が浸透中。武装を確認』

 

 2と4を合流させて迎撃するよう指示した大尉は、今一度高高度を旋回する哨戒機へ通信を繋げた。

 

「先程から近づいてくる魔力源は何か判断可能?」

『ライブラリで該当する限りでは、ロバートソン軍曹の使い魔と波長が酷似している模様』

 

 プライス大尉はパリに近づきつつある謎の魔力源へと銃を向けた。

 

「不確定要素は排除するに限るが、さてどうしようか」

 

 記憶している限りで、ロバートソン軍曹の使い魔はあのように立派な姿ではなかった。

 

『こちらからは攻撃魔法の波長など感知せず』

 

 ステージへ向かっていくその鳥を監視しながら、一旦様子を見る事にした。

 そうしてとうとうステージへ辿り着いた謎の魔力源こと使い魔モフィー。

 

 モフィーはあっという間にロバートソン軍曹と再契約を果たした。

 

「へぇ、使い魔契約って傍から見ればそう見え―――おお綺麗」

 

 夜空にはモフィーの魔力波が溢れ返り、瞬く間に地平線をも覆った。

 

『これは、世界中のナイトウィッチが互いに送受信しています』

「遠くの地でも今まさにこのコンサートが見れるって事か」

 

 確かに綺麗だ。

 綺麗ではあるが、余りにも任務のリスクが高くなり過ぎた。

 

 あの摩訶不思議な現象の向こう側には、感知能力に優れたウィッチがいるかもしれない。

 

『王党派も撤退していきます』

「感知されるリスクがあるなら次の策で巻き返す算段か。Bravo各員、撤退」

 

 コンサートの裏側で起きた静かな銃撃戦。

 結局の所、一部の人間以外はそんな事が起こった事すら知らずに生きていく。

 

 銃撃戦の時間は、コンサートが始まってからたった10分にも満たない。

 だがその10分の間に、パリに居た王党派は狩り尽くされた。

 

 

 世界は、残念な事に綺麗事だけでは回らない。

 

「世界から争いは消えないし、人間の黒い部分が消える事も無い」

 

 ロンドン市内のお洒落なカフェテリアで紅茶を飲むプライス大尉は、正面でテーブルに突っ伏すイージスへと言葉を投げかけた。

 

「だから、その黒い部分は少なくとも貴方達みたいな存在が引き受ける、と?」

 

 シフォンケーキを口に運び、また紅茶で流し込む。

 

「世界は舞台だ。誰も彼もが役割を持っている。私だって必要であれば歌って踊るけど、そんな事をする理由が微塵も無いからね」

「顔も変えて名前も変えて、階級も所属も何もかもを偽って。いつか自分を見失ってしまえ」

「言うようになったね。だが私は私という事実は変わらない」

 

 ロンドンの空を、軍用機が翔けていく。

 その傍にはウィッチが護衛として飛んでいる。

 

 ビッグベンの時計塔からティータイムが終わったと知らせる鐘が鳴る。

 

「もう顔も見たくない」

「付き合ってた恋人じゃないんだから。君の母上の貌で揶揄ったのは悪かったよ」

 

 イージスはウェルロッドを大尉に投げつけると、席を立ち上がった。

 

「前にも言ったけど、私にも私の目的があるんです。貴方の……昏い世界に巻き込まないで」

「いやぁ、無理だろうね。君みたいな便利な存在、世界が放っておかないさ」

「……シールドに戻ります」

 

 心の中でプライス大尉に中指を立てたイージスは背を向けて歩き出した。

 それを苦笑いで見送ろうとしたプライス大尉だが、一つ失念していた事を思い出した。

 

「私の顔を見たくないなら、役割を見失わず道を踏み外さないように」

「当たり前です」

 

 本当かなー?と心の中で嘲笑い、手元の紙に視線を向けつつプライス大尉はひらひらと手を振り見送った。

 

「Drug Plan-444ねぇ」

 

 

 

 

 

 数年後、とあるウィッチがこの世を去った。

 

 遺体は手厚く弔われた筈だった。

 

 

 

 

 だがある時、その遺体が眠っている墓が掘り起こされた。

 それが、有史以来最悪の人災を引き起こすトリガーだとは知らずに。

 

 ブリタニアを含む欧州全土が、たった1人の人間に恐怖した。

 

 その人間は、ある時を境にこう呼ばれ始めた。

 

 

―――人類種の天敵、と。




番外編終わりです。
ありがとうございました。

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