ゼロの使い魔と本好きの下剋上の両方を知っていれば本作からでもある程度理解できるかもしれませんが、そうでないなら前作から読んだ方がよいかもしれません。
そして、あらためて注意事項として。
本作ではタバサがシャルロットを名乗り、ガリアの王権を得るため、そして維持するために虐殺や粛清など、あらゆる手段を用います。
そんなタバサは見たくない人は読まないことをお勧めします。
フェルディナンドを救う道
貴族院で四年生を過ごすために転移陣に乗ったわたし、ローゼマインは、心の中の密かな願いのせいでハルケギニアという場所に飛んでしまった。そうして、ハルケギニアで一年以上の長い時間を過ごした後にユルゲンシュミットへと帰還することができた。
けれど、驚くべきことにユルゲンシュミットでは、五日間しか経っていなかった。ひとまず時間の差異は時の女神ドレッファングーアの悪戯ということにして、わたしたちは貴族院四年生として生活を開始した。
というのも、今年は貴族院で奉納式を行うことになっていたりして、予定が詰まっていたためだ。わたしたちの不在はユルゲンシュミットでは五日間に過ぎなかったとしても、その五日が実に大きかったのだ。
そうして慌ただしく準備をして執り行った奉納式の後、わたしは始まりの庭で体を急成長をさせられた上にグルトリスハイトを取得することになってしまったのだ。そして、始まりの庭から帰還したところ、貴族院四年生は、もう終わってしまっていた。
ハルケギニアでの一年以上がユルゲンシュミットでは五日だったと思ったら、始まりの庭での一瞬はユルゲンシュミットでは季節一つ分だった。時間感覚の違いの目まぐるしさで今が一体、どのくらいの時期なのか、さっぱりわからなくなった。
ともかくグルトリスハイトから得た知識で、ゲオルギーネがエーレンフェストの礎を奪う方法の予想ができた。けれど、その直後にエーレンフェストの礎に至るための聖典の鍵は、すでにアーレンスバッハのものとすり替えられていたことが判明した。
そのせいで慌ただしく防衛の準備を行い、ゲオルギーネが攻めてきたときの対策会議を行っている中、わたしの頭に突如としてフェルディナンドの声が響いた。直後に見えたのは、アーレンスバッハの供給の間で、苦しそうに胸元を押さえて膝をついたフェルディナンドの姿だった。
フェルディナンドは名捧げ石の入った小さな籠をレティーツィアに渡すと、その場に体を投げ出す。座っていることもできない状態なのか、そのまま起き上がろうとしない。
そんなフェルディナンドの元にディートリンデが裾を長く引く銀の布のマントを身にまとって、ゆったりと歩いてくる。婚約者であるのに、ディートリンデにはフェルディナンドを心配している様子が全く見えない。
ディートリンデは自分がレオンツィオという者の手引きでグルトリスハイトを手に入れること、その際にフェルディナンドは不要だと宣言すると、何かの粉を投げつけた。ついにフェルディナンドはその場に伏したまま動かなくなった。けれど、まだ死んではいない。
だが、ディートリンデの暴挙はそれで終わらない。シュタープを封じる犯罪者用の手枷をフェルディナンドに取り付けると、手を引いて供給の魔法陣の上に置いた。ディートリンデが魔法陣の中心へ行き、魔力を流し込む。これで、供給の魔法陣が起動した。後は自分で手を退けるまで、魔力が魔法陣に流れ続けることになる。
大仕事を終えたように晴れ晴れとした顔でディートリンデが出ていっても魔法陣は止まらない。フェルディナンドの魔力を吸い込み、動き続ける。
ずっとディートリンデを睨んでいたフェルディナンドの薄い金の瞳から感情がすっと消え失せた。怒りも憎悪もなく、全てを諦めたように目が伏せられる。それと同時にわたしの視界は元の領主一族の会議の場に戻った。
わたしは早くフェルディナンドを助けに行きたい気持ちを抑えて、その場にいた皆に説明した。けれど、祖父のボニファティウスからは他領の供給の間で瀕死のフェルディナンドを助けることはできないこと、エーレンフェストの領主候補生はエーレンフェストの礎を守ることを優先するべきであるからと、諦めるように言われてしまった。
でも、わたしはエーレンフェストだけでなく、フェルディナンドも守ると約束したのだ。そう簡単に諦められるわけがない。
ボニファティウスは他領の供給の間に入る方法がないこと、アーレンスバッハに到着するまでにも日数がかかることから、今から助けに行っても間に合わないからと、更に諦めるように言ってくる。
「つまり、間に合うのであれば、助けに行っても良いのですか?」
そんなボニファティウスに、わたしは軽く威圧しながら問いかける。
「わたくしにとってはユルゲンシュミットよりエーレンフェスト、エーレンフェストよりそこに住む自分の身内の方が大事なのです」
「そこまで覚悟が決まっていて、救う当てがあるならば行けば良いではないか」
そのとき、わたしの背中を押してくれたのは、意外にもヴィルフリートだった。
「ありがとう存じます。それでは、まずはフェルディナンド様を助けてまいります」
「待て、ローゼマイン。中央へ行くことが決まっていても、まだ其方はエーレンフェストの領主候補生だ。エーレンフェストがアーレンスバッハに攻め込むことになるぞ!」
「安心してください。まずはアーレンスバッハに入ることなく、フェルディナンド様を助けてまいります」
「そんなことが可能なのか?」
「ええ、わたくしに考えがございます」
普通ならば、この方法は使えない。けれど、わたしの元にはフェルディナンドの名が刻まれた石がある。そして、わたしは遠く離れた場所にいる名を捧げられた者を、自分の元に引き寄せる魔法を知っている。
「では、わたくし、ちょっとフェルディナンド様を救ってまいりますね」
そう言ってわたしは領主一族の会議の場を出た。そして、すぐに側近たちを招集する。
「まずは隠し部屋に入ってまいります」
そこにはフェルディナンドの名捧げ石がある。それを染めるのが第一条件だ。
神殿の隠し部屋まで移動して、わたしはフェルディナンドの名捧げ石を染めた。その上でフェルディナンドを呼び出すための魔法、サモン・サーヴァントを使用してみようとした。けれど、サモン・サーヴァントは効力を発揮しない。おそらく、あれはハルケギニアに対象を呼ぶための魔法なのだろう。だったら、ハルケギニアに行けばいいだけだ。
「これよりわたくしはフェルディナンド様を救うために、ハルケギニアという場所に向かいます。そこで、フェルディナンド様を呼び寄せます」
部屋を出たところで言うと、ハルケギニアに向かったことがある側近たちはすぐに納得の表情を見せた。けれど、それには少し劣るものの他の側近たちもわけがわからないという表情ではない。
「もう少し困惑されるかと思っていたのですけど……」
「ローゼマイン様の不在の間に、ハルトムートからハルケギニアという場所のことも含めて色々と聞かされていましたので」
わたしが始まりの庭に行っていた間に、ハルトムートはハルケギニアでの出来事も、わたしが起こした奇跡として話していたらしい。話が早くて助かる反面、広がり続ける聖女伝説に頭痛がしてきた。
「ともかく、これからハルケギニアに向かいますので、わたくしに名を捧げた皆は同行してください」
どうせサモン・サーヴァントを使えば呼び出されるのだ。だったら、最初から一緒に来てもらっていたほうがいい。
「ローゼマイン、私も行くよ。自分の手の届かないところでやきもきするのは、もうたくさんだからね」
そう言って同行を申し出てきたのはコルネリウス兄様だ。確かにわたしの度重なる行方不明で、コルネリウス兄様には大変な心配をかけた。それに、ハルケギニアに転移したとき、どこに到着するかはわたしにもわからないのだ。
「わかりました。考えてみれば、転移先の状況がどのようになっているのか、わからないですから、成人している護衛騎士のコルネリウス、レオノーレ、アンゲリカはわたくしに同行していただきましょう」
「ローゼマイン様、ローゼマイン様の行動は何においても予想外のことが起こります。側仕えが一人だけでは不安なので、わたくしも同行いたします」
具体的な事例が多すぎてリーゼレータに反論できない。
「リーゼレータはハルケギニアで過ごした経験もありますからね。リーゼレータも同行していただきましょう」
ハルケギニアで過ごした経験のある七人に、更に三人の護衛騎士が加わるので、総勢は十名となる。気が付けば、随分と大所帯だ。
「オティーリエとベルティルデはゲオルギーネ様の侵略に備えて情報収集を怠らず、養母様やシャルロッテ、ブリュンヒルデと連携を取ってください」
「かしこまりました」
「ユーディットとフィリーネは神殿や下町を守ってください。グーテンベルク達はこれからも印刷業を広げるために欠かせません。ゲオルギーネ様を絶対に入れない。そのくらいの強い気持ちで神殿を、それから、エーレンフェストを守ってくださいませ」
「わかりました。神殿の守りに就きます」
二人に指示を出すと、わたしは最後に残っているダームエルを見つめた。
「ダームエルにしかできないことを命じます。わたくしにとって、エーレンフェストにおいて何よりも大事なものを守ってくださいませ」
それで、わたしの平民の家族を守ってほしいという願いは通じたようだ。
「いってらっしゃいませ、ローゼマイン様。御自分の心を守るためにも望みを偽らずに進み、必ずフェルディナンド様をお救いください。数多の神々の御加護がありますように」
「ありがとう存じます、ダームエル。貴方はわたくしにとって、やはり一番の騎士です」
これで全ての側近に指示を出し終えた。それぞれが慌ただしく準備を始める中、わたしも前回の経験を踏まえて持てる限りの魔術具を用意する。そんな中、わたしの元に養父様からのオルドナンツが届いた。
「ローゼマイン、エックハルトとユストクスがアーレンスバッハからエーレンフェストの貴族院寮に帰還した。其方がフェルディナンドを救出に行くと伝えたところ、二人も同行を希望したので連れていくがいい」
その連絡により、今回のハルケギニア行きの人数は十二人という当初に想定した以上の大人数となることが決定した。