ガリアの魔王と商人聖女   作:孤藤海

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陣地構築

ガリア北朝を率いるシャルロットと名を変えたタバサの元に、義勇軍として参陣をしたギーシュは敵軍の接近の報が届く中、忙しく働いていた。といっても、到着から今日までのギーシュの働きは、予想していたような、水精霊騎士隊を率いての貴族として華々しい戦果をあげるというものではなかった。

 

到着後、最初にギーシュが取り組んだのは、敵軍の渡河予想地点の対岸に土塁を築くことだった。築いたのは渡河予想地点の南北二リーグにも渡る長大な土塁で、土メイジは総動員、平民もほとんどが駆り出され、毎日のように真っ黒になって築き上げた。

 

そして、その後は敵の攻撃が集中すると予想される、川が敵側に湾曲している地点の対岸から二百メイルほど内に、第一防衛線が破られた後に籠る第二防衛線を築き始めた。上陸してきた敵を効率的に射撃ができるよう嵩上げされた土地の上に更に土塁を築いていく。

 

「貴族にこんなことばかりさせて、ガリアの貴族がシャルロット殿下に不満を持たないのでしょうか?」

 

不安になったギーシュが聞いたところ、答えてくれたのは率先して働いていた古参の貴族だった。

 

「我々がサガミールの丘で二十倍以上の敵と戦うことができたのは、シャルロット殿下の指示の元、入念な準備を行っていたからだ。もしもあのときに手を抜いていたならば、私は今日、ここに立ってはいないだろうな」

 

実感の籠ったその言葉に、新参の貴族が作業を厭うことができない理由を知った。そうして今日も今日とて土木仕事を終え、ギーシュは自分たちの天幕へと戻っていく。

 

「皆様、今日も大変な作業を手伝っていただき、ありがとう存じます。ヴァッシェンをいたしますので、息を止めてくださいませ」

 

天幕の少し手前でギーシュたち水精霊騎士隊所属の土メイジたちを出迎えてくれたのは、ローゼマインの側仕えのリーゼレータだった。その後はローゼマインが土木作業中に小さな傷などを負った皆を水の魔法で癒してくれるのだ。

 

「ギーシュ様はお怪我はございますか」

 

「軽傷だけど、念のためお願いしてもいいかい」

 

「もちろんです。ローゼマイン様の前へどうぞ」

 

怪我の有無を聞いてきたリーゼレータに、作業の後半にわざと地面にこすりつけてできた傷を見せて、ギーシュはローゼマインの前に向かう。

 

「ギーシュ様は毎日、とても頑張ってくれていると聞いています。ありがとう存じます」

 

ローゼマインは夏の間に、信じられないほどの成長をして子供から美しい少女へと成長した。更にその両脇に控える護衛騎士のレオノーレとアンゲリカも、とても戦場に立つ者とは信じられないような美しい少女たちだ。

 

「ギーシュ様にルングシュメールの癒しを」

 

ローゼマインが持つ杖から緑の光があふれ、ギーシュの傷を癒してくれる。美少女に自分の傷を癒してもらう。それは何物にも代えがたいギーシュの心の癒しだ。

 

「それにしても、ギーシュ様は随分と同じような怪我を負われるのですね」

 

三人の美少女を眺めながら傷を癒してもらっていると、不意にレオノーレがそんなことを言ってきた。

 

「ああ、どうにもそそっかしいみたいで、同じような土木作業で同じような怪我を負ってしまうんだよ」

 

「そうですか。さすがに何度も同じ怪我をするというのは、注意力が足りなすぎると言わざるをえませんね。ローゼマイン様、ギーシュ様が次に同じような怪我をなさったときには、治療をしていただく必要はないと存じます」

 

「レオノーレ、けれど、シャルロット様のために働く中での怪我なのですから、治療くらいは構わないと思うのですけど……」

 

「いいえ、その必要はございません。リーゼレータとグレーティアにもそのように伝えておきます。ギーシュ様も、それで構いませんよね」

 

「ああ、ローゼマインに治療してもらえるから、多少の怪我は大丈夫と思って注意力が散漫になりすぎていたみたいだ。明日からは怪我しないように気を付けるよ」

 

そう言えば昨日も、レオノーレはやけにギーシュの怪我の状態を見つめていたような気がする。騎士だというレオノーレはギーシュの怪我が故意によるものだということに気が付いたのだろう。

 

もしもローゼマインたち三人に囲まれたいという邪な思いを叶えるために、わざと怪我をして、挙句の果てに精神力を使わせていたと知られれば、何事に関してもローゼマインが第一であるハルトムートにどのような目にあわされるかわからない。ここは潔く諦めるべきだ。

 

「おかえり、ギーシュ。ちょっとこっちにきてくれる?」

 

泣く泣く心の癒しを放棄して自分の天幕へと戻ると、そこにはなぜかモンモランシーが待っていた。

 

「モンモランシー、急にどうしたんだい?」

 

「あなたが、ローゼマインに迷惑をかけているって聞いたものだから」

 

「だ、誰がそんなことを……?」

 

レオノーレとは、さっき別れたばかりだ。モンモランシーに怪我のことを話す時間はないはずだ。

 

「貴方が作業が終わる頃になると、なぜか手を地面にこすりつけるような動きをしていると教えてくれた人がいるのよ」

 

もしやレオノーレも、その何者かによる情報で気が付いたのだろうか。いや、それならば、先にリーゼレータに話が通されて事前に治療の列から排除されることになったはず。ということは、レオノーレとは別件ということだろうか。

 

そんなことを考えていると、天幕の外からこちらを覗く影があることに気が付いた。顔はよく見えなかったが、小太りのその体系には見覚えがあった。

 

「マリコルヌゥ、きみかあぁあ!」

 

「うるさい、黙れ!」

 

ギーシュの叫びは腹に突き刺さったモンモランシーの拳によって封じられた。

 

「さすがモンモランシー、ギムリにも勝る素晴らしい力……」

 

「何でも褒めればいいってわけじゃないのよ」

 

「はい、そのとおりです」

 

その後、ギーシュはたっぷりとお説教をされ、今後はローゼマインの元に行くことを禁じられた。無論、モンモランシーの拳を受けて痛む腹についても例外ではない。

 

そうして翌日も、作業を手伝ってくれる愛すべき使い魔ヴェルダンデと一緒に、魔法で黙々と土塁を構築していく。そうして真面目に働きだすと、ふと気づくことがあった。

 

「なんだか陣地にいる兵たちが減っている気がするのだが……」

 

その呟きに答えてくれたのは水精霊騎士隊の実務担当者レイナールだった。

 

「ここに全戦力を張り付けておくわけにはいかないだろう。敵は多勢だ。あるいは三千くらいの別動隊を組織して密かに上流側を渡らせ、戦の最中に背後から攻撃させる、なんてことも造作もない。周辺に監視のための小部隊を派遣しているみたいだよ」

 

「そうなのか。気付かなかった」

 

「ギーシュはもう少し、周囲の状況を見た方がいいね。水精霊騎士隊の隊長はギーシュなんだから」

 

「無論、周囲の状況くらい見てるさ。だけど、周囲を見渡すと、どうしても女の子の姿ばかりが目に入ってしまうんだから、仕方ないじゃないか」

 

「へえ、そうなの。じゃあ、そんな余裕すらなくしてあげなくちゃいけないみたいね」

 

冷たい声音に振り替えると、全身から冷気を放つモンモランシーがいた。

 

「いや、今のはものの例えというか……」

 

「へえ、どういうことを例えると、女の子の姿ばかりが目に入るということになるのか教えてほしいものね」

 

「それは……軍事機密を守るための隠語とか?」

 

「詳しい話は天幕の中でゆっくりと聞かせてもらいましょうか」

 

モンモランシーの手がギーシュの耳へと伸びる。

 

「痛い、痛いよ、モンモランシー。僕の耳がエルフになってしまうよ」

 

「そうなれば、貴方の性格も矯正されるかもしれないわね」

 

「頼むから、僕の話を聞いてくれ、モンモランシー」

 

「だから、これから天幕の中でゆっくりと聞かせてもらうって言ってるじゃない」

 

ギーシュは何とか助けてもらおうとレイナールに手を伸ばす。けれど、レイナールがその手を掴んでくれることはなかった。

 

ガリア王軍が間近に迫っている中、ギーシュは敵の大軍より遥かに手強い相手に、絶望的な戦いとはどういうものかということを教わったのだった。




偶然ですが、新年最初にはふさわしい箸休め回になりました。
次回はいよいよトーナミ川の戦いが開戦。
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