秋の半ば過ぎ、北朝と南朝の両軍がトーナミ川の両岸に布陣を終えた。川の東に布陣するのがタバサの北朝方。北から赤色の旗のモローナ伯爵の二千五百、黄色の旗のタバサの四千、黒色の旗のシバー子爵の一千五百という布陣だ。激戦が予想される中央には多くの兵を置いて、逆に地形の関係で守りやすい南はやや兵数は少なめとなっている。
他に白色の旗のマヤーナ男爵と青色の旗のリョシューン男爵がそれぞれ一千を率いて伏兵として川の上流と下流に潜んでいる。両隊は策の成立と同時に敵軍への攻撃を開始する予定だけど、ごく一部の将を除いて、その存在すら明らかにしていない。
対するジョゼフの南朝方は前面にギノクース伯爵、少し離れた後方にニッダー伯爵という布陣だ。ギノクース伯爵の軍は三隊に分かれているように見えるという報告があがってきている。両伯爵の布陣から、ニッダー伯爵の軍は後詰でギノクース伯爵が前線を全面的に受け持つと予想されている。
南朝方は兵数で圧倒的に優位に立つ。下手に兵を分けて各個撃破される危険を冒すより、ギノクース伯爵が攻め立て、北朝方の陣を崩した後にニッダー伯爵が攻めるという正攻法を選択したようだった。
そんな一大決戦におけるわたしたちの役割は、あくまで後方支援。タバサと一緒に本陣に待機して、負傷者の治療に当たることだ。けれど、不足している空戦戦力を補うため、そして偵察のためにコルネリウス、マティアス、ラウレンツの三人は騎獣で上空に待機して敵軍の動きをオルドナンツで知らせてもらうことになっている。
わたしたち以外では、ルイズと平賀は策を成すためにマヤーナ男爵と行動をともにしており、キュルケとコルベールは魔法力を買われて本隊の前線にいる。友人であるキュルケや戦いを嫌うコルベールを前線に配置することに対してタバサは終始、申し訳なさそうにしていたが、南朝方は前線のギノクース伯爵だけで三万にもなる。
キュルケとコルベールは二人とも後方支援の魔法は得意ではない。ただでさえ厳しい戦いにトライアングルクラスの二人を後方に配置する余裕はなかったのだ。
魔法学院所属の水精霊騎士隊の皆はギーシュとレイナールがわたしたちと本陣で待機。他の皆は前線の各地に散らばって本陣との連絡役を担うことになっている。水精霊騎士隊の皆は魔法力はそれほど高くないことと、最前線で敵と戦うことをなるべく避けるためのタバサの措置だ。
そうして、両軍の布陣が完了した日の夜、早速、敵の夜襲があったという連絡があった。ただし、タバサたちも前線に夜間も警戒を緩めないように通達してあったため、無事に敵を撃退することができたということだ。
本格的な戦いが始まったのは翌日の早朝。南朝方にも本格的な空戦戦力はないのを確認して、わたしもフェルディナンドやエックハルト、レオノーレやアンゲリカと一緒に空に上がって戦の状況を確認する。
南朝方の最前線にいるのは厚い盾を持った兵たちだ。背後にメイジを隠しながら川の手前まで前進してくる。
敵の盾が銃撃を警戒してのものなのは明らかだった。けれど、それは従来の銃を想定したものでしかなかった。ゲルマニアの新式銃を持った北朝方の銃撃は盾を貫通して後ろの兵たちを撃ち抜いた。予想外の威力に、敵の前線が乱れた。
けれど、すぐに敵は態勢を立て直す。今度は大きな土のゴーレムを前面に押し出し、川へと迫ってくる。それを迎え撃つのは、これを予測して待ち構えていた北朝方の高位メイジによる魔法だ。その中にはキュルケのものと思われる巨大な炎の球もあった。
ゴーレムを破壊されながらも、敵は前進を続ける。その先頭に立っているのはメイジと思われる者たちだ。その目的は川に向けてのディテクトマジックだ。
南朝方もサガミールの丘でタバサがスリーピングポーションを流したことは知っているということだろう。その対策として川辺にメイジを配置して魔法使用の気配がないか確認することにしたのだろう。
メイジを守るために立ち止まったゴーレムの横を、歩兵たちが駆け抜けていく。そのまま水量の下がっている川を渡って北朝方の陣地へと迫る。北朝方の各陣地から猛烈な射撃が行われるが、南朝方は数を頼みに倒れた味方の兵の遺体を超えて襲い掛かっていく。
「ローゼマイン、そろそろ本陣へ戻ろう」
遠目でも人の命が次々と失われているのがわかる。フェルディナンドはわたしを気遣い、タバサの天幕に戻るように言ってくれた。
「わたくしは、見ておく必要があると思うのです」
わたしは召喚をすることでフェルディナンドの命を助けたけど、それは本当の意味でのフェルディナンドの救出とはならない。一度目のユルゲンシュミットへの帰還のとき、わたしたちは皆で同じ場所に戻るのではなくて、召喚時にいた場所に戻った。そこから考えると、ユルゲンシュミットに帰還したときにフェルディナンドが戻されるのはアーレンスバッハの供給の間なのだ。いくらフェルディナンドでも一人でできることは少ない。
結局、わたしたちが助けに行かない限り、フェルディナンドは供給の間から出ることはできないのだ。だから、わたしはアーレンスバッハに攻め込まなければならない。それは少なからず犠牲が出る可能性が高い。その意味をわたしは知らないといけない。
事前に集中攻撃が予想された地点が、予想通り敵の猛攻に晒されている。第一防衛線を放棄して第二防衛線まで後退するのは時間の問題だろう。
「ローゼマイン、そろそろ時間だ」
「はい、戻りましょう。フェルディナンド様」
第一防衛線から後退した兵たちの中には負傷兵も含まれているだろう。その人たちをわたしは癒さないといけない。
予想通り、わたしたちが天幕に入って少しして、猛攻を受けていた地点に第一防衛線の放棄を指示するオルドナンツが飛び立った。その頃になると、他の地点からも第二防衛線への後退の許可を願うオルドナンツが続々と飛び込んでくる。タバサはカステルモールと相談しながら、許可を出したり、現状維持の命令を出していく。
「こちら黄一六番陣地、これ以上は支えきれません。第二防衛線まで後退の許可を」
そんな中、緊迫感のある声を吹き込まれたオルドナンツが飛び込んできた。声の主は黄一六番陣地に配置された水精霊騎士隊二年生のクリストフという生徒だ。
「カステルモール、許可を出していい?」
「お待ちください。今、一六番陣地が後退すれば一五番と一七番陣地が敵に囲まれてしまいます。先に一五番と一七番陣地に第二防衛線までの後退の指示を。その間、一六番陣地は死守してもらうよりありません」
「わかった」
タバサが顔を向けられたギーシュが代わってオルドナンツに魔力を込める。タバサがそこに後退不許可のメッセージを吹き込むと、ギーシュが杖を振る。
「こちら黄一六番陣地、死傷者多数、これ以上は持ちません」
「まだ第一七陣地の後退が完了していません」
「シャルロットです。黄一六番陣地、周辺の味方の後退が完了していません。あと少しだけ陣地を死守してください」
苦しそうに首を振ったカステルモールを見て、タバサが再び死守を命じる。タバサの拳は強く握りしめられ、閉じられた掌からは血が滴っている。気持ちとしては撤退を許可してあげたいはずだ。けれど、それをしては他の者が死んでしまう。
それから少しして第一七陣地から後退完了のオルドナンツが届いた。タバサが弾かれたように顔をあげる。
「ギーシュ」
タバサに声を掛けられる前から、すでにギーシュはオルドナンツの魔石に魔力を込め始めていた。
「シャルロットです。黄第一六番陣地、よく頑張ってくれました。第二防衛線まで後退してください」
吹き込み終えるが早いか、ギーシュが杖を振った。けれど、オルドナンツはギーシュの腕にとまったままだ。
「どうした! 飛べ! 飛べよっ!」
ギーシュが何度も杖を振るが、オルドナンツは飛び立たない。それが意味していることは、ギーシュがオルドナンツを飛ばそうとしている相手、クリストフが亡くなっているということだ。
「黄第一六番陣地の壊滅状態と判断する。カステルモール、第二防衛線の援護に向かわせるとしたら、どの部隊になる?」
「第二四小隊です」
「第二四小隊、黄二六番陣地に向かえ」
代わりのメッセージが吹き込まれたオルドナンツを、ギーシュが力なく飛ばす。激しい戦いに多くの死傷者が出ているのだと、嫌でも実感をさせられた瞬間だった。