あたしは第二防衛線の土塁の裏でローゼマインから譲られた回復薬というものを飲んでいた。あたしの役目は第一防衛線で最初に繰り出されるメイジを精神力が尽きるまで迎撃した後は第二防衛線まで後退。その後は第一防衛線から撤退してくる味方を援護するために精神力が尽きるまで魔法を使い、今度は背後の平原の第三防衛線に逃れて、そこでまた回復薬を使って味方の後退を援護するというものだ。
第一防衛線からの後退を敗走に繋げないための重要な役目であると同時に、あたしが戦死する確率を下げるための采配でもあるのだろう。タバサからはジャンも同じような役目をお願いされていた。
これ以上は防ぎきれないと判断したのだろう。第一防衛線から兵たちがあたしのいる第二防衛線まで駆けてくる。その最後尾にいるのは、その陣地の守備隊長でもあったメイジだ。そのメイジは最後尾でブレイドの魔法を杖に纏わせ、迫りくる南朝方の兵たちを次々と切り伏せていた。
だけど、多勢に無勢。少し後には押し寄せる敵兵の波の中に飲み込まれ、その姿は見えなくなる。
「けれども、貴方が稼いだ時間のおかげで、多くの兵たちが第二防衛線まで後退ができたわ。貴方の死は、けして無駄にはしないわ」
昂る気持ちが、あたしの魔法の威力をあげてくれる。負傷しているのか、逃れてくる足の遅い一人の兵へと襲い掛からんとする敵兵に向けてあたしはファイアー・ボールを放つ。
「早く土塁の裏まで入ってしまいなさい」
先に土塁の中に戻ってきた兵たちの援護射撃を受けながら、負傷した兵は土塁の前まで進んでくる。そこまで戻ってきたら、後は他の兵たちが襟首を掴んで三人がかりで引っ張り込んでいた。
「一人で本陣まで帰れる? 悪いけど、後送させるだけの余裕はないわよ」
「大丈夫です。一人で戻りますので、私のことは気になさらないでください」
「他の皆も今のうちに水を飲んでおきなさい。全力で使わないと大軍の足止めはなんかできないから、あたしの魔法は長くは続かないわよ」
そう兵たちに伝えて、あたしはすぐに呪文の詠唱に入る。せめて水を飲んで、息を整えるくらいの時間は稼いでみせる。
フレイム・ウォールの呪文を唱えて先頭を切って突っ込んでこようとした勇敢な兵たちを纏めて焼き払う。けれど、それでも敵兵は怯むことなく後から後からやってくる。それなりに広い範囲にフレイム・ウォールを使ったため、あたしもだいぶ精神力を消耗した。
仕方がない。少し早いけど、最小の精神力で最大の効果を発揮するための方法を取るしかない。
あたしは魔法の使用をやめ、敵兵が接近してくるのを待った。そうして、ちょうど第二防衛線の土塁まで五十メイルくらいまで迫ったところで、速度を緩めたファイアー・ボールを敵の集団の中に放り込んだ。
低速で迫ってくる炎の球を見て、敵兵が慌てて回避行動を取る。炎の球は誰にも当たらずに地面に落ちた。
次の瞬間、地面が派手に爆発し、付近の兵たちが吹き飛ばされる。爆発の原因は地面に埋めてあった火薬と火の秘薬の硫黄によるものだ。あたしたちは第一防衛線が突破されることを前提に、事前に罠を仕掛けておいたのだ。
即死した者はまだ幸せであっただろう。吹き飛ばされた自らの足を手に持ち、周囲に助けを求めている者の痛みや恐怖は想像することすら難しい。
タバサの戦術は徹底的に弱者の戦術だ。華々しい戦果とは無縁。ただただ泥臭く、少しでも敵に出血を強いて、少しずつ自らが優位に立つようにする。タバサが目指すのは勝利という結果だけ。過程には目もくれない。
新式銃の射程内で苦しむ重傷を負った兵たちに向けては、北朝方の銃兵たちは攻撃をしない。放っておいても無害の相手に構っている余裕はないため、戦闘能力のない兵は無視を指示されているためだ。
けれど、それは建前だ。自分の力だけでは後退できない兵を救出しようとすれば、複数人の力が必要だ。タバサの狙いは敵に負傷者を救出のための人員を割かせることにある。
最初の川ではディテクトマジックを使うメイジがいた。だから、罠はないと信じて兵たちは進むことができた。けれど、ここにはいない。もしも他にも罠があってはと兵たちの足が止まった。
「足を止めるな! 進まねば私が討つ!」
指揮官であろう貴族に杖を突きつけられ、兵たちが仕方なく前進を開始する。これ以上の罠はない。あたしの残りの精神力では多くの兵を討つことは難しい。ならば、残りの精神力で最大の戦果をあげる。
呪文を唱えて長距離射撃に適した魔法、フレイム・アローを放つ。魔法で放たれた炎の矢は狙いを過たず貴族の胸に突き立った。
「しばらく足止めを任せるわよ」
指揮官である貴族が倒れたことで、敵の最前線の兵たちが動揺した。その隙にあたしは背後の平原の第三防衛線まで後退して回復薬を飲むことにする。
「はっ、第三防衛線でお会いしましょう」
この場の指揮官である彼は笑顔を見せてくれたが、第三防衛線で再会できる確率は五割というところだろう。それをわかっていながら、あたしはこの場を離れて第三防衛線という名の、ただの平原に小規模の塹壕を掘った場所へと後退を始める。
ローゼマインから渡された回復薬というものは、精神力だけでなく体力も回復させてくれる。だからあたしは全力で走り、飛び込むように塹壕の中に隠れて回復薬を飲む。
第二防衛線からは絶え間なく銃撃の音が聞こえてくる。やがて、ぱらぱらと腕や足を押さえた兵たちが第二防衛線から、こちらへと駆けてくる。遠目でも徐々に銃に着剣して土塁から身を乗り出すようにして突き出している姿が増えている。
逆に背後からは百名ほどの集団がこちらに向かってくる。これは平原で敵を食い止めるために繰り出された予備兵力だ。
この第三防衛線が最終防衛線でもある。ここを突破されたら、あとはタバサがいる本陣は目と鼻の先だ。絶対にここは突破されるわけにはいかない。他の第三防衛線が交戦状態になるまで、なんとしても敵を食い止めなければならない。
といっても、あたしのやることは変わらない。第二防衛線から後退してくる味方を援護するために魔法を使いまくり、精神力が切れたら本陣の中に後退して、後は味方の頑張りを祈るのみだ。
ローゼマインは、薬の使いすぎは体にもよくないからと、二本しか回復薬を持たせてはくれなかった。ハルケギニアには存在しない精神力回復の薬は、二本だけでも十分にありがたいのは確かだけど、戦況を考えると全く足りない。
第二防衛線の戦況は徐々に南朝方が優位となっている。北朝方の兵士たちが土塁の防衛を諦めて、第三防衛線へと後退を始めてくる。その背を追いかけてくる敵兵に向けて、あたしはファイアー・ボールの魔法をぶつけていく。
まだ一度も戦争を経験してなかったときに考えていたような、誇りに満ちた貴族の戦いなどというものはここにはない。あるのは、単に貴族も平民も泥臭く互いの命を散らしあう、どこまでも不毛な殺し合いだ。
徐々に後退してくる兵が少なくなってきて、最後の一人があたしたちの戦列に逃げ込み終えた。けれど、その中に第三防衛線での合流を約束した第二防衛線の指揮官の顔はない。部下を一人でも逃がすため最後まで踏みとどまったか、それとも防衛戦の最中に討たれてしまったか。
「どちらにせよ、あたしはあたしにできることをするだけね」
残り少ない精神力を振り絞ってフレイム・ウォールで敵の足を止める。
「打ち止めよ。後は任せるわね」
これ以上、ここにいてもできることはない。薄情なようだけど、ここまでだ。銃声を背後に聞きながら、あたしは本陣へと後退する。
「早くタバサの策が実行され、成功しますように」
タバサの策は、敵をある程度、引き込んでから発動される。敵はまだ所定の位置まで到達しないのだろうか。それを確認するためにも、あたしは本陣へ急ぐ。
あたしが背後に轟音を聞いたのは、ちょうど本陣へと足を踏み入れる頃だった。