ガリアの魔王と商人聖女   作:孤藤海

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戦いが終わって

前衛部隊が壊滅的な打撃を受けたのを見て、南朝方の総大将ニッダー伯爵が兵たちを撤退させた。なので、わたしも側近たちと行動を開始する。

 

負傷者が多いのは当然ながら前線のはずだ。わたしはフェルディナンドに先導される形で騎獣を使って前線へと飛ぶ。

 

空に上がると、今回の勝利をもたらしてくれた巨大な堰がよく見えた。それらは土メイジたちが作り上げて、ルイズがイリュージョンの魔法で存在を隠蔽してくれたものだ。

 

ルイズのイリュージョンは、前は存在しない軍勢を作って敵を誘導したようだけど、今回は存在する堰と、その中に詰める一千名の兵たちを隠すことに使われた。当然ながら、堰を隠せる規模でのイリュージョンを、ずっと使い続けて魔力が持つはずがない。

 

そのため普段は水メイジの霧を使って隠して、ここぞというときだけイリュージョンを使うことにしたと聞いている。それでも、かなりの回数のイリュージョンを使わざるをえなかったルイズは、昨日の段階で回復薬のにおいを体から漂わせて疲れ切った顔をしていた。きっと今頃はぐったりとして眠っているのではないだろうか。

 

「ルイズには改めて良く効く回復薬を使わせてあげる必要がありますね」

 

「ローゼマイン様、良く効く回復薬というのは、あの回復薬のことでしょうか? 恐れながらやめておいた方がよろしいかと」

 

「けど、レオノーレ。あの薬なら魔力と一緒に疲労も回復できますよ」

 

「それでも、あの回復薬は感謝されないと存じます」

 

フェルディナンドの激マズ回復薬は確かに味は酷い。けれど、効果はそのマイナスを上回ると思うのだけど、なぜか皆には不評なのだ。

 

とはいえ、ルイズのことはひとまず後回しだ。わたしは負傷兵を癒すために騎獣を前線に降ろす。顔を知らない者たちの中に降り立つわけで、さすがに護衛騎士たちも警戒している。わたしはフェルディナンド、エックハルトとユストクスの他、コルネリウス、レオノーレ、アンゲリカ、マティアスとラウレンツにハルトムートとクラリッサにも囲まれた状態で皆を癒すためにフリュートレーネの杖を出した。

 

「周囲に投降していない南朝方の兵たちはいませんね」

 

わたしのフリュートレーネの杖での癒しは敵味方関係なく範囲内の者に無差別に降り注いでしまう。まだ諦めていない敵の傷を癒しては大変なので、レオノーレとマティアスに確認を取ってから、わたしは祝詞を唱え始める。

 

「水の女神フリュートレーネの眷属たる癒しの女神ルングシュメールよ、我の祈りを聞き届け、聖なる力を与え給え。戦いに傷つきし者たちを癒す力を我が手に。御身に捧ぐは聖なる調べ。至上の波紋を投げかけて、清らかなる御加護を賜わらん」

 

杖の魔石から緑の光が溢れて周囲に降り注ぐ。それにより、それまで体を横たえていた者たちも起き上がることができるようになった。

 

「次は自力で動けない者たちを、こちらまで運んでください。この後は別の場所に移動しなければなりません。急いで!」

 

怪我が治った者たちに指示を出して、未だ癒しを受けられていない者たちを周囲に集めてもらう。そうして、もう一度、癒しをかけた。

 

「次の場所に向かいましょう。フェルディナンド様、他に戦闘が激しかった場所はどちらですか?」

 

「そんなに急ぐのではない。どちらにせよ、全てを回ることはできないのだ。それは君も気づいているのではないか?」

 

この戦いに参加した北朝の兵士は一万人にもなる。その全ての人を癒そうとしたのでは、魔力がいくらあっても足りない。

 

「けれど、早く回れば重症の方が命を落とさずとも済むではありませんか。同じ人数を癒すのであれば、早い方がよいでしょう?」

 

「それでは君が体調を崩してしまうではないか」

 

「フェルディナンド様、わたくし、これでも随分と丈夫になったのですよ。仮に今日、魔力を使い果たす勢いで使ったとしても回復薬を飲めば、二日ほど寝込めば回復します」

 

「それは丈夫になったとは言わないだろう」

 

フェルディナンドは呆れたように言うけど、コルネリウスを除けば、今の側近たちを含めてもわたしが虚弱だった頃のことを一番よく知っているのはフェルディナンドのはずだ。だったら、わたしが丈夫になったことに、もっと同意をしてくれてもいいと思う。

 

「ともかく、早く次の場所に急ぎましょう」

 

「顔色が優れなくなったら移動をやめる。そのつもりでいなさい」

 

消極的ながらフェルディナンドの同意を得られたので、わたしたちは騎獣で次の場所に向かった。味方の兵の中に降り立つと、そこにも大勢の負傷兵たちの姿が見えた。

 

ここでもレオノーレとマティアスに敵兵がいないことを確認の上でフリュートレーネの杖で癒しをかける。一通りの癒しを与えた上で重症者を運んできてもらうのも同じだ。けれども、これでは一か所に時間がかかり過ぎる。

 

「各陣地、一人くらいはメイジがいるのですよね? でしたらギーシュに連絡を取ってもらい、予めオルドナンツを送って重症者も含めて負傷者を集めておいてもらいましょう」

 

「けれど、我々がどこに行くのかをギーシュ様はご存知ないのでは?」

 

「それでしたら、まずはギーシュに負傷者が多い部隊の情報を集めてもらいましょう。そろそろ、そのくらいの余裕はあるのではないですか?」

 

わたしたちが騎獣で飛び立った頃はまだ各地で戦闘が続いている様子だったし、戦闘中でない陣地も未だ混乱状況にあった。けれど、今なら少しは状況が改善しているはずだ。

 

「わかりました。そのように伝えます」

 

マティアスがオルドナンツを飛ばすのを横目に、わたしたちは次の場所に向かう準備を始める。おそらく情報収集を頼んでも、すぐに情報が集まるということはないだろう。それに実は最も被害が甚大で、癒しを必要としている場所の方が、皆に余裕がなくて情報が集まらないということも考えられる。

 

とにかく、できるだけのことをするしかない。一人でも死者が減るようにと癒しをかけて、その後はギーシュから得た情報も元に治療を行っていく。けれど、わたしが到着する前に息を引き取ってしまう人は大勢いる。それ以前に、戦いの中で遥か高みへと上がってしまった人も多い。

 

わたしが行くことができなかった場所でも、きっと多くの人が亡くなってしまったことだろう。そう思ってしまったのは、何か所目かに降り立った場所でクリストフの亡骸を見てしまったからかもしれない。

 

クリストフという名前を聞いても誰なのか、わからなかった。けれど、顔を見れば親しくはなくても知った顔だとわかった。

 

参戦した北朝方の将兵一万のうち、死者は一割近く。一千人に迫るほどだった。

 

特に第一防衛線に配置されていた将兵については、どこの陣でも甚大な被害が出ていた。計略の存在は一部の将にしか知らせていなかったし、あまり簡単に引いては敵に計略の存在を気取られる可能性があるということで、どの陣もぎりぎりまでの防戦を行わせた。その結果が膨大な死者数だ。

 

わたしたちが本陣に帰ると、大勝利だったにも関わらずタバサはあまり嬉しそうでない。今日の勝利のために多くの命が散っていったこと。そして、それをさせたのが自分であることをタバサが一番、実感しているからだろう。

 

他にギーシュの表情も晴れない。その表情は水精霊騎士隊の新たな犠牲者が判明したと雄弁に語っていた。

 

「マキシムも戦死をしたと、さきほど報告が入った」

 

「そう……ですか」

 

魔法学院の生徒と、タバサに味方した北朝方の貴族、もっと言えば戦いに参加した平民たちの間の命に軽重はないはずだ。けれど、やはり顔を知っている人には死んでほしくないと思ってしまう。

 

そして、命を失ったのは無論、北朝方だけではない。トーナミ川の戦いで敗戦した南朝方の将兵にはもっと多くの犠牲が出たことだろう。

 

タバサとジョゼフの戦いは、すでにどうにも止められない段階に入っている。避けられない戦いがあることは、ユルゲンシュミットではエーレンフェストがアーレンスバッハに攻め込まれようとしていることからも明らかだ。

 

けれど、何とか早く終戦を迎えることはできないものか。わたしはどうしても、そう考えてしまうのだった。

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