あたし、キュルケ・アウグスタ・フレデリカ・フォン・アンハルツ・ツェルプストーが魔法学院で過ごす最後の夏季休暇が終わって一週間が過ぎた。今年の夏は初めて、あたしの隣に青髪の親友の姿が全くない夏季休暇だった。
それを寂しく思いながら、あたしは本来は二年生のときに行うはずの使い魔召喚の儀式に臨んでいた。再度の使い魔召喚に臨むことになったきっかけは友人のモンモランシーからの一言だった。
「結局、二年生のときに召喚したと思われていたローゼマインはキュルケの使い魔ではなかったんでしょう? だったら、もう一回、使い魔を召喚してみたら?」
そう言われてみると、魔法学院の同学年の中で、あたしだけが使い魔がいないという状況が気になってくる。そうして、あたしは二度目の召喚に臨むことになったのだ。
あたしの周囲には、友人であるルイズやサイト、ギーシュやモンモランシーやマリコルヌ。そして、教師であり恋人でもあるジャン・コルベールがいる。皆が固唾を飲んであたしの召喚を見つめている。その中に、最も仲が良かった親友が含まれていないことを少し寂しく思いつつ、あたしは召喚の呪文を唱えた。
召喚の鏡があたしの前に出現する。その瞬間、なぜか猛烈に嫌な予感がした。召喚対象が出てくる鏡に、なぜか強烈な既視感があるのだ。
「おや、キュルケ様ではございませんか。これは話が早くて助かります」
果たして、鏡から出てきたのは朱色の髪が印象的なローゼマインの狂信者、もとい忠臣であるハルトムートだった。
「どうしてハルトムートが出てくるのよ」
「詳しい事情はローゼマイン様が参られてから行います」
「ローゼマインがこっちに来るの!?」
頷いたハルトムートに詳細を聞く前に鏡から次の人が出てくる。次に鏡から出てきたのはマティアスだった。マティアスもあたしがいたことに驚いた表情を見せたものの、むしろ好都合というように頷いて場所を空けた。
続いてラウレンツが出てきたが、その次に出てきたのは、あたしの知らない明るい緑の髪の男性だった。マティアスたちと同じ鎧を着ていることから、おそらく騎士なのだろう。
前回の召喚の折にローゼマインが呼べたのは側近たちのうち半分ほどだと言っていた。彼はおそらくユルゲンシュミットに残っていた側近なのだろう。
「コルネリウス、説明は後で纏めて行います。あと、ここにいるのはローゼマイン様の友人ばかりです」
ハルトムートに頷くと、コルネリウスと呼ばれた騎士は鏡の横に立って周囲を警戒するように見回している。続いて出てきた葡萄色の髪の女性騎士にもハルトムートは同じ説明をしていた。
その後に出てきたのは男性騎士はコルネリウスの兄らしい。容姿を見たときから、もしかしてと思ったが、コルネリウスが兄上と呼んだことで確定した。
その次が灰色の髪の男性だ。この男性は四十歳くらいに見えた。ローゼマインの側近はあたしより若い人ばかりだったが、中には年長者もいたらしい。
「ねえ、ハルトムート、今度は一体、何人で来るのよ」
「ローゼマイン様を含めて十三名ですね」
今までに出てきたのは側近は七人。ということは、残り五人。
その後はクラリッサ、ローデリヒ、グレーティア、リーゼレータと知った顔が続く。そして最後にローゼマインの姉らしき女性が淡い水色の髪の美少女騎士と一緒に現れた。
「おや、またキュルケの前に出てきたのですね」
「え……もしかして、ローゼマイン本人……なの?」
「はい、わたくしはローゼマインです」
あたしを知っているような口調であったので確認すると、まさかの本人だった。
「一体、どうしたらそんなに急成長するのよ」
ハルトムートたち他の側近たちは、それほど姿は変わっていない。けれど、ローゼマインだけが異常な成長をしている。
元から美しい少女であったけど、今は子供らしい丸みを帯びていた顔が少しほっそりと輪郭を変え、玲瓏とした美しさへと変わっている。すんなりと伸びた指先にも子供の丸みはなく、しなやかさがあった。
背後の皆の様子を窺ってみると、サイトやギーシュなどの男性陣は、一様に美しく成長したローゼマインに見とれている。マリコルヌはともかく、サイトとギーシュは後でルイズとモンモランシーにお仕置きされないか心配になるほどの凝視具合だった。
「キュルケの疑問ももっともですが、今は時間がないのです。説明はのちほどさせていただきますので、まずはわたくしに召喚をさせてくださいませ」
わざわざ召喚しなくてもハルトムートたちと一緒に連れてくればよかったんじゃないの、と思ったが、口には出さなかった。そんな軽口は言えないほど、ローゼマインの表情が真剣だったからだ。
「皆様、突然の訪問でお騒がせして申し訳ございません。わたくしにとって大切な、家族同然の方がユルゲンシュミットで危機に陥っているのです。その方をサモン・サーヴァントを使って助けるために、わたくしはこちらに参りました」
そう説明したローゼマインは早速、サモン・サーヴァントの呪文を唱え始める。その姿をローゼマインの側近の皆が興味深そうに見つめている。考えてみれば、ローゼマインが召喚をする姿を見たことがあるのは、リーゼレータだけだった。
呪文が完成してローゼマインがサモン・サーヴァントを唱える。すぐにローゼマインの前には一枚の鏡が現れた。けれど、中からは誰も出てこない。
「やはり自力では動けないのですね」
そう言ったローゼマインは、なんと鏡の中に杖を突っ込んで、まずはヴァッシェンを使う。その後は、んっ、とかわいらしい声をかけて何かを引っ張り始めた。
「ローゼマイン、手伝わせてくれ」
「わかりました、エックハルト兄様、わたくしの体を引いてくださいませ」
「待ってくれ、ローゼマイン。それはレオノーレとアンゲリカに任せなさい」
そう言ってコルネリウスがエックハルトを止める。あたしもユルゲンシュミットの常識は聞いていたので、それがローゼマインのためだということは理解できた。
「コルネリウス、今はそんなことを言っている場合ではないだろう」
「兄上こそ、これは絶対に兄上がやらなくてはいけないことではないでしょう? ここはレオノーレたちに譲ればよいではありませんか」
「議論の時間がもったいないです。レオノーレ、アンゲリカ、手伝ってくださいませ」
兄弟の言い争いは、コルネリウスの意見が採り入れられていた。けれど、ローゼマインの表情は、明らかにどっちでもいいというものだ。
ともかく、二人の女性騎士の手を借りてローゼマインが鏡の中から何かを引っ張り出す。初めに見えたのは、片腕。そして、次第に全身が見えてくる。それは、薄い水色の髪の男性だった。けれど、その男性はぐったりとして全く動かない。
「ねえ、死んでないよね」
「ええ、大丈夫です。フェルディナンド様はまだ生きています」
そう言ったローゼマインはフェルディナンドと呼んだ男性に吸い口を当てて何かを飲ませていく。続けて癒しの魔法を連続でかけていた。
「次は解毒薬ですね」
周囲に確認を取り、ローゼマインは薬を染み込ませた布を口の中に入れる。少しして布を引き抜くと、今度は別の薬をスポイトのようなものを口の中に垂らた。その直後、男性は激しくむせ始める。ローゼマインは少し慌てながらも、苦しそうに咳き込む男性の様子を覗き込みながら背中をさする。
その次の瞬間、男性はローゼマインの腕を引いて組み敷くと、両手首の手枷の鎖で首を絞めようとした。誰も反応ができないほどの、意識不明の状態からの一瞬の行動だった。
「誰だ?」
「ローゼマインです!」
「……ローゼ、マイン?」
周囲が緊張する中、男性の問いかけにローゼマインが答える。すると、男性の緊張感が薄れた気がした。
「……あり得ぬ。ローゼマインはこのくらいの大きさだ」
そう言って男性が示したのは生まれたばかりの赤ん坊かと思えるくらいの大きさだ。
「あり得ぬってどういうことですか!? そんなぬいぐるみみたいな大きさだったこと、出会ってから今まで一度も……げふぅっ!?」
そして、その言葉に反論しようとしたローゼマインは自ら男性の鎖に突っ込み、勝手に負傷していた。
「……君は本当に馬鹿ではないか?」
「うぅっ……。さすがに今はちょっとだけそう思っています。ちゃんと自覚はあるので、そんなにしみじみとした口調で言わないでくださいませ」
ローゼマインと男性の会話は互いに信頼を感じさせるものだ。男性がローゼマインを組み敷いたときの緊張感は、すでにない。
「フェルディナンド様、ローゼマイン様と理解できたのなら、離れてください」
コルネリウスに言われた男性は、ゆっくりと体を起こすと、どさりと横に倒れるようにしてローゼマインの上から退いた。先ほどの俊敏な動きは全力を振り絞った結果であったようで、今はぐったりと体を横たえた状態だ。
「まだ体が自由に動かぬ。まずは解毒薬だ。薬を飲ませ終わったら、次はこの手枷を何とかしなさい。シュタープが使えぬのは不便で仕方がない」
言われたローゼマインは男性が指示するままに薬を準備して、飲ませていく。そうしてしばらくした頃、懸命な処置で体が回復してきたのか、男性が不思議そうにローゼマインに質問する。
「ところで、ここは何処だ? 私はアーレンスバッハの供給の間にいたはずなのに、なぜこのような場所にいる? なぜ君や私の側近たちがいる?」
「質問が多いですね。まず、ここはハルケギニアというユルゲンシュミットの外の世界で、フェルディナンド様がここにいるのは、わたくしが異国の魔術を使ったからです。側近たちがいるのも、わたくしの魔術によるものですね」
そう言われたフェルディナンドという男性は、無表情で黙ってしまった。
「ああ、久しぶりの処理落ちですね」
それに対してローゼマインは暢気な感想を言っていた。
フェルディナンドの治療はユストクスの入れない供給の間なのでローゼマインが治療を行ったもの。
それなら本来ならここではユストクスに任せるべきかとも思いましたが、せっかくのローゼマインとフェルディナンドの名場面なので、ここはローゼマインに治療をお願いすることに。