わたしのところにタバサがやってきたのは、トーナミ川での戦いが終わってすぐのことだった。会議場となった天幕の中にはわたしとフェルディナンドと側近たちの他、タバサの側近たちもいるので、なかなかに窮屈な状態だ。
「図々しいお願いになるのは承知の上で頼みたい。騎獣というものを作るための魔石を提供してもらうことはできないだろうか」
「理由を聞かせていただいても?」
「南朝には両用艦隊というハルケギニアで最強の艦隊がある。今のところ緒戦以後、前線には出てきていないけど、地上戦力ではすでに我々の方が上回っている。となると、次こそは出てくると考えた方がいい。けれど、艦を急に建造することも、幻獣を急に増やすことも難しい。騎獣は我々が両用艦隊に対抗できる唯一の方法になる」
「騎獣はわたくしたちの国の貴族なら誰もが持っているものですが、簡単に数を用意できるものでもないのです。少し考えさせてくださいませ」
「一方的に援助を申し出ているのだから、無理なら断ってくれたらいい。それでも、わたしにはローゼマインの力に頼るこの方法しか思いつかなかった。先の戦いもルイズの魔法とローゼマインの回復薬が頼みだったし、情けない限りだと思っている」
そう言ったタバサは自嘲気味の笑みを残して会議場を出て行った。わたしは早速、盗聴防止の魔術具を使いなおしてフェルディナンドたちと相談を始める。
「フェルディナンド様、まずは前提を確認させてくださいませ。こちらの材料で騎獣用の魔石は用意することができますか?」
「君が前回、残してくれた資料を確認した限りだが、おそらくは可能だ。その上で確認をするが、君はユルゲンシュミットを危険に晒す可能性を冒してでも彼女を助けたいか?」
万が一、ハルケギニアとユルゲンシュミットで争いになった場合、ユルゲンシュミット側はかなりの苦戦を強いられることが予想される。何といっても、ハルケギニア側は数万の兵を動員するノウハウがあるのに対して、ユルゲンシュミット側は戦いは貴族だけが行うものであるという前提なので千人という規模の指揮すら、誰も取ったことがない。
そして、ユルゲンシュミットとハルケギニアでは総合的な文明レベルはハルケギニアの方が上だ。平民同士の戦いとなった場合、銃を持つハルケギニアの兵たちに、剣や槍がせいぜいのユルゲンシュミットの平民たちが勝てる見込みはない。
特に空を飛べる船と大砲が出てきたら、ユルゲンシュミットの平民はパニックになることだろう。両者の総合力は相当の差があるといわざるをえない。
そんな中、ユルゲンシュミット側の数少ない有利な点が騎獣と回復薬だ。ハルケギニアには幻獣がいるとはいえ、ごく限られた貴族が使用するにすぎない。全員が騎獣を持つという機動力の差と、全身鎧と回復薬による持久力の差がユルゲンシュミット側の有利点だ。
そのため全体で見たら押されていても、敵の本陣を急襲して指揮官を叩くという戦い方で善戦ができると思う。ハルケギニアに騎獣の魔石が出回るというのは、数少ない優位な点を自ら放棄することに他ならない。
無論、タバサたちがユルゲンシュミットに攻めてくるとは思っていない。けれど、数世代後になれば、どうなるかはわからない。いくら考えなしと言われているわたしでも、数世代後のユルゲンシュミットの人々の危険は無視できない。
「ユルゲンシュミットを危険に晒すことはできません。その前提は守った上で、タバサのためにできることはどこまでになるでしょうか?」
「君は前回こちらに来た際に、シャルロット様に素材を魔石化する手段と、素材を調合することを覚えさせてしまったと言ったな。それが致命的だな」
ハルケギニアの貴族は、素材を魔石化するということを試したことがない。当然、その素材を元に調合をするという考えもない。そのため、魔石を供与したとして、それを自分たちで再現することは、まず不可能だろう。
けれど、タバサはその両者を知っている。更に今回は材料をタバサに提供してもらうことになる。一応、ハルケギニアには調合のときに使用する魔術具の混ぜ棒がないので、すぐに成功することはないはずだ。けれど、それは逆に言えば調合用の混ぜ棒の作成にさえ成功してしまえば、後は時間の問題ということだ。そうなるとユルゲンシュミットにとっては無視できない脅威になると、フェルディナンドは言った。
「何かハルケギニアでも有効な契約魔術のようなものはないでしょうか?」
「有効かどうか確証はないが、試す価値はある方法ならある」
「それはどのような方法なのですか?」
「光の女神の冠を使って神々と契約を交わすのだ」
光の女神の神具である冠を被っての神々へ誓いを立てれば、逃れようのない契約になるだろう。けれど、それもユルゲンシュミットに限ってのことだ。
「ハルケギニアでも神々と契約はできるのでしょうか?」
「実際のところはわからぬ。だが、それらしく見えれば十分に効果はあるのではないか? まさか、どうなるかわからぬものを自分の身で試してみる馬鹿はおらぬであろう」
確かに、よほどの喫緊の問題でも起きない限り、自分の体がどうなるかわからないという賭けをしてまで魔石化や調合を試してみようとは思わないだろう。
「それならば、わたくしがこれまでに教えてしまった知識を他者に伝達することを防ぐこともできますね」
「そうだな。ちなみに魔石化と調合を知っているのはシャルロット様だけか?」
「う……キュルケもその場にいましたので、だいたい知っています」
わたしが言うと、フェルディナンドが軽く顔を顰めた。まったく、君は。という心の声が聞こえてくるようだ。
「それならば、キュルケにも誓約を行ってもらいなさい。それを条件に騎獣の魔石五十個を提供する。それでどうだ?」
「キュルケまで巻き込むことは気が進みませんが、一度でも使えば騎獣はオルドナンツ以上に便利なものと認識されるでしょうから、情報流出を防ぐためには仕方がないですね」
馬車を使えば何日もかかるところにも騎獣ならば一日かからずに到着することができる。体の弱いわたしにとって騎獣はなくてはならないものだ。
「それでは、まずはわたくしがキュルケとタバサに説明いたしますね」
「ああ、そちらはローゼマインに任せよう。私はすぐに調合の準備にかからねばならぬ」
「フェルディナンド様、魔力は足りますか?」
「ユストクスとハルトムートに補佐をさせるので問題ない」
魔力量だけならクラリッサも候補だろうけど、クラリッサはフェルディナンドと調合をしたことがない。フェルディナンドの調合は高度な技術の詰め合わせで、初見の人が加わるのは難しい。今回は短期間で作成をするのだろうから、クラリッサよりも勝手がわかっている二人を選んだのだろう。
「ところで、騎獣の魔石が五十個では北朝の貴族に配るには足りませんよね。人選はどのようにすべきか、タバサへのアドバイスなどはございますか?」
「騎獣を使えば余分に魔力を使うことになる。まずはトライアングル以上を優先すべきだろう。後は空を飛ぶ船を相手にするのならば、火の魔術が得意な者がいいだろうな」
フェルディナンドがオストラント号を思い出すようにして言ったことは適確だと思う。ハルケギニアの船は風石を使って浮かぶが、進行方向を定めるのには、まだ帆の力に頼る部分が多い。それを燃やせば、少なくとも目的地に真っ直ぐ進む力は失われる。
その後、わたしはキュルケとタバサにフェルディナンドと考えた条件を提示した。わたしが出した条件は二人を信用していないとも受け取られかねないものだったけど、将来までユルゲンシュミットの安全を確保するためだという説明を受け入れてくれた。
こうしてタバサは早速、五十個の騎獣の魔石を配る騎士の選別を始めた。一方、キュルケの方も何か準備をしているようだった。