先日、あたしはタバサと一緒にローゼマインの作った光の女神の冠というものを被り、神々と誓約を行った。内容は、ユルゲンシュミットの人々を将来に渡って守るために素材の魔石化と、魔石を調合によって作成することを誰にも教えない、というものだ。
理由までつけるなんて何とも迂遠な誓約だと思った。けれど、ユルゲンシュミットで信じられている神々というものは人の理とは違う世界で生きているらしい。ただ素材の魔石化の方法を話さないというだけだと、神々が興味を示してくれない可能性もあるということだった。そのように聞くと、改めてユルゲンシュミットの神々と始祖ブリミルとでは違いが大きいと思い知らされる。
ともかく、ローゼマインと誓約を交わしたことによってタバサには五十個の騎獣の魔石が提供された。タバサはそれを、トライアングルクラス以上の中で攻撃担当の火のメイジと防御担当の風のメイジを中心に配布した。
ちなみにタバサ自身は高ランクの風メイジだけど騎獣の魔石は受け取らなかった。理由は単純で、シルフィードという空戦のできる使い魔がいるためだ。
あたしとジャンは正確には北朝の貴族ではないけど、これまでの関係と属性が火であるということで騎獣の魔石が配布された。ちなみに、マチルダも北朝の貴族でなく、かつ土のメイジであるのも関わらず、例外的に騎獣の魔石が配布された。通常、土メイジは空戦に不向きだが、マチルダは錬金の名手ということで対艦攻撃力を有すると判断された。
あたしたちが魔石を配られてまずやったことは、魔石を自分の精神力で染めるということだ。精神力が少ないと魔石を染めきることも大変ということが、騎獣の魔石を配布する対象をトライアングルクラス以上とした理由のようだ。初日の課題は魔石を自分の精神力で染めることまでだったけど、半数以上の貴族が染めきることができなかった。
その後は染めることに成功した者と、まだ染めきっていない者に別れて、染めることに成功したあたしたちは、魔石の形を変える練習が始まった。普通に考えれば石が形を変えるわけはないのだけど、これはローゼマインたちが騎獣を使うところを見ていればイメージすること自体は難しくはない。
まずは魔石に精神力を注いで徐々に大きくしていく。自分の頭くらいまで大きくしたら、今度は魔石を床に置いて、手を離した状態で精神力を注ぐように言われた。けれど、これがなかなかの難敵だった。
まずあたしたちは、手から離れたものに対して精神力を流すということをやってみたことがない。そのため、どうやったらできるのかがわからないのだ。ローゼマインはできないと思えば失敗するので、できると信じることが大切だと言っていたが、根拠なくできると信じることは難しい。
この問題で突破口となったのはマチルダの成功だった。マチルダは離れたところにいるゴーレムに対しても形を変えたり、崩したりといったことができる。そのときのように最初に魔法を使ったときに作成した精神力を注ぐための管を、切ってしまうのではなく薄く残しておくと、手を放しても精神力を注ぐことができると言っていた。
言われてみれば、あたしもフレイム・ボールを放った後で軌道を変えている。そのときの感覚を応用すればいいのかもしれない。そう考えて試してみたところ、無事に床に置いた魔石の大きさを変えることができた。
その後は形を変える訓練だ。丸い魔石を三角錐にしてみたり、直方体にしたり、星形にしたりとしていく。そうした訓練を何種類か行うと、いよいよ魔石を自分の考えた騎獣の姿に変えることになった。
「キュルケはどのような騎獣にしようと思っているのだ?」
「あたしが考える騎獣はこれよ。ジャンも同じものにするのよ」
ジャンに聞かれたあたしは、蛇に翼がついた空想上の魔物であるケツァルコアトルの絵を紙に書いてみせる。この騎獣はジャンの二つ名である“炎蛇”から発想を得たものだ。
「ええと……もう少し一般的な生き物にしないか?」
「い、や。あたしとジャンの騎獣だもの。二人だけの特別なものがいいわ」
結局、随分と渋ったものの、ジャンはあたしの提案を受け入れてくれた。そうして、あたしとジャンだけの特別な騎獣が誕生したのだ。
その後は連日のように作った騎獣での飛行訓練を行った。実戦では敵の大砲を回避しながら魔法の射程範囲まで接近する必要があるのだ。急旋回や急降下を行いながら狙った的に魔法を当てる訓練を行う。
騎獣はただ飛ぶだけでも精神力を消耗する。もしも空の上で精神力を消耗しきってしまえば、待っているのは墜落死だ。そのため、低空に騎獣を浮かべつつ魔法を使い続けて自分の精神力の限界を知るということも試した。
ちなみにローゼマインたちからは回復薬も提供された。それを一度、飲んでみて自分の精神力がどのくらい回復するかということも試している。ちなみに実戦で皆に配布される回復薬は一人につき二本だ。
普通の貴族は、騎獣での戦闘訓練に明け暮れていればよかった。けれども、あたしは訓練だけをしているわけにはいかない。ローゼマインから譲られた魔石で作った騎獣部隊はわずか五十騎。それだけでは百二十隻にもなる両用艦隊を破るには戦力不足だ。それに両用艦隊に所属する竜兵の部隊もいる。艦に対しては圧倒的な機動力の差を誇る騎獣も、相手が竜ではそう簡単にはいかない。
あたしたちが目をつけたのは、トリステインに所属するクルデンホルフ大公家の有するハルケギニア最強の竜騎士団、空中装甲騎士団だ。先のトーナミ川でのイリュージョンの魔法によってルイズ、ひいてはトリステインが北朝方で参戦しているとガリア側は認識している。こうなっては、もはや北朝の敗北はトリステインにとっても許容できない。
北朝が敗れることになれば、次にジョゼフに狙われるのはトリステインの可能性が高い。それはトリステインにとっては悪夢だ。仮にガリアがトリステインに宣戦布告してきたとして、ゲルマニアは味方してはくれないだろう。ロマリアは味方してくれるかもしれないが、距離の問題で連携は難しい。
そうなると今のうちに共同戦線を張った方が得策だ。幸いにして、ロマリアが北朝を支持する声明は、すでに出されている。トリステインにしても、クルデンホルフ大公家にしてもブリミル教徒である以上、参戦の名分は立つ。
北朝敗北後に単独でジョゼフと戦う危険性を考えれば、腹を決めて本格的に北朝側で参戦して欲しい。あたしたちはルイズを仲介に、そうトリステインに要請をかけた。南朝打倒後のことを考えると、ロマリア軍をガリア領内に入れるのは避けたいが、国力的にもガリアに手を出す余裕などないトリステインならなんの問題もない。
ロマリア教皇、ヴィットーリオは他国の軍はガリア国内に入れないという先のタバサの言を引き合いに批判をしてくるだろうが、トリステインの貴族はすでにこの戦いにしっかりと参戦してしまっている。加えて、トリステインではガリアに影響を及ぼせないことも理由に出せば何とか乗り切れるだろう。
トリステインについては、女王アンリエッタとはすでに旧知の間であり、これまでも戦の状況を連絡していたこともあり、説得は比較的容易だった。けれど、問題は実際に兵を派遣させられるクルデンホルフ大公家だった。
当然ながら、なぜクルデンホルフがトリステインの貴族が北朝に立って参戦した不始末の尻拭いをせねばならないのかと反発してきた。けれど、現実として今なら北朝と連携して戦うことができる両用艦隊に、北朝が敗北後は空中装甲騎士団は単独で戦わねばならなくなる。今なら両用艦隊は北朝の空軍が受け持つので、空中装甲騎士団は敵の竜を牽制するだけで済むから人的被害は最小で済む。そう言ってクルデンホルフを説得した。
結局、トリステインからの後押しもあって、クルデンホルフの空中装甲騎士団の援軍を得ることができた。それから間もなく、両用艦隊が軍港サン・マロンを出港したという緊急のオルドナンツがエルザスよりもたらされた。
ハルケギニアはおろかユルゲンシュミットでも発生したことのない騎獣対艦隊という、かつてない形の空中戦が始まろうとしていた。