ガリアの魔王と商人聖女   作:孤藤海

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経験のない空戦

両用艦隊旗艦『シャルル・オルレアン』号の上甲板で、艦隊司令のクラヴィル卿は、長い艦隊勤務で日焼けした顔で艦隊の前方を見つめていた。『シャルル・オルレアン』号の周辺には合計百二十五隻にもなる両用艦隊が散開して進軍をしている。

 

これは、かつてアルビオン艦隊を壊滅させたトリステインの強力なメイジが、北朝方に立ち参戦している可能性が高いという情報によるものだ。仮にその強力な魔法を受けたとしても、艦隊の被害を戦闘継続可能な範囲に抑える。そのための布陣だ。

 

北朝方も艦を集めているとは聞いているが、その総数は多くて二十隻程度だろうと予想されている。加えて、艦も小さければ装甲も貧弱だという。それなら敵に接敵してから密集隊形に変更しても勝利は手堅い。

 

クラヴィル卿は自身を優秀な人間であるとは思っていない。自分より優秀な人間たちが政治に興味を抱き、内紛に巻き込まれて自滅したことにより艦隊司令に就くことになった凡人だというのがクラヴィル卿の自己評価だった。

 

この地位は自分には不相応なのではないか。そんな疑問が頭に浮かんだことも一度や二度ではない。それでも、ただただ忠実に命令を実行し、幾度もの戦いを経験した。両用艦隊というハルケギニア最強の艦隊の力が大きいながらも提督としての名声も得た。

 

凡人であるのだから、求められた最低限の成果は着実に上げる。そう心に誓っての長年の経験で考えても、この戦いの勝ちは固い。それでも油断はしない。凡人に慢心などしている余裕などはないはずだから。

 

「前方に敵艦隊を発見!」

 

だから、その報告を聞いて前方に向けた遠眼鏡の先に見えたのが、十隻ばかりの小型艦ばかりであったときも、けして一気に押しつぶせとは命じなかった。

 

「囮の可能性もある。第二戦隊より十隻を差し向けて様子を見よ!」

 

同じ艦数であっても、性能は両用艦隊の方が上だ。だから、これは敵を倒すには十分な戦力のはずだった。けれど、続いての報告はそんなクラヴィル卿の予想を覆すものだった。

 

「第二戦隊旗艦、一等戦艦ロレーヌより発光信号、敵艦よりクルデンホルフ大公家の空中装甲騎士団の発艦を確認」

 

「何だと!」

 

前衛艦の旗艦の役割を担うロレーヌが暗幕の中で魔法のランプを使って送ってきた信号によると、敵はハルケギニア最強の竜騎士団とも言われる空中装甲騎士団ということだ。

 

「見間違いでないか確認せよと送れ!」

 

確かにトリステインの強力なメイジが北朝方で参戦しているという情報はあった。けれどもクルデンホルフ大公家が参戦するほど、トリステインがどっぷりと北朝方に味方しているという情報はなかった。

 

「確かにクルデンホルフ大公家の黄色の竜の紋章を確認との返答あり」

 

事ここに至っては信じるよりないようだ。空中装甲騎士団が敵方にいるとなれば、いかに両用艦隊であっても十隻では危険だ。

 

「第二戦隊全艦および第三戦隊で当たれ!」

 

第二戦隊と第三戦隊を合わせれば艦数は四十隻。それならば敵がクルデンホルフ大公家の空中装甲騎士団であろうとも優位に戦いを進められるはずだ。少し驚きはしたが、空中装甲騎士団であろうと両用艦隊を破ることはできない。

 

「なればこそ、妙だな。クルデンホルフ……このような明らかな負け戦に加勢してくるほど愚かではないはずだ」

 

何かある。けれど、それが何かわからぬのでは、手の打ちようがない。

 

第二戦隊と第三戦隊の四十隻が敵艦に接近していく。そうして先頭の艦が敵艦を射程に収めようかというとき、雲の間から何かが飛び出てきた。

 

「何だ、あれは?」

 

なにがしかの幻獣に見える。けれど、クラヴィル卿も見たことのない幻獣たちであった。そして幻獣たちの騎手の持つ剣は見たこともないほどの輝きを放っていた。高位から落ちるようにして幻獣四騎が艦隊に突入していく。その直後、クラヴィル卿の元まで轟音が聞こえてきた。計四隻の艦のマストが音を立てて倒れる。

 

「被害状況は確認できるか!」

 

「損害が発生した艦は、第二戦隊旗艦、一等戦艦ロレーヌ。第二戦隊、防空巡洋艦アルマ、第三戦隊旗艦、二等戦艦ブルゴーニュ。第三戦隊、巡洋艦アンリ。いずれも航行不能の様子で徐々に高度を下げています」

 

被害を受けたのはいずれも主力艦ばかりだ。この時点でも大損害だ。しかも被害はその程度では済みそうもない。続くようにして雲間からは五十以上の幻獣が飛び出してきている。その幻獣たちは、先の幻獣と同じようにクラヴィル卿の見たことのないものも多い。

 

「北朝方にそれだけの幻獣がいるという情報はなかった。それに、私が見たことのない幻獣たちとは……。奴らは一体、どこから湧いてきたのだ?」

 

得体の知れない敵というのは恐ろしいものだ。けれど、ここから第二戦隊と第三戦隊の戦いを見守っているわけにはいかない。今もマストを巨大な火球に包まれて一隻が、炎の蛇に帆を焼き尽くされた一隻が高度を下げていっている。

 

「第二戦隊、防空巡洋艦ヴァレリー。第二戦隊、巡洋艦ルイ。戦列から離脱。他に第二戦隊、駆逐艦リヨン。第二戦隊、駆逐艦ニース。第二戦隊、駆逐艦モンペリエ。第三戦隊、駆逐艦レンヌ。第三戦隊、駆逐艦ランスで火災が発生している模様」

 

「第二、第三戦隊の対空戦闘はどうなっている!」

 

「艦載砲はすべて散弾を装填して応射はしているようです。更に各艦のメイジも魔法で応戦している模様ですが、有効打になっていないようです」

 

その報告を聞いてクラヴィル卿も遠眼鏡を使って戦況ではなく幻獣を観察してみた。

 

「何だ、あの動きは?」

 

敵の操る幻獣はおよそ生物とは思えない動きをしていた。何せ、何の予備動作もなく急に方向を変えるのだ。

 

それはあり得ないことだった。竜であれペガサスであれ、進行方向を変える際には何らかの前兆があるものだ。クラヴィル卿たちはそれを見て敵の動きを読む。経験から学んだ敵の挙動と現実の乖離が、両用艦隊各艦の命中率を極端に下げているのだろう。

 

動きの違いに急に慣れろというのは無理な話だ。対抗するには命中率の低さを補えるだけの濃密な射撃しかない。両用艦隊とて全艦が戦列艦ではない。中には戦闘力の低い輸送艦も含まれている。それらの護衛のほとんどを前線に進ませる采配となるが、ここは決断すべきときだ。

 

「各戦隊に手旗信号。これより我らは第二、第三艦隊の救援に向かう。我が第一戦隊は中央を防空巡洋艦を先頭にした二列従陣で敵幻獣部隊に突入する。第四戦隊は右翼。第五戦隊は左翼を進ませろ!」

 

「了解しました」

 

「本艦の位置は防空巡洋艦ジャンヌの後だ!」

 

「司令、それでは我が艦も危険ではありませんか?」

 

そう尋ねてきたのは、艦隊参謀のリュジニャン子爵だった。指揮官先頭は士気をあげるには有効だが、勝ち戦で無用に旗艦を失う危険を冒す必要はなく、これまでクラヴィル卿は使用してこなかった。未だ戦力としては南朝方が優勢なはずだ。けれど、今は拮抗した戦とみて指揮を執るべきだ。

 

「第二、第三戦隊が被害甚大であることは艦隊の皆が見ていよう。その状況で我らが後方に座していたのでは、皆が更に不安になる。危険は承知だ。覚悟を決めよ!」

 

「はっ!」

 

「よし、各艦に伝達。我に続け!」

 

クラヴィル卿の号令に従い、両用艦隊の全艦が苦戦中の第二、第三戦隊を救うために前進を開始した。しかし、その直後、敵艦隊に動きが見えた。

 

「敵艦隊、単横陣で前進を開始!」

 

見ていれば、それはわかる。問題は、敵艦隊の意図だ。

 

艦砲というものは、舷側に多く配置されている。正面からの撃ち合いでは、双方ともに被害を与えることが難しくなる。それを避けるために回頭すれば救援に向かう足は大幅に鈍ることになる。それを狙っているのというのが一つの可能性だ。

 

そしてもう一つ。怖い可能性として敵が艦を捨てるという手も考えられる。

 

トリステインはアルビオンとの戦いで小型艦を火船として用いて、アルビオンの大型艦を沈めたという。状況としてはその場面に似ている。下手に舷側を晒してそこに突入をされれば被害は甚大になる。

 

「進路そのまま! 反航戦にて敵を屠る!」

 

クラヴィル卿の指示はそのまま旗流信号にて第一戦隊の各艦に伝達された。




三次元の艦隊戦がよくわからず、通常の海戦のような描写に。

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