タバサを討つために進軍していた両用艦隊に奇襲を加え、あたしたちは大きな被害を与えることができた。けれど、被害が大きいとはいえ、未だ勝利を確定させるものではない。両用艦隊に打ち勝ったと言うためには、今一度、敵に攻撃を加える必要があった。
もっとも、一度の攻撃で敵に完勝とはいかないことは事前に予想できていたことだ。そのために昼の戦いの時点で、夜襲を行うことは周知されていた。敵艦隊も当然、夜襲のことは警戒しているはずだ。けれど、敵軍はまだ騎獣の特性については知らないはず。そうであるならば、隙を突く手段はある。
まず、あたしたち奇襲部隊はローゼマインの騎獣に乗って、敵艦隊の近くまで移動する。ローゼマインの騎獣は翼がない上に形を自在に変えられるので、細長い形にすれば森の中でも駆けることができるのだ。
これがまず、普通の幻獣にはできないことだ。そして、幻獣は騎獣のように任意に出し入れなどできない。だから、艦への奇襲部隊が森の中を進んでくるとは誰も考えない。そこが、あたしたちにとっては格好の狙いどころとなったわけだ。
ローゼマインの騎獣は夜の森の中を静かに駆け抜け、上空に待機している艦隊が見える場所まできた。そこであたしたちはローゼマインの騎獣から降りて各々の騎獣を出す。
あたしたちは黒のローブを纏い、更に騎獣にも黒い布を纏わせていく。ちなみに、これは騎獣だからこそできることだ。生物であれば、前が見えなくなることに拒否感があるため、いくら目の部分を空けても、頭まですっぽりと布に覆うことはできない。それに、翼などのデリケートな箇所を布で覆うことも嫌がられて、できないだろう。その点、騎獣ならばそもそも意思が存在しないのだから、何をしようとも何の問題もない。
ちなみにタバサのシルフィードは韻竜であるので、ローゼマインの騎獣に同乗し、降りてから竜の姿に変わるということもできる。けれど、それを行おうと思えば幻獣部隊全員に自分の使い魔の正体を明かすことになる。加えて、やはり生物である以上、竜の姿のときに全身を布で覆うわけにはいかない。そんなわけで、今回はタバサは留守番だ。作戦に参加するのは騎獣を持つあたしたち四十六騎と、ローゼマインと側近たちだけだ。
奇襲の初手は、錬金をある程度の威力で使えるメイジを中心とした部隊による艦底部への攻撃となる。けれど、基本的に錬金は土メイジが得意としている呪文だ。空の上では土魔法は効果が薄いということで、騎獣を与えられたメイジに土メイジは少ない。そのために、この任務に従事するのはマチルダをはじめとしたわずか四騎だけとなったのだ。
この四騎が低空から騎獣を上昇させ、敵の攻撃が届かない艦底部に取り付き、錬金で船にダメージを与える。それを皮切りにあたしたち他の属性の貴族たちが一気に敵艦の上空にまで移動して昼と同じようにマストを攻撃することになる。
「大きな艦はローゼマインたちに任せてしまっていいのよね?」
「ええ、一撃の威力では、わたくしの護衛騎士の方が上ですもの」
ハルケギニアの系統魔法は一部を除き、ユルゲンシュミットの騎士の全力攻撃に比べ威力で劣る。だから、大型艦はローゼマインの護衛騎士たちに任せた方が効率的なのだ。
「それでは、作戦を開始する!」
今夜の指揮官であるカステルモールの声に従い、下から攻撃を加える四騎が離れていく。あたしやジャンは、上から攻撃を加える四十二騎とローゼマインたち十一騎の計五十三騎で本隊を形成する。
ちなみにローゼマインたちは下から四騎が攻撃を加えるのと、ほぼ同時に上空から攻撃を仕掛け、そのまま戦場から離脱することになっている。それ以上の滞在はローゼマインが危険だと言ってフェルディナンドが了承しなかったのだ。
そのローゼマインは攻撃は行わずにクラリッサとともに上空に留まり、他の護衛騎士たちとハルトムートとユストクスが攻撃を終えた直後に皆に祝福を送り、敵艦から少し離れたところを地上まで降りて、そのまま森の中に身を隠すことになっている。
ローゼマインの祝福は身体能力や精神力を強化してくれるけど、その光は闇の中では非常に目立つという欠点がある。一応、窓を閉めた状態で小規模に制御しきった状態での祝福ならば光は外に漏れないとローゼマインは言っていた。けれど、これから攻撃という気持ちが高ぶった状態では制御しきる自信がないということだったので、敵に攻撃が発覚するまでは使うのは控えてもらうことにしたのだ。
あたしたちは皆で騎獣に乗って空へと上がる。二つの月の明かりに照らされて位置が発覚しないよう、カステルモールが作った小型の雲の中に隠れて高度を徐々に上げていく。
「フェルディナンド様はあの大型の艦を。第四戦隊の旗艦である二等戦艦ミストラルです。エックハルト様はその手前の艦を。第四戦隊の防空巡洋艦ウラガンです」
雲の中でアルヌルフがおぼろげな艦影から敵艦の名を把握して、ローゼマインの側近たちの攻撃目標を決めていく。そのうち、敵艦隊に動きが見えた。
「敵艦隊のうちでも低位にいる艦が高度を下げた! 味方の攻撃成功と判断する!」
カステルモールの言葉と同時に剣に青白い光を纏ってフェルディナンドたちが飛び出していく。敵が奇襲に驚いているうちにフェルディナンドたちは次々と敵艦に強力な攻撃を打ち込んでいく。
「二等戦艦ミストラル、防空巡洋艦ウラガン、防空巡洋艦フードル、巡洋艦ガルニエ、巡洋艦シロッコ、駆逐艦ニーム、駆逐艦ヴィルールバンヌの撃沈を確認。さすがですな」
フェルディナンドたちの攻撃はメインマストを的確に破壊し、敵艦の航行能力を喪失させていく。更にハルトムートとユストクスの撒いたマジックアイテムも敵艦に火災を発生させたようだ。
「武勇の神アングリーフ、狩猟の神シュラーゲツィール、疾風の女神シュタイフェリーゼ、忍耐の女神ドゥルトゼッツェン、幸運の女神グライフェシャーンよ、我の祈りを聞き届け、聖なる力を与え給え。皆がゲドゥルリーヒの元に戻るための力を我等に」
直後、あたしたちの元にローゼマインの祝福の光が降り注いできた。
「ここからが本番だ。異国の者の力にばかり頼ってはおられぬ。我らの主を守るのは我らの役目だ。全騎、攻撃を開始せよ!」
カステルモールの号令の下、旗艦を失って混乱している敵の第四戦隊に向けて突撃を敢行する。敵もすでに昼の戦いで普通の幻獣とは異なることは理解しているはずだが、月明かりのみでは有効な射撃を行うことは昼の迎撃よりも更に困難なはずだ。
目標の定まらない敵艦隊に対して、あたしは昼間と同じように急降下からの魔法攻撃を行い、敵艦の帆を燃やしていく。上手くいけば、このまま敵艦隊を壊滅させられるかもしれない。そんなふうに楽観的に考えていたときだった。
大砲の発砲音が聞こえたと同時に、あたしの頬に熱が走った。それとほぼ同時に、あたしの右斜め前を飛んでいた騎獣が唐突に消えた。騎獣が消えたことで乗っていた騎士も地上へと落ちていく。
いや、順番が逆だ。乗っていた騎士が撃たれたことで精神力が供給できなくなって騎獣が消えてしまったのだ。
そして、その出来事で、敵があたしたちを視認できないのと同じように、あたしたちも敵の射撃の前兆に気付きにくいのだと理解した。あるいは次の瞬間には、あたしも撃たれたと気づく間もなく命を落としているかもしれないのだ。それは、恐ろしいことだった。
あたしは今、死ぬわけにはいかない。あたしが死ねばジャンが悲しむ。そして、タバサも。マノーアの死にもタバサは心を痛めていた。あたしが死ねば、それより強い悲しみをタバサに与えることになる。
あたしが攻撃に恐怖感を抱いていると、不意に上空に向けて黄色い光が昇っていくのが見えた。それは次の攻撃を終了次第、各自戦場を離脱という合図だ。
あたしは騎獣を上昇させると、精神力を注ぎ込んでいく。今までより早く突入し、早く敵艦の射程から逃れる。念じながら精神力を注ぎ、真っ逆さまに落ちていく。目を開けているのすら辛い風圧の中、懸命に杖を伸ばして敵艦に向けてフレイムボールの魔法を放つ。
巨大な炎の球は、帆を逸れて甲板に落ちた。恐怖と過剰なスピードで、攻撃が逸れたのだ。それでも甲板では火災が発生し、服に火がついた兵が転げまわっている。艦の中は混乱しており、対空射撃どころではなさそうだ。
その艦は、あたしの後で降りてきた貴族の魔法により沈められた。結果的にサポートの役目は果たせた格好だけど、あたしが恐怖に負けて攻撃をしくじったことは自分が一番、よくわかっている。非常に苦い気持ちを抱え、あたしは帰路につくことになった。
この夜襲で両用艦隊の第四戦隊に壊滅的打撃を与えることができたようだ。その代償として、あたしたちは三騎を失うことになった。