両用艦隊への夜襲を成功させたシャルロットは、艦隊司令のクラヴィル卿に向けて降伏勧告を行った。先日の昼と夜の戦いで計五十四隻もの戦列艦を戦闘不能に追い込まれ、戦力を半減させていたクラヴィル卿は降伏を受け入れた。
両用艦隊は総数こそ百二十五隻だが、中には当然、輸送艦なども含まれている。実際の戦闘艦は九十八隻。すでに両用艦隊はその半数以上を失っていたのだ。
さて、両用艦隊を降伏させたのはいいとして、シャルロットを悩ませたのは、その扱いだ。すぐにでも動かせる艦が四十四隻。簡単な修理により飛行が可能になる艦は三十五隻。一月もすれば、両用艦隊は七十九隻まで回復してしまう。
クラヴィル卿はジョゼフに強い忠誠心は持っていない。けれど、シャルロットに心を寄せているとも思えないのだ。戦局を左右する存在として、とてつもない厚遇を約束されたときに裏切らないという保証はない。
結局、クラヴィル卿はしばらく拘束の上、損傷艦の修理も見合わせることになった。両用艦隊の敗北の報を聞き、北朝側への鞍替えは更に増えている。今では七割の貴族が北朝方だ。これなら降伏した両用艦隊を戦力として使わずともジョゼフに勝利は可能だ。ならば、信用のならない軍を無理に使うことはない。
そんな折にローゼマインから、ユルゲンシュミットにそろそろ帰国しようと思うと告げられた。まだジョゼフの勢力は健在。加えてジョゼフの虚無が未知数だ。万が一のときを考えると、ローゼマインがいてくれると心強い。けれど、ローゼマインたちはシャルロットの戦いに参戦する義務はない。加えて参戦で得られる利益も何一つない。そんなローゼマインたちを引き留めることはできない。
何はともあれ、これまでの礼は言わなければならない。シャルロットはすぐに側近たちとともにローゼマインの天幕を訪れた。
「シャルロット様、まだ戦が終わったわけではないのに心苦しいですが、わたくしたちの領地であるエーレンフェストも、それほど余裕のある状況ではないのです。この辺りで一度、帰国しようと思います」
「ローゼマインは何の見返りもなしにわたしに力を貸してくれた。ローゼマインたちがいなければ、サガミールでの戦いでの勝利も、両用艦隊を打ち破ることもできなかった。何も心苦しく思うことなんてない」
キュルケにしてもローゼマインにしても、単にリスクしかないのにシャルロットに力を貸してくれた。そのローゼマインに心苦しいなどと言われてしまうと、シャルロットの方が心苦しくなってしまう。
「そう言ってくださると助かります。わたくしたちは明日にでもユルゲンシュミットに帰国しようと思いますので、わたくしたちの使っていた天幕の後始末などはシャルロット様にお願いしてもよろしいでしょうか」
「そのくらい、お安い御用。けれど、帰国の前に一つだけ、厚かましいお願いを聞いてくれると嬉しい」
「なんでしょうか?」
「今回の戦いで亡くなった敵味方の全ての将兵のために、慰霊祭を行いたい。ローゼマインにはトリステインで行った鎮魂の儀式を執り行ってもらいたいと思っている」
ウェールズを送るときにローゼマインが執り行った死者を悼む儀式は非常に幻想的で美しいものだった。失われた戦友たちを幻想的な儀式で送れば、両用艦隊の将兵たちも少しはシャルロットに心を寄せてくれるかもしれない。それに、仮にそうした実利面がなくとも、これまでシャルロットのために力を尽くしてくれた護衛騎士のマノーアたちに、できることはやってあげたい。
「死者を送る儀式でしたら、わたくしも喜んで協力させてもらいます」
「ありがとう。これで、少しでもわたしのせいで亡くなった人たちに報いることができたらいいのだけど……」
そもそもシャルロットがジョゼフに対して戦を仕掛けたりしなければ、彼らが命を失うこともなかったのだ。母が安全に暮らせるガリアを得るためにジョゼフに対して戦を仕掛けたこと自体は後悔していない。けれど、正しいことをしたとも思えないのだ。
慰霊祭はその日の夜に執り行われることになった。ローゼマインが忙しく準備をする中、シャルロットもメイジにオルドナンツを送って北朝の兵、降伏した両用艦隊の兵を問わず儀式に参加するよう指示をする。
そうしてローゼマインが儀式の準備を行っている間にも、シャルロットは自分の天幕に戻って書類仕事をしていく。今は両用艦隊の敗北が伝わった直後だ。北朝方への鞍替えを望む南朝の貴族の取次ぎを北朝の貴族からのオルドナンツはひっきりなしに飛んでくる。
「慰霊祭の間は、わたしは少し離れていた方がいいかもしれない」
「鎮魂の祈りを邪魔してしまうと、反感を買ってしまうかもしれません。自ら声を発しなければ、盗聴防止の魔術具をお借りしておけば儀式の邪魔をせずにすむでしょうから」
カステルモールも同意してくれたため、慰霊祭ではシャルロットは最初の挨拶の後は少し離れた場所で見守ることになった。声さえ聞こえなければ、オルドナンツが飛んでいようとも、参列者たちもさして気にしないだろう。
「アルヌルフ、そのような形で参列するということでローゼマインの側近と調整して」
そう言ってアルヌルフを送り出し、再び書類仕事を再開した。未だ勝利したわけではない現時点でも、隣の領主より自分の戦功の方が高い、などとアピールするかのような報告書が届けられている。この調子だと、ジョゼフに勝った後には頭の痛いことになりそうだ。
いや、今はまだ勝った後のことを考えている場合ではない。ジョゼフの虚無は未だ未知数なのだ。とんでもない隠し玉があることも考えて、万全の態勢で挑まなければ。
シャルロットは気を引き締めると、カステルモールとも相談しながら返書をしたためていく。そのうちに慰霊祭の時間になったので会場に移動する。シャルロットが到着したときには、すでに多くの将兵が集まっていた。慰霊祭を行うとは伝えてあったが、内容がどのようなものかまでは知らせていない。皆が不思議そうな顔をしているのが印象的だった。
「わたしたちは共に自らが仕える主のために戦い、結果として先の戦いでは多くの命が失われた。けれど、一度は仕える主の違いにより敵味方に分かれたとはいえ、元は同じガリアの民。だから、今日は双方の将兵のために慰霊の儀式を執り行う」
シャルロットが慰霊祭の開催を宣言すると、ローゼマインがアンゲリカとレオノーレと一緒に壇上に上がってくる。ゆったりとした神官のような衣装を纏った二人は、見目の美しさもあって、傍目には護衛とは思われないだろう。壇の中央付近まで進むと、ローゼマインはシュタープを光らせてゆっくりと頭上に掲げた。
「これからわたくしが唱えるのは死者を送るための祝詞です。貴族の皆さまは杖の先に精神力を集めるようにして掲げてください。平民の皆さまは亡くなってしまった方を思いながら真摯に祈りを捧げてくださいませ。それでは、ゆっくりと祝詞を唱えますので、わたくしの言葉を復唱してくださいませ」
そうして一度、言葉を切って、ローゼマインは祝詞を唱え始める。
「高く亭亭たる大空を司る、最高神は闇と光の夫婦神よ」
聞いたことのない言葉に戸惑いながらも、皆がローゼマインの言葉の復唱を始める。
「我等の祈りを聞き届け、はるか高みに向かった者達へ、御身の祝福を与え給え。御身に捧ぐは弔いの歌。最上の御加護を、不帰の客へ」
祝詞を唱え終わると同時に貴族たちの杖から金と黒の光が飛び出した。二色の光は夜闇を照らしながら渦巻くように天へと昇っていく。その光は、さながら死者の魂を天へと導いてくれているように感じられた。
見ると、祈りを捧げている人たちの中には涙を流している者も多い。皆、静かに今は隣にいない誰かを悼んでいる。このような思いを抱く者が少しでも少なく済むように、早く戦を終わらせなければならない。そして、戦が終わった後には平穏な世を。それが戦を始めた者の責任だろう。
もう二度と、戦で泣く者がいない。そんなガリアを作らねばならない。シャルロットはそう強く心に誓った。