慰霊祭の翌日、わたしたちは早朝からユルゲンシュミットへと帰還するための準備を始める。まずは簡単に身支度を整えると、男性の側近たちとの最終確認のために会議室へと向かった。そうして目に入ったのは、酷く疲れた顔をしたローデリヒだった。
「ローデリヒ、何かございましたか?」
「いえ、少し寝不足なだけです」
ローデリヒの言葉に、マティアスとラウレンツが気の毒そうな視線を向けている。そしてもう一人、視線が向けられている側近がいた。ハルトムートだ。
「コルネリウス、ローデリヒが疲れている理由に心当たりがありませんか?」
ハルトムートが関係しているとすれば中級貴族の側近たちでは言いにくいこともあるだろう。そう判断してわたしはコルネリウスに話を向けた。
「昨日のローゼマイン様の慰霊祭を見た後、ハルトムートが非常に興奮していまして、しばらくの間はクラリッサと二人で勝手に盛り上がっていたようですが、夜も遅くなってきたのでクラリッサが自分の天幕が戻った後は……」
「同じ文官であり話すことも多いローデリヒが捕まった、ということですか? 昨日の儀式が大規模なものになったのは、わたくしの力というわけではないのに?」
「私から言えるのは、ハルトムートはローゼマイン様の神々しさをずっと語っていたということだけです」
昨日の慰霊祭は非常に大規模な儀式になった。けれど、それは大勢のハルケギニアの貴族に加えて更に大勢の平民が参加していたためだ。貴族が多いのはもちろん、平民も微弱だが魔力を持っているのは、ハルケギニアも変わらない。結果的に奉納される魔力も多くなり、儀式も大規模になった。それをハルトムートが理解できないとも思えないのだけど。
「それで、コルネリウス兄様はハルトムートを止めなかったのですか?」
「興奮したハルトムートが簡単に止まらないのはローゼマイン様の方がよくご存知ではありませんか?」
つまり昨日のハルトムートはコルネリウスでも止められないほどの興奮だったということだろう。そういえば、昨日は儀式後にクラリッサの姿を見ていない。それはわたしの前に出せないとリーゼレータが判断した結果ではないだろうか。それでクラリッサが話し相手を求めてハルトムートの元に向かったとすれば……あれ、もしかしてわたしのせい?
「それならば、フェルディナンド様の力を借りるとか……」
領主候補生で、神官長の仕事も指導していたフェルディナンドならハルトムートを止められるはずだ。けれど、コルネリウスはゆっくりと首を振った。
「エックハルト兄上がそのようなことでフェルディナンド様の手を煩わせることを許すと思うかい?」
何事につけてフェルディナンドが第一のエックハルトは、ローデリヒの睡眠時間のためでは取次ぎをしてはくれないだろう。いや、そもそもが仕事漬けが普通のフェルディナンドのことだ。たった一晩の不眠くらい何事もない、とか判断してしまいそうな気がする。
「ハルトムート、一人で興奮するのは大目に見ますけど、他の側近の健康に支障をきたすような行動は慎んでくださいませ」
「以後、気を付けます」
フェルディナンドをはじめとして、わたしが健康面にはうるさいことを知っているためだろう。ハルトムートは神妙な顔で謝罪をした。
「ローゼマイン様も、今日が最後の機会だから読みかけの本を読み上げるのだと、なかなか寝台に入ろうとしない、ということは慎んでくださいませ」
と、そこでリーゼレータから痛い指摘が入った。
「け、けれど、ハルトムートのお話しはユルゲンシュミットに帰還してからでもできますが、ハルケギニアの本はユルゲンシュミットに持ち帰るべきではない以上、こちらで読み上げるしかないではありませんか」
「わたくしは、ローゼマイン様の生活面の乱れについて申し上げているのです」
「ローゼマイン、君は昨日も側仕えの手を煩わせていたのか……」
「フェルディナンド様も、今日が最後だからと言って遅くまでハルケギニアの素材の研究をなさっていたようですが?」
フェルディナンドが呆れたように言ってくるが、そこでユストクスから指摘が加わる。
「お二人とも、一度、リヒャルダ様に叱っていただかないといけないでしょうか?」
似た者同士の主に手を焼いている側仕え同士、リーゼレータとユストクスが妙な相談をし始めてしまっている。
「それにしても、フェルディナンド様は特に体調を整えておかなければならないのに、何をしているのですか」
前回、ユルゲンシュミットに帰還したときには、それぞれがハルケギニアに召喚されたときにいた場所に帰っていた。つまり、わたしたちはエーレンフェストへと帰れるのに対して、フェルディナンドはアーレンスバッハの供給の間に帰るということだ。わたしたちもすぐに助けに行くつもりだけど、ある程度の時間は必要だ。
「私はアーレンスバッハに戻ったところで、しばらくできることはない。それに対して君はダンケルフェルガーとの交渉などで忙しいのではないか? 君の方がよほど体調を整えておくべきだろう」
わたしたちだけではアーレンスバッハに攻め込んでフェルディナンドを救出するのは不可能だ。だからわたしは、ダンケルフェルガーに援軍を頼むことにしたのだ。そのための手段は、すでに考えてあるけど、丈夫になったとはいえ虚弱なわたしの方が体調を整えておくべきというのは、反論ができない。
「ともかく、今はハルケギニアの皆に挨拶をしにいきませんか?」
状況不利を見て提案すると、フェルディナンドも何か言いたげな顔をしながら同意をしてくれたので、タバサの天幕に移動する。中にはすでにタバサの他、キュルケやコルベールが待っていた。
「準備は順調?」
「はい、今のところ問題は発生していません」
「そう、よかった」
タバサとしては、わたしたちが帰還しないほうが戦力的には助かるはずだ。それなのに、問題が発生していないという報告に心からの笑みを浮かべてくれる。それだけでタバサを助けに来てよかったと思える。
「ユルゲンシュミットでは、ローゼマインも大変な戦いが待っているんでしょ? 大丈夫なの?」
ユルゲンシュミットでの情勢は詳しくは話していないものの、キュルケは瀕死の状態のフェルディナンドを見ている。戻った後には平穏な日々が待っているとは思っていないようだ。
「厳しい交渉と、厳しい戦いが待っているのは間違いありません。ですが、わたくしは自分の大切なものを守るために戦うと決めています」
「うん、わたしも自分の大切なもののために戦う」
「わたしもよ」
タバサとキュルケが続けて頷く。当初は母親のために蜂起したタバサだけど、今は自分のために戦ってくれる皆のために戦おうとしている。
「わたしも生徒たちのために再び杖を取ろうと思う」
そう言ったコルベールは覚悟を決めた目をしていた。戦えば必ず人が死ぬ。基本的に戦うことは、正しいとは言えないだろう。けれど、自分の守りたいもののためには戦わなければいけない。戦いは辛いことではあるけど、それでもわたしたちは自分の大切なものを失うことの方が耐えられないのだから。
「ローゼマイン、わたしの戦いはもう少し時間がかかると思う。ローゼマインたちが落ち着いたら、遊びに来て」
「ええ、必ずまた参りますね。わたくしたちが持っているものでユルゲンシュミットに戻れば補充ができるものは残していきますので活用してください」
「ありがとう。大切に使わせてもらう」
簡単に再会を約して、わたしたちはタバサの天幕から自分たちの天幕に戻った。そうすると今度はフェルディナンドとの少しの間の別れだ。
「フェルディナンド様、わたくしが絶対に助けに行きますので、しばらくの間は供給の間でおとなしくしておいてくださいね」
「心配せずとも、たった一人でアーレンスバッハで暴れるほど、私は愚かではない」
「フェルディナンド様、どうかご無事で」
「エックハルトも、そう心配するでない。むしろ其方の方が無茶をしそうで心配だ」
「エックハルト兄様のことは、わたくしがしっかり見張っておきますので心配しなくてもよいですよ」
いつの間にかエックハルトの心配に変わっていた会話を終えて、わたしはシュタープを出した。
「さあ、皆、ユルゲンシュミットに帰りますよ。戻ったら、すぐにまたフェルディナンド様を助けるために走り回ることになります。覚悟はよいですか」
「はっ!」
側近たちの声が揃ったところで、わたしは世界扉を使ってユルゲンシュミットへの門を開いた。
ガリア継承戦争編、残二話。