ガリアの魔王と商人聖女   作:孤藤海

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ブリミル教徒の護衛騎士

リリアンは護衛を増員する必要があると説明を受け、新たに女王シャルロットに任命された護衛騎士だった。リリアンの主な任務はシャルロットの身辺警護だ。今日のリリアンは遅番であるので、護衛任務の始まりはシャルロットの夕食後から始まる。

 

「では、夜間の警備はお願いいたします」

 

「お任せください」

 

女性騎士の中では筆頭とされているクリステルから引継ぎを受け、今日のリリアンの護衛任務が始まる。

 

「入浴を済ませる。扉の前の警護はお願い」

 

そう言ってシャルロットは専用の浴場へと消えていく。同行するのは着替えと入浴の補助をする側仕えという役割の二人の少女、シモーヌとミシェルだけだ。同じ役割を担う二人の同僚の騎士と扉の前で待つこと少し、入浴を終えてリリアンたちの前に出てきた三人の少女の中にシャルロットの姿はない。

 

側仕えの二人と一緒に出てきたのは、地味な赤茶色の髪に黒い瞳の少女だ。丸めの鼻に、頬にはそばかすの痕。どう見ても高貴な身分には見えない。

 

父親譲りの長身である文官モルガンの娘のミシェルはもちろん、同じ小柄な体でも、文官ジェロームの娘であるシモーヌの方が艶のある豪奢な金髪をなびかせる様が、よほど高貴な身分に見せている。けれど、その地味な見た目の少女こそがマジックアイテムで姿を変えたシャルロットだというのだ。心なしか自信なさげに見える少女は普段のシャルロットとはあまりに落差があり、初めは俄かには信じることができなかったほどだ。

 

シャルロットは襲撃者を警戒して夜間は姿を変えたまま過ごす。そうして翌日の朝、側仕えの少女たちがやってきて身支度を整える段までは、その地味な容姿で過ごす。そうしておけば、仮に賊が手練れで護衛騎士が敗北しても、シャルロットはすでに逃亡したと思わせることができるという算段というわけだ。

 

だから賊が襲ってきたときリリアンたちは、あくまで非戦闘員を逃がすという風を装い、シャルロットを連れ出さないといけないと言われていた。その身を盾として逃がすのではなく、先に立って手を引くようにしろと。

 

入浴を終えたシャルロットが豪華な天幕付きの寝台の中に消える。地味な見た目の赤茶色の髪の少女には、あまりにも不釣り合いな光景は何度見ても慣れそうにはない。

 

不寝番の護衛というのは重要ではあるが退屈なものだ。何もおきない夜は、うっかりすると居眠りをしてしまいそうになってしまう。もっとも退屈であれば退屈であるだけ何の異常もないということで、良いことなのだ。そして、今日のリリアンの護衛任務は退屈なものとならなかった。

 

深夜、カツンと何かが窓に当たる音がする。リリアンともう一人の護衛、アリスが天幕の前で警戒を続け、残った一人が窓へと近づいていく。その次の瞬間、パン、という乾いた音が響いて窓に近づいた騎士が崩れ落ちた。

 

「賊だ! わたしは賊を迎撃する! リリアンは非戦闘員を避難させろ!」

 

アリスの声を聞いたリリアンは天幕の中に潜り込み、地味な顔の少女の手を握った。

 

「さあ、早く! こちらに!」

 

まだ寝ぼけまなこの少女を引っ張り出す。アリスは謎の攻撃を行った敵を警戒して天幕を風の膜で覆っていた。すでに天幕の中は無人だが、シャルロットがまだ中にいると見せかけるための行動だ。

 

一方のリリアンは少女の手を引いて廊下へと出た。そこで少女が懐から小ぶりな杖を取り出した。普段のシャルロットが持つ杖は特徴的過ぎて目立ってしまう。加えて普通の使用人はメイジではないので杖など持っていない。もっともシャルロットの側仕えは二人とも旧オルレアン家に仕えていた家の娘なので貴族であり、杖を持っていても不思議ではないのだが、それでも不審感をできるだけ消すために廊下に出るまで杖をしまっていたのだ。

 

「カステルモール殿のところに向かうのが一番、安全だと思いますが、敵もそれは知っているはず。待ち伏せをされている可能性もありますので、そちらは避けて礼拝堂に向かいます。エルフは忌まわしき敵ですが、番犬として使うなら申し分ありません」

 

本当に忌々しい。まさか神と始祖の敵であるエルフと同じ場所で過ごすことになるとは。とはいえ、そのおかげでリリアンは任を果たせるのだから、悪いことばかりではない。

 

「礼拝堂に向かうのなら外に出なくてはなりません。それは危険なのではなくて?」

 

「シャルロット陛下、今は安全な場所など、どこにもございません。むしろ安全に見える場所の方が危険に満ちていて、危険に見える場所こそが敵の裏をかけて安全ということもございます。なに、外に出るといっても一瞬だけです。仮に敵に見つかったとしても礼拝堂に駆けこんでしまえばこちらのものです」

 

今は少しでも時間が惜しい。強引にでも手を引き、礼拝堂への道へと踏み出した。そうして半ばほどまで進んだ頃、上空に月光を遮る影が差した。ジュリオの駆る風竜アズーロだ。アズーロは急降下してリリアンたちの前に降り立った。

 

少女が杖を向け、ジュリオに魔法攻撃を仕掛けようとする。シャルロットはスクウェアのメイジだ。一方のジュリオはメイジではない。リリアンが手を出さなければシャルロットが勝利する。だから、リリアンは背後から、少女の顔にスリーピング・ポーションをしみこませた布を押し当てた。

 

「リリアン……貴女、裏切ったのね」

 

「裏切ったのは陛下の方ではありませんか。エルフと手を組むなど、神と始祖への裏切りも甚だしい」

 

小柄な体が地面に崩れ落ちる。同年代の少女たちと比べても軽い体をリリアンは難なく抱え上げた。

 

「ジュリオ殿、さあ早く、シャルロットめを」

 

「かたじけない、リリアン殿」

 

そうして、少女の体がリリアンからジュリオの手に渡される直前、二人の間を鋭い氷の槍が通り過ぎた。

 

「そこまでだリリアン!」

 

声の主はシャルロットの筆頭護衛騎士、カステルモールだった。他にも十人ほどの騎士が現れてリリアンたちを取り囲む。

 

「それ以上、近づけば陛下を殺します」

 

言いながら、リリアンは短刀を少女の首筋に突きつける。

 

「安心してください。手出しをしてこなければ陛下の身の安全は保障します」

 

カステルモールに、シャルロットを見捨てることはできない。そのはずだった。けれど、そう言った直後に氷の槍が上空から降り注いでアズーロの翼を撃ち抜いた。速度に優れる風竜のアズーロだが、地面に降りた状態ではスクウェアクラスのメイジの魔法を回避するほどの力は出せない。

 

手負いのアズーロに更に複数の騎士からの魔法が浴びせられた。アズーロが地面に崩れ落ち、その弾みでジュリオが投げ出された。

 

「カステルモール! 陛下の命が惜しくないのか!」

 

「陛下の命は惜しい。けれど、それよりも大事なことがあるのだ」

 

カステルモールがアイス・スピアーをリリアンに向けて放つ。予想外の事態に、リリアンは身を躱すことができなかった。肩と腿の他、胸にも強い痛みが走った。その場に倒れ伏したリリアンは自分の傷を確認して、致命傷と判断した。

 

では、少女の方はどうだろうか。軽く目を向けると、すでに事切れているようだった。

 

カステルモールにはシャルロットを見捨てることなどできない。それが、この計画の前提だった。

 

けれど、ガリアにはまだイザベラという王族もいる。まさか自分の知らない間にイザベラを王位に就けるような陰謀が進められていたのだろうか。だとすれば、リリアンはまんまと何者かの思惑に乗ってしまったということになる。

 

「その者には聞きたいことがある。殺さぬようにしろ!」

 

声が聞こえた方に視線を向けると、サーベルを弾かれたジュリオが護衛騎士たちに取り押さえられていた。ジュリオは剣も達者だが、竜を失った状態で手練れ揃いの護衛騎士たちを相手にするのは、さすがに無理だったのだろう。

 

「ガリアを神と始祖の敵にしてしまうとは、無念」

 

「歪んだ正義感が道を過たせたか。その罪は命で償え、リリアン」

 

冷たく言い放ったカステルモールがリリアンに向けてブレイドの魔法を纏わせた杖を振り下ろしてくる。それがリリアンの見た最後の光景だった。

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