ガリアの魔王と商人聖女   作:孤藤海

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身代わり

ヴェルサルテイル宮殿に賊が侵入したという連絡を受けて、わたしは部屋に側仕えと文官たちを残してキュルケと一緒にタバサの元に向かう。

 

「心配しなくても、タバサはちゃんと手を打っているわ。あたしたちは逆にタバサの迷惑にならないように注意しましょう」

 

そう言ったキュルケは、ヴェルサルテイルの中にはタバサを快く思わない者もいて、それらの者の裏切りを注意しなければならないと続けた。

 

「それなら、わたくしのシュツェーリアの盾を使えば害意を持つ者を判別することができますけど」

 

「そうね。今後のことを考えたら、良かったら使ってくれると助かるわ」

 

「それでしたら、なぜ襲撃が起こる前に実行しておかなかったのですか?」

 

「大規模にローゼマインの風の盾を使えば、どうしたって人の噂に上ってしまうわ。もしもローゼマインが力を貸していると知ったら、ロマリアは今回の襲撃を見送り、しばらく息を潜めていたでしょうね。それはそれで時間は稼げるけど、できればローゼマインはいるけれどもロマリアはそれを知らないって状況が一番、都合がよかったから」

 

今がもっとも都合がよい。そう判断してタバサたちは襲撃を防ぐのでなく、呼び込むことを選んだらしい。

 

「タバサは危険を冒してでも、ロマリアが襲撃をしてきたという事実が欲しかったということなのですね」

 

「どんな手を使っても、ガリアが聖地奪回に巻き込まれることだけは避ける。その考えを強くさせることが、ローゼマインが帰ってから起こったのよ」

 

そう言ってキュルケは、ジョゼフを討ち取った戦いで起きた謎の大規模爆発はエルフの技術で作られた火石というものを用いたもので、たった一つの火石で両軍合わせて二万近い死傷者が出たということを語った。

 

「あれを見れば、エルフとは戦っては駄目だという気持ちにもなるわ」

 

ロマリアは放置しておけば、あの手この手でタバサを害そうとするだろう。それを防ぐためにはロマリアに攻め込み、ヴィットーリオを退位させるしかない。けれど、よほどの大義名分がなければ、ロマリアに攻め込むなんてことはできない。

 

「今のタバサにとって第一はガリアを守ること。そのためには、どのような犠牲も許容するつもりでいるわ。どのような犠牲でも……ね」

 

キュルケの言葉に、どこか不穏な響きを感じながら、わたしたちはタバサの姿を求めて宮殿内を駆け回る。そうして、ついに礼拝堂らしき建物の前に集まる大勢の人を見かけた。

 

「シャルロット様はご無事ですか?」

 

唐突に現れたわたしたちに、その場にいた何人かが杖を向けてきた。

 

「よせ、この方たちは陛下のご友人だ」

 

けれど、すぐにカステルモールが制してくれたため、事なきを得た。カステルモールの他にもクリステルなど、何人かは知った顔がある。

 

他に知った顔ではヴィンダールヴだと言っていたジュリオが多くの騎士により地面に押さえつけられていて、その側には一頭の竜が息絶えている。そして、見知らぬ少女と女性騎士が氷の槍を受けて倒れている。

 

「ローゼマイン様、拘束をより確実にするためにジュリオ殿をシュタープで縛り上げていただいてよろしいですか?」

 

一応、ロープでは縛っているようだが、それだけでは何かマジックアイテムでも使えば逃げられるだろう。わたしはシュタープを紐状にしてジュリオを縛り上げた。

 

「恐れ入ります。状況の説明はミス・ウエストウッドが来てからでよろしいですか?」

 

カステルモールが言うには、すでにオルドナンツを飛ばしているらしい。わたしに否を言う権利などないので、黙って頷いておく。そのまましばらく待っていると、耳が隠れる帽子を被ったティファニアが護衛騎士二人に守られてやってきた。

 

「ミス・ウエストウッド、そこにいるジュリオ殿にバリベリニ卿と同じ魔法を使っていただけますか?」

 

同じ魔法というのは、バリベリニ卿という人と同じようにロマリアと教皇に対する忠誠心とブリミル教への信仰心を忘却させてほしいということだろう。ティファニアの魔法は、その人にとって何よりも大切な記憶や感情を奪うことができる恐ろしい魔法だ。おそらく、ほとんどの者にはティファニアの魔法のことは秘されているのだろう。

 

ティファニアが小声で詠唱しながら杖の先をジュリオに向ける。ティファニアの魔法を簡単にだが知っているジュリオは何とか逃れようとするが、シュタープでの拘束はわたしの魔力を上回らないと逃れられない。ジュリオには無理だ。

 

詠唱が完成して忘却の魔法がジュリオにかけられる。ジュリオの体から力が抜けたのを見て一人の少女が前に出てきた。豪奢な金髪の小柄の少女は、倒れている赤茶色の髪の少女の前に膝をついた。

 

「シモーヌ、貴女の忠誠は生涯、忘れません」

 

そう言いながら、赤茶色の髪の少女の首から聖具を外す。その瞬間、倒れた少女の赤茶色の髪が豪奢な金髪に変わった。それは、ちょうど倒れた少女の傍らに膝をついている少女と全く同じ顔だ。その次の瞬間には膝をついていた少女の顔がタバサのものになった。

 

「フェイス・チェンジという魔法よ。ちなみに、倒れた少女がつけていた聖具にも同じ魔法が付与されていたの」

 

「どういうことですか?」

 

「タバサは敵の目を欺くためにフェイス・チェンジの魔法が付与された聖具を付けていたことになっていた。けれど、実際に聖具をつけていたのは側仕えのシモーヌで、タバサ自身はフェイス・チェンジの魔法を使ってシモーヌの顔に変わっていたの」

 

それはシモーヌという側仕えは、味方の中に混じっている裏切り者をあぶりだすために囮となったということだろう。そして、タバサの身代わりになって襲撃を受けて命を落とすことになった。

 

「タバサも辛いでしょうね」

 

わたしは幸いにして自分の側近を失ったことはない。けれど、フェルディナンドはかつて自分の側近であったハイデマリーを失っている。そのことは今でも自分の力不足として苦い記憶として残っている様子だ。護衛騎士たちを失ったレティーツィアの様子を思い返しても、長い時間をともに過ごしてきた側近を失うことは辛いことに違いない。

 

「そうね。けれど、タバサは辛いとは言えないでしょうね」

 

先を促すように見ると、キュルケは感情を消した顔で正面を見つめたまた続ける。

 

「本当はね、もう少しシモーヌの安全に配慮した方法もあったのよ。けれど、それよりもあたしたちは、ジュリオの確実に捕縛することを選んだ。あたしたちがシモーヌを殺したも同然なの」

 

「それほどまでジュリオの捕縛にこだわったのはなぜですか?」

 

「バリベリニ卿はタバサを挿げ替えることまでしか知らなかった。その後の予定は、ごく限られた人にしか知らされていないと思う。あたしたちはジュリオをその一人だと睨んでいるわ」

 

そうでなければ、トリステイン訪問時に聖地奪還の計画を伝えたとき、同室させるとは思えない。そうキュルケは言った。

 

「教皇がなぜ聖地奪回にこだわるのか。今回の計画が失敗したときにはどうするつもりであったのか。それらを聞き出した上で、あたしたちはその内容をハルケギニア全土に公表し、それを糾弾して教皇に退位を求める」

 

ハルケギニアでは教皇は形式的とはいえ、各国の王より上の地位にある。その教皇に退位を求めるなど、前代未聞なのではないだろうか。

 

「ロマリア側の反発は、かなりのものになるのではありませんか?」

 

「そんなことは承知の上よ。初めから要求が拒否されることを前提に武力でロマリアに要求を飲ませるつもりだもの」

 

「各国は賛同してくれるでしょうか?」

 

「トリステインは交渉次第でしょうね。ガリアはヴィットーリオを退位させた後、次の教皇として現トリステイン宰相のマザリーニを推すつもりだから。そうなるとトリステインにも利は大きいんじゃないかしら。ゲルマニアについては、あたしの腕の見せ所ね」

 

少なくともブリミル教を信仰する各国すべてを敵に回すということはないようだ。

 

「それでも、激しい戦いになるのでしょうね」

 

ガリアとロマリアの戦いとなれば、双方に多大な犠牲が出るのだろう。けれど、ロマリアが聖戦を諦めない限り、その戦いは避けられない。

 

「とりあえず、タバサの無事は確認できたわ。タバサはこれからジュリオの取り調べがあるだろうから、あたしたちは一度、部屋に戻りましょう」

 

そう促され、あたしたちは元の部屋へと戻ることにした。




ティファニアを便利に使いすぎと少し自省
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