ジュリオを捕らえた翌日の夜、あたしとジャンはローゼマインたちと一緒にタバサから呼び出された。部屋の中にいたのは護衛役のカステルモールとクリステルだけ。イザベラなどとは先に情報共有がされているとして、ティファニアやマチルダがいないことが、これから話されることの深刻さを窺わせた。
「これから話すことは俄かには信じられないかもしれない。けれど、少なくともジュリオは真実だと信じている内容だから」
そう前置きをしたタバサが語るには、ハルケギニアの地下には大量の風石が眠っていて、地中で徐々に“精霊の力”の結晶化が進んだ風石は、数万年に一度、地面を持ち上げ始めるということらしい。浮き上がった大地は、徐々に風石を消費して、再び地に還る。アルビオン大陸は、かつての“大隆起”の名残なのだそうだ。
そして肝心の今回の大隆起の範囲はハルケギニアの五割の土地にも及ぶとロマリアは試算している。そうタバサは言った。
「それで、ロマリアは新たな土地としてエルフが支配している聖地の奪還を目指していたというわけ?」
「それは少し違う。ロマリアは確かに聖地の奪還を目指しているけど、それはエルフが支配している地の話ではない」
「じゃあ、どこの奪還を目指しているっていうのよ」
そう問いかけると、タバサはローゼマインの方を見た。
「ロマリアが目指す聖地とは始祖ブリミルの故郷。それはサイトの故郷でもある。教皇は、ハルケギニアで聖地と呼ばれている場所から世界扉の魔法を使ってサイトの故郷に武力侵攻をするつもり」
あまりに予想外の言葉の連続に、正直、あたしは理解が追いついていない。けれど、あたしの混乱を置き去りに、タバサはローゼマインに確信的な問いを放つ。
「ローゼマインはサイトの故郷のことを夢で見て知っていると言っていた。だからこそ聞きたい。ハルケギニアの軍勢がサイトの故郷に侵攻したとして勝算はある?」
「タバサもサイトが飛行機械を操ってアルビオンの竜騎士たちを何騎も倒したという話は聞いているでしょう? けれど、あの飛行機械はわたくしが見た夢の中ではすでに全く使われていないものなのです。最新式の飛行機械にはサイトが使った飛行機械を、たとえ百機集められたとして、勝てないでしょう。その最新式の飛行機械を、サイトの故郷は何百機と保有しています。そして、破壊の杖も歩兵が当たり前のように装備しています」
破壊の杖の威力は、マチルダのゴーレムと戦ったときに、あたしも目にしている。防御に優れた風や土のメイジであっても、防げる威力ではない。あれを皆が普通に持っているなら、いくらメイジを揃えても勝ち目はないだろう。
「つまり、破壊の杖を簡単に防げる魔法がなく、精鋭竜騎士がサイトの使った旧式の飛行機械に敗北しているようなハルケギニアの軍勢では、サイトの故郷の軍の相手にもならないということ?」
タバサの問いかけに、ローゼマインは笑みを深めた。否定がないということは、タバサが言った推察のとおりということだろう。
「実はサイトにも昨夜のうちにオルドナンツで問い合わせをかけた。サイトの答えも、飛行機械にせよ、他の武器にせよ、同じゴーレムでもギーシュのものとマチルダのものくらいの差があると言っていた」
どうやらタバサは、事前にサイトからも情報を集めていたようだ。
「最後の質問、ローゼマインはエルフとサイトの故郷ではどちらの軍が強いと思う?」
「わたくしが接したエルフはビダーシャルと名乗った方だけですので、正確な意見ではありません。それでもよろしいですか?」
「構わない」
「おそらくタバサは、サイトからすでに答えを聞いているのではありませんか? わたくしの答えもサイトと同じです」
「わかった。考えるまでもないってことだね」
それは、エルフでもサイトの故郷の軍には勝てないということだろう。
「これではっきりした。ロマリアの聖戦は絶対に認めるわけにはいかない。ハルケギニアを滅亡から救うため、わたしは教皇を討つ!」
色々と明らかなったことはあるけれど、方針は変わらない。むしろ、戦おうとしている相手がより拙い対象となった以上、戦いを避ける必要性はより高まったと言えるだろう。
「けれど、教皇との戦いとは別に、大隆起には対応しなきゃいけないわけでしょ。それに対してはどうするつもり?」
土地の半分が失われるなら、食糧不足は深刻になるはずだ。よほど上手くやらない限り、自らの土地を失う貴族と、失わない貴族との間で私闘が繰り返されることになる。
「ひとまずエルフに技術供与を持ちかけるつもり」
「けれど、エルフだって簡単に技術供与はしてくれないんじゃないの?」
「それに対しては、それなりに大きな見返りを与えることを考えている。上手くいけば教皇の戦意も削ぐことができるかもしれない。もっとも、悪くすれば戦意を超えて憎悪を抱かせてしまうこともあるのだけど」
「その大きな見返りって?」
「ガリアが保有する始祖の秘宝のうち、土のルビーと始祖の香炉をエルフに譲渡しようと思う」
あまりに思い切った手段に驚いた。確かにエルフは虚無の担い手が聖地に向かうことを恐れていた。自分たちで始祖の秘宝を管理できるのなら、その脅威度はかなり低減されるだろう。
「けれど、それだとあたしたちは虚無というエルフに対する切り札を失うことになる。大隆起によって数を減らした人とエルフが戦うことになった場合、それは深刻な事態を引き起こさないかしら」
「その可能性もある。けれど、それ以上に虚無があることによって余計な争いが引き起こされる可能性の方が深刻だと思う」
「虚無によって引き起こされる争い?」
「虚無の担い手はブリミル教徒には神聖なものと扱われる。けれど、わたしには虚無の担い手としての資質と為政者としての資質は無関係に見える」
確かに虚無の担い手、ルイズ、ティファニア、ジョゼフ、ジョゼット、ヴィットーリオのうち、ルイズ、ティファニアは性格的に為政者向きではなく、ジョゼフも能力はともかく人格的には問題がある。ジョゼットに関しては能力等は未知数ながら、産まれてこのかた修道院から出たことがない人間に政治ができるわけがない。そうなると為政者向きなのは五人中一人だけ。虚無の担い手を神聖視するのが危険というのはわからなくない。
「今、新たにガリア国内に騒乱の種など必要ない。どこから現れるかわからない虚無など、わたしの治世にとっては無用どころか害悪なものでしかない。この機会に虚無には再び伝説に返ってもらう」
あたしが思ったことより数段、踏み込んだ内容に思わず息を飲んだ。確かに虚無の使えないタバサにとって虚無は脅威にしかならない。
けれど、従来までのタバサだったら、ここまで踏み込みはしなかったはずだ。何か心境を変化させるようなことが起こったのだろうか。そう考えたところで、虚無を伝説に返すということの意味に思い至った。
「シャルロット様、ジョゼットはどうするつもり?」
「ジュリオたちと一緒に処刑する」
「処刑? けれど、ジュリオにしてもジョゼットにしても、殺してしまったら力が他の人に移るんじゃないの? それよりはシェフィールドのように記憶を奪って拘束しておいた方がいいんじゃない?」
「その手はわたしも考えた。けれど、ロマリアがガリアに手を出そうとしたのは教皇の命だということを印象付けるためには、バリベリニだけでは足りない。教皇の腹心と認識されているジュリオがどうしても必要になる。そして、教皇がガリア王の入れ替れを狙ったという主張を補強するために、わたしと同じ顔のジョゼットも。ガリアがロマリアに戦を仕掛けるためには、どうしても二人とも外せなかった」
ジョゼットを見れば、タバサの母は我が子だと気づくだろう。そして、自分の子供どうしが命を奪い合ったのだという事実も。それはタバサも避けたかったに違いない。
「わかったわ、タバサ。……辛かったわね」
「わたしは自分たちのために十万以上の人間の命を捧げさせた。今更、二人増えるくらいで為すべきことを為すのに悩みなどしない」
「悩む、悩まないということと、辛い、辛くないということは別物でしょう」
「ええ、そのとおりです。側近たちには吐露できない言葉もわたくしたちには話してくださいませ」
そう言ってローゼマインが盗聴防止の魔術具を使用した。その中でタバサは、自分の母にティファニアの魔法でジョゼットのことを忘れてもらうことを、方向性は違えど母の心を操るというジョゼフと同じ行いをしようとしていることの苦悩を、あたしたちに教えてくれたのだった。