始祖の降臨祭の最終日、その日の午後から罪人の処刑を行うと市中に告知した日の午前中に、シャルロットはジョゼットを居並ぶ家臣たちの前に引き立てた。
「さて、わたしの妹を騙った大罪人ジョゼット、今日の午後、其方はロマリアの神官二人とともに処刑される予定となっている。ただ、調べの中では其方もロマリアの二人に騙されただけではないかとの疑いも残っている。最後に弁明の機会を与えよう」
「わたしが陛下の妹であるかどうかは、わかりません。わたしはお兄さまにそう聞かされただけだから」
「ほう、ならば其方はロマリアの神官の言葉を信じただけで、自分からわたしの妹を名乗るつもりはなかったということか? ならば、どのような根拠をもってそのような世迷言を信じたというのだ?」
「根拠なんて必要ないわ。お兄さまが言うことなら、わたしはどんなことでも信じるわ」
ジョゼットの取り調べを担当したジェロームが予想した通りの答えに、シャルロットは内心で笑みを浮かべる。
「驚いたな。其方は王族の一員であると聞かされたのだろう。仮にも自らを王族の一員と名乗りながらロマリアの神官の言を何の疑いもなく信じたというのか? 其方にとって王族の誇りとはその程度のものなのか?」
「わたしはずっと修道院で育ったのだから、王族の誇りと言われてもわからないわ」
「そうか。ただ顔が似ているだけで担がれた修道女に多くを期待したわたしが馬鹿だったようだ。それで、其方は自らの助命嘆願をしないのか?」
「お兄さまがいない世界になんて、生きていても仕方がないわ」
「そうか……」
どこまでも純真無垢。殺すには忍びないという思いもある。だが、純粋に他国の人間を信奉する人間など、ガリアにとって害悪でしかない。シャルロットの母親が悲しむという肉親への情さえ無視すれば、この女を殺す利は多く、記憶を奪って助ける利は皆無だ。
仮にジョゼットがシャルロットの実の妹であることが後に発覚しても問題ない。すでにジョゼットがガリアの王としての資質に著しく欠けることは、この場の皆が目にしている。ジョゼフがシャルルを殺害したことが簒奪だとそしられるのは、劣った兄が優れた弟を殺害したからだ。優れた姉が愚かな妹を殺害するのは簒奪ではない。
「では最後に一つだけ、其方の希望を問おう。其方はジュリオより先に死にたいか、後で死にたいか?」
「……それでは、後で死なせてください」
「ほう、少しでも生き長らえたいか?」
「いいえ、お兄さまより先に死んだら、死を迎えるお兄様にお祈りを捧げることができませんから」
王族として格の違いを見せつけるつもりが、今回は失敗した。ジョゼットは、ただ純粋にジュリオのことだけを思っている。
何かが違えば、自分にもこのように一途に誰かのことだけを考える未来があったのだろうか。一瞬だけ考えて、もはや意味のないことだと、シャルロットは自ら否定した。
サガミールの丘で蜂起をしてからリュティス入城を果たすまでには、シャルロットの周囲からも多くの人の命が失われた。それ以上に、報告で戦死を知った名しかしらない貴族は多く、兵たちの中には何度か見かけていた顔がいつの間にか見えなくなった者も多い。
色恋に心を奪われるなど、戦いの中で失われた姿、消えていった名、忘れられゆく顔に申し訳がたたない。リュティスを目前に無念の死を遂げることになったモローナ、戦いの中で散った護衛騎士のマノーア、シャルロットの身代わりとなり殉職したシモーヌ、トーナミ川で散った水精霊騎士隊のクリストフやマキシム。そして、その他の多くの将兵たち。彼らの命を無駄にしないことはシャルロットに課された最低限の責任だ。
「其方の望みは理解した。それでは、処刑はバリベリニ卿、ジュリオ、ジョゼットの順で執り行うこととする。……引き立てよ!」
ジョゼットが兵たちによって連れ出される。それを見送ったシャルロットは私室に戻り、午後の処刑に備える。
「いよいよですな」
カステルモールの言葉に静かに頷く。午後の処刑の場で、シャルロットはロマリアに戦を挑む可能性に言及する。ここで民たちの理解を得られなければ、シャルロットのガリア統治は大きく動揺することになる。
「さて、行くとするか」
「はっ、私も背後に控えて御身の安全をお守りしております」
「頼りにしている」
カステルモールとクリステルを左右に従え、シャルロットは王城前の広場を見下ろせるバルコニーへと進み出る。王城の前庭の三台の断頭台には、右からジョゼット、ジュリオ、バリベリニがすでに台に固定されている。シャルロットは一度、深呼吸をすると声を増幅する魔術具を手にした。
「偉大なる始祖の降臨せし目出たき祭りの最終日、始祖を称えるべきロマリアの神官をこのように処刑せねばならぬことを、余は悲しく思う。しかし、この者たちはロマリアの現教皇ヴィットーリオの命を受け、このガリアの領土と民を簒奪せんとした。よって、余はこの者たちを、今日ここで処刑する」
広場の民たちの間から、どよめきの声が上がる。それは、降臨祭の最終日にロマリアの神官を処刑するという言葉に対するものか、それともロマリアがガリアの領土と民を簒奪しようとしたという言葉に対するものか、ここからではわからない。
「まず皆の右手にいるバリベリニはロマリア出身ではあるが、ガリアに仕えて両国の橋渡しをするために助祭枢機卿の地位を与えられた。しかるに、この者は地位をガリアのために利用しようとはせず、あくまで教皇の命で動き、ついには王宮に教皇の側近たるジュリオの侵入を手引きした。これは重大なる売国といえよう」
そこまで言うと、シャルロットは視線を中央に移した。
「中央にいるジュリオ・チェザーレは教皇の側近にして、余を誘拐して皆の左手にいる余と似た顔の修道女との入れ替えを行うことでガリアの簒奪を計った大罪人である。皆もこの者の名には聞き覚えがあろう。かつてロマリアがガリアの半分を支配した大王の名を教皇より与えられた、まさにロマリアの野心の化身である」
明確に民の間に動揺が広がっている。ここからが肝心だ。
「そして、皆の左手にいる者がロマリアより傍系王族であると騙され、分不相応にもガリアの王の地位を望んだ、余と似た顔を持ちし愚かな修道女である。いかにロマリアより虚言を弄されたといえ、王の地位を望んだは己の野心のためであり、同情の余地はない」
ジョゼットは民たちに知られた存在ではない。さらりと糾弾して本題に入る。
「この者たちの行動の発端は全てが教皇の野心である。そのような者に教皇の座についている資格はない。よって、余はロマリアに対して現教皇ヴィットーリオの退位と、その身柄の引き渡しを求める。余はロマリアが賢明な判断を行ってくれるものと信じているが、もしも要求を拒絶するようなことがあれば、余は軍を率いてロマリアへと侵攻し、強制的に教皇ヴィットーリオを退位させることも辞さぬ」
どよめきが広場を埋め尽くした。ここにいる者たちも多くはブリミル教徒。急にロマリアと戦うと言われても受け入れきれないだろう。
「ここガリアはつい先日まで戦の中にあった。ようやく平和な日々が訪れたというのに再び皆に辛い思いをさせることを、心苦しく思う。しかし、ロマリアが余を除こうと考えた理由はこのガリアを併合し、しかる後にエルフとの聖戦を行うという腹づもりゆえ。始祖の教えを曲解し、今の人々を踏みにじって教義のみを守らんとする今のロマリアを放置していては、ガリアに真に平穏な日々が訪れることはない」
エルフとの聖戦の用意と聞いて人々の動揺は更に深まった。過去、エルフとの戦いでどれだけの被害を受けているのかは平民でも知っている。
「余は、けして諸君らを聖戦の尖兵になどさせぬと約束しよう。願わくば、ロマリアが己のことのみを考えた行いを反省し、次は賢明な教皇を選定してくれることを祈る。ロマリアよ、ヴィットーリオよ、我らはけして其方らに唯々諾々と従うことはせぬ。我らの意思、しかと見届けよ!」
言いながら、腕を振り下ろした。その瞬間、バリベリニ卿の頭上の刃が落下した。一拍の間を置いて、続いてジュリオが、そして最後にジョゼットに刃が降ろされる。
「ロマリアにこの者たちの首を送り付けよ! そして我らの覚悟を示せ!」
そうしてシャルロットは自らの妹の処刑を締めくくった。けれど、これで終わりではない。この後にはティファニアに、母に対してジョゼットに関する記憶を消去する魔法を使ってもらわねばならない。
憂鬱な気持ちのままシャルロットは母の離宮へと足を進める。その途中にティファニアが待っていた。
「シャルロット様、本当によいのですね?」
「ええ、これ以上、母に辛い思いはさせられないから。感謝する、ティファニア」
「え?」
「もしもティファニアがいなかったら、わたしは母の心を操る薬をビダーシャルに頼まねばならないかもしれなかった」
酷く苦しむだけなら、心などないほうが幸せなのかもしれない。
「母を苦しめた薬を、今度はわたしが飲ませることにならなくて済んだ。だから、わたしはティファニアに感謝している」
ティファニアにそれだけ言うと、シャルロットは妹の記憶を母から完全に消すために母の部屋に足を進めた。