タバサがロマリアにヴィットーリオの退位を要求してから、一週間が過ぎた。ガリアの要求は二日後にはロマリアに届いたはずだけど、今のところ返答はないようだ。
教皇の退位という重大事であるだけにロマリアもすぐには結論を出せないのは確かだ。けれども、タバサはロマリアがガリアの要求を受け入れることはないと考えて、すでに戦の準備を始めている。
ヴィットーリオはブリミル教の教皇だけあり、虚無を特別視している。それこそ虚無の担い手であればジョゼットでもガリアの民に受け入れられると考えるほどに。そんな教皇にとっては地球への侵攻こそがハルケギニアを救う道なのだろう。だからこそ、ハルケギニアの未来を考えればガリアの要求を受け入れることなどありえない。
地球への侵攻がハルケギニアを救う道と考えているヴィットーリオと、地球への侵攻はハルケギニアの破滅への道と考えているタバサが和解することはありえない。互いの考えのどちらが正しいのかは、実際に地球に侵攻をしないと確かめようがないのだから。
今のタバサの第一目標は地球への侵攻という破滅への道を免れるため、ヴィットーリオを退位させてマザリーニを即位させることだけど、それだけでハルケギニアを救うことにはならない。そもそもヴィットーリオが地球侵攻を考えるきっかけとなった大隆起を乗り越える必要がある。
わたしは次の戦には関わるつもりはない。けれど、大隆起を皆で乗り越えるということに対してはできるだけの協力をしたいと思う。だからわたしは、タバサにユルゲンシュミットに帰還するというオルドナンツを飛ばした。
「ローゼマイン、ユルゲンシュミットに帰還すると聞いた。確かに今の状況では旧交を温めることも読書を楽しむことも難しい」
せっかく来てくれたのに、今回はろくにもてなしもできなかったと、わたしの部屋を訪ねてきたタバサが申し訳なさそうに言う。
「新しい国を作り始めたばかりですもの。シャルロット様がお忙しいのは当然です。お気になさらないでください。それに、わたくしは退屈だから帰還するわけではありません。わたくしなりに、できることがしたいと考えたから帰還をするのです」
「それは、今の状況に対する策があるということ?」
「ええ、実際にどのくらい有効かはわかりませんが……」
「その策はどのようなものなの?」
「わたくしたちの国には祈念式という神事がございます。その神事は魔力を込めた聖杯を使って土地を魔力で満たす儀式で、それを行うのと行わないのでは収穫量が目に見えて変わるのです」
わたしが言うと、タバサだけでなく、側近のカステルモールやクリステルも勢いよく顔をあげた。
「土地の収穫量が増えれば、残った土地で養える人数が増える。その方法は是非とも教えてほしい」
「教えることは構いませんが、その神事には聖杯という神具が必要になります。神具はそう簡単に用意をすることができませんので、少しお時間をいただくことになります」
「時間がかかるのは仕方がない。それより、作成に時間がかかるということは、素材も貴重なものが必要なのではないの? わたしたちは対価として何を用意すればいい?」
「ハルケギニアには大量の風石が埋蔵されているのですよね。でしたら、それを譲ってくださいませ」
ランツェナーヴェの侵攻とその後のエーレンフェスト、貴族院での戦いの中では多くの貴族が命を落とし、あるいは罪人として裁かれることになった。アレキサンドリアの貴族の数はアーレンスバッハ時代に比べて随分と減っている。
アレキサンドリアだけではない。ユルゲンシュミットは全体的に魔力不足だった。それを解決するために、大量の魔力が詰まった風石は非常に魅力的だ。しかも、ハルケギニア側にとっては処分に困っているほどなので、わたしたちに譲渡しても困ることはない。
ハルケギニアから風石を譲ってもらい、それを使って大々的に祈念式を行い、大量の農作物を収穫して、余った分はハルケギニアに輸出する。その代価として、また風石を譲ってもらって、とすれば立派な貿易が成立する。幸いにもアレキサンドリアの国境門はしばらく開くつもりはなかったのだ。ハルケギニアと繋いでしまっても何の問題もない。
そして、いずれは風石だけでなく、ユルゲンシュミットよりも遥かに膨大な蔵書数を有するハルケギニアから本を輸入すれば、わたしの図書館は一気に蔵書で一杯になる。なんと素晴らしい計画だろうか。
「ロマリアの言っていることが本当なら、風石自体は大量に埋蔵されているはず。けれど、あまりに地中深くだと採掘するのは難しい。だから、すぐに渡すことはできない」
「すぐでなくとも構いません。わたくしたちも聖杯を作るのには時間がかかりますし、仮に聖杯を作ったとしてもハルケギニアではユルゲンシュミットと同じ効果は発揮してくれないかもしれません」
「そうかもしれない。けれど、他のマジックアイテムは、ローゼマインの説明と変わらない効果を発揮してくれた。だから、その神事というものにも期待をしたい。風石については、次にローゼマインが来るまでには代価として引き渡せるように準備しておく」
「風石の採掘が本格化するまでは他のものでもよいのですよ」
風石自体はハルケギニアではありふれたものだ。けれど、戦を控えた状況では風石の価値は高まっているはず。ガリアでは再建した両用艦隊のためにも使用しなければいけないはずなので、当面は他のものでも仕方がない。例えば本とか。
「わかった。風石が用意できなかったら、他に価値が高いものを用意しておく」
タバサはハルケギニアに行った直後からのわたしを知っている。その中でわたしたちがユルゲンシュミットでは珍しいとか、見たことがないとか言ったものについても把握している。そういったものから選んでくれるなら、わたしたちにとって悪い取引とはならないはずだ。
「時の女神 ドレッファングーアの本日の糸紡ぎはとても円滑に行われたようですね。それでは再びお目見えできることを楽しみにしています」
わたしがそう切り出すと、タバサはもう一度、お礼の言葉を残して部屋を去った。一方、わたしたちはアンゲリカを除いた側近を総動員してユルゲンシュミットへの帰還の準備を始める。ちなみにアンゲリカは部屋で静かに読書をするわたしの護衛だ。
わたしが準備を手伝うことはリーゼレータやグレーティアが許してくれないし、念のため誰か一人はわたしの護衛に残さないといけない。加えてアンゲリカは帰還準備には役に立たないどころか動かれると邪魔になるという理由での配役だ。
果たして本当にアンゲリカはわたしの護衛なのだろうか。わたしがアンゲリカのお目付け役の間違いではないだろうか。
「放っておくと面倒を起こす二人を、ああやって隔離すると仕事が捗るのだな。なるほど、レオノーレはあの二人のことをよくわかっている」
そんなことを考えていたところ、ふとそんな不穏な言葉が聞こえてきた。言葉の主はわたしとアンゲリカのことをよく知るエックハルト兄様だ。
まさかわたしがアンゲリカの同類と思われているとは思わなかった。確かに少し前のわたしなら書類仕事以外の手伝いは体力面での問題により早々に脱落して逆に側仕えの手を煩わせることになった。けど、今はそんなことはないのに。
そう反論したい気持ちもあれど、わたしがうろうろすると側近たちの手を止めてしまうのもまた事実。わたしはエックハルト兄様の言葉を聞こえなかったふりをして、そのまま読書を進めた。けれど、それはけして読書の魅力が側近に異議を唱えることに勝ったというわけではない。
そうして、わたしはハルケギニアの皆と夕食を一緒に取った後、無事にフェルディナンドが待つアレキサンドリアへと帰還を果たしたのだった。