ガリアの魔王と商人聖女   作:孤藤海

38 / 66
トリステインとの交渉

あたしはガリアの特使としてトリステインの王宮を訪れていた。目的は来るロマリアとの戦いにトリステインを味方に引き入れることだ。仮にそちらに失敗しても、マザリーニを次期教皇として担ぐことだけは認めてもらわねばならない。

 

案内された王宮内にはアンリエッタとマザリーニの他、護衛のアニエス。そしてルイズとサイトもいた。あたしは未だジャンを害そうとしたアニエスを許してはいないが、今はそのような感情を見せないようにする。

 

「ご無沙汰しております、アンリエッタ様。まずはガリア統一戦争の折にクルデンホルフ大公家へのお口添えのお礼を申し上げます」

 

「ジョゼフはわたくしたちにとっても放置できない相手でしたから。それより本日の来訪はそのときのお礼ではないのではありませんか?」

 

「そのとおりです。アンリエッタ様もルイズから報告は受けていると存じますが、ロマリアの教皇ヴィットーリオはサイトの故郷に軍事侵攻を企図しています。その際の勝算についてですが、わたくしたちの見立てでは皆無と見ています」

 

「そもそも、なぜ教皇聖下はサイト殿の故郷への侵攻など考えたのでしょうか? いくら聖地を取り戻すことが大事なこととはいえ、サイト殿がタルブで使った飛行機械より遥かに強力なものを多数擁する国に戦を仕掛けることが無謀なことであると、わからない方ではないでしょうに……」

 

「これから話すことは、他言しないようにしてください。ルイズも、サイトも」

 

あたしたちは大隆起の件についてはルイズに伝えていなかった。それは、さすがに早々にその事実が広がると、教皇が懸念していたパニック状態となるおそれがあるからだ。あたしはその秘密にしていた大隆起の話をトリステインの皆に伝える。

 

「まさか……そのようなことが……。それは真実なのですか?」

 

「真実であるかはわかりません。ですが、教皇の側近であったジュリオは真実であると信じていました。真実であると仮定した上で調査をしていくべきだと存じます」

 

「それで教皇聖下はサイト殿の故郷に侵攻することでハルケギニアの民を救おうとされたのですね」

 

「ハルケギニアの民が皆で生き残るというヴィットーリオの思い自体は理解できないものではありません。ですが、ヴィットーリオは聖地の奪還という甘美な響きと虚無という伝説の力に酔いしれて、彼我の戦力を冷静に分析するという、当たり前のことを忘れています。わたくしたちはヴィットーリオの妄想のためにハルケギニアに滅亡の道を進ませるわけにはまいりません」

 

トリステインがロマリア側につくというのは最悪のケースだ。絶対にそのような事態にはならないように釘をさしておく。

 

「アンリエッタ様も、シャルロット陛下の降臨祭の日の演説の内容について聞き及んでおられるでしょう? わたくしたちはロマリアの方針には反対してもロマリアへの侵攻までは考えていませんでした。ですが、ロマリアは我が国に謀略を仕掛けてきました」

 

そうして、こちらも他言無用と前置きしてから、事前には知らせていなかった処刑をされたジョゼットがタバサの双子の妹であること、ジョゼットが虚無の担い手である可能性があったことを伝えた。

 

「ルイズ、これは貴女にとっても他人事ではないわ。ロマリアはアンリエッタ様に反感を持つ貴族を巻き込んで、貴女を女王の位に就けようとした可能性もあった。トリステインがそのような謀略に巻き込まれなかったのは、単にルイズがヴィットーリオの聖戦に反対をしていた、より御しにくい相手だったからよ」

 

一方のジョゼットはそうではなかった。ジョゼットはジュリオに盲目的な恋心を抱かされており、ロマリアはそれを利用して傀儡にできた。そう伝えると、アンリエッタは不快そうに眉をひそめた。

 

アンリエッタはかつてアルビオンにウェールズへの恋心を利用された。そのときのことが思い出されたのだろう。

 

「これがわたくしたちが把握している全てです。これらを前提に、ガリアはハルケギニアを滅亡に導くヴィットーリオの野望を砕くためにロマリアに侵攻します。トリステインには、何卒、宰相のマザリーニ様をロマリアの新教皇へのご推挙をお認めいただきたく、本日は参上仕りました」

 

最善はトリステインがガリア側に立って参戦してくれることだが、今の感触ではそこまで要求をすべきではないだろう。

 

「その前に一つだけ聞かせてください。その大隆起というものに対して、ガリアはどのように対処をされるつもりですか?」

 

「特別なことは何も」

 

「何も、というのは?」

 

「ロマリアの考えているような、夢物語のような解決策はどこにもないでしょう。でしたら、残る土地を特定し、そこを開墾して人が住める場所に、あるいは農地にする。それでも賄いきれない民については、非情な決断もやむを得ません」

 

アンリエッタが息を飲んだのがわかった。おそらく自国の民で同じことをしなければならない可能性を考えたのだろう。だけど、聖戦も手を下すのが自らでなく敵というだけで、結局は同じことなのだ。

 

おそらくトリステインはそこまで追い込まれない。結果的にだが、アルビオン戦役ですでに大隆起を終えているアルビオンに広大な土地を得ているためだ。けれど、ガリアはそうはいかない。

 

「いただいたお話しについては、マザリーニともよく相談をしてからお返事をします。今日のところはひとまず、ルイズと旧交を温めてはいかが?」

 

「せっかくのお言葉ですが、わたくしは本日は魔法学院に立ち寄って、そちらの友人と食事をしようと思っています。ルイズとサイトについては、むしろアンリエッタ様の相談の場に同席された方がよいのではありませんか?」

 

ロマリアは虚無をサイトの故郷に侵攻するときの戦力の要と考えている。トリステインが道を選ぶとき、二人の意向は無視できないはずだ。

 

「わかりました。二人には王宮に残ってもらうことにします」

 

「それがよいでしょう。それでは、色よいお返事を期待しておりますわ」

 

ロマリアはトリステインに対して、隠し事を重ねている。それに対してガリアは知っていることは全て話したと言ってよい。隠したのはロマリアの地にガリアの民を入植させるということくらいだが、それは計画の一つであり、しかも未来の話だ。

 

トリステインの今の印象としてはロマリアとガリアではガリアの方が上のはずだ。後はそれを信じるしかない。

 

ヴィットーリオは頭は回るようだが、一つだけ大きな欠点がある。それは他人を信用することができないという点だ。ヴィットーリオはあくまで自分が高みに立ち、人を操ることで自分の望む結果を得ようとする。その際に騙された者の気持ちなどは考えない。

 

最早、ガリアの首脳部の中ではヴィットーリオは信用に値しない人物であるということで認識は一致している。今後、どのような提案をヴィットーリオが持ち込んだとて、ガリアが受け入れることはない。それらは全てヴィットーリオが自ら招いた不信感の結果だ。

 

トーナミ川での戦いの折、同じ陣の中で杖や銃剣を振るい、散っていった者たちの顔を、あたしは今でも忘れていない。彼らの懸命の戦いと死をもって勝ち取ったガリアの王位を掠め取ろうとしたロマリアのことは、あたしも許すことはできない。

 

それは、タバサも同じはずだ。少し前までタバサの右後ろに立っていたマノーアは両用艦隊との戦いで散って、そこにはクリステルが立つようになった。そして軍議では右側の最前列に座り、合戦では主力を率いたモローナはジョゼフの火石によって遺体も発見されないままアルヌルフに交代を余儀なくされた。多大な犠牲の上に勝ち取った玉座を簡単に明け渡すことなどできない。

 

何よりロマリアが余計な野心を抱かなければ、ジョゼットが死ぬこともなかった。母親のために懸命に材料を集めてユレーヴェを作ったタバサは、ビダーシャルの作った薬により、ようやく以前の親子の関係を取り戻した。今回のジョゼットの死と、それに対応するためのティファニアの忘却の魔法は、再び二人の間に暗い影を落とした。

 

ヴィットーリオは捕らえた上で、その身柄はエルフとの交渉材料とする。それがガリアの定めた方針だ。

 

それを果たすため、あたしも全力を尽くす。覚悟を改めながら、あたしは騎獣を出して、魔法学院へと飛行を始めた。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。