四度目のハルケギニア
前回のハルケギニア訪問から季節が一つ過ぎた。アーレンスバッハの猛烈な暑さもようやく和らぎ、過ごしやすくなってきた中、わたしはフェルディナンドと一緒に作成した小聖杯三個を手に、再びハルケギニアを訪れようとしていた。
ユルゲンシュミットで過ごしている期間については、ハルケギニアと時の流れはほぼ同じくらい。前回の訪問時が始祖の降臨祭の時期であったため、ハルケギニアはもうじき春ということ。つまり祈念式の季節だ。もしもハルケギニアでも祈念式ができて、それで収穫量が上がるながら、大隆起後に生き残れる人は増えるはず。そして、無用な争いで命を失う人を減らすことにもなる。
大勢の人の命がかかっているということで、今回もフェルディナンドは肩入れしすぎだと苦言を呈しつつもハルケギニアに行くことを認めてくれた。危険は絶対に避けるようにと言い含められ、エックハルト兄様も連れていくよう言われたのも前回と同じだ。
少し違ったのは、祈念式が終わったら、少しゆっくりしてからユルゲンシュミットに帰還すればいいと言ってくれたことだ。ハルケギニアで数日休んでも、ユルゲンシュミットでは鐘半分の時間も過ぎていない。だから、この機にハルケギニアで疲れを取り、少し読書などを楽しんできてもいいと。
おそらく慣れない暑さの中でアウブとしての仕事を頑張ったご褒美なのだろう。相変わらずフェルディナンドはわかりにくいけれども、優しい。だから、わたしは帰還したらすぐにフェルディナンドの執務をお手伝いができるように、しっかりと休息を取って帰ってきますね、と言ったのだ。
「君は考え違いをしている。そもそも、これは君の執務で、それを私が手伝っているのだ。発言には気を付けなさい」
なのに、わたしの言葉に対して返ってきたのは、お小言だった。確かにフェルディナンドがアウブであるかの発言で迂闊だったとは思う。でも、そのときにわたしたちの周囲にいたのはエーレンフェスト時代からの側近たちだったのだ。少しくらい大目に見てくれてもいいと思う。けれど、その思いもしっかりフェルディナンドには見透かされていた。
「迂闊な君が他の者の前でもそのような発言をしないよう注意したということがわからぬわけではあるまい」
そして、哀れわたしのほっぺが犠牲になった。フェルディナンドこそ、アウブのほっぺを気軽につねる癖はやめた方がいいと思う。もっとも、フェルディナンドの場合は見せてはいけない者たちの前でうっかりミスなんてしないのだろうけど。
ともかくわたしは小聖杯を持って四度目となるハルケギニア訪問を行うことになった。同行してくれる側近は前回と同じ、側仕えがリーゼレータとグレーティア。護衛騎士としてエックハルト、コルネリウス、レオノーレ、アンゲリカ、マティアス、ラウレンツ。文官がハルトムート、クラリッサ、ローデリヒだ。
「それではフェルディナンド様、行ってまいります」
「絶対に危険なことには首を突っ込まないように」
「何度も同じことを言わなくてもわかっていますよ」
「何度も同じことを言っておかねば、君は同じような失敗をするではないか。実際、それに近い者に心当たりもあることだしな」
王族に関わるなと何度も言われていたにもかかわらず、どっぷりと関わりを持つことになった。そして結局は国の礎をかけての貴族院の戦いにも参加することになったという前科があるだけに反論はできない。けれど、近い者というのはおそらくユストクスのことではないだろうか。それはわたしでなくフェルディナンド自身で処理してほしい。
「わかっています。だからフェルディナンド様はエックハルト兄様をわたくしに付けるのでしょう?」
だから心配はしなくていい、と伝えたのだが、なぜかフェルディナンドは更に心配そうな顔になった。
「なぜか、エックハルトを付けた方がより危険な気がしてきた」
エックハルト兄様はフェルディナンドのためとなると、割と暴走する傾向がある。けれど、フェルディナンドがいない状況なら大丈夫だと思う。
「前回も争いには関わらなかったではありませんか。だから、今回も大丈夫ですよ」
「前回と今回では情勢が異なる可能性が高いことは君も理解しているだろう?」
前回の訪問のときは、タバサがガリアの統一を果たしていると予想される中だった。それに対して今回はロマリアとの開戦間近か、開戦直後かというタイミングだ。危険度は今回の方が大幅に上だろう。
「大丈夫です。基本的には祈念式だけを行う予定ですから。それすらも危険と思えばすぐにユルゲンシュミットへと帰還します」
「その言葉、忘れないように」
フェルディナンドから長い注意を受けて、わたしはハルケギニアへの世界扉を開く。今回は最初に扉を潜るのはレオノーレだ。先頭をレオノーレにしたのは、前回までの訪問で高確率でキュルケの前に出ると予想されるためだ。
レオノーレの後はハルトムート、コルネリウス、エックハルト、マティアス、ラウレンツ、リーゼレータとグレーティア、ローデリヒと続く。わたしはそれから少し遅れてアンゲリカとクラリッサに挟まれる形で最後に世界扉を潜る。
わたしたちの前にいたのは、予想通りキュルケだった。ただし、城とは明らかに違う木の壁に囲まれた部屋の中だった。
「久しぶりですね、キュルケ。こちらはどちらですか?」
「先触れの方法なんてないから仕方ないんだけど、いつもながら急ね。ここは両用艦隊の旗艦『シャルル・オルレアン』号の中よ」
「両用艦隊の旗艦の中の一室なのですか?」
キュルケがハルケギニア最強と言われた両用艦隊の旗艦の一室にいる。それは、出陣中ということではないだろうか。
「ローゼマインが予想した通りよ。今、両用艦隊はロマリア艦隊と決戦に臨むために南下しているところよ」
「それは、拙いところに来てしまいましたか」
「そうでもないわ。ロマリア艦隊との接敵まではまだ時間があるから。ローゼマインたちはガリアで祈念式というものをしてくれるためにこちらに来たのよね。それなら一人、騎士をつけるから、その騎士の案内でリュティスへと向かうといいわ」
そう言ったキュルケはオルドナンツで一人の騎士を呼びだした。わたしも見覚えのある顔だ。確か両用艦隊に攻撃を加えるために騎獣を使えるようになった、タバサの護衛騎士の中でも信任の厚い騎士だったと思う。
「フランソワ、ローゼマインたちをリュティスまで護衛してくれる? リュティスに着いたらイザベラのところに案内してあげて」
「かしこまりました」
フランソワと呼ばれた騎士が答えるのを聞いたキュルケは、わたしたちに向き直る。
「本来なら、陛下が祈念式のやり方を教わるのが一番だと思うけど、陛下もすでに出陣が間近に迫っているの。陛下が急遽、自身の出陣を止めたとなれば兵たちに動揺が走るから今回は留守を守るイザベラに教えてもらえるかしら。そうしたら、来年はイザベラにやり方を教えてもらうこともできると思うから」
「わかりました。けれど、シャルロット様に相談もせずに、そのような大事なことを決めてもよいのですか?」
「あら、陛下とはちゃんと相談してあるわよ。艦隊が出港する前にね」
驚いて視線を向けると、キュルケは悪戯が成功した子供のような笑みを浮かべる。
「ローゼマインならきっと祈念式に間に合うように聖杯というものを作ってきてくれると思っていたわ。だから、ローゼマインがきたらどうするか、ちゃんと陛下とは話を詰めていたってわけ」
「キュルケの用意のよさに驚きました」
「ローゼマインに対する信頼と言ってほしいわね」
ともかく、それならば予めキュルケたちが考えた通りに動けばいいだろう。
「リュティスまでの護衛、よろしくお願いしますね、フランソワ様」
「お任せください」
「イザベラにはあたしからもオルドナンツを送っておくわ」
「ええ、お願いします」
このまま船に乗っていてはリュティスは遠くなるばかりだ。幸い、ユルゲンシュミットで食事は済ませてきたので、すぐに出発しても問題ない。
わたしたちは早々にキュルケに別れの挨拶をしてフランソワと一緒にリュティスへと飛び立った。