ガリアの魔王と商人聖女   作:孤藤海

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空戦の終了

元トリステイン魔法学院の教師、今はガリアのアカデミーの所長を務めるコルベールは両用艦隊第二戦隊の旗艦ロレーヌの上甲板でじっと戦況を見守っていた。第二戦隊の先頭を進む防空巡洋艦アルマはすでに回頭を始め、ロマリア艦隊の後を追おうとしている。もう少しすると、ロレーヌも回頭してその後を追うことになる。

 

ロマリア艦隊との戦いにおいて、ロレーヌはそれほど敵艦に接近をしなかった。第二戦隊の先頭付近に配された艦は比較的小型の艦が多く、大型のロレーヌなら少し離れても敵艦からは近く見えるという計算の元だった。

 

艦長の判断通り、ロレーヌは比較的多くの砲弾を撃ち込まれたものの、被弾は一発のみ。航行には支障がない範囲だった。

 

けれども、それはあくまで艦自体の戦闘能力に関してのもの。砲弾が直撃した付近には弾に押しつぶされて口から血を吐き、息絶えた水兵の姿が見える。助かりそうな負傷者は艦内に運び込まれ、今は水メイジの治療を受けているはずだ。

 

コルベールは戦が嫌いだった。コルベールは、かつてトリステインで魔法研究所実験小隊の隊長として多くの人を殺めた。その反省から、二度と自らの炎を破壊のためには用いぬと誓った。けれど、情勢はそれを許してくれなかった。

 

教え子であるタバサは母親のためにガリアと戦う道を選び、今はコルベールにとっても大切な存在であるキュルケは、友のために共に立ち上がった。その二人を見捨てることなど、コルベールにはできなかった。

 

コルベールは再び戦場に立ち、多くの人を手にかけた。けれど、それでも守りたい者たちを守りきることなどできない。事はすでに少人数での小競り合いではなく、万を超える者たちが命を奪い合う事態に突入していた。そんな中ではいかなトライアングルのメイジであるコルベールでも、戦場全体に影響を及ぼすことはできない。

 

コルベールに迷いがなくなったのは、トーナミ川での戦いだ。あの戦いでは、同じ陣で戦う者たちが大勢、命を落とした。コルベールはまだ敵を焼くことに若干の躊躇いがあったことと、味方の被害を減らすことを第一にするという目的のため、敵を焼き殺すより広範囲の者に火傷を負わせる魔法を多用した。

 

そのときに命を落とさずとも、重い火傷は後から人を死に向かわせることがある。何より、コルベールがついた北朝は、その後で川の堰を切って多くの敵兵を押し流した。負傷者たちがそれから逃れられなかった可能性は高い。

 

結局、コルベールがやったことは単なる自己満足にすぎなかった。けれど、自分の卑しさを自覚したのは、そのときではない。

 

トーナミ川の戦いでは魔法学院から参戦したコルベールの生徒たちからも犠牲が出た。クリストフとマキシム。二人とも正義感に溢れる貴族だった。その二人の死を知ったとき、コルベールは確かに悲しんだ。

 

けれど、心のどこかでは同時に思っていたのだ。死んだのがキュルケでなくてよかったと。それを自覚した瞬間から、コルベールは全ての躊躇いを捨てることに決めたのだ。

 

コルベールは今、かつてないほど死を恐れている。一番はキュルケの死だ。彼女が自分を残して死んだ場合というのは、考えたくない。次に恐れているのは、自分の死だ。自分が死ねば、きっとキュルケは悲しむ。彼女のそのような姿は見たくなかった。

 

戦場の様相は、すでに敵に対して情けをかけられる状況ではなくなっている。一人の力では何かを為すことはできない。けれど、一人の力でも、自分が助かる道を少し広げるくらいのことはできる。

 

この戦いでは、もはや手加減などしない。力が振るえるときがきたら、自分は炎蛇と化し、容赦なく敵を屠ろう。

 

ロレーヌが回頭を終えた。それと同時にロマリア艦隊の陣形が崩れ始めた。ガリア艦隊は愚直な単縦陣で反航戦を仕掛けると見せかけて、第三戦隊は敵艦隊の前方を横切るような航路を取ることになっていた。

 

今頃、これまでの戦いで傷ついたロマリア艦隊の先頭艦は無傷のガリア第三戦隊の集中攻撃を受けていることだろう。その砲撃から逃れようと、敵艦隊は進路を変えようとしているのだ。第一戦隊の役目は、それを許さず各個撃破することだ。

 

ロレーヌはロマリア側の不利を見て、艦隊から一時離脱を図ろうとする敵二等戦艦に狙いを定めた。舳先を真っ直ぐに敵に向けて一気に接近を図る。“空飛ぶヘビくん”で艦の前方に攻撃ができるロレーヌと違い、敵艦は艦尾の敵に有効な反撃ができていない。

 

たまらず敵艦は回頭しての砲撃戦を試みてきた。その間にもロレーヌは急速に敵艦へと接近している。

 

「コルベール殿、お願いいたす」

 

敵艦が回頭を終え、砲撃を開始しようかというタイミングで戦隊付の参謀から言われる。その声に静かに頷き、コルベールは敵艦の砲台に被せるようにフレイム・ウォールの魔法を唱えた。

 

砲台の奥、火だるまになった水兵たちが、もがき苦しむ姿が見える。それはコルベールが作り出した地獄だ。そして、真の地獄は、その後に訪れることになる。敵艦の砲台の反撃能力を封じたロレーヌは回頭して舷側を向けると、一斉に砲撃を開始した。

 

ロレーヌが敵艦に接近したのは、コルベールの魔法が届く距離に入るため。そして魔法で敵艦の砲撃を封じている間に、一気に敵艦を撃沈に追い込むためだ。自分より大きな戦艦を相手に、比較的近い距離から砲撃を受けた敵艦の状況は悲惨というよりなかった。

 

マストは倒れ、甲板にも舷側にも大穴が開いている。艦上には、あちこちに負傷者や死者が転がっている。それでも砲撃は止むことはない。まだ艦内に貴族が残っていて、反撃をしてこないとは限らないからだ。ロレーヌが砲撃を止めたのは、敵艦が炎に包まれて地上へと落下を始めてからだった。

 

敵艦の火災の程度はかなり激しい。艦内の生き残りは、メイジならば燃え盛る艦から逃れることも可能だろうが、平民は地上に降りる前に焼死するか、自ら艦の外に飛び降りて墜落死するかしか選べないだろう。

 

もうあの艦の者たちに助かる道はない。以前の自分ならば、せめて苦しまぬようにと命を奪う魔法を使ったかもしれない。けれど、今はそれよりも精神力の温存の方を選ぶ。

 

戦闘力を失った敵艦は放置して、ロレーヌは損傷した巡洋艦に標的に定めた。回頭して敵艦を追いかける艦の上甲板上でコルベールは次に使う魔法の詠唱を始める。ロレーヌは砲撃を行いながら敵艦に接近していく。敵艦は他艦との戦闘で損傷しているらしく、満足な反撃が行えていない。ただただ短期間で沈めるために、コルベールは魔法を敵艦に放ち、艦内に地獄を作り出す。

 

短時間で敵艦を沈めたものの、結果的にロレーヌが行った敵艦への攻撃は、それが最後となった。ロマリア艦隊はガリア艦隊の攻撃を受けて、散り散りになっており、後は各艦での追撃戦になったためだ。

 

一等戦艦であり、巨体のロレーヌは足はやや遅い。全力で逃げる快速の艦に追いすがることは諦めて損傷を受けた艦の支援に向かった。そこには、同じくロマリア艦隊の追撃戦には加わらなかった旗艦シャルル・オルレアンの姿もあった。

 

しかし、シャルル・オルレアンはロレーヌに比べて損傷が大きい。一応、沈む心配はせずともよさそうだが、甲板上には大きな穴が三つも見える。一応、上甲板には損傷は見られないため、キュルケは無事だと思うが、最初は肝が冷えた。

 

「第一戦隊軍監のキュルケです。コルベール殿、第二戦隊の損傷艦はどの程度ですか?」

 

そこに第二戦隊の損傷を尋ねるオルドナンツが飛来した。声の主はキュルケだ。おそらく軍監としての質問以外に自分の安否確認の意味もあるのだろう。

 

「第二戦隊軍艦のコルベールだ。第二戦隊で確認できている沈没艦は駆逐艦モントルイユ、駆逐艦アンティーブだ」

 

自分に怪我はない。そう伝わるようにコルベールは胸を張り、力を込めて声を吹き込む。それが伝わったのか、次にキュルケから届いた了解の声を運んでくれたオルドナンツは安堵の響きがあった。

 

この一戦でロマリア艦隊は半壊状態となり、情勢不利と見たロマリア軍の地上軍は虎街道から撤退した。一方、ガリア艦隊も五隻の沈没艦と、多数の損傷艦を出すことになった。結局、ガリア艦隊は敵艦隊牽制のための四十隻あまりを残し、大半は修理のために帰国することになる。

 

この戦いを機に戦場は地上へと移ろうとしていた。

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