わたしたちがリュティスに着いた頃には、事前にキュルケから聞いていた通り、タバサはすでに軍を率いてロマリアへと向かっていた。そのため、わたしたちは留守を預かっているイザベラの前にいる。ひとまず到着の挨拶をして、まずは祈念式を行うための前段階となる奉納式を執り行うのは明後日にすることなどが決められた。その後は現在のハルケギニアの状況を聞くためにお茶会となった。
「ローゼマイン様、祈念式を行っていただけること、シャルロット様に代わってお礼を申し上げます。正直に言うと、ガリアに限らず、大隆起後の情勢はかなり厳しくなることが予想されますので」
「ハルケギニアの皆さまには、大隆起のお話はどこまで伝えられているのですか?」
「ガリアについては主要諸侯には話をしています。事が起こってから、隠していたと言われることは避けたいですから。他国に関しては、トリステインとゲルマニアには王族には情報提供をしています。そこから、どの範囲まで話が伝わっているかは、各国の王族を始めとした首脳部の判断次第ですね」
「大隆起に関して、ハルケギニアの皆さんがパニック状態とはなっていませんか?」
「今のところ、大きな騒ぎとはなっていません。広く一般にまでは話が伝わらぬようにしていますし、そもそも諸侯についても半信半疑といった具合ですからね」
急に自分たちのいる大地が空に浮き上がると言われても、にわかには信じられないのも無理はない。だからこそ、一度目の隆起の後が心配になる。
「最終的にはハルケギニアの半分が空に浮き上がる。そうなると、住める場所なども半分になってしまうのでしょうから、深刻ですね」
そう言ったわたしに、イザベラは沈痛な表情で首を横に振る。
「半分では済まないでしょうね」
「え?」
「一番、案じていることは川が途中で寸断されてしまうような事態です。そうでなくとも重大な地下水脈が分断をされてしまうこともあるかもしれません。そうなると、これまで町であった場所が、住むことが難しい場所となることも考えられます」
大地が浮き上がった場合、そこに残されるのは大きな穴となるのだろうか。そうなると、そこに流れ込んでしまった水は利用するのが難しくなるだろう。土魔法などで堤防などを築いて流れを変えるとしても、前と同じ流れに戻すまで迂回させるのは、かなりの手間と時間を要することになるだろう。
「わたくしが考えた以上に、事態は深刻ということですね」
「それでも、一度に全部というわけではなく、年数をかけて徐々にであると予想されていることが救いですね。今は大河の周辺の地下を集中して調査をしているところです」
一度に大量の水が失われることは、町が浮き上がる以上に多くの人に影響を受ける可能性が高いと見ての決定だろう。ロマリアとの戦いの準備を進める一方で、タバサはきちんと後のことも考えていたようだ。
今はわたしもアウブとなったので少しはわかるけど、国というものは維持するだけでも大変なのだ。そんな中、難局に挑んでいるタバサには頭が下がる。
ひとまず今のところ仕入れておきたかった情報は得られた。わたしたちはイザベラの前を辞して奉納式の準備に取り掛かる。
といっても、実際に準備を取り仕切るのはハルトムートで、わたしはグレーティアの準備してくれたお茶を飲みながら側近たちを見守っているだけだ。わたしは現在も神殿長なのだが、儀式の準備については以前はフェルディナンド、二年前からはハルトムートと神官長に任せきりで、ほとんど把握をしていないのだ。
ここにはハルトムートの手足となって働いてくれるフランたちがいない。文官として儀式の大まかな流れを理解しているのもローデリヒだけだ。リーゼレータとグレーティアとクラリッサは神殿にいなかったし、護衛騎士たちもわたしの側にいたのでハルトムートや灰色神官たちが行っていた準備については把握していない。それはエックハルト兄様についても同様だ。
ハルトムートはローデリヒに加えて、わたしの身の回りの品を揃えるために女性の側近であるレオノーレとクラリッサとリーゼレータ、そしてマティアスとラウレンツまでもを上手く使って儀式の準備を整えている。ちなみに、わたしは準備には加わらない。わたしが準備に加わると、側近たちが気を遣ってしまうからだ。けしてわたしが役立たずだからとか、そういう理由ではない。
わたしたちの儀式の準備の様子は、ガリアの文官モルガン、ジェローム、アルフォンス、ブリジットの四人がメモを取りながら見守っている。わたしたちが祈念式のために必要な準備を見せることができるのは、今回が最初で最後になってしまう可能性が高い。四人ともハルトムートの説明を真剣に聞いている。
「それにしても、レオノーレは側仕えの仕事さえできそうですね」
そのような中、暢気な声をあげたのはアンゲリカだ。わたしの荷物の用意は筆頭側仕えのリーゼレータが指揮を執っている。けれど、レオノーレはリーゼレータの指揮がなくとも準備を行うことができそうに見える。レオノーレは騎士としても個人戦の他、指揮も執れて、領地対抗戦の折には文官の仕事も手伝えるほど多才だ。リーゼレータの指揮があっても邪魔にしかならないアンゲリカには信じられない技能だろう。
側近たちの働きにより、無事に奉納式の準備は整った。そして訪れた奉納式の日、わたしはイザベラと四人の文官と一緒に祭壇を設けた小部屋へと向かう。
小部屋には祭壇が設置され、神具が飾られ、持ち込んだ三個の小聖杯が並んでいる。両側の壁際には篝火のように火が焚かれていて、それが部屋を暖めていた。祭壇の前まで進んだわたしは跪き、祭壇へと続く赤い布に手を当てる。
わたしの後にイザベラとモルガン、アルフォンスとブリジットの四人も赤い布に手を付いた。ジェロームはやや魔力が低いということで今回は魔力の奉納は見合わせ、記録に専念するということだ。
「我は世界を創り給いし神々に祈りと感謝を捧げる者なり」
祈りの言葉はすでに紙に書き写され、イザベラたちに渡されている。三人とも祝詞を間違えることなく復唱する。
「高く亭亭たる大空を司る最高神は闇と光の夫婦神。広く浩浩たる大地を司る、五柱の大神。水の女神フリュートレーネ。火の神ライデンシャフト。風の女神シュツェーリア。土の女神ゲドゥルリーヒ。命の神エーヴィリーベ。息づく全ての生命に恩恵を与えし神々に敬意を表し、その尊い神力の恩恵に報い奉らんことを」
祈りの文句を口にするうちに、するりと自分の中から魔力が流れていく。魔力を吸った赤い布がキラキラと光り、魔力が光の波となって祭壇の方へと流れていく。
イザベラたちハルケギニアの貴族は物に魔力を流すという経験に乏しい。勢いよく魔力を流し過ぎて気絶させてしまわないように慎重に少しずつ魔力を流す。
「そこまでです」
ハルトムートに言われて、わたしは魔力を流すのを止めた。小聖杯二個くらいなら、本来ならわたし一人でも大丈夫だ。慣れればイザベラたちでも一度で満たせるくらいの量だと思うが、最初はヴィルフリートやシャルロッテも非常に疲れた様子を見せていた。慣れない作業であることを考慮して、ハルトムートには早めに止めるように言っておいたのだ。
「イザベラ様、こちらの二個の小聖杯の残りはわたくしたちで執り行いますので、イザベラ様たちは休憩なさっていてください。最後の一つはイザベラ様たちだけで満たしてみてくださいませ」
イザベラたちが赤い布の上から下がると、わたしは残りの小聖杯に魔力を一気に注ぎ込んだ。少しずつ繊細に魔力を注ぐより、一気に叩き付けるように魔力を流す方が得意なのは相変わらずだ。
「イザベラ様、癒しと変化をもたらす水の女神フリュートレーネと側に仕える眷属たる十二の女神によって、土の女神ゲドゥルリーヒには新たな命を育む力が与えられました。広く浩浩たる大地に在る万物が水の女神フリュートレーネの貴色で満たされますことを心より願っております」
「ありがとうございます」
わたしが差し出した聖杯を受け取ったイザベラの引きつった表情を見て、わたしは小聖杯の受け渡しのときの決まり文句を教えていなかったのを思い出したのだった。
四人はガリア文官の主要人物
内務卿モルガン
財務卿ジェローム
外務卿アルフォンス
法務卿ブリジット