ガリアの魔王と商人聖女   作:孤藤海

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エイザーンの焼き討ち

ロマリア艦隊を破ったあたしたちは、タバサが率いる十二万の本隊と合流してロマリア国内への侵攻を開始した。“虎街道”のロマリア側の最前線は水上都市アクレイアだ。

 

石と土砂を使って埋め立てられたいくつもの人工島が組み合わさってできたその都市は、町の中を細い水路がめぐり、まるで迷路さながらである。地上からでは攻めにくい都市だが、両用艦隊を擁するガリアにとっては逆に攻めやすい場所となる。ロマリア側もそれは承知していて、早々に本隊を撤退させていた。

 

ロマリア軍の本隊は撤退し、残すは街が抱える僅かな兵たちのみとなった。アクレイア市側に勝ち目はないのは明白だった。

 

それでも、アクレイアの市長のレッツォニコ卿と、フェラーリ大司教は投降を拒否した。彼らは敬虔なブリミル教徒。教皇が聖戦を宣言したガリア相手に降ることはできないという理屈だった。

 

アクレイアは信仰厚い民が多いと言われている。民の無用な反乱を牽制するために、改めてこの戦は教皇が領土的な野心を持ったことによって引き起こされた戦いであり、現在はトリステインで宰相の地位にある元教皇候補で能力的にも人物的にも優れたマザリーニが後継の座に就くことによって、戦は平和的に終えることができると喧伝もした。

 

それでもレッツォニコ卿と、フェラーリ大司教は頑として首を縦には振らない。このまま街を長々と包囲していてロマリア軍が引き返してきては面倒だ。結局、ガリア軍は両用艦隊の砲撃をもって二人の立て籠もった聖ルティア聖堂を砲撃し、瓦礫に変えた。

 

結果的に、その行動は裏目に出たのかもしれない。表立った暴動などこそ起こらなかったものの、アクレイアの民のガリアを憎む思いは強いものが感じられた。アクレイアは虎街道の入口に位置している。アクレイアで乱が勃発すれば、たちまち補給線が途絶する。

 

補給線を守るため、タバサは両用艦隊をアクレイアに駐留させることにした。空軍の援護は惜しいが、アクレイアは迷路のような街だ。地上軍だけでは民の暴発を押さえられるか不安があったためだ。

 

アクレイアからロマリアへは南南西に三百リーグ。一気に進むには遠い。

 

タバサは都市ロマリアに向かう中継点としてアクレイアの南三十リーグにあるロマリア西部における主要都市エイザーンに向かった。エイザーンも敬虔なブリミル教徒が非常に多い都市だ。ここでも市長及び大司教は投降を拒んで聖堂に立て籠もった。

 

アクレイアでは両用艦隊を用いて聖堂を直接、攻略したガリア軍だったが、ここでは地上軍で攻略を行うよりない。けれど、聖堂が包囲されるのを住人たちが黙って見過ごすとは思えない。そして、両用艦隊からの砲撃を警戒して一度は軍を退いていたロマリア軍もガリア軍がエイザーンを包囲するのを見て、軍を進めてきている。

 

このままでは、背後に潜在的な民兵を多く抱えた都市を置いた状態で、ロマリア軍と一戦ということになる。それはあまりにも不利だ。ここに来て、タバサはこの戦の趨勢を大きく左右する軍議を行うことを決めた。議題は市民への犠牲を厭わぬ攻撃をエイザーンに対して仕掛けるか否かだ。

 

「皆、忌憚のない意見を言ってほしい」

 

軍議の場にいるのはタバサの他、あたしとジャン、カステルモール、クリステル、そしてガリアの主力を為す五色備えを率いるアルヌルフ、シバー、マヤーナ、リョシューン。参謀のオーギュストとエドゥアルドの計十一名。その他にタバサの護衛のためにフランソワとソワッソンがいるが、彼らは原則として発言はしないことになっている。

 

「エイザーンの攻略に時間をかけられません。アクレイアで経験したように、教皇を信奉する者たちは、こちらがいくら慈悲をかけようとしてもそれを拒み、結果的に教会や聖堂に被害が出れば、それを批難する。これ以上、手心など不要と存じます」

 

強硬な意見を主張したのはカステルモールだ。彼はタバサの側で、あたしたちが苦心してひねり出した譲歩案をロマリアの市長や司教が一蹴するのを何度も見ている。それゆえの怒りが根底にあるようだった。

 

「カステルモール殿のお気持ちは理解できるが、ここでエイザーンに対して強硬な手段を取れば、逆にロマリア軍の士気を上げるだけになる恐れがあります。ここは粘り強く懐柔をしていくべきではあるまいか」

 

逆に穏健的な手段を主張したのは、参謀のエドゥアルドだった。

 

「懐柔? それはいかほどの時間をかければ成し遂げられる? 講和なら時間はかからないが、懐柔ではどれほどの時間が必要になる? そして、ロマリア軍が救出に来てくれると信じているエイザーンが簡単に懐柔されると? 時間の無駄であろう」

 

一方、同じ参謀でもオーギュストは強硬策に賛成の意を示した。

 

「ここは一度、アクレイアに退いて彼の地の支配を万全にすればどうでしょう? 我らが神の敵でないことを示せばエイザーンの者たちも考えを改めるでしょうし、そうなれば両用艦隊を使うこともできます」

 

そう言ったのはクリステルだ。

 

「いや、そう簡単にはいかぬでしょう。ロマリアが軍を解いていない以上、アクレイアに軍を留めるしかないが、十二万もの大軍を維持するのは容易ではない」

 

そう指摘したのはアルヌルフだった。他の五色備えを率いる将であるシバー、マヤーナ、リョシューンの三名も強硬策に賛成した。

 

「大軍の維持が難しいのはロマリアも同じでしょう。ましてやロマリアは都市国家の連合。長期滞陣となれば足並みに乱れも生じましょう」

 

ジャンは本当にどちらかが滅ぶしかない戦いに発展することを危惧して穏健策に賛意を示した。今のところ強硬派が六、穏健派が三だ。

 

「わたくしは、エイザーンがあくまで抵抗を示す以上、力攻めもやむなしと考えます。わたくしたちとロマリアが相容れないのは、すでにわかっていたことではありませんか」

 

あたしたちがいくら譲歩しようと、教皇ヴィットーリオは考えを変えることはない。実際に会って話をしたあたしは、そのことがわかってしまう。そうなると、穏健策では解決ができないと思ってしまうのだ。

 

無論、そうならない方がいいとは思っている。それは、タバサも同じはずだ。けれども、そうならないようにするための策が思い浮かばない。無策のまま、ただ感情だけで結論をだすことはできない。

 

「皆の意見はわかった。私の心は決まった。」

 

そう言ったタバサは一度、静かに目を閉じた。

 

「明日より、エイザーンに総攻撃を仕掛ける。その際には男も女も、老人も子供も、悉くを殺し尽くせ! 一人たちとも生かして外には出すな!」

 

「陛下! それはあまりにも!」

 

「エドゥアルド、其方は恭順の姿勢を示したエイザーンの者たちが、教皇ヴィットーリオが率いる軍が迫った瞬間に民兵に変わらぬと言えるか? また戦火の中で街から逃げ出した者たちは次にどこに向かうと思う?」

 

エイザーンは教会や聖堂が多い街だ。そこで行われる施しを目当てに、アルビオンをはじめとした各地から多くの流民たちが流れ込んでいる。彼らが足を向けるのは次なる戦場となりそうな西や南ではなく、北のアクレイア、そしてその先のガリアだろう。

 

「ハルケギニアはただでさえ大隆起後には深刻な食糧不足に見舞われることが確実視されている。多くの住人が流入すれば、ただでさえ元の住民と軋轢が生じるものだ。現下の状況での流民の流入は、社会不安の元にしかならぬ」

 

非情なことを言っていることはタバサも自覚しているだろう。けれど、タバサが優先しなければならないのはガリアの民だ。奇しくもそれは、以前、ヴィットーリオが発言した言葉そのままでもある。

 

かくして、エイザーンへの攻撃は敢行された。十二万の大軍は街に対して徹底的な破壊を加えた。

 

街を焼かないように遠慮しながらよりも、全てを灰燼に帰す勢いの方が、攻撃側としては、よほどやりやすい。アクレイア、エイザーンと大した戦力を持たないにも関わらず信仰を理由に投降を拒んで、無用な抵抗をするロマリアにガリアの者たちも苛立っていた。

 

結果、攻撃は命令通りの苛烈なものになった。男は殺され、女も子供も一部を除いて容赦なく殺し尽くされた。後は略奪と放火が行われ、エイザーンは三日三晩もの間、炎に包まれて二万もの命が失われた。

 

到着前にエイザーンが陥落したのを知ったロマリアは再び軍を退いた。けれど、後退する道中、教皇ヴィットーリオは改めて全軍に、始祖と神の僕として、邪悪なガリアを打倒するまで聖戦を止めることはしないと宣言した。

 

立て続けに聖堂を焼かれた敬虔なブリミル教徒たちは、その宣言に熱狂したという。それは味方が死に絶えるか、敵を殲滅するか終わらない、落としどころのない狂気の戦が本格的に始まるのだということを意味していた。

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