ガリアの魔王と商人聖女   作:孤藤海

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トリステインとの交渉

オストラント号であたしはトリステインの王宮へと降り立った。出迎えには、学院での馴染みであるルイズとサイトの他、グリフォン隊の隊長フルーランスが出てきてくれている。そのルイズとサイトの顔にはどこか硬さが感じられた。

 

「随分と大変なことをしでかしたみたいじゃない」

 

あたしが近づくなり、ルイズが小声でそう言ってくる。ルイズも敬虔なブリミル教徒だ。エイザーンでの虐殺の話を聞き及べば、複雑な気持ちを抱くのも無理はない。

 

「詳しい話は女王陛下の前でさせてもらうわ。貴女たちも同席するんでしょ」

 

ルイズが頷いたので、あたしとジャンは三人に案内されて、まずはアンリエッタの元に向かう。部屋の中で待っていたのは、アンリエッタと護衛のアニエスの二人だけ。二人の表情もルイズと同様に険しい。

 

「まずはアンリエッタ陛下にお詫びを申し上げます。力ならずマザリーニ卿にブリミル教徒の敵という印象を持たせてしまいました。それによりトリステインにも大変なご迷惑をおかけしたことと存じます」

 

「わたくしはガリアは、あくまで教皇聖下によるサイト殿の故郷に対しての侵攻と、それによるハルケギニアが甚大な被害を被るのを防ぐためにロマリアに侵攻したものと承知していました。けれど、その認識は誤っていたようですね」

 

「いいえ、アンリエッタ陛下のご認識は誤っていません。わたくしたちガリアは、今でも教皇ヴィットーリオの無茶な聖戦を止める最小限の戦いを行っているつもりです」

 

「それではなぜ、エイザーンで街全てを焦土と化すような残虐な戦を行ったのですか!」

 

アンリエッタの言葉に続いてアニエスが刺すような視線をジャンに向ける。アニエスの頭に浮かんでいるのは、ジャンに焼かれたという自らの故郷だろう。

 

「わたくしたちも無意味な犠牲は望みません。ですが、教皇ヴィットーリオはガリアに向けて聖戦を宣言いたしました。それにより敬虔なブリミル教徒が多い街では、何があろうともガリアを認めないという者たちが現れました。絶対に降伏を拒むものが多数潜む街を背後に抱えて、いつ補給が途切れるかわからぬと言う中で、わたくしたちはどうやってロマリア軍と戦えばよいのでしょうか?」

 

あたしの問いにアンリエッタが答えに窮した様子を見せた。アンリエッタはアルビオンへの侵攻を通して兵站を維持することの困難さを知っている。

 

「他に道はなかったのかよ」

 

そんな中、口を開いたのはサイトだった。正義感の強い彼のことだ。どうしても街の住人を殺害するという選択は受け入れられないのだろう。

 

「なかったわね。正確に言うならば、他の道は受け入れられなかったという方が正しいわ。サイトなら、水精霊騎士隊全員が命を捨てて時間を稼げば、見ず知らずの街の住人五十人を助けられると言われたら、水精霊騎士隊の皆に命を捨てさせる?」

 

そう言えばサイトも苦しそうな表情を浮かべる。トーナミ川での戦いで水精霊騎士隊はクリストフとマキシムを失っている。彼もすでに勢いだけで答えられていた昔とは違う。

 

「誤解していただきたくないのは、此度のエイザーンが徹底抗戦をするように煽ったのは教皇ヴィットーリオです。それにより、わたくしたちの和睦交渉は無に帰しました。結果としてわたくしたちはエイザーンを徹底的に破壊するしかなくなりました」

 

アンリエッタたちからは、最初のときのような険は感じない。けれど、納得をしてもらえたとは言い難い。

 

「アンリエッタ陛下、ここからはあくまでわたくしたちの予測です。それをご承知の上でお話をお聞きくださいますか?」

 

「……聞きましょう」

 

「此度の戦を通して教皇ヴィットーリオは何があろうとサイト殿の故郷への侵攻を思い留まることはないと、わたくしたちは実感しました。それは、もしもロマリアが我らガリアに勝利した暁には、トリステインもその尖兵として破滅的な戦いに民を投じることになるということです」

 

「それは、ガリアに味方をしなければ、そのような事態になるという脅しですか?」

 

「脅しなど、とんでもございません。わたくしはあくまでロマリアが取りそうな行動の予測を述べたまでにございます。けれど、それはアンリエッタ様も感じていたことではありませんか? 我が国を強引な手で聖戦に巻き込もうとしておいて、トリステインには不干渉を貫いてくれると考えていているわけではございませんでしょう?」

 

あたしの問いかけに、アンリエッタが黙り込んだ。マザリーニがガリアから新教皇として担がれている以上、トリステインは自ずと親ガリアと見られる。それを覆すためにはガリアと手を切り、ロマリアに味方するよりないが、果たしてそれでも聖戦に巻き込まれるのを防ぐことができるかどうか。あたしの読みでは、それは否だ。

 

「それで、ガリアはトリステインに何を望むのですか?」

 

「単刀直入に申し上げます。ロマリア教皇ヴィットーリオを非難する声明を出し、その上でガリア側で参戦をしていただきたく存じます」

 

「結局、トリステインも戦に巻き込まれるということではありあませんか!」

 

「その通りです。ですが、我らとて戦う気がなかったものをサイト殿の故郷との戦を防ぐために兵を挙げざるをえませんでした。これはハルケギニアを守るための戦。トリステインも無関係ではいられません」

 

ガリアと一緒にロマリアの無謀な聖戦を防ぐために戦うか、ロマリアと一緒に聖戦の完遂を目指して戦うか。いずれにしてもトリステインも戦からは逃れられない。

 

「教皇聖下はハルケギニアの人同士が争うことは我慢がならないとおっしゃっていました。それなのに、どうしてこのようなことに……」

 

「アンリエッタ陛下、教皇ヴィットーリオのハルケギニアの人同士が争わぬようにしたいという思いは偽りではないでしょう。ですが、教皇にとってはそれ以上に、聖地を取り戻すということが重要なのです。そのためならば、いくら血が流れようとも必要な犠牲であると割り切っているのでしょう」

 

ヴィットーリオが聖地奪回にこだわらなければ、ガリアは来るべき大隆起に備えて内政に全力を注げた。もっとも、エルフの技術を得るためならば始祖の秘宝を引き渡すことも視野に入れるタバサと虚無を神聖なものと考えるヴィットーリオでは、いずれは敵対することになっただろうけど。

 

「話はわかりました。ですが、トリステインの貴族はロマリアの方に心を寄せている者の方が多いです。もっとも、心は寄せても実際にロマリアに駆けつける者はほとんどいないようですけど。いずれにせよ、トリステインとしてガリアに味方をすることはできません。できるのは中立を宣言することまでです」

 

「トリステインとロマリアは国境を接しているわけではないですから、元より援軍を得られるとは考えていませんでした。敵に回らないのなら、それで十分です」

 

「そうですか。それと、貴国に一つだけ申し出があります」

 

そう言ったアンリエッタがあたしに強い視線を向けた。

 

「何でしょうか?」

 

あたしも腹に力を込めて応じる。

 

「ガリアが本当に積極的に非道なことを行っていないのか、教皇聖下がどのような行動を取っているのか、わたくしは見極めなければならないと思っています。シャルロット陛下の側に我が国の監視を置いていただくことはできますか?」

 

「わたくしたちからお願いいたしたいくらいです。シャルロット陛下のお傍でロマリアの行動を見ていただければ、我が国に対する疑いも晴れると存じます」

 

「わかりました。それでは、ルイズ、サイト、行ってくれますか?」

 

「お任せください、陛下。シャルロット様と教皇聖下の行動、しかと見届けて参ります」

 

「ありがとう、ルイズ。護衛には水精霊騎士隊を何名か付けましょう」

 

ルイズがアンリエッタが話をしている間に、サイトがあたしの方へと近づいてくる。

 

「本当に犠牲は避けられないのか、しっかりと確認させてもらうぞ」

 

そう言ったサイトの目には、あたしたちへの疑いが窺えた。

 

「ええ、少なくともあたしたちが、逆らうならば殺してしまえ、とか安易な考えて事に及んではいないことは確認できると思うわ。けれど、きれいごとだけでは戦いに勝つことはできない。皆を助けようとして皆で死んでは意味がない。時には囮として兵たちを使い潰すこともあるから、それだけは覚悟していて」

 

「それは、トーナミ川での戦いの件で、少しだけどわかったよ」

 

トーナミ川での戦いで、クリストフは撤退を許可されないまま戦死をしてしまった。けれども、それは隣の陣の者たちの撤退の時間を稼ぐためだった。クリストフを撤退させれば、代わりに他の者が死んでいた。その苦しい判断の場面の話はサイトもギーシュから聞いたのだろう。

 

「勝利を重ねても、誇らしい気持ちよりも苦い気持ちばかりが増していくわね」

 

あたしの言葉にサイトは静かに頷いていた。

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