ついにガリア王シャルロットが十二万の軍をエイザーンの街から出立させた。その報告を受け取った教皇ヴィットーリオは、各国からの義勇軍も得て十万に達したロマリア軍をガセキ平原へと進めた。
ガリアもまた、東に軍を進めガセキ平原へと達する。ガリア軍の先遣隊はモーリー侯爵が率いる一万とバヤコワカ侯爵が率いる一万の計二万。ガセキ平原に入ったモーリー侯爵はナングー山に、バヤコワカ侯爵はツマオ山に陣を敷いた。
ロマリア軍の中には先に到着した両侯爵の軍に先制攻撃を仕掛けることを主張する者もいたが、ヴィットーリオはそれを却下した。両侯爵ともヴィットーリオに対して内応を約束する使者を遣わしてくれている。特にバヤコワカ侯爵の陣には親ロマリアの貴族が多く参加していることから内応の約束は確度が高い。
実際に戦が始まればバヤコワカ侯爵の一万はロマリア軍と共にシャルロットが率いる本軍十万に攻撃を仕掛けてくれることだろう。ただし、それで戦が大幅に有利になるとは考えない方がいい。
シャルロットもおそらくはバヤコワカ侯爵の裏切りを予想している。だから本隊から切り離して主戦場と予想される地点より前にあるツマオ山に陣を敷かせたのだろうから。
そして翌フェオの月、ヘイムダルの週、虚無の曜日にシャルロットはガセキ平原の西にあるサオサ山に陣を敷いた。その報告を受けたヴィットーリオは翌日の決戦を予測し、夕刻、皆の前で改めて士気を高揚するために演説を行うことにした。
「ガリアの異端どもは、エルフと手を組み、我らの殲滅を企図しています。わたくしは始祖と神の僕として、この戦で必ずや勝利を掴むと約束いたしましょう」
ガリア王シャルロットは、おそらく虚無を少しだけ便利な魔法としか考えていない。始祖の秘宝にしても虚無を習得するための道具というくらいの認識だろう。だから二度と取り戻せぬ始祖の秘宝を簡単にエルフに差し出してしまえる。
勝利を確実にするため、シャルロットが始祖の秘宝をエルフに引き渡したという情報を公表するか、ヴィットーリオは悩んだ。しかし、結局は見送ることになった。情報に対しての信憑性が確認しきれなかったのだ。
そもそもシャルロットが引き渡したのは自国が管理していたものではなく、アルビオンが管理していた風のルビーと始祖のオルゴールと聞く。しかし、ガリアがアルビオンの始祖の秘宝を接収していたということ自体が憶測にすぎない。信仰心は人により、かなりの差がある。ヴィットーリオが言えば何でも信じてくれる者たちばかりではないのだ。
ともかく、いくら交渉を重ねようとシャルロットが始祖の使命を果たすことはないことだけは確実だ。シャルロットが見ているのは今だけであり、そして全てを与えてくれている神のことを一顧だにしない。そんな者とは並んで歩くことはできない。
ガリアさえ制圧できればトリステインは聖戦への参加を拒むことはできない。他の国が全て参戦を表明すればゲルマニアも参戦を拒めない。ガリアさえ倒せばハルケギニアの全ての人に始祖の福音を与えることができるのだ。だからこそ、負けられない。
そして翌、ユルの曜日、ガリア軍十万は早朝から進軍を開始した。ガリア軍の前衛は中央に黒備えのシバー侯爵の一万七千、右翼に青備えのリョシューン伯爵の一万四千、左翼に白備えのマヤーナ伯爵の一万三千の計四万四千だ。
シバー侯爵はガリア王家の執事とも称されるほど文武に秀でた将。リョシューン伯爵はガリア統一戦争の際には南部で九つの州を制した名将。マヤーナ伯爵もガリア全軍の六分の一にも及ぶ兵力を率いて六分一殿とまで称された優れた将だ。
それに加えて遊撃隊としてビゼーン子爵の七千とアウグスト子爵の六千、ギョーブ子爵の五千が控える。中軍にはシャルロットが黄備えの本軍二万を率いて、後詰めにアルヌルフ伯爵が赤備え一万八千を率いて控えているようだ。
対するロマリア軍は教皇ヴィットーリオが三万を率いてガセキ平原東のモバリーク山に陣を敷いた。前衛はアリエステ修道騎士団の六千、アヴェルーザ修道騎士団の五千、オルビ修道騎士団の五千、ヴェッキオ修道騎士団の四千、アスコーリ修道騎士団の四千、ロヴイル修道騎士団の四千、ティボーリ混成連隊の三千、ヴェットラル混成連隊の三千、ブラローレ混成連隊の三千の計三万七千が務める。
第二陣にはバッソモーリ修道騎士団の四千、オッジャ修道騎士団の四千、ポルデーネ混成連隊の三千、ファーティマ混成連隊の三千、カザルーヴォ混成連隊の三千、コレーニョ混成連隊の三千の計二万。第三陣にはガララーテ修道騎士団の四千、ロンバード混成連隊の三千、リヴォリー混成連隊の三千、スカンディ混成連隊の三千の計一万三千。
都市国家であるロマリアはどうしても一隊の規模は少なくなる。大規模な軍を指揮官と参謀で動かすガリアに対して小回りはきくが、連携には課題が残る。けれど、そこに関してはヴィットーリオは口を出すつもりはない。
自分はあくまで教皇。軍の指揮に関しては修道騎士たちの領分。自分は万能の人間だなどと自惚れるつもりはない。
ヴィットーリオが見守る中、夜明けと共に進軍してくるガリア軍に対して、前衛の指揮官であるアリエステ修道騎士団のカルロの陣から喇叭の音が響く。それを受けてロマリア軍も前進を開始した。
そうして両軍が激突する直前、ツマオ山に陣を敷いていたバヤコワカ侯爵が山を下り始めた。その進む先はガリア軍の右翼のリョシューン伯爵。ロマリアにとっては予定通りの裏切りだ。対するガリア軍はすぐにギョーブ子爵の隊が迎撃に向かい、すぐに軍が崩壊することはなかったが、全軍に動揺が走ったように見えた。
ナングー山のモーリー侯爵は傍観に徹しており、平原内での兵力ではガリア軍十万に対してロマリアは十一万。兵力で優位に立っているのに加えて聖戦の遂行に燃えるロマリア軍は猛烈な勢いでガリア軍の前衛に攻めかかっている。
最初に均衡が崩れたのはガリア軍の右翼側だった。ロマリアに寝返ったバヤコワカ侯爵の率いる一万をギョーブ子爵は五千でよく抑えていたが、ついに耐えきれなくなったのだ。ガリアはそこにアウグスト子爵の六千を向かわせた。
続いてガリア軍左翼のマヤーナ伯爵の軍がアヴェルーザ修道騎士団、アスコーリ修道騎士団、ヴェットラル混成連隊に徐々に押さえ始めた。ガリアはそこに最後の予備戦力であるビゼーン子爵の七千を援軍に向かわせた。
元のマヤーナ伯爵の一万三千にビゼーン子爵の七千が加わったことで今度はロマリアが押され始める。けれど、それもロマリアの第二陣が加わることで手当ては済んだ。
まだシャルロットの本軍二万と、後詰めとしてアルヌルフ伯爵の一万八千が控えているものの、全体的にはロマリア優位だ。それをシャルロットもわかっているのだろう。後詰のアルヌルフ伯爵が前進を開始し、逆に前衛は徐々に後退を始めた。間もなくアリエステ修道騎士団長カルロの陣から飛び立ったペガサスがヴィットーリオの元にやってくる。
「カルロ・クリスティアーノ・トロンボンティーノより教皇聖下にお願いを賜って参上いたしました」
「申してください」
「教皇聖下におかれましては、全軍の士気高揚のために本陣をモバリーク山より前線に移していただきたいとのことです」
カルロが有効だと言うのなら、ヴィットーリオとしては従うのみだ。
「わかりました。どこに向かえばよいでしょう」
「第三陣のガララーテ修道騎士団の本陣跡であれば守りも固く、ちょうど良いと思われると伺っております」
「カルロの願いを聞き届けましょう。そうお伝えください」
そう伝えて使者を返すと、ヴィットーリオはすぐにカルロ指定のガララーテ修道騎士団の本陣跡に移動した。その間にもアヴェルーザ修道騎士団やオルビ修道騎士団から戦果を誇る連絡が届いている。
「これは、切り札を切る必要はなさそうですね」
ヴィットーリオは静かに笑みを浮かべた。