ガリアの魔王と商人聖女   作:孤藤海

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ゲルマニアへの参戦要求

トリステインでの交渉を終えたあたしとジャンは、オストラント号をルイズたちに使わせて、騎獣にてゲルマニア首都ヴィンドボナに向かった。事前に両親を通してガリアの女王シャルロットの使者として訪問すると連絡を取っていたこともあり、到着の翌日には、あたしたちは無事に皇帝アルブレヒト三世の目通りを得ることができた。

 

「皇帝陛下、本日はガリアとゲルマニアの交渉の場を整えていただきましたこと、お礼を申し上げます」

 

「ツェルプストー家の娘、キュルケであったな。して、ガリア王シャルロット殿の使者として参ったと聞いているが、用件はいかに?」

 

「単刀直入に申し上げます。我らガリアと手を組み、ロマリアを滅ぼした後、彼の地を分割統治いたしませんか?」

 

「味方せよと申してくるであろうことは予想していたが、随分と大きく出たな。ガリアは現トリステインの宰相マザリーニを新たな教皇として擁立することを目指しているのではなかったか? 滅亡させた後に分割統治とは随分と喧伝している内容と異なろう」

 

ゲルマニアはハルケギニアでは唯一、始祖の血を引かない皇帝を戴く国だ。それゆえに他国に比べて教皇の影響力は大きくない。そこに目をつけての援軍要請は、おそらく皇帝の頭にもあっただろう。けれど、ガリアがブリミル教の総本山たるロマリアを滅亡させようとしているとまでは考えていなかったようだ。

 

「当初は我らガリアも教皇のみの交代で矛を収めようと考えていました。けれど、ロマリアは我らに徹底抗戦の構えを崩しませんでした。それならば、力でもって制圧することを目指すこともやむを得ないと思いませんか?」

 

「我らであっても、ロマリアを制圧するとなれば動揺する貴族が多かろう。ましてやガリアではなお難しいであろうに、よくぞそのような決断ができたな」

 

「逆に言えばそのような決断も支持されるほどには此度のロマリアは酷いということです。陛下もお聞き及びになっているかと思いますが、ロマリアは大隆起というハルケギニアの一大事を秘匿し、身勝手に他国の王のすげ替えまで企みました。我らの被害などは目もくれずに聖地奪回のみを目指すのは、所詮彼らが為政者でなく坊主であることを示しています。そろそろ坊主に権力を持たせておくという危険を排除しておくべきではありませんか?」

 

「そこまでロマリアをこき下ろすとは、ガリアは本気でロマリアを滅ぼす気のようだな」

 

アルブレヒト三世は改めて驚きの表情を見せる。その姿に、あたしは内心で焦りを覚えていた。はっきり言ってトリステインとの交渉は失敗をしても、多少、戦局が不利になるかもという程度の影響だった。けれど、今回のゲルマニアとの交渉の失敗はガリアにとって大幅な戦略の見直しが迫られる。

 

「陛下、先にもお伝えした通り、ロマリアは虚無を頼りに遠き国に戦争を仕掛けようとしています。もしも我らガリアがロマリアに併合されることになれば、そのときはゲルマニアも聖戦に巻き込まれることは必至です。そのとき、陛下は今のように落ち着いた毎日を過ごすことができるとお思いですか?」

 

「と言うと?」

 

「ゲルマニアは始祖の血を引かぬ国です。そのためハルケギニアの各国からはどうしても下に見られていました。しかし、それは名目的なもので、実力では劣るものではございませんでした。けれど、教皇の手により虚無が復活したとき、果たしてこれまでと同じでいられるでしょうか?」

 

始祖の血という問題は、ゲルマニアではどうすることもできない問題だった。歴史の浅い国ということを差し引いても、軽い扱いをゲルマニアはずっと受け続けていた。ゲルマニアの皇帝ほど、ただ古いだけの国の王が自らの方が偉いと振る舞うことの理不尽さを我慢させられてきた人はいないはずだ。

 

「ロマリアやトリステインを力では凌駕しているからこそ、陛下は形だけと自らを納得させて、時に他のハルケギニアの国の風下に立つ振る舞いも行うことができました。ですが、国の力でも他国に敵わぬとなれば、ゲルマニアは何を誇りにハルケギニアで生きてゆけばよいのでしょうか? 他の国がすべて虚無を持つ者が頂に立ったとき、陛下のゲルマニア統治は影響を受けずにいられるでしょうか?」

 

「だから、ガリアに手を貸せというのか?」

 

「その通りです。虚無を何より神聖なものと考えている教皇ヴィットーリオが統べる世は、ゲルマニアにとって非常に行きにくい世となるでしょう。でしたら、同じ虚無を持たぬ者が統べるガリアと手を組み、虚無を排除することがゲルマニアにとっても望ましい世と言えるのではないでしょうか?」

 

「ぬう……」

 

アルブレヒト三世は迷っている。あと一押しだ。

 

「それに、今ならばロマリア侵攻は非常に容易いものになりますよ。なにせロマリアは全軍でガリアを迎え撃つ構えを取っています。東部に展開されているのは盗賊などに対抗するための僅かな兵のみ。おそらく二万も兵を送れば無人の野を行くが如き快進撃でロマリアの都まで攻め入ることができましょう。そこで得た領土は大隆起で国内が動揺した折に陛下のお力になることと存じます」

 

大隆起はハルケギニアの各国の王にとって非常に頭の痛い問題だ。直轄領が大幅に削られることになれば、王の力が弱体化することになる。かといって諸侯の領土が削られて貴族同士が争うことになることも困る。

 

そんなとき、新しく領土を得ているというのは大変に心強い。王の直轄地として自らの力を高めて、その力を生かして国を統治することも、新たに得た領土を貴族たちに下賜することで求心力を高めるのこともできる。

 

「陛下、今を除いては、容易に広大な領地を得られるという好機は、二度と訪れるものではございませんよ」

 

虚無を至上のものとする大国が出現することを防ぐことも、容易に領土を得ることができるのも今を置いてない。それはアルブレヒト三世にも理解できるはずだ。

 

「わかった。我らゲルマニアはガリアとともにロマリアに侵攻をすることとしよう」

 

「ご決心いただけたこと、我らの王に代わってお礼を申し上げます」

 

「我らは我らの都合で動くのだ。礼など不要」

 

「それでも結果として、わたくしたちの助けとなるのですから、お礼だけは言わせてくださいませ」

 

その後は具体的な出兵の日程について話を行う。ゲルマニア軍が国境を超える日付に合わせてガリアはロマリアとの決戦に臨むことになるためだ。結果、ヘイムダルの週のユルの曜日にロマリア領内に進攻を始めることに決まった。

 

それからゲルマニアは急ピッチで出兵の準備に取り掛かった。情報漏洩を防ぐため多くの諸侯に参陣を促すことはできない。侵攻軍は皇帝の親衛軍を中心に編成される。そのため侵攻軍の兵力は三万に過ぎない。それでも最低限の守備兵しか置いていないロマリア東部の都市を落とすことくらいなら造作もない。

 

そして、その防備の弱い都市を落とされるのがロマリアにとっては致命傷になる。ガリアと違い、ロマリアは都市国家の性質が強い。死を恐れぬとされている聖戦に参加している戦士たちであれど、故郷を失うという恐怖は、また別物だ。自らの街が危険に晒されていると知ったとき、なお教皇の陣に留まる者がどれだけいるか。

 

東部の諸都市の兵たちが撤退を開始すれば、参陣している西部の諸都市の兵たちも不安になる。自分たちだけが戦うという貧乏籤を引きたくないというのは誰もが同じだ。

 

そうして迎えたヘイムダルの週の虚無の曜日、翌日の侵攻開始を前に国境付近の街にてゲルマニア軍は休息を取った。そこであたしたちは皇帝に帰国の挨拶をして、ジャンと一緒に騎獣で飛び立つ。

 

ここにきてゲルマニアが侵攻を思い留まるということは考えにくい。それならば、一刻も早くタバサの元に戻りたい。なぜだか妙に胸騒ぎがしたのだ。

 

「無事でいてよ、タバサ」

 

そう呟いて、あたしは騎獣に精神力を流し込んだ。

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