火竜山脈を飛び立ったわたしたちは、イザベラ配下の北薔薇花壇騎士のオルドナンツから伝えられたガリア軍の現在地へと急行した。けれど、その場所にはガリア軍の姿はおろかロマリア軍の姿もなかった。
「もしや予想外の大敗を喫し、総崩れとなったということでしょうか?」
「いえ、それならば、その報告が届いているはずです」
わたしが漏らした一言をイザベラが即座に否定する。確かに事態が悪化したならば、その報告がなされているはずだ。ならば、事実は逆で、予想外に事態が好転したが、そのために忙しくなって報告が後回しになっているということだろうか。そう考えていたところに白い鳥が飛来してきた。
オルドナンツが伝えてきた内容は、直前にわたしが予想したとおり。キュルケが見事に策を成し遂げ、ゲルマニアがロマリアの国境を超えるとともにロマリアに宣戦布告。それによりロマリアは総崩れになってガリアはそこを追撃中だということだった。
「わたくしたちが向かう必要はなくなりましたが、イザベラ様、どういたしましょう?」
「もしもご迷惑でなければ、せっかくここまで来たのですから、シャルロット様に戦勝のお祝いを申し上げたいと思います。それに、此度の戦勝で大隆起に対する方針にも何らかの変化があるかもしれませんから」
「両軍ともに歩兵が多いですから、騎獣ならすぐに追いつけます。それに、いくら勝ち戦といえども、直前までは押されていたわけですから、負傷者も多いはずです。わたくしもお役に立てると存じますので、支援に向かうことにいたしましょう」
イザベラと相談した結果、わたしたちは予定通りタバサに合流することにした。そうしてガリア軍を追いかけ、その最後尾、それから少しして黄色の旗を掲げたタバサの率いる軍が見えてきたところで上空で激しく戦う影があるのに気が付いた。
一方はタバサの護衛騎士のカステルモール。そして、もう一人は……。
「あれは……まさかワルドですか!?」
「その方はローゼマイン様が知っている方なのですか?」
最初に召喚されたときには同行していなかったレオノーレの質問には、騎獣の後部座席にいるリーゼレータが説明をしてくれた。その中で、マティアスとラウレンツだけでなく、ハルトムートやクラリッサにサガミールでともに戦った平賀も力を合わせて撃退したという話をしたことで、レオノーレも油断がならない相手だと認識したようだ。いつでもわたしの騎獣から飛び出せるよう自らの騎獣の魔石を手に握りしめる。
「それにしても、あの竜の動きは凄まじいですね」
タバサのシルフィードを始め、風竜はそれなりの数を目にしてきた。けれど、あれほどの鋭い動きを行える竜は見たことがない。と、そこで一つの嫌な可能性に思い当たる。使い魔が高みに上がると、再召喚が可能になる。ということは、ジュリオが処刑されたことで教皇はヴィンダールヴが再召喚が可能になったということだ。もしもスクウェアメイジであるワルドがヴィンダールヴとなれば、それはかなり拙いのではないだろうか。
二人の争いを横目に、わたしたちは急いでタバサの元に駆けつける。わたしたちに気が付いたタバサだったけど、軽く驚きを見せた後はすぐに視線はカステルモールに戻った。あるいはハルトムートあたりなら失礼だと憤慨するかも、とも思ったけど、さすがにそれほど空気が読めない行動はしなかった。
タバサと一緒に見つめる先、相変わらずカステルモールは劣勢を強いられている。タバサの護衛騎士たちが一様に加勢に向かいたそうな姿を見せているけど、二人の攻防があまりにレベルが高く、割って入るのは難しいようだ。
そして、ついにカステルモールがワルドの軍杖によって貫かれる。その直後、上空で眩い閃光が走った。光に焼かれていた目が視力を取り戻したとき、そこにはカステルモールの姿もワルドの姿もなかった。
「シャルロット様、カステルモールは……」
「ローゼマイン様、キュルケ様です」
わたしが尋ねようとしたところで、レオノーレから声をかけられた。見ると、こちらに向けてキュルケとコルベールの騎獣が飛んできていた。どうやら、ゲルマニア軍の出発を見届けた後はタバサとの合流を目指したようだ。わたしたちがいることに少し驚きの表情を見せたけど、それに触れることすらなく、騎獣から降りるなり、キュルケは飛びつくようにしてタバサに聞く。
「シャルロット、さっきの光は何なの!? なんだかジョゼフが使った火石に似ていたように見えたけど!?」
「キュルケの予想であってる。あれは火石の光。カステルモールはいざという時には刺し違えても相手を倒すと、自分の精神力でも砕ける大きさの火石の破片をペンダントの中に入れて持ち歩いていた。おそらく、最後の力を使ってそれを砕いた」
それはワルドを道連れに自爆をしたということだろうか。
「そんな! 他に方法はなかったのかよ……」
堪らずそう漏らしたのは平賀だ。ワルドには平賀の方こそ多大な因縁があった。今回は空中戦ということでカステルモールの戦いを見守ることしかできなかったのだろう。平賀の表情には、その無念さが滲み出ている。
「カステルモールとて、本当に使うつもりはなかったと思う。自分よりも強い者は、そうはいない。あくまでもお守りだと言っていたのに……。いや、わたしがワルドを見つけて飛び出そうとしたカステルモールを止めて、他の護衛騎士たちと一緒にシルフィードで参戦していれば……」
「シャルロット様、今のシャルロット様は守られることが仕事です。一緒に戦うというのは、逆に護衛騎士たちの負担になりますよ」
タバサはわたしのように弱くない。或いは加勢するのも有効かもしれないと思いつつも、今は心の負担を軽減するためにタバサの言を否定する。わたしの言葉を聞いたタバサは薄く目を閉じて深呼吸をする。そうして再び目を開いたときには、強い光を宿していた。
「ロマリア軍への追撃を再開する! 皆の者、カステルモールの死を無駄にするな!」
上空での激しい戦いに足を止めていたガリア軍が、敗走するロマリア軍への追撃を開始した。それを見届け、タバサが言う。
「わたしは少し休みたい」
カステルモールは、サガミール以来の一番の腹心だった。そのカステルモールを失ったのだから、タバサの心労は大きいだろう。
「シャルロット様、休憩なさるのでしたら、わたくしの騎獣を使いますか? 窓を閉めれば外を気にせずお休みになることができますよ」
タバサは火竜山脈での採取などの際にわたしの騎獣に泊まったことがある。
「ありがとう、お願いしても……」
「お待ちください、ローゼマイン様!」
そう叫んだのはアンゲリカだった。これが他の者だったら、外聞的な何かによる進言かと思ったことだろう。けれど、ことアンゲリカに限っては、そのような理由で口を挟んでくることはない。
アンゲリカが声をあげるとき。それは何かしらの危険を感じ取ったときだ。他の側近の皆も同じように感じ取ったのか、一斉に警戒態勢を取る。
「アンゲリカ、何があったのですか?」
「明確に何とは言えないのですが、どうにも嫌な感じがするのです」
ルイズのイリュージョンのような姿を隠す魔法だろうか。詳細はわからないけど、隠蔽の魔法が使われているのならば、方法はあるかもしれない。
「光の女神の眷属たる助言の女神アンハルトゥングよ。隠蔽の神フェアベルッケンに隠されし者を示し給え」
光の魔法陣が上空へ上がっていき、地面へと降りてくる。そこには一見すると、何もないように見えた。けれど、そこには何かがあるはずだ。
わたしは薄くした魔力を魔法陣が示した場所へと伸ばしてみる。幸いなことに、今はわたしたちやキュルケ、コルベールにルイズと平賀の他にはタバサの護衛騎士たちくらいしかいない。そして誰も魔法は使用していない。不自然に魔力を感じたら、それが原因だ。
思い切って魔力を伸ばしていると、魔法陣が示した地面の下に妙な感覚があった。どうやら敵は地中に潜んでいるようだ。
「皆、敵は地中です!」
わたしの言葉と同時に、地面の下から四人の男女が飛び出してきた。
「もう少し気付かれずに近づけるかと思ったんだけどね。彼女がシャルロット様に協力していると聞く異国の王族かな」
そう言いながら肩を竦めるのは、十歳ほどにしか見えない少年だ。他は大柄な男と、少年と少女。成人ばかりのタバサの護衛騎士たちに比べると随分と幼いが、わたしたちに臆した様子は見られない。
「あれは、元素の兄弟!」
「知っているのですか、イザベラ様」
「姿を消していた元北薔薇花壇騎士の者です。汚れ仕事に関しては一度も失敗したことがない手練れの騎士たちです」
このタイミングで現れるのだ。帰参を願ってのものではないだろう。一難去ったところでまた一難。ワルドに続いての刺客に、わたしの護衛騎士たちだけでなく、タバサの護衛騎士たちが警戒を強めた。