ゲルマニアの宣戦布告と、それに動揺した東部を拠点とした部隊の撤退によるガセキ平原での敗北により、ヴィットーリオは窮地に陥っていた。なんとかロマリア皇国連合の中心、“宗教庁”へと戻ることができたが、兵の数は半分以下に減った。敗北以上にゲルマニアの侵攻を聞いて、自分たちの街に戻ってしまった部隊が多いことが影響したものだ。
「カルロ、状況を教えてください」
敗戦の後の撤退の中だ。当然ながら身なりを整えることさえ難しかった。けれども、宗教庁に戻ったからには、いつまでもそのような姿でいるわけにはいかない。余計に皆の不安を煽ることになるためだ。そのため実利はないと知りつつ、ヴィットーリオはまずは身なりを整えてからカルロに質問した。
「ガセキ平原でのガリア軍の追撃によって、ヴェッキオ修道騎士団、ティボーリ混成連隊、ブラローレ混成連隊が壊滅。アヴェルーザ修道騎士団、オッジャ修道騎士団、ガララーテ修道騎士団、ヴェットラル混成連隊、カザルーヴォ混成連隊、ロンバード混成連隊はそれぞれの街に撤退。そして……」
「カルロ、細かな各隊の状況の報告は不要です。わたくしの手元に残った兵はいかほどになりますか?」
「聖下の親衛軍が二万、わたくしのアリエステ修道騎士団が五千、バッソモーリ修道騎士団が三千、コレーニョ混成連隊が二千、スカンディ混成連隊が二千、リヴォリー混成連隊が二千で、計三万四千です」
十万いた兵が三分の一に減っている。西のガリア軍は未だ十万を超える大軍、加えて東にはゲルマニアがいる。ヴィットーリオが檄を飛ばせば民兵を募ることができることはできるだろうが、それでも五万が限界だろう。
民兵を加えても兵力はガリアの半分。しかも、その民兵たちとガリアの正規軍とでは戦闘力は比べるべくもない。加えてヴィンダールヴのワルドも失った。今のままではロマリア側の戦力不足は否めない。
「わたくしはこれより、ヴィンダールヴを召喚します。わたくしたちが、この戦いに勝利するには何としても強い力を持つヴィンダールヴが必要です」
ワルドの母は、大隆起の件を知っていた。いや、知ってしまった。それゆえに事実に耐え切れずに心を壊してしまった。その母の様子を知っていたワルドは、“聖地”には大隆起を防ぐための始祖の残した魔法装置があり、何としてもそこを目指す必要があるという偽りを簡単に信じた。そうして、それに命を懸けてくれた。
ジュリオにしても、ワルドにしても非凡な才の持ち主だった。けれど、すべての使い魔がそうであるとは限らない。ヴィンダールヴは幻獣を上手く扱えるようになるだけで、戦闘力をあげる効果はそれほどないのだ。
「わたくしたちは、何としても始祖から課された使命を果たさねばなりません。それこそがハルケギニアの民を救う唯一の道です。大義を果たすためには、小を切らねばならぬこともあります。カルロ、この言葉の意味がわかりますね」
ヴィットーリオの言葉に、カルロが静かに頷いた。
「よろしい。それでは、始めましょう」
すでに三度目となるサモン・サーヴァントの魔法をヴィットーリオは唱える。詠唱が終わると、ヴィットーリオの前には、すでに見慣れた鏡が現れた。
現れたのは、ヴィットーリオもよく知る少女だった。その少女はヴィットーリオの命ならば疑うことなく従ってくれる。忠誠心という面では全く問題がない。
「ミケラ、あなたでしたか。あなたのわたくしに対する忠誠は疑いようがないものです」
そこまで言ったヴィットーリオは、ちらりとカルロの方を見た。カルロはわかっていることを示すように静かに頷いた。
「けれど、あなたではヴィンダールヴは少し荷が勝ちすぎというものでしょう。あなたではトライアングルクラス以上のメイジが複数護衛に付いたシャルロットに近づくことすら難しいでしょう」
ヴィットーリオがそこまで言ったとき、カルロがブレイドを纏わせた軍杖でミケラの胸を貫いた。サモン・サーヴァントは使い魔が死なない限り再召喚はできない。だから、呼び出した使い魔が力不足な場合は、その使い魔を処分するしかないのだ。
「ヴィンダールヴとして呼び出されなければ、ミケラが死ぬこともなかったのに。始祖もむごいことをなさいますな」
「カルロ、ヴィンダールヴを選んだのは始祖かもしれませんが、ミケラを大義のための犠牲にすると決めたのはわたくしです。そこは受け止めなければなりませんよ」
「はっ、申し訳ございませんでした」
頭を下げるカルロを責める資格はヴィットーリオにはない。使い魔が力不足だった場合に殺害を命じたのはヴィットーリオだ。ミケラを殺したことも、ジュリオを失ったことも、ワルドを死なせた責任も、すべてヴィットーリオが負うべきものだ。
これまでの戦いで、もっとロマリアが優位に立てていれば、このような無茶な方法で力のある使い魔を選ぶ必要もなかった。それは、大隆起というハルケギニアに混乱を齎す情報をガリアが手にし、更にそれを公表することを読めなかったヴィットーリオの失策だ。加えて、始祖の血を引かぬゲルマニアの劣等感を読み切れなかったことも。
この数か月間、ヴィットーリオは多くの過ちを犯した。その結果、多くの人を死に追いやることになってしまった。けれど、それでも過ぎた過去の過ちを悔いて己の足を止めることはできない。
このまま大隆起が進めば、ハルケギニアには戦乱の嵐が吹き荒れることになる。強い国、強い者が弱い国、弱い者からすべてを奪う。そのような地獄のような世が訪れることだろう。それを防ぐためには、聖地を取り戻す以外に道はない。
けれど、ガリア王シャルロットはその気はないようだ。シャルロットは力でガリアの王位を奪い取った人間。ガリアの力を頼みに弱者を踏みにじることに何の躊躇いも持たない者なのだろう。それは、これまでのガリアの戦い方でも感じ取れる。
「ジョゼフが危険な人間であったことは間違いがありません。ですが、代わりに王位に就けた者が同じような危険性を秘めた者だとは……わたくしの判断ミスですね」
ジョゼフもシャルロットも、どちらも殺しておかねばならかなったのだ。その性質を読み切って、両者を倒せる手を打っておけば。それが悔やまれてならない。
「けれど、その後悔の反省を行うことも今ではありませんね。今はとにかくハルケギニアを救うために、何としてもこの戦いに勝利せねば」
トリステインのルイズも、アルビオンのティファニアも始祖を軽んじるシャルロットに付いた。そして、新たなガリアの虚無の担い手は不明のまま。ブリミルが使命を託した者たちの中で、命を果たそうとしているのはヴィットーリオだけだ。
何としても、わたくしが始祖ブリミルの使命を果たす。そして、ハルケギニアを平和に導いて見せる。
決意を新たにサモン・サーヴァントを唱える。詠唱が終わると同時に、ヴィットーリオの背後から感嘆の声が上がった。背後に立ったカルロの目の前には光り輝く鏡がある。それはカルロがヴィットーリオの使い魔に選ばれた証だった。
「カルロは神の教えをよく理解しているだけでなく、トライアングルクラスのメイジです。そして、ペガサスの扱いにも長けている。わたくしにとって、これ以上ない使い魔ですね。さあ、カルロ、その鏡を潜ってわたくしとともに伝説を紡いでください」
その言葉はヴィットーリオの本心だった。カルロならば、能力の面でも忠誠心の面でも、ヴィンダールヴとして申し分ない。カルロが恭しく礼をしてから鏡を潜り、ヴィットーリオの前へと現れる。
「始祖ブリミルよ、あなたを敬わぬ者たちを討ち、あなたの悲願を果たすための力をこの者に与えてください」
ヴィットーリオは真摯に始祖に祈りながらカルロにヴィンダールヴの力を与えた。