ゲルマニア軍の宣戦布告に合わせて逆襲に転じたガリア軍がロマリアに勝利したのを見届けて、わたしたちは再び大隆起が発生した火竜山脈の調査に戻った。タバサの危機ということで思わず飛び出したけれど、本来ならハルケギニアの勢力争いに、わたしたちは関わるべきではないのだ。
わたしたちが行うべきなのはハルケギニアの人々が少しでも多く生き残るための手助け。そちらに全力を注ぐつもりで火竜山脈に騎獣を降ろした。そこにはイザベラに代わって現地入りしていた内務卿のモルガンと一緒に、懐かしい人が待っていた。
「……久しぶりですね、ローゼマイン様?」
「エレオノール様、時の女神ドレッファングーアの糸は交わり、こうしてお目見えすることが叶いましたことを嬉しく存じます」
久しぶりに会ったルイズの姉、エレオノールはわたしの姿を見て驚きを隠せない様子だ。最近は以前のわたしの姿しか知らない人もだいぶ減ってきたので、久しぶりの反応だ。
「エレオノール様はトリステインのアカデミーの“土”の首席研究員を務めており、地中に眠る“風石”の鉱脈を捜す魔法装置を開発されたのです」
モルガンの紹介によると、エレオノールが開発したのはミミズに似た装置だった。先端から土を取り込み、後ろから排出する仕組みらしい。
「こちらの装置は、通常の品から大幅に性能を上げた特注品で、ほぼ一リーグの深さまで掘り進んで“風石”を探ることができるのです」
「その代わり、何人ものメイジが、絶えず“遠隔操作”の呪文を唱え続ける必要があるのですけどね」
モルガンの褒め言葉にエレオノールは面映ゆそうな表情を見せていた。エレオノールは意外と褒め言葉には弱いのかもしれない。
「トリステインはメイジの比率は高い国だけど、人口ではガリアとは比べ物にならないですから。ガリアは優秀なメイジが多いから、わたしとしても勉強になります」
事前のロマリアの調査で、この火竜山脈の地下には、まだ多くの“風石”が眠っていることがわかっていると聞いている。技術の改良という面では有無がわからない場所よりも、あるとわかっている場所の方が向いている。今はガリアのアカデミーも協力して魔法装置の改良に励んでいるということだ。
「魔法装置で調査を行った結果は出ているのですか?」
「結果は出たわ。残念ながら、悪い方でね」
「どのような結果だったのですか?」
「巨大な“風石”の鉱脈は見つかったわ。地中八百メイルの地点でね」
ハルケギニアの一メイルは、ほぼ地球の一メートルだったはずだ。それで、マチルダが悪い結果と言った理由がよくわかった。地中八百メートル地点まで穴を掘るだけでも困難なことなのに、それに加えて“風石”の搬出が可能なだけの坑道を作るということは、いくら土メイジがいるハルケギニアでも不可能に近いのだろう。
「空の魔石に魔力を移すということは難しいことは実験済だし、他に魔力を効率的に吸い出す方法となると……」
何となく呟いてみた言葉だったけど、魔力を吸い出すという言葉で思い浮かんだ光景があった。それは、旧アーレンスバッハの貴族が黒の呪文を使ってエーレンフェストから魔力を奪っていた光景だ。
けれど、黒の呪文はユルゲンシュミットでも危険だという理由で特定の領地しか使用を許されていなかった。そして、わたしは実際にその危険性をこの目で見た。けれど、風石から魔力を奪うという点においては、危険だからと頭から否定してしまうには魅力的すぎる方法だった。
「黒の呪文は無理でも闇の神の祝福を与える祝詞なら……。それなら魔力は神々に奉納されるだけだから、他領からの略奪などには使われないし……」
わたしはコルネリウス、レオノーレ、ハルトムートとクラリッサの四人を集めて思いついた方法を伝えてみた。
「ひとまず、有効かどうか試してみられてはいかがですか?」
ハルトムートの言うことはもっともだ。闇の神の祝詞を伝えてよいかは簡単に答えが出せない一方、風石に対して効果があるかは騎獣で飛んでいけば簡単に確認ができる。ならば簡単に済む方から確かめてみればいい。
「それでは黒の呪文を知っているエックハルト、コルネリウス、アンゲリカ、マティアス、ラウレンツの五人はわたくしと来てくださいませ」
「ローゼマイン様、なぜ私は連れていってくださらないのでしょう?」
「黒の呪文が一部の領地にしか使用を許可されていないように、闇の神の祝詞もあまり多くの人には伝えない方が良いと判断したからです。ハルトムートは騎士ではないので、今回は控えてくださいませ」
わたしはそう伝えたのだけど、結局は結果を観察して記録する者が必要だということで、祝詞が聞こえない距離まで同行することになってしまった。本当にハルトムートは口が上手くて困る。
浮遊した火竜山脈の一部は、前よりは離れたとはいえ、未だ視認範囲にある。わたしはそこまで飛んで闇の神の祝詞を唱える。
「高く亭亭たる大空を司る、最高神たる闇の神よ。世界を作りし、万物の父よ。我の祈りを聞き届け、聖なる力を与え給え。魔から力を奪い取る御身の祝福を我が武器に。御身に捧ぐは全ての魔力。輪から外れし魔を払う、御身が御加護を賜らん。この地にある命に一時の安らぎを与え給え」
護衛騎士の皆にも復唱をしてもらって、黒の武器に変えてもらう。まずはそれで風石を切りつけてもらうと、切りつけた場所の風石は、くすんだ色に変わった。
「レオノーレ、手持ちの魔石の中で最も大きな石を当てて魔力を移してみて、どの程度まで染まるか試してくださいませ」
レオノーレが試してみたが、くすんだ色となった場所からは、ほとんど魔力を移すことはできなかった。これで闇の神の祝詞が風石に有効だということは確認できた。次の問題は闇の神の祝詞をハルケギニアに教えることができるかどうかだ。わたしは一度、側近たちの元に戻って、全員に相談をすることにした。
「ユルゲンシュミットのように、闇の神の祝詞を改良して黒の呪文を作り出す可能性はないだろうか?」
そう言って、まずは懸念を示したのはコルネリウスだ。
「そもそも誰がどのように闇の神の祝詞を黒の呪文へと改変したのかは、わたくしにもわかりません。ですので可能性を否定することはできませんが、わたくしでも思いつかないような闇の神の祝詞の改変をこのハルケギニアの皆が、簡単にできるとは思えません」
「ハルトムートとクラリッサはどう思いますか?」
レオノーレはハルケギニアで過ごした期間が短い。ハルケギニアの皆が祝詞の変更を行える可能性があるのかの判断がつかないのだろう。
「私が知る限り、最も可能性が高いのはコルベール様ですね。ですが、彼ならば理由を説明すれば改変の可能性を低下させることができるでしょう。問題は、彼と同程度の知識を持つ者がどれくらいいるか、ですね」
「コルベール先生は、ハルケギニアでも稀に見る研究者だと思いますよ。それは他の先生方からの評価でハルトムートも知っているでしょう?」
「では、そういうことです」
つまりは、黒の祝詞から黒の呪文を作り出される可能性は限りなく低いということだ。
「コルネリウスの懸念はわかりますが、ハルケギニアの皆を救うため、わたくしは黒の祝詞を教えたいと思います」
「わかった。けれど、教える相手はくれぐれも限定してくれ」
闇の神の祝詞を使えば、わたしの風の盾も突破することが可能になる。コルネリウスが危惧するのは当然のことだ。
「わかっています。タバサたちに教えるのは、わたくしたちがハルケギニアを離れるときとすることにしましょう」
いくら闇の神の祝詞を伝えたところで、風石が巨大であれば力を大幅に削ることは容易なことではないし、地中深くにある場合はたどり着くことが難関となる。それ以前に、各地に埋没している風石を探り当てるというのが難しい。
これから先、ハルケギニアからは多くの土地が失われることになる。追い詰められたとき、ユルゲンシュミットの土地は魅力的に映るようになる可能性は捨てきれない。これから先、簡単にハルケギニアを訪れるのは控えた方がいいかもしれない。
けれど、それならそれでいい。もう訪れることができなくとも、わたしに良くしてくれた人たちには幸せになってほしい。そのためにできるだけのことを残してあげたい。また身内認定した者に甘いと言われるかもしれないけど、わたしはそう考えてしまうのだ。