ロマリア軍を打ち破り、宗教庁を包囲したシャルロットは改めてロマリア連合皇国に対して現教皇ヴィットーリオの身柄を引き渡した上での無条件降伏を求めた。今回は最後通牒として、拒否をした場合は、ブリミル教に関するすべての権限をロマリアから剥奪すると脅した。
自らを“聖なる国”などと呼称してはいるが、一部には腐敗した貴族もとい聖職者がいるのは他国と変わらない。すべての権限が奪い取られると聞けば、ヴィットーリオの身柄など喜んで差し出す者も少なくない。加えて、ヴィットーリオに対する忠誠心や信仰心が高い者は、すでに一連の戦いの中で戦死している。その考えのとおり、降伏する旨の返答があり、ほどなく縄で縛られたヴィットーリオが門から姿を見せた。
「教皇聖下、ようやくお目にかかることができましたな」
「異教に染まりし王よ、わたくしの懸念したとおり、ブリミル教徒同士を争わせ、始祖を蔑ろにできて満足ですか?」
「何を言っておられるのかわかりませんね。わたしはただ教皇聖下の夢想に付き合わされた挙句、滅びの道を進むことを防いだだけですが?」
「始祖の御心を理解せぬ者に何を言っても無駄なようですね」
「現実が見えぬ者には何を言っても無駄なようですね」
わかっていたことだが、ヴィットーリオとは優先するものが違いすぎる。けれど、違うように見えて実はヴィットーリオと自分とは、自らの優先するもの以外のためならば他を捨てられるという点で近いことは、シャルロットも自覚していた。
最も違うのはサイトの故郷との戦いに勝てるか勝てないか。もっと言えば復活した虚無の力に対する評価の違いにすぎない。
始祖を過剰に神聖視しているヴィットーリオは虚無があれば何もかも解決すると考えている節がある。虚無があればサイトとの故郷にも勝てる。虚無があれば単に姿が似ただけのジョゼットでも国を治められる。そんなふうに考えている。
けれど、シャルロットはガリア統一戦争の中で虚無が確かに強力であること以上に、虚無があろうと、それだけで物事が決まるわけではないと理解した。同時に、そのような歪んだ考えを持つ者が現れるという虚無の危険性も認識した。
虚無は本人の政治的資質に関係なく得ることができる。けれども、虚無に夢を見る者はそうは考えず、虚無を持つ者ならばすべてが解決すると考えてしまう。
ロマリアを降して宗教庁に入ったシャルロットはヴィットーリオを監禁し、教皇の地位から解任した。同時にマザリーニを教皇の地位に就け、ヴィットーリオに対する忠誠心の高かった地方の司教たちを解任させた。
とはいえ、それだけですべてのブリミル教徒がガリアに従順になるわけではない。現時点ではロマリアの中でも元教皇のヴィットーリオをあくまで崇める者と、力を持ったガリアに恭順をしている者が混じっている。そのような状況を鑑みて、シャルロットはすべての異端審問権を一時的に停止すると宣言した。
教派の異なる者たちがいる状況での異端審問は誰でも避けたい。この宣言は概ね好意的に受け取られた。
けれど、無論、シャルロットは単に民のためだけにこの政策を行ったのではない。異端審問権を停止したのは、国家の意志によらない刑罰を停止すること、そして宗教勢力の政治力を弱めることも目的としている。
その他にも、シャルロットは矢継ぎ早に宗教庁の改革を行った。そうなれば、必然的に従前の勢力からは反発も出る。けれど、その反発は最小限のものだった。ヴィットーリオの統治に強く共感するものたちは、多くが教皇を守るために散っていたためだ。
ちなみにシャルロットが宗教庁改革を行っている間、ヴィットーリオはティファニアの魔法により呪文を忘却した上で監禁をしておいた。元素の兄弟の生き残り二人による奪還も警戒していたが、そこまでの義理はないのか現れなかった。
そして、今日はついにヴィットーリオの処遇を行う日だ。ヴィットーリオは久しぶりに暗い地下の牢から出されてシャルロットの前に引き出されてきた。
「教皇聖下、逃亡を防ぐためとはいえ、不自由な生活を送らせて申し訳なく思います」
「よくぞ、そのような心にもないことを言えますね」
「心にもないことを言うというのは聖下がお得意とされていたことではありませんか」
「わたくしはハルケギニアのためという根幹に関しては一度たりとも偽りを言ったことはございません」
「その程度でよいのでしたら、わたしとてガリアの民たちのためという根幹に対しては偽りを申したことはございませんとも」
シャルロットを睨みつけてくるヴィットーリオは、眼光こそ以前のままであるが、体は痩せ衰え、自らの足では歩くことさえできていない。
「教皇聖下の処遇についてですが、こちらの者に引き渡すこととなりました」
シャルロットの言葉と同時に、隣に控えさせていたローブを纏った人物がフードを取る。現れたのは長い耳。エルフのビダーシャルだった。
「ついに異教徒と手を結んでいることを隠さなくなりましたか」
「普段は隠していますよ。けれど、ご自身の身柄を引き受ける者が誰であるかくらい、お知りになりたいでしょう?」
「わたくしの身柄をエルフに引き渡してどうするつもりですか?」
「エルフは虚無の復活を望んでいないようなのです。教皇聖下の身柄を抑えておけば、聖下がお亡くなりになるまでは、エルフは虚無の復活を確実に阻止ができる。ソワッソン、聖下を死なせるな!」
狙いを話す以上、一番警戒をすべきは自害されることだ。もう話ができなくなることは惜しくはあるが、まずは自害を防ぐために布を噛ませる。
「聖下の身柄はエルフの手に預けられます。また、火のルビーについても同様です。これで将来に渡ってエルフは虚無の復活を防ぐことができる」
ヴィットーリオは、憎悪に満ちた瞳で見つめてくるが、そんなことでは響かない。この教皇の余計な手出しで、シャルロットは多くの者を失ったのだから。
「本当によいのだな?」
「構わない」
ビダーシャルの問いにシャルロットは頷き返す。これからビダーシャルの手により調合された秘薬によってヴィットーリオの心は消される。同じことはティファニアの魔法により行うこともできた。しかし、カルロの記憶を完全に消したのにに対し、ヴィットーリオは魔法に関する記憶のみを消させた。それはエルフのティファニアに対する警戒心を高めないためだ。
ビダーシャルが魔法で体の自由を奪ったヴィットーリオに薬を飲ませる。少し苦し気な姿を見せたヴィットーリオだったが、少し後には安らかな顔で眠りについた。
「では、この者の身柄はいただいていくぞ。見返りは乾燥に強い植物の種子とその生育に関する知識の伝授で間違いないな?」
「ええ、それで構わない」
これから大隆起が起これば、これまでのように水が手に入らぬ場所は多くなる。そのような場所に住むものが、これまで通りの作物を植えることを望めば、水を求めて熾烈な争いが起こることになりかねない。
そのためには、事前に水の量が減っても命を繋ぐことはできることを示し、実感もしてもらうことが必要になる。まずは、これまで作物が育たなかった場所でも収穫が可能な作物を、乾燥地帯に住むエルフから手に入れる。
「それにしても、ブリミルとやらはお前たちにとって重要なのではなかったか?」
「あなたは大体、想像がついているのではないか? わたしの統治に始祖ブリミルは不要。ガリアの地は神ではなく人の手によって統治を為す」
虚無にしても神にしても、これまでシャルロットの何の助けにもならなかった。厳密に言えば虚無には随分と世話になっているが、それはルイズとティファニアの二人との個人的な繋がりの世話になっているだけだ。確率で言えばジョゼフ、ジョゼット、ヴィットーリオと三人が敵に回った虚無は、シャルロットにとって何の頼みにもならない。
シャルロットは虚無の復活の可能性を限りなく下げ、代償としてエルフとの協力関係を築いた。次はハルケギニアに大きく根を張るブリミル教の力を削ぐ。
その目標に向けてシャルロットは歩み始めた。