教皇ヴィットーリオをエルフに引き渡してマザリーニを新教皇に据えたタバサが帰国するのを待ち、わたしはガリア首脳部に闇の神の祝詞を開示した。それを使えば効率的に風石の魔力を減少させることができると聞いて、タバサたちは俄かに浮き立っていた。
「それを使えば、生き延びられる人が大幅に増えるかもしれない」
「けれど、祝詞を唱えた後で風石に触れないと大きな効果は得られません。風石は地中深くに眠っていることが多いようですので、魔力を減少させるにしても簡単なことではありませんよ」
「致命的な場所の隆起を防げるだけでも、効果は大きい」
大きな町の地下や重要な穀倉地帯を潤す河川がある場所など、重要箇所の喪失を防止することができれば、養える民の数は大きく増える。わたしたちも、それは把握しているためにユルゲンシュミットにとっては、ややマイナスの闇の神の祝詞を教えることを選んだ。
「ところで、ローゼマインたちにとっては風石はあると助かるものであるということは変わらない?」
「ええ、風石はいわば魔力の塊のようなもの。あれば、ユルゲンシュミットにとっては助かります」
「ならば、採掘した風石と食料とで交易をしてほしい」
「比率にもよりますが、そのお話でしたらお受けできると存じます」
風石があれば、効率的に祈念式を執り行うことができる。それで収穫量が増加した分の農作物の一部をハルケギニアに譲るのは、双方にとって利のある取引だ。
「詳しい話はモルガンやジェローム、ブリジットも交えて話すとして、まずは闇の神の祝詞というものを試してみることはできる?」
「ええ、可能です。地中の風石は接近が難しいので、最初に空に浮かんだ火竜山脈の一部ではいかかでしょう?」
「それでいい。わたしの護衛騎士で騎獣を持っている者を中心に遠征組を編成する」
タバサはすぐに周囲の護衛騎士と話をして、クリステル、ソワッソンとフランソワの三人を護衛に選んだ。他に騎獣を持っているということでマチルダをも同行メンバーの一人だ。ガリアの上空からトリステインに向かって移動している大地にわたしたちは向かう。
「皆様、武器を手にした状態で復唱をしてくださいませ」
わたしの声にタバサの護衛騎士たちが軍杖を引き抜く。
「高く亭亭たる大空を司る、最高神たる闇の神よ。世界を作りし、万物の父よ。我の祈りを聞き届け、聖なる力を与え給え」
祝詞自体はハルトムートが木札にしたためて全員に配布している。けれど、わたしの祝詞の調子を聞き逃さないようにしながら、復唱をしている。民の命がかかっているため、皆が本当に真剣だ。
「魔から力を奪い取る御身の祝福を我が武器に。御身に捧ぐは全ての魔力。輪から外れし魔を払う、御身が御加護を賜らん。この地にある命に一時の安らぎを与え給え」
祝詞を唱え終えると、それぞれが手にしている杖が黒く変色した。元から愛用の杖が大型のタバサや軍杖を使う護衛騎士たちはともかく、手持ちの杖が小型のマチルダは少し扱いにくそうにしている。
「これで風石に触れると、触れた個所の魔力を神々に奉納することができるのです」
「神々に奉納?」
ブリミル教では始祖ブリミルに魔力を奉納などということはしない。そのためタバサは魔力を奉納するということに対して、イメージが難しいようだ。
「ともかく、試してみるのが一番だと思います。この手前の辺りは、わたくしたちが以前、試していてすでに魔力が減っているので奥の方で試すとよいと思いますよ」
ひとまずは奪った魔力は自分のものにできるわけではないとわかれば十分なはず。わたしがそう言うと、タバサたちは騎獣で奥に向かい、頭上に見える風石を杖で突く。
「風石の色が少し変わった?」
「溜められていた魔力が減少したのです」
原理は理解できていないようだけど、風石の色が変わるという見た目の変化と、魔力が減少したという事実がわかれば、それで十分らしい。上空の風石の状況の確認は切り上げて、地上でマチルダと今後の展望の話し合いを始める。
「ローゼマインの闇の神の祝詞で局所的にでも大隆起の被害を減少させられる方法が見つかったことにより、打てる手が広がった。そして、トリステインのエレオノール殿による魔法装置の改良により地中深くの風石も発見することができるようになった」
これまでは大隆起の発生が予見できても、打てる手は予め地上の人を避難させたりという被害軽減策に限られた。そして、明日かもしれないが、ひょっとしたら十年くらいは大丈夫かもしれないというアバウトな予測では、避難させるにも苦労が予想された。
けれど、闇の神の祝詞を使って風石の力を減少させることができるなら、地上の人を避難させた後で貴族で処置を行うことができるようになる。仮に風石の力を減少させきれなくとも、平民を避難させておけば被害は少なくなるし、上手く力を減少させきれれば、それは貴族の手柄となる。
いくら力を尽くしても、ハルケギニアの全ての地の風石の力を減らすことはできないだろう。けれど、被害軽減のために尽力する姿を見せれば、犠牲に対する反発も最小限にできるはずだ。
「まずは重要地点の地下の調査を行い、安全な地と危険な地の判別を行う。マチルダはすぐに準備に取り掛かってほしい」
「わかった。すぐにアカデミーにオルドナンツを送るよ」
「ローゼマイン、盗聴防止の魔術具を使ってもらえる?」
マチルダが退出すると、タバサはわたしに対してそう言ってくる。どこか思い詰めたような表情のタバサに、わたしは無言で頷いてリーゼレータに振り返る。リーゼレータがすぐにわたしに魔術具を手渡してくれた。
「ローゼマインが教えてくれた祈念式を、わたしの統治のために利用させてもらいたい」
「祈念式を行えば、自然と領民は領主に感謝をすることになりますが、それは統治に利用とは言いませんよね。タバサは何をしようと考えているのですか?」
「わたしは祈念式をブリミル教に代わる宗教儀式の一環として行うことを考えている」
「それはブリミル教を弾圧するということですか?」
わたしが聞くと、タバサが静かに頷いた。祈念式を特定の宗教の行事とすれば、その宗教は農村では特に強みを発揮するだろう。収穫量は農村の生活に直結する。現世利益があるというのは、おそらくハルケギニアでも強い。
「シャルロットはブリミル教を恨んでいるのですか?」
「恨んでいる……確かにそうかもしれない。虚無に目覚める前のジョゼフは、それなりに安定した統治を行っていた。ジョゼフがハルケギニアに混乱をもたらすような行動を行い始めた時期とシェフィールドが目撃され始めた時期は一致している。となると、虚無に目覚めたことがジョゼフに何らかの影響を与えた可能性は高い。ヴィットーリオも、虚無に目覚めなければ、あれほど狂信的な行動は取らなかったと思う」
ガリア統一戦争以来、タバサはずっと虚無の担い手と戦い続けていた。それがブリミル教自体への不信感に繋がったのかもしれない。
「何より、ブリミル教が現在の教義を変えない限り、エルフは聖地を奪った敵となる。それに科学技術をはじめとした新しいものを異端とする考えも、ハルケギニアの発展を阻害するものだと思う。何より、平民たちまで戦に駆り立てる聖戦は危険」
タバサの頭にあるのは、ロマリア軍に参加して散った多くの民兵たちだろう。ガリア内での戦いでも多くの領民兵が犠牲になったが、彼らは領主に率いられて参加していた。けれど、ロマリアでは普段は戦いとは無縁の生活をしている人たちが自ら進んで戦いの場に赴いて、ガリア軍のゲルマニア銃の前に何もできずに散っていった。そのような行為を是とするのは許容できないのだろう。
それに平賀やティファニアのことも考えているに違いない。二人ともブリミル教の教義の中では虐げられる立場だ。
何よりのリスクが、ジョゼット亡き後もタバサもイザベラも虚無に目覚める気配がないことだ。それはつまり、人知れず新たな虚無の担い手がガリアに誕生している可能性があるということだ。総合的に考えれば、タバサがブリミル教に対して否定的になってしまうのも頷ける。
「わかりました。シャルロットが強圧的に改宗を迫るのでなければ認めましょう」
ブリミル教徒には罰を与えるとかではなく、新しい宗教の行事として祈念式を組み込み、そこでの利益で緩やかに改宗を迫るなら、無用な犠牲は出ないはずだ。結局、わたしはそう考えて祈念式を新しい宗教に組み込むことを認めたのだった。