「あの子ったら、またとんでもないことを思いつくものね」
タバサからブリミル教の力を弱めるために祈念式を使うという案をオルドナンツで受け取ったあたしの感想は、関心とも呆れともつかないものとなった。
「彼女の力となったものを考えると、無理もないことかもしれないが……保守的な者たちとの対立が激しくならないか少し心配ではあるな」
あたしの隣で同じオルドナンツを聞いていたジャンが心配そうに言う。
「平民であるサイトに、平民の戦闘力を向上させるあたしのゲルマニア銃、ジャンの研究、ハーフエルフであるティファニア。あの子の周りにはブリミル教が都合の悪い者が多すぎるのよね」
ロマリアとの戦いで勝利を掴むことができたのは、ジャンの開発した“空飛ぶヘビくん”によりロマリア自慢のペガサス部隊を封じることができたことと、基本性能の底上げの上で着剣ができるようにしたゲルマニア銃を装備した平民の戦闘力の差が大きい。そのいずれもブリミル教から見れば異端ともいえるものだ。
「けれど、おそらくそれだけじゃないわね」
タバサが目指しているのは、おそらくハルケギニア史上例のない強力な中央集権国家だ。タバサはローゼマインから闇の神の祝詞というものを教わり、それにより風石の力を弱められるようになったと言っていた。けれど、諸侯が治める領土のすべてを大隆起から救うことはできない。領土を失う諸侯はどうやっても発生する。
諸侯の合議制の組織では、その際の問題には対処ができない可能性がある。困窮するのは土地を失った領主のみで、その他の諸侯からすれば、土地を失ったもののために土地や金銭を拠出するというのは自らにとっては不利益でしかない。
最も拙いのはその不利益を防ごうと力の弱い者が強い者の庇護を求めることだ。そうなると派閥争いが激化することは避けられず、最悪の場合は軍閥化してしまうことも考えられる。そのためには王家が強い力を持つしかない。
祈念式を儀式に組み込んだ新しい宗教を作り、それを王家が管理することは、中央集権国家を作ることに大きな力となる。祈念式の対象から外すということで反抗的な諸侯に実質的な罰を与えることができるからだ。加えて新しい宗教が力を持てば、潜在的な敵対勢力であるブリミル教の力を弱めることもできる。
「とはいえ、いくら宗教と権力は切っても切れない関係とはいえ、ここまで権力と関わりが強い宗教も、そうはなかったでしょうね」
まるでガリアが新しいロマリアになろうとしているようだ。敬虔なブリミル教徒を中心に反発は相当なものになるだろう。
「とはいえ、当面の混乱を収めるためには、ある程度の強権は必要だろう。わたしたちがすべきことは、力を手にしたシャルロット様が変わってしまわれないように折に触れて諫めていくことだろうな」
「そうね、あの子には変わってほしくないからね」
ロマリアとの戦いであたしがやったことは、自分の祖国を他国に侵略させることだ。そのせいでロマリアでは多くの人が犠牲になった。
あたしも、タバサも、そしてサイトのためにと思って結果的に“空飛ぶヘビくん”という兵器を開発してしまったジャンも、イリュージョンの魔法により隠した堤で洪水を起こしたルイズも、人格に対する殺人に等しい魔法を使ったティファニアも、協力という形で数々のマジックアイテムを提供したローゼマインも、皆が等しく罪人だ。それを自覚して、あたしたちは生きていかないといけないのだろう。
「そうは思っても、実際にやることは国同士の利益の取り合いなんだけどね」
あたしたちは今、ロマリアの宗教庁に滞在している。目的はゲルマニア皇帝アルブレヒト三世と新教皇に就任したマザリーニとの三者で敗戦国となったロマリアの領土割をするためだ。あたしは若輩者ながらゲルマニアの対ロマリア戦への参戦交渉を成功させた功績をもって今回の交渉の責任者に選ばれた。補佐役はジャンと外務卿のアルフォンスと財務卿のジェロームだ。
とはいえ、いきなり三者で話をするつもりはない。まずは敗戦国となったロマリアにどこまでの仕置きを行うか、先にゲルマニアと話を詰めるておくことにしている。ロマリアの抵抗を封じるための措置だ。
「まずロマリアの領土はヴァッチカーン地区のみとしようと思います」
そう伝えるとアルブレヒト三世は唖然とした表情をした。
「所属する都市の全てに加えて、首都までほとんど取り上げようというのか? さすがにそれは欲が深すぎるのではないか?」
「強欲と言われるのは覚悟の上です。けれど、これから先のことを考えたら我が国も貴国も領土は多く必要なのではありませんか? それに強い者の傘下に降らねばならないのは、実はロマリアの方だと思うのです。今のロマリアには、故郷を失うとわかって混乱が起きたときに鎮める力はないのですから」
そう言うと、アルブレヒト三世は難しい顔をして唸り声をあげた。ロマリア領内で混乱が起きれば、ロマリアから奪取したゲルマニアの領土も無風ではいられない。
「領土が広ければ広いだけ、やりくりを行う余地は増えます。我が国は特に多大な出血を強いられたので、相応のものをいただけねば困ります。その結果、中途半端な領土しか残されぬのでは、ロマリアも困りましょう。それに今を置いてブリミル教の中心を自称して勝手な異端審問権を振りかざすロマリアを潰せる好機はございませんよ」
「結局は最後が本音なのであろう。まったく、トリステインの王女といい、近頃の女子は恐ろしいな」
「お褒めにあずかり光栄ですわ。では我が国と貴国の領土の割合ですが、我が国が七、貴国が三ではいかがでしょうか?」
「ほう、我がゲルマニアはロマリアが全軍をガリアに向けた隙を突いたため、戦いらしき戦いは行っておらぬが、それなのに三割もいただいてよいのか?」
「はい、その代わりに、我が国が割譲を受けた旧ロマリアの土地で何か変事があった折には是非とも援軍をお願いいたしたいのです。無論、我が国も同じようにいたします。ロマリアは難しき土地ですので、その方がお互い、安心でございましょう?」
「確かにな。わかった。その条件を飲もう」
こうして事前にゲルマニアとロマリアへの要求事項を詰めて、あたしたちは三国による本交渉に臨んだ。
「ロマリアの領土はヴァッチカーン地区のみ。その他は全て接収……これほどの仕打ちを行うなど、正気ですか!?」
ガリアとゲルマニアからの要求として伝えると、マザリーニは最初に驚愕、続いて激しい怒りを見せた。
「無論、正気ですわ。此度の戦い、ロマリアの各都市は出陣した部隊が壊滅的な被害を受けたところもあれば、ほとんど無傷なところもございます。それは即ち、今後の各都市の力の差となりましょう。もしも力の強い都市の土地が大隆起で失われるとわかった場合、その都市の者はどのような行動に出ると思いますか? そのような行動に出ようとしているということがわかったとき、マザリーニ様は止めることができますか?」
それなりに長期に渡りロマリアを離れていて、新教皇になったばかりにのマザリーニには大兵力を動員できるだけの力はない。
「無論、今後マザリーニ様がロマリア内に確固たる地盤を築くことができたならば、管理を預からせていただいた土地も徐々に返還いたしましょう。そうなれば自然と、各都市の中でロマリアに所属したいという声は高まるでしょう。わたくしたちも、そのような都市を力で押さえつけるようなことを行うつもりはございません」
「それでも必要とあらば、ガリアは街を焼いてでも土地を守るのではないですか?」
「そのような可能性は否定しませんが、やるならロマリアが力を失っている今のうちに実行してしまいますわ」
「一つでも都市を焼けば、他の都市でも大規模な反乱が起きよう。そのような消耗戦に突入することはガリアとて望んでいまい。それゆえ懐柔の時間を欲しているのでしょう?」
「その可能性は否定いたしませんわ。そうなると、マザリーニ様が宗教庁を掌握して各都市の民の心を掴むのが先か、わたくしたちが民の心を掴むのか先かという勝負となりますね。けれど、その勝負はブリミル教の教皇という立場を得ているマザリーニ様の方が有利なのではありませんか? マザリーニ様が力を持って統治を行ってくだされば、わたくしたちは手を引くしかなくなりますので」
あたしの言葉には一つ、嘘がある。ガリアは来年にでもロマリアの各地で祈念式を行い、新しい宗教の布教を始める。ロマリアの各都市は流浪の民の流入により慢性的に食糧不足となっていることが多い。痩せた土地を肥えさせ、食料を増産させることができれば、少なくともそういった者たちからは圧倒的な支持を得られる。新宗教の支持者が増えれば、もはやロマリアに復帰を望むことはできない。
「……わかりました。どちらにせよ、今のわたしには抗うための力がない。今はその条件を飲みましょう」
そう答えたマザリーニに、あたしは邪悪なものとならないようにして、懸命に浮かべた笑みを向けた。