元ガリア東薔薇騎士団団長のバッソ・カステルモールは、その武勇で若くして騎士団長を任され、ガリアでは知らぬ花壇騎士はいないとまで言われていた。だが、カステルモールは元々は貧乏貴族の生まれで、とうてい騎士団に入れる身の上ではなかった。
そんなカステルモールが騎士団に入れたのは、今は亡きオルレアン公シャルルが、見込みがある、の一言で騎士団に引き立ててくれたからだ。その恩をカステルモールは今まで忘れたことはなかった。だからカステルモールは、恩人の娘であるシャルロットが名を奪われ、騎士団の汚れ仕事に従事させられている状況に忸怩たる思いを抱えていた。
それでも、カステルモールはガリア王ジョゼフに従順な態度を続けた。そうでなければ、ジョゼフは自分に忠実な者に騎士団長を交代させる。カステルモールの身分はオルレアン公シャルルに与えられたに等しい。シャルルが与えてくれた大切な身分をただジョゼフが気にいらないからという理由だけで捨てることはできない。
シャルロットの酷い扱いを耳にするたび、徐々にガリアから心が離れていくのを自覚しながら、それでもカステルモールは何もできずにいた。けれど、そんなカステルモールの元にマチルダと名乗る女がシャルロットからの密書を届けてきたのだ。
密書にはシャルルを暗殺したのがジョゼフであること。シャルルを暗殺して王位を簒奪したジョゼフに対して反旗を翻す予定であること。そしてカステルモールに決起の際には是非とも自分のことを助けてほしいと記してあった。
カステルモールにその誘いを断るという選択肢は考えられなかった。これまで心ならずもジョゼフに従ってきたのは、この日のためだったのだ。カステルモールはすぐに承諾する旨の返事を返すと、自分と心を同じくする八十名の精鋭騎士を率いてすぐに旧オルレアン領内のサガミールの丘へと駆けつけた。
サガミールの丘で待っていたのは、シャルロットが亡命先のトリステインで親交を深め、協力者となったというゲルマニアのフォン・ツェルプストー家の所属と名乗るエルザスと名乗る男だった。エルザスが見せてくれたのは、シャルロットが作成したという奇想天外な野戦築城の設計書だった。
これまで野戦築城といえば、あくまで攻城側が陣地への夜襲などを防ぐために、柵などで防御力をある程度まで高めるというものだった。それに比べて、エルザスが持ってきた案は何の防御施設もないただの丘に一年もの籠城に耐えうる城を作るというものだった。
あまりに常識から外れた案に、当然カステルモールも、なぜ既存の城を使わないのかと聞いた。すると、エルザスは既存の城では空からの攻撃に耐えきれないからだと言ってきた。いかにガリアの誇る両用艦隊といえど、城を完全に破壊するほどの攻撃力はない。けれど、空からの攻撃に、絶えず緊張し続けるという状況には変わりない。それでは、一年もの籠城は不可能だと言ってきたのだ。
それは、ある意味では道理だった。徐々に崩れていく城を見ていれば、完全に破壊されることはないといくら頭ではわかっていても、気持ちは弱気になる。それならば、初めから地下に堅固な陣地を構えた方がよいとエルザスは言った。
そうしてカステルモールたちは密かに地下陣地の構築を行うことになった。いよいよ憎きジョゼフに一泡と意気込んでいただけに拍子抜けの部分もあった。けれど、何もない丘に集めたのでは兵たちが動揺するため、特に忠誠心の高い者に、先に宿泊ができる場所を用意してもらいたいという意図を聞かされれば嫌とは言えない。
そうして防御施設をそっちのけで一千の兵が休めるだけの空間と、それらを繋ぐ通路を構築した。その間の必要物資はエルザスが手配した商人が届けてくれた。その際も近くの街道の木陰で休憩中の馬車から密かに降ろされ、地中に埋められた物資を夜間に回収するという念の入れようだった。
そして、カステルモールによる宿泊場所の完成の報を受けて、ついにシャルロットによるジョゼフ追討の檄が飛ばされた。同時にシャルロットがサガミールの丘に入ってくる。
「カステルモール、ただひらすらに穴を掘れという、貴族に対してあまりにも礼を失する命を受けてくれたこと、心より感謝いたします」
出迎えたカステルモールに対して、シャルロットはそう労いの言葉をかけてくれた。
「この後は急いで外堀を作ってしまいたい。敵が簡単に近づけないと思えば、兵たちはより安心できる。最初からわたしの檄に応えてくれる貴族はそれほど多くないと思う。ただでさえ少ない兵を減らしてしまうわけにはいかないから」
シャルロットはきちんと、簡単には裏切らない者と、状況によっては裏切る者がいることを把握していた。そして、その分類で自分たちは裏切らないものと信じてくれていることを、カステルモールは誇りに思う。
そしてカステルモールたちが今度は外堀を作成し終える頃にはシバー子爵やマヤーナ男爵が兵を率いて入城してきた。到着した兵たちの、ただの丘を見たときの不安そうな顔と、地下に広がる居住空間を見たときの驚きの顔は今でも思い出せば笑ってしまう。
それと同時に、カステルモールはシャルロットの筆頭護衛騎士というものに任じられた。兵が多く集まれば、中にはジョゼフによって放たれた刺客が紛れ込む余地が生じる。それを防ぐためにシャルロットの側に控え、その身を守るのが護衛騎士の役割ということだ。
カステルモールが最初は従者と紹介された女性が実は使い魔の韻竜であり、魔法で化けた姿であると知らされたのは、そのときのことだ。お世辞にも頭がよさそうには見えない女性をなぜ側に置いているのかと不思議だったが、それで理由に納得がいった。同時に護衛騎士とは主の秘密も守る存在なのだと、より身の引き締まる思いを抱いた。
その後、モローナ伯爵やリョシューン男爵も駆けつけてきて、いよいよジョゼフの軍との戦いが始まった。そこで力を発揮したのがシャルロットが持ち込んでいたオルドナンツというものだった。状況の確認が難しい地中の部隊同士だったが、このオルドナンツのおかげで緊密な連携を取ることができたのだ。
そして事前に用意していた大量の秘薬を使った罠で、二度の総攻撃を行ってきた敵に多大な損害を与えた。その際の指揮の手際は見事なもので、カステルモールはシャルロットに対する忠誠をより深くした。
その後の細々とした策略をやはり事前に用意していた策で打ち破ると、敵は丘を囲んだまま手を出してこなくなった。戦の状況が大きく変わった瞬間だった。
「カステルモール、わたしに将としての振る舞いを教えてほしい」
シャルロットがそうカステルモールに頼んできたのは、その直後だった。交戦がない中で、持久戦で兵の士気を保つためだとわかった。
考えてみれば、ジョゼフに汚れ役ばかりやらされたシャルロットは兵を指揮したことはおろか、誰かが兵を指揮するところを間近で見たこともないはずだ。わからないのも無理はない。大事なのはわからないことを認めてしっかりと教えを乞う姿勢だ。
「兵たちへの最初の声掛けはわたしが行います。殿下は皆が注目をしたのを見てから、事前に準備しておいた労いのお言葉をかけた後、軽く微笑んでいただければよろしいかと。最初はそこから初めて徐々にお言葉を増やしていきましょう」
シャルロットが人付き合いを苦手としていることは、短い付き合いのカステルモールにも理解ができていた。けれど、それも仕方のないことだろう。これまでジョゼフに睨まれていたシャルロットは、ガリア国内では迂闊に友人を作ることもできなかったのだから。
最初は本当に用意した一言を言うだけで精一杯だったシャルロットだが、毎日のように兵たちを激励するうちに徐々に慣れてきたようだ。先の戦いで武勲をあげていた兵に対して自ら称える言葉をかけるなど、徐々に将としての振る舞いもこなれてきた。
持久戦の最中もシャルロットの元にはエルザスとマチルダから敵情の連絡が届いている。外部から届けられる情報は敵軍の布陣といった貴重な情報も含まれていた。シャルロットは事前に丘を囲む敵から情報を得る手段も講じていたのだろう。
開戦前からサガミールの丘を要塞化していたことを含め、カステルモールだけでなく皆が現状がシャルロットの読み通りなのだと信じていた。だから、土の下で三か月もの持久戦に耐えることができたのだ。
「今夜、夜襲をかける」
そうしてある日、ついにカステルモールは外部から飛来してきたオルドナンツによる伝言を受け取ったシャルロットから反撃のときがきたことが告げられた。シャルロットによると、今夜、外にいる協力者がオーギャッツ侯爵の陣に攻撃を仕掛けるということだ。
「ならば我々は敵が浮足立ったところを狙い、東のクボー侯爵の陣を襲いましょう」
カステルモールの案はシャルロットに受け入れられた。待ちに待った反撃のときだ。皆がその日は早めに休息を取り、夜の訪れを待った。そして深夜、サガミールの丘に獅子が舞い降りた。