ガリアの内務卿モルガンはエルフ領である自由都市『エウメウス』を訪れていた。案内役はガリアに滞在していたエルフのビダーシャルだ。
街の外から見える港湾には、船のマストが何本も見える。ちょうど東西の接する地点にあるため、排他的なエルフの都市の中では唯一、ハルケギニアや、ロバ・アル・カリイエとの交易も盛んに行われているとは聞いていたが、その情報は間違いではなかったようだ。
街は頑丈そうな石造りの市壁に囲われている。この市壁は、何百年も前に、ハルケギニアの軍隊と争った名残のようだ。その市壁に設けらえた、大きな門の前で、ラクダに荷を積んだ商人たちが列をなしている。
エルフだけでなく、人間の姿も多い。ぱっと見では人間の街と言われても信じそうだ。
「話には聞いていましたが、本当にエルフと交易を行っているのですね」
見聞を広げるため、そしてエルフに異心があったときのため、一時的にシャルロットの護衛騎士の任を解かれ、同行しているソワッソンに言われてモルガンは頷いた。モルガンとて元々はブリミル教徒だ。その教義はそれなりに信じてもいた。
それもあってエルフに良い感情は抱いていなかった。実際、接してみたビダーシャルは明らかに自分たちを見下しており、その思いはかえって強くなった。けれど、繰り返し接しているうちに、言い方はともかくビダーシャルは偽りは言わないということはわかってきて、鼻持ちならないが信頼はできる相手と認識を改めた。
その心の変化を読み取ったのか、シャルロットはモルガンをビダーシャルが元教皇であるヴィットーリオをエルフ領まで連行する際の同行者に指名した。モルガンの役割は、このままエルフの国ネフテスの首都、アディールまで赴き、ヴィットーリオの身柄と引き換えに植物の種子やエルフのマジックアイテムを受け取ることだ。
加えて言うならば、その道中でできるだけ多くの技術や知識に触れて、それをガリアに持ち帰ることもモルガンの役割だ。そのために軍資金は多めに持たされて、珍しいと思うものはなるべく購入するように命じられている。
にぎやかな活気に満ちるエウメウスの大通りをモルガンは両脇の露店を見ながら歩く。工芸品や金属細工、宝石などの他、食品なども様々な物が並んでいるが、露店を出しているのは人間の商人ばかりだ。ハルケギニアで見ないような品は見当たらない。
「今晩の宿泊地は、この町の施療院だ」
そう言ってビダーシャルは、モルガンたちを通りの集まる広場に連れていく。そこには白い漆喰の塗られた二階建ての建物があった。看板にはなにか植物の葉のような模様が描かれている。
施療院の中に入ると、むわっとした妙な匂いが鼻をついた。どうやら、お香のようなものを焚いているらしい。建物の中は見かけよりも広く、たくさんのベッドが整然と並んでいる。ベッドはあまり埋まっていないようだ。
ビダーシャルが入り口にかかっている呼び鈴を鳴らすと、すぐに若い女のエルフが出てくる。つり上った切れ長の瞳で、ビダーシャルと同じ金髪を無造作に切りそろえている。
「叔父さま!」
「ルクシャナ、どうしてこのような所にいる?」
声を出したエルフの娘に、ビダーシャルは困惑した様子で答える。
「わたしが蛮人にすぅううううううっごく興味を持っていることは、叔父さまも知っているでしょう? 待ちきれずに来ちゃった」
「仕方がないな。客人がた、この娘はルクシャナと言い、わたしの姪だ。ルクシャナ、彼らのことを蛮人と呼ぶのは失礼に当たる。客人と呼ぶようにしなさい」
「さすが叔父さま、もうすっかり蛮人……じゃなかった客人の文化に詳しいのね」
何やら妙な感心の仕方をしているが、どうやらこの娘は人間の文化に関心を持っているようだ。そして、見た感じあまり警戒心は高くない。
「初めまして、ルクシャナ様。わたくしはガリアの内務卿を仰せつかっているモルガンと申します。こちらは従者のソワッソン。以後、お見知りおきください」
「わたしはルクシャナっていうの。よろしくね。ね、叔父さま、今日はもう用事はないのでしょう? わたし、客人に質問をさせてもらってもいいかしら?」
「客人がた、よろしいか?」
「はい。わたくしたちとしてもエルフの方と交流の仕方を学ぶ絶好の機会ですから」
「なら、お願いする。わたしは先に下がるが、何か用事があれば呼ぶといい」
そう言ってビダーシャルは席を外す。好都合だ。
「じゃあ、早速いいかしら、あなたたちって普段は何を食べているの?」
「そうですね。主食といえばパンになりますが、逆にエルフの皆さまは普段は何を召し上がられているのですか。そちらを教えていただければ違いを効率良くお教えできます」
そうしてモルガンはルクシャナの質問に答えながら逆にエルフの生活習慣を聞き出していく。ソワッソンは二人から少し離れたところで即席の文官となり、ルクシャナから聞き出した内容を必死に記録していく。
ルクシャナの質問は住居の見取り図から家具のかたちなどの生活習慣から、王政に関すること、農業、工業、商業等の社会構造まで多岐にわたった。モルガンは逆にエルフの国であるネフテスについて同様の情報を得ることができた。
「ソワッソン、長々とよく記録を取ってくれたな」
「いえ、モルガン様こそ、エルフの娘から巧みに情報を得る手腕、感服いたしました」
ようやく満足したルクシャナに解放されたときには深夜になっていたが、モルガンの心は充実感に満ちていた。それはソワッソンも同じであったようだ。
モルガンが話した情報はビダーシャルならば、それなりに知っている内容のものばかり。話してしまっても何か不利益があるとは考えられない。逆にルクシャナの口から得られた情報は、謎に包まれたエルフの国の実態を知る貴重な情報となろう。
「この情報は一刻も早くシャルロット陛下にお伝えせねばならぬ。今から二人で複写して三通としてからリュティスへと送ろうぞ」
「承知しました」
ソワッソンと二人で睡眠時間を削り、文をしたためた。そのうちの二通は伝書フクロウを使い、一通は密かに後を追わせていた北薔薇花壇騎士に渡した。
モルガンはビダーシャルについては、それなりに信用はできると思っているが、エルフ全体を信用はしていない。ヴィットーリオさえ手に入れば、用は済んだとばかりに抹殺される可能性も考えている。そのため道中で手に入れた情報は複数の手段をもって頻繁にガリアに報告することとしている。
シャルロットはエルフたちには虚無の担い手、始祖の秘宝、四つの指輪のいずれか一つでも欠けたら虚無は得られないと伝えている。けれど、シャルロットはいずれかが欠けても、それで即座に虚無が失われるわけではないとも言っていた。詳細はモルガンたち側近にも秘されているが、おそらく何らかの抜け道があるのだろう。
慎重なシャルロットは当然、最悪の事態を考えている。ヴィットーリオの身柄を預けることになれば、虚無の一部とヴィンダールヴは失われる。けれど、それで永久に虚無が失われるわけではないというのがモルガンの予測だ。
もっとも、シャルロットが虚無の可能性を完全に消さないのは、あくまでエルフ側から攻め込んでくる等の不測の事態を想定しているためで、なるべくなら消えておいてもらいたいというのが本音だ。モルガンにしてもシャルロット以外の者が急に虚無を得たから自らが民を率いるなどと宣言したら、即座に刺客を放つだろう。
ガリアはブリミルに統治されるのではなく、シャルロットと自分たちが統治する。それが国の中枢に立つ者としての矜持だ。
いずれにせよ今のモルガンの任務は、少しでもハルケギニアを発展させるためにエルフの持つ技術を少しでもガリアに届けることだ。そのために、今はまず睡眠だ。何せ明日もまた移動なのだから。
新たな国にわずかばかり心が浮き立つのを感じながら、モルガンはハルケギニアとは少し感触の違うエルフの国のベッドに潜り込んだ。