ガリアの魔王と商人聖女   作:孤藤海

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交易品の選定

闇の神の祝詞を教えたわたしたちは、そろそろユルゲンシュミットに帰還をすることにした。その前にわたしはタバサに案内され、城の一室を訪れていた。

 

部屋の中には、多種多様な品々が置かれている。まずは大量の風石。そしてハルケギニアでは広く使われているマジックアイテム。金細工や銀細工などの装飾品。これらは、来年以降のユルゲンシュミットとの交易を見据えての交易品のサンプルだ。

 

このサンプルの価値をじっくりと確認をして、アレキサンドリア側からは食料を輸出することになっている。ハルケギニアの今後の食糧不足に備えて、嗜好品よりも多くの人のお腹を満たせるものを優先して見繕うつもりだ。

 

「他に水を浄化するための魔術具もあるとは聞いていますけど、ハルトムートは作り方を知っていますか?」

 

「知ってはいますが、あれは大量の魔力を必要とします。いかにハルケギニアがメイジの数が多いとはいっても、使用を続けるのは厳しいのではないでしょうか?」

 

「大隆起は今すぐに起きるわけではありません。発生するまでに浄化の魔術具を改良する時間はあるのではないでかしら?」

 

エーレンフェストでエントヴィッケルンを行う際にも、消費魔力の大きさの問題で、浄化の魔術具は設置することがなかった。けれど、ハルケギニアの今後を考えれば、これまでは飲み水にできなかった水が飲めるようになると対応の幅が広がるはずだ。

 

「わかりました。アレキサンドリアに戻りましたら、わたしも研究を行ってみます」

 

「ハルトムートは他にたくさん仕事があるでしょう? 研究はローデリヒに命じますので、ハルトムートはアレキサンドリアのための仕事に専念してくださいませ」

 

水を浄化する魔術具はアレキサンドリアにとっては、それほど必要なものではない。上級貴族でアレキサンドリアの治世に深くかかわるハルトムートに任せる仕事ではない。たまにローデリヒの研究を見てアドバイスをしてもらえれば十分だ。

 

「こちらなどは他国と高価で取引できるのではないでしょうか?」

 

水を浄化する魔術具は今後の課題として、ひとまず目の前の品の中でわたしが目を留めたのは、繊細な細工が施された金の指輪だ。ガリアの高い技術力が見て取れる品と言えるのではないだろうか。けれど、それを見たクラリッサはゆっくりと首を横に振った。

 

「それほどの細工がなされた品であれば、身につけられるのは上級貴族くらいです。ですが、上級貴族であれば何の魔力も込められていない、細工だけの指輪を身につけることはないと存じます」

 

そうだった。ユルゲンシュミットではただの細工だけの指輪をつけることはない。せめて魔石が取り付けられる造りであれば手はあったと思うけど、これでは購買層の好みとは合わない。それでは売り物にならない。

 

「やはり一番の候補は風石になりますね」

 

魔力が込められた風石はアレキサンドリアでも間違いなく有用なものだ。それにガリア側では余っているのだ。有効活用といえるだろう。

 

「ローデリヒの言う通り、一番の候補は風石なのは間違いないでしょう。けれど、せっかくサンプルとして持ち帰って良いと言われているのですから、可能性があるものは持ち帰り、フェルディナンドとも相談いたしましょう」

 

そうして購買層と合わないものや、ユルゲンシュミットの方が優れたものが存在するものを除いて対象を選定していく。ちなみにわたしが目に留めた金の指輪は購買層に合わないとして除外された。わたしが魔石の有無に無頓着なのは、いつもフェルディナンドが装飾品に大量の魔石を使うため、魔石を足すことを考えなくなったからではないだろうか。

 

「ローゼマイン様は魔術具以外のほとんどのものに関して、価値を見極めるのが得意ではありませんか」

 

わたしが少し落ち込んでいるのに気付いたリーゼレータがすかさずフォローしてくれるけど、魔法の国のアウブをしているのに魔術具としての価値がわからないのは問題なのではないだろうか。

 

「ローゼマイン様、私やクラリッサが翻訳する必要があるという問題はありますが、こちらの国の本を持ち帰るというのはいかがでしょうか? この国の平民の技術力には目を見張るものがございます。ユルゲンシュミットの平民に伝授することができれば、他国に対して優位に立てる産業となると存じます」

 

「よい案です、ハルトムート」

 

ハルトムートに本と言われて、俄然やる気が出てきた。本が自分たちにとって大事な知識を授けてくれるものだと知れば、職人たちの識字率も向上するかもしれない。それは、わたしが目指す図書館都市に相応しい姿ではないだろうか。

 

「それでは、ローゼマイン様はそちらの椅子にお座りになってグレーティアが渡す本を簡単に確認してアレキサンドリアに必要な物を選んでいただけませんか? その間に私たちはその他の物を確認しておきますので」

 

「わかりました、ハルトムート。任せておいてくださいませ」

 

腕まくりする勢いで、わたしは椅子へと向かう。

 

「ローゼマイン様が楽しんでいらっしゃるのはよいことなのでしょうけど、これほど簡単にハルトムートに操られてよいのでしょうか?」

 

その途中、リーゼレータがぽそりと呟いた。それで、わたしは文官たちが品物の価値を確かめる間の厄介払いをされたことに気が付いた。とはいえ、今更、自分の言葉を撤回して文官たちの輪に加わっても気を使わせるだけの気もする。

 

仕方なく、わたしは各品物を選んだ理由は後で聞き取ることにして、本の選定を行うことにした。グレーティアから渡される本の内容を簡単に確認していき、数冊の本を持ち帰ることにしたところで次の本が手渡されなくなった。

 

「ローゼマイン様、そろそろ休憩にいたしましょう」

 

リーゼレータに言われて振り返ると、あらかた品定めは終わったようで、二十種類ばかりの品が一角に集められていた。

 

「そちらの品がユルゲンシュミットに持ち帰る品ということでよいですか?」

 

「はい」

 

「持ち帰り方はどうしましょう? わたくしの騎獣を使いますか?」

 

「この程度なら、ローゼマイン様のお手を煩わせずとも、騎士たちが手分けすれば持つことはできるでしょう」

 

頷いたハルトムートに聞くと、そのように回答がされた。確かに荷物の量はそれほど多くはない。男性の騎士だけで持ち帰ることができそうだ。

 

「それでは今回は騎士の皆に任せるとしましょうか。それでは、シャルロット様に持ち帰る物の報告いたしましょう」

 

持ち帰る物が決まったら呼んでほしいとタバサからは言われていた。そのため、連絡のためにリーゼレータにオルドナンツを送ってもらい、わたしは椅子に座って待つ。少しすると、タバサがキュルケを伴ってやってきた。持ち帰る物の報告はハルトムートに任せて、わたしはキュルケと話をすることにする。

 

「次に会えるのは来年になるのかしら」

 

「それくらいになるでしょうね。本来、アウブが他国に向かうのは感心されることではございませんから。次は国境門を開いての正式な取引となるでしょう」

 

「あたしたちはいいとして、長く取引を続けようと思えば、そのような方式を取るしかないでしょうね」

 

今はまだ、わたしたちの間で個人的な交換などが行われてきただけだ。けれど、これから大量の風石を輸入して、代わりに大量の食糧を輸出しようと思えば、国と国との関係になる。互いに自国の文官たちに買いたたかれていると言われないように、個人的に親しい関係にあるとは知らせない方がよい。

 

「心配せずとも、ユルゲンシュミットでもランツェナーヴェという国からの使節が到着した折には歓迎の宴などを行っておりました。そのような場で会うことはできます」

 

「ええ、あたしは可能でしょうね。けれど、それだとシャルロットとはもう会えなくなるということじゃない?」

 

わたしとタバサはアウブと女王という立場。使節を送る側と受ける側であり、自らが使節団の一員に参加することはないかもしれない。

 

「そうですね。今宵はシャルロットとしっかりと話しておくことにします」

 

わたしはキュルケにそう伝えてタバサの元に足を進めた。


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