あたしたちは城の広間でユルゲンシュミットに帰還するローゼマインたちの見送りをしていた。ユルゲンシュミットに帰還するための門はローゼマインの魔法で維持することになるため、術者のローゼマインが門を潜るときは護衛のレオノーレと二人だけになる。そのため見送りは、あたしたちも最小限にしている。
具体的にはあたしとジャンとティファニア。タバサは護衛をクリステルとソワッソンの二人だけにしている。
「それじゃあ、ローゼマイン。元気でね」
「ええ、キュルケやシャルロット様も、今後は大変だと思いますが、体には気を付けてくださいませ」
「安心して。シャルロットが働き過ぎないように、あたしがしっかり見張っておくから」
「それならば安心ですね」
そう言って笑みを浮かべたローゼマインがいよいよ世界扉の呪文を唱えた。そうして作り上げた門を今回はグレーティアから順番に潜っていく。少しでも先に戻り、ローゼマインを迎える準備をするのだそうだ。側近たちが順番に鏡のような門の中を潜っていき、残すはローゼマインとレオノーレだけとなった。
「それではキュルケ、また会えるのを楽しみにさせていただきますね」
「ええ、待っているわね」
あたしの言葉に笑みを浮かべたローゼマインが鏡の門の中に消えていく。
「行っちゃったわね」
「うん」
タバサと交わす短い言葉。それを機にあたしは気持ちを切り替える。
「さあ、仕事をしなくっちゃね。エルフの方から何かしら反応はあった?」
「ビダーシャルからはネフテスとしては対応をするつもりはないと言われた。一方で、わたしたちが手を打つこともエウメウス内に抑えるならば黙認してくれるみたい」
「自分たちのことだっていうのに、日和ったものよね。それで、タバサとしては放置をするつもりはないのでしょう?」
「うん、ソワッソン、皆を呼んで」
タバサに言われたソワッソンが側近たちに向けるオルドナンツにメッセージを吹き込み始める。その間に政治には関わっていないティファニアは席を外す。ティファニアは先日、ロマリアとの戦いで親を亡くした孤児たちのための孤児院の院長に就任したので、今日はそこで執務に励むのだろう。
長い時間を共に過ごせば、孤児たちにティファニアの心は伝わるはず。そうすれば、彼女がエルフの血を引くことなど、気にも留めなくなるはずだ。そうしてエルフに対する偏見のない子供が育てば、隔意なくエルフと交渉ができる文官に育ってくれるかもしれない。
とはいえ、ティファニアを見て夢を見過ぎるとビダーシャルのようなエルフに会ったときに面食らうかもしれない。このあたりは、難しいところだ。
「ティファニアには、もう二度と虚無を使わずに済む人生を送ってもらえればいいわね」
「いや、ティファニアは虚無を使ってもいいと思う」
「それはなぜ?」
「孤児の中には忘れたほうが幸せになれる記憶を持ってしまっている子もいるはず。乱用は問題だけど、忘れた方が幸せになれるのなら、それは選択肢の一つとすべき」
「なるほど、そういう考えもあるわね」
タバサの母は、実の娘同士が殺し合いをしたという記憶を失っているから、今は穏やかな日常を送っている。タバサの言っていることは、あながち間違いではないだろう。そう考えていると徐々に側近たち集まってきた。
部屋の中にいるのは、タバサ、あたし、ジャン、クリステルとソワッソン、アルヌルフ、モローナ、シバー、マヤーナ、オーギュスト、エドゥアルド、モルガン、ジェロームという主に軍事面を相談するときの面々に加えて外務卿アルフォンスが加わっている。これは軍事行動を行う場所が影響している。
「さて、皆も概要は知っていると思うけど、エルフの国ネフテスをモルガンが訪れた際に知己を得たエルフからの情報により、エルフの国も一枚岩ではなく『鉄血団結党』という過激派がいることが判明した。そして此度、潜入させていた北薔薇花壇騎士とエルフの協力者であるアリィーという者からの情報で『鉄血団結党』がエウメウスの街で破壊活動を行う可能性が高いことが判明した」
そこまで言ったタバサは皆を見回した。これからタバサが言うことは、かつてタバサ自身が否定した教皇の行動に類するものだ。それだけに口に出すのは覚悟が必要なのだろう。
「エウメウスは我らにとって貴重なエルフとの交易地となりうる地。その機能を喪失させる行為は看過できない。彼の地はエルフの土地ゆえ本来ならエルフが対処すべきことだが、残念なことにエルフたちにその気はないようだ。そこで甚だ遺憾ながら、我らは我らの権益を守るためにエウメウスに対して軍事行動を行うことにする」
「シャルロット様、そのようなことをしてはエルフの国との大きな戦になるのではありませんか?」
「ジェローム、心配せずともエルフたちは同胞に対して過激な行動はできぬが、一方で自らと主張に隔たりがある者が独善的な行動に出た結果、敵に討たれることはやむなきことと考えているようだ。実際、エルフからは黙認すると回答を得ている。それで間違いないな、アルフォンス」
「はっ、確かに、そのように回答を得ております」
モルガンから情報を得てすぐに、タバサはアルフォンスをネフテスに派遣し、知己を得ていたルクシャナとアリィー、そしてビダーシャルを通じてネフテスの統領テュリュークと交渉をさせた。結果として得られたのが、自ら鉄血団結党の粛清は行わないまでも、あたしたちが軍事行動により彼らを討伐することの黙認だ。
「罠という可能性はありませんか?」
「限りなく低い。わざわざ回りくどい手を打って我らと敵対する意味がわからない」
慎重派のエドゥアルドの指摘をタバサは即座に却下した。その可能性は事前に検討して、実際にエルフと接したモルガンとアルフォンスによって可能性は低いと断じられた。
「しかし、そもそもエルフどもに勝利はできるのですか?」
そう疑問を呈してきたのはリョシューンだ。
「ローゼマインから教わった闇の神の祝詞を使えば勝てる。あの祝詞を使った武器を使うことで、その場所の精霊の力とやらを失わせることができる。通常の会戦では勝てずとも、テュリュークが軍事行動を黙認してくれる今回なら、エルフの軍の到着前にエウメウス周辺の精霊の力を極端に低下させることで、エルフは先住魔法を使えなくなる」
闇の神の祝詞を使ったとしても、対象が風石の一部にすぎなくとも、一瞬で精霊の力を消すことはできない。ましてや、土地という広い場所に対して行うには相当の時間がかかる。加えて、自分のいる場所周辺にしか効果がないので、使用できるといっても待ち伏せに限定される。だが、今回はその限定的な条件を満たしている。
「おそらくテュリュークは我らの力を侮っている。だから、鉄血団結党に軽く灸をすえる程度の気持ちで許可をした。我らは、交易地を守るとともに、ここで我らの力を示し、もってエルフと対等の関係での交渉を行えるように持っていく」
戦争は外交の手段とはいうけど、今回は正にそれを地でいく行動だ。今はエルフたちは虚無さえ復活させなければ、人間相手ならどうにでもなると思っている。仕掛け込みだとしてもタバサはそれを覆そうとしている。
その警戒心がエルフとの関係をどのように変化させていくことになるのか。それは、あたしにもわからない。だが、虚無の担い手を差し出すという手段は、自国の民を他国に差し出すという行為である以上、何度も取れる手ではない。タバサは今のような一方的に見下されるという関係は、近く破綻することになると考えている。
今のところ、エルフとは生活圏が重なっていない。だから、ブリミル教の教義さえ抜きにすれば、双方ともに潜在的には敵ではないのだ。双方が適度な緊張感を持ちつつも、関係を築くことは不可能ではないはずだ。
「アルヌルフ、元東薔薇騎士団の副団長としての経歴を持つ其方に此度の特殊作戦の指揮を任せたい。各隊から選抜した精鋭騎士をもってエルフの過激派を掃討せよ」
「このアルヌルフ、しかと承りましてございます」
タバサからの命を受けたアルヌルフは、神妙な顔つきで頭を下げた。