シャルロットはベルサルテイル宮殿でアルヌルフから送られてきた自由都市エウメウスにおけるエルフの過激派である鉄血団結党の殲滅成功という報告を聞いた。事前に予測していたとおり、闇の神の祝詞を使って土地の力を目一杯まで奪った状態ではエルフは力を発揮できなかったようで、一方的な殲滅だったと言っていた。
「ブリジット、エウメウスに住んでいたエルフには手を出していないことを、アルヌルフに改めて確認を取って」
アルヌルフには事前に、元からエウメウスに住んでいたエルフには手を出さないように厳命をしていた。けれど、人とエルフは長きに渡り対立関係にあった。今ならエルフに勝てるという妙な高揚感から暴走をしない者がいないとも限らない。
その場合、相手から指摘されてから答えるのと、先に作戦中に手違いがあったと謝罪するのでは印象が全く違う。隠蔽が可能な範囲なら隠すのも策の一つだが、隠せない事実なら先に詳らかにするに限る。
そう思ってブリジットに尋ねたのだが、さすがにアルヌルフだ。初歩的な手抜かりなどはなかったようで、ブリジットからはすぐに期待以上の返答があった。
「アルヌルフからは、街に入ろうとした一団以外には手を出していないと報告を受けています。エルフのアリィーにもその場にいてもらい、確認をしてもらってから攻撃を仕掛けたということです」
「それならばいい」
アルヌルフがそこまで確認を取り、なおエウメウスのエルフに被害があったと言ってくるのなら、それはエルフ側の謀略の可能性が高いということだ。もしもそのような態度に出るのなら、エウメウス周辺の土地の力が弱まっているこの機に、速やかに武力制圧をした後にエルフと断交するまでのこと。
エルフ側の技術を得ることができなくなるという点では痛いが、元よりエルフとは対立していたのだ。それを考えれば大きなマイナスではない。加えて、エルフを出し抜いて土地を奪ったとなればハルケギニアでの名声を得られる。寿命の長いエルフは、一度、関係を築ければ長く維持できるという点を加味すれば、総合的には良好な関係を築いた方が得だと思うが、対立も絶対に忌避すべきものではない。
「さすがにアルヌルフ殿ですね」
シャルロットがかなり黒いことを考えているとは知らず、ブリジットは素直な感想を返してくる。
「アルヌルフに預けたのはガリアでも選りすぐりの精鋭たち。主の意を汲んだ行動くらい、できないようでは困る」
そうは言っても、普段ならできることができなくなるのが戦場というものだ。きちんと普段と変わらぬ行動を取れた騎士たちも、率いたアルヌルフも称賛に値する。
「ブリジット、至急、アルフォンスをネフテスに派遣してほしい。テュリュークには先に伝えていた以上の軍事行動を取っていないことしっかりと念押しするように」
アルフォンスはネフテスと速やかに交渉に移れるよう、エルフの地に近いアーハンブラ城にいる。彼にはすぐにも旅立ってもらわねばならない。
勝てるわけがないと侮っていた人間がエルフを一方的に殲滅したのだ。此度の一報は驚きをもって受け止められるだろう。それがエルフの態度を変えるか否か。この後の対応については、それを確認してからとなる。
ひとまず重要なのはアルヌルフたちをエウメウスから引き上げさせるか否か。エルフを刺激しないという意味では引き上げる方がよいが、エウメウス占領を考えたら、そのまま駐屯させた方がよい。とはいえ、これは迷う必要のないことだ。
「ブリジット、アルヌルフに撤退命令を」
エウメウスに軍を進出させるのは鉄血団結党に対応するためとテュリュークには説明をした。それを破ってしまってはエルフとの友好関係を築くこと自体が困難になる。最悪を考えることは必要だが、誠実さもまた必要なことだろう。一方で楔は打ち込んでおく。
「ただし、撤退前にはエウメウス周辺の土地の力を最大限、減少させておいて。名目は追撃を防ぐため、ということで」
ひとまず、これでエルフ対応は一段落。次の策はアルフォンスからの交渉経過が届いてからでいいだろう。シャルロットはブリジットからモルガンに視線を移す。
「旧ロマリアで隆起が発生したと聞いたけど、被害状況は?」
「発生したのは小規模な村の周辺でした。地下の風石埋蔵量も未調査の地域でもありましたので、人的な被害も少数ですが出ています。現在、旧ロマリアが保有していた艦を用いて取り残された民の救助に当たっています」
「その村は生活に足るだけの糧は得られる状況にある?」
「現在、そこまでの情報はありません。調査を行い、判明次第、ご報告いたします」
「わかった。税の減免などの措置は、調査結果が出てから考えよう」
これから先、各地の状況は厳しくなっていくことはあっても、改善していくことはない。旧ロマリアということも考えて、あまり厳しい措置にはできないが、かといって継続不可能な甘い対応では今後に差し障る。と、そこで思い浮かぶことがあった。
「モルガン、その村について主要な農地の場所と、教会の位置を調べておくよう言って」
「農地と教会の位置ですか? 理由を伺っても?」
「その村の農地のうちで、教会から最も離れている場所の近くにユルゲン教の教会を建て、そこで祈念式を執り行う」
ローゼマインから教わった祈念式を核に据えた新宗教、ユルゲン教を旧ロマリアで布教するのは難しい。けれど、ここで教会から離れた場所で祈念式を行い、ユルゲン教の教会付近では収穫量が多いという明確なデータがあれば潮目が変わるかもしれない。
「しかし、それでは村内に対立が生まれませんか?」
「多少の対立はやむをえない。それよりもブリミル教の力を弱めてロマリア再興の機運が盛り上がらぬようにできることの方が大きい」
かつて一大都市国家を形成していたブリミル教は、今はヴァッチカーン地区のみを治めるのみ。更に異端審問権など、かつて有していた多くの権限を失っている。ブリミル教への信仰心を失わぬ以上、それらに対するガリアへの反感は消えない。そのためのユルゲン教だ。緊急時だろうと利用させてもらう。
「けれど、小さな村に聖杯を用いるのは惜しゅうございますな」
「純粋な効果としては惜しいが、旧ロマリア国内に楔を打ち込めるのは大きい」
聖杯に精神力を満たすことはシャルロットをはじめとしたハルケギニアのメイジにもできるが、聖杯を作ることはユルゲンシュミットでしかできない。風石と交換で入手を進めるにしても、しばらくの間は数量不足となるのは明白だ。そのため、小さな村ではなく穀倉地帯に使うのが正しい。
けれど、未だロマリア時代に思いを寄せる者たちを恭順させ、基盤を固めることも急務なのだ。何せ、大規模な内乱など起きようものなら、せっかくの内政策も無に帰すおそれがあるのだから。
「しかし、もしも来年、聖杯が手に入らなかったときはどうなさいますか?」
「そのときは、建てた教会は変わった形の倉庫とでもするしかない」
ローゼマインのことは信用しているが、ユルゲンシュミットで大きな問題が発生しないとは限らない。そうした場合、ガリアとの約束は反故にされることもありうる。
その後、少しして村の被害はそれほど大きなものではないと判明した。直接、農地に被害を受けた者のみ、土地の面積に応じて三年間の税の免除を与えることで、村に対する措置は終えることができた。
そして、その頃にはアルヌルフが帰国し、アルフォンスからも交渉の第一報が届けられた。やはりエルフ側は鉄血団結党の敗北を予想していなかったようだが、言質を与えてくれたのはテュリューク側だ。アルフォンスはそれを盾に押し切ってくれた。
こうしてガリアはハルケギニアでは初めて、エルフとの交易を国家として開始した。それと同時に、ロマリアが溜め込んでいたサイトの国の物品の解析を進め、ガリアは技術大国としての道を歩み始めたのだった。
本編の時間軸の物語は終了。
残りは後日談。