「久しぶりに見ると、本当に壮観ね」
見上げるような大きな門が誰の手も借りずに開いて、閉じる。その光景を見るのも三年ぶりだ。あたしはここ二年は生まれたばかりの子供の側を長期間、離れることになるのが忍びなくてユルゲンシュミットへの使節団から外れていた。けれど、娘も二歳になり乳離れも順調に進んだこともあって、子供はジャンに預けて使節団に復帰することにしたのだ。
「これがローゼマイン様から聞いていたユルゲンシュミットなのですね」
「へえ、なかなか良さそうな所じゃないか」
あたしの隣でそう呟いたのは今年、使節団に初参加となるティファニアとマチルダだ。
「もうじき、院長先生がおっしゃっていたローゼマイン様にお会いできるのですね」
ティファニアの隣には一人の少年がいる。彼は現在十五歳とハルケギニアではまだ未成年だが、聡明で将来有望ということで、見聞を広めるために文官見習いとして同行させた。ティファニアのことを院長と呼ぶように彼は元孤児だ。
ティファニアとマチルダの使節団参加は、実はこの少年こそが原因だったりする。あたしが少年に使節団参加を打診したところ、少年を心配したティファニアが自分も同行すると言いだし、更にティファニアを心配したマチルダもついてきてしまったのだ。
「ティファニアはともかく、マチルダはいい加減、子離れしなさいよ」
ティファニアだってとっくに、いい大人だ。いくら初めてのユルゲンシュミット訪問とはいえ、保護者が同伴するのは異常だ。
「うるさいね、あんたも娘がもう少し大きくなったらわかるようになるよ」
「そうかしらね? 今の時点でガリアで留守番させて異国に行けるんだから、あたしは大丈夫だと思うけどね」
「今は放っておいても、たいして遠くに行きはしないからね。そのうち自由に動き回るようになれば、少しは考えも変わるよ」
「考えは変わるかもしれないけど、さすがに成人する頃にはいくら心配でも同行したりするのは控えるくらいの分別はあるつもりよ」
「ローゼマインの元にいくんじゃなければ、こんなに心配はしないよ。ローゼマインのところに行くと、いつの間にか急展開で立場が変わるから心配しているんだよ」
今度はマチルダの考えを笑うことはできなかった。ティファニアにしてもマチルダにしてもローゼマインと関わるようになってからの諸々により今の立場になっている。
「さすがにアウブに就任してからは、わけがわからない事態は起きてないから、今度は大丈夫じゃないかと思うんだけど……」
あたしにとっては使節団参加は初めてのことではない。例年、特に問題はなく交易を終えることができていた。ローゼマインがアウブに就任して年月を経るにつれ、ハルケギニアの風石を用いてアレキサンドリアは収穫量を増やしていると聞いている。
そのおかげで食料の値段も安くなっているということでガリアは多くの食料を持ち帰ることができているのだ。今年も特に何の問題もなく終わるはず。
一抹の不安はあったが、ローゼマインの治めるアレキサンドリアの城に入るときも、その後の宴でも特に何の問題も起きなかった。宴の席では久しぶりに会ったグレーティアからローゼマインが少人数でのお茶会をしたがっていると伝えられ、三日後に日程を設定してもらい、そこにティファニアとマチルダも連れていくことになった。
ちなみにお茶会には文官見習いの少年は不参加とした。ティファニアは、いてもらってもいいのに、とか言っていたが、一般的な少年にとって一回りは年上の女ばかりのお茶会の席など、参加を許されたとして苦行にしかならないだろう。
ガリアの使節団との交渉に対応するのは、昔から変わらずハルトムートとローデリヒだ。二人はハルケギニアの言語も理解できることもあり、ガリアの第一回の使節団の頃より責任者として働いている。
そのハルトムートが交渉の席で気になることを言っていた。それは、アレキサンドリアで改良が行われていた、水を浄化するためのマジックアイテムが実用に耐えられる精神力の消費量に抑えられるようになったという情報だった。
「概ねトライアングルクラスのメイジ一人で、六十トンの泥水を浄化することができます。風石五百キロにつき一つでいかがですか?」
今のところガリアでは深刻な飲み水の汚染は起きていない。けれど、それは祈念式に水も浄化する作用があるためだ。けれど、ゲルマニアでは深刻というほどではないが、若干の飲み水の不足が発生していると聞いている。ゲルマニアになら高く売れるかもしれない。
「そうね、それなら二つもらおうかしら」
一つはガリアのアカデミーで性能などの研究に、もう一つはフォン・ツェルプストー家に送ってゲルマニアでの需要を確認してもらうことにしよう。ちなみに、その場にはマチルダも同席していたが、彼女の顔は若干、引きつっていた。
ユルゲンシュミットで購入した珍しいマジックアイテムは基本的にアカデミーに送られている。このマジックアイテムもアカデミーに送られると理解できたためだろう。
そうしたマチルダにとってはあまり嬉しくはない出来事はありつつ、今回も交渉は順調に進んで、今年の交易量は延べ四十五隻と決まった。そうして交易に関する交渉を終えた翌日には、無事にローゼマインとのお茶会が開催された。
「久しぶりですね、キュルケ。お嬢さんは大きくなりましたか?」
「ええ、ローゼマインの子供に比べれば随分と小さいと思うけどね。レオンハルトって名前だったわよね。今日はいないの?」
「洗礼式を終えただけだと、普通は他国の使節の前に姿を見せることはありません。それでも本人がどうしてもと言えば、こっそり参加してもらうことも考えたのですけど、さすがに女性ばかりのお茶会は嫌みたいです」
ローゼマインは、ユルゲンシュミットでは女性の集まりに男性が混じることは皆無だと言っていた。それでは、いくら参加していいと言われても尻込みしてしまうのも無理はない。レオンハルトと顔を合わせるのは、彼の成人近くまで待つしかなさそうだ。
「それで、ハルケギニアの皆の様子はどうですか?」
「ルイズとサイトの話とモンモランシーとギーシュの二組の話はローゼマインも知っているわよね?」
「ええ、二組とも無事に結婚まで行って、ルイズは女の子二人を、モンモランシーは男の子を出産したと聞いています」
「その続報だけど、ルイズが三人目の子供を出産したと聞いたわ。今度は男の子だったという話よ」
「まあ、そうなのですね」
ルイズとサイトは宗教戦争が終わって間もなく、式を挙げた。その頃はガリアが併合したロマリアの統治に非常に忙しくしていたこともあり、あたしたちにも事後報告だった。それから少ししてモンモランシーとギーシュも、相変わらずのギーシュの浮気性に多少の紆余曲折を経つつも、無事に結婚まで至った。
と、その話をしている中でローゼマインの視線がティファニアとマチルダに向いた。その目は、二人の話も聞いてみたいと雄弁に語っていた。
「ローゼマイン、この二人には恋の話を聞いては駄目よ」
「ティファニアは、やはり難しいのですか?」
「そうですね。わたしの場合、やはり相手が難しいですから」
ハーフエルフであるティファニアは、人間からもエルフからも異種族として見られてしまう。エルフとの垣根も前に比べれば低くなったとはいえ、まだ恋愛までは難しい。エルフ側についてはより顕著で、エルフ側が人間をやや見下す傾向は改善しきれていないこともあり、人間相手よりも更に難しい。
「マチルダについては……」
「わたしが誰かと結婚をするのは、ティファニアが誰かと一緒になった後だよ」
「マチルダ。強がらないで、素直に相手がいないって言えばいいじゃないの」
「相手がいないわけじゃないのは、あんたも知ってるでしょ」
「マチルダがダメ男を拾っては真人間にして世に戻して、その後は疎遠になるっていう謎の行動を繰り返していることは知っているわ」
さすがのローゼマインも、なんとも言えない微妙な表情をしている。それを多少なりとも知っているティファニアも同様だ。
「わ、わたしのことは別にいいだろ。ほら、それよりルイズの姉のエレオノールの話でもしたらいいじゃないか」
「何かあったのですか?」
マチルダが逸らした話にローゼマインはしっかりと乗っかった。マチルダの話を深堀りしても、ろくな物が出てこないのは明白だ。あたしもそこに乗っかるのに異存はない。
女だけでのお茶会はこうして恋愛話と子育ての話をメインに進んでいった。