獅子の騎獣に跨ったフェルディナンドが一条の光となって落ちていく。直後、轟音が響いて大きな天幕一つが跡形もなく消し飛んだ。
続いてエックハルト、コルネリウス、アンゲリカの三人が剣に精神力を集めると地上へと落ちていく。三人の攻撃で三つの天幕が吹き飛んだ。その周囲にハルトムートとクラリッサ、ユストクスの三人がマジックアイテムで攻撃を加えていく。深夜の奇襲に敵陣が大混乱に陥っていることが、ローゼマインの騎獣の中から見ているあたしにもわかった。
「マティアス、ラウレンツ、下の安全を確保してください」
ローゼマインの騎獣に同乗しているレオノーレの指示を受けてマティアスとラウレンツが下に降りていく。あたしの目では確認できなかったけど、ローゼマインが言うには数人の兵がいて二人が排除しているらしい。少しして、二人から今なら安全だというオルドナンツがレオノーレの元に飛んできた。
レオノーレが頷き、ローゼマインが騎獣の高度を下げていく。地面に降り立ったら、敵将のオーギャッツ侯爵を捕縛するための戦いが始まる。あたしは腰のベルトに挟んだ予備の杖やローゼマインから譲られた回復薬というもの、そして、オーギャッツ侯爵を捕らえたときに使うように言われたマジックアイテムがあることを確認する。
ローゼマインが騎獣を地面に降ろし、入口を大きく開ける。それと同時にサイトが外へと飛び出した。
「サイトくん、突出しすぎては駄目だ」
あたしたちの走る速度はサイトには遠く及ばない。サイトに全力で進まれると、自然と距離が空いてしまうことになる。いくらサイトが魔法を吸収できるデルフリンガーを持っているとしても、囲まれることが危険なことには変わりがない。
水精霊騎士隊の皆とも一丸となって、あたしたちはオーギャッツ侯爵の天幕を捜す。場合によっては、すでにフェルディナンドたちの攻撃でオーギャッツ侯爵が死亡していることも考えられる。オーギャッツ侯爵が死亡していれば見つかるはずはないが、その場合は周囲の将兵たちに動揺が見られるはずなので気付けるはずという読みだ。
注意しなければならないのは、レオノーレから赤い光が放たれたときだ。それは撤退の合図だから、ローゼマインの騎獣の下に至急集まらなければならないと言われている。
撤退の合図が出されるのは、周囲の敵の様子からオーギャッツ侯爵が戦死している可能性が高いと考えられたとき。あるいは周囲に敵が集まりはじめており、これ以上は危険と判断されたとき。そのいずれかだ。
そのどちらの理由で撤退の判断がされたのかは、あたしたちにはわからない。だから、確実なのは、あたしたちの手でオーギャッツ侯爵を捕らえて、渡されているマジックアイテムで作戦の終了を知らせることなのだ。
あたしたちの前に立ちはだかる敵兵たちの中にはメイジらしき姿も見える。その敵の集団が、あたしたちを排除しようとしているのか、それとも足止めをしようとしているのか、それを見極めなければならない。
「やつらを通すな!」
そう思っていたところで、敵のメイジが重要な言葉を叫んだ。それは、敵の後ろに守らなければならない相手がいるということだ。
「なんとしても、ここを突破するぞ!」
ジャンも同じように考えたのか、敵集団の排除を指示する。
「敵のメイジは俺が受け持つ。皆はその他を頼む」
メイジの魔法に対して最も相性がよいサイトが敵の指揮官に向かって走っていく。暗闇の中では使いづらいと思ったのか、敵集団の中に銃兵はいない。
水精霊騎士隊の隊員はドットのメイジが多いため魔法戦闘技術は伸ばすのに限界がある。そのためギーシュたちは主にブレイドの魔法を使った近接戦を鍛えていた。相手に遠距離攻撃を行うものがいなければギーシュたちにとって、危険度はそれほど高くない。あたしはジャンと一緒に支援に回ることにして少し後方に下がる。
「三番隊、続けぇー!」
サイトの後に続いて敵集団に飛び込んだのは、ギムリが率いる小隊だった。元から接近戦を好んでいるギムリにとって、この場はもってこいの戦場なのだろう。
敵の隊長と思しきメイジが先頭を進むサイトに向かって火球を放つ。サイトはその火球をデルフリンガーで吸収すると、一気に敵の懐まで接近して杖を切り落とす。サイトは更に杖を失った敵メイジを柄で殴りつけて昏倒させた。
「全員、武器を捨てろ!」
倒れた敵メイジの首筋にデルフリンガーを押し当て、サイトが叫ぶ。サイトのことだから、おそらく本気で首を取ろうとは考えていないだろう。けれど、そんなことは敵兵は知る由もない。残った敵兵たちは顔を見合わせた後、武器を手から離す。
「マリコルヌ、ここの兵たちの武装解除を頼めるかい?」
「ああ、任せてくれ」
投降した兵たちのことはマリコルヌに任せて、あたしたちは奥へと進んでいく。その先には更に多くの兵たちが待ち構えていた。ざっと見て、五十人くらいはいる。そのうちメイジは二人だ。
「サイトくん、敵のメイジは任せてくれ」
そう言ったジャンが蛇のようにうねる炎を敵メイジに向かって放つ。炎の蛇は敵兵たちの間をすり抜け、敵メイジの持つ杖だけを焼き払った。自分たちの真横を通った炎の蛇に動揺する敵兵の隙を逃さず、サイトが敵兵の中に踊り入って打ち倒していく。
サイトの戦いぶりを見てギムリ、続いてギーシュが敵へと突撃する。敵の数はこちらの二倍ほどだが、こちらは全員が貴族だ。それに、敵方は戦いの中心になるはずだった貴族が戦闘能力を喪失していて、動揺が見られる。
ここでの局地戦では、勝つことができる。けれど、これと同じことをあと何回繰り返せるだろうか?
今回、消費した精神力はたいしたことはない。けれど、走り回って敵と接近戦を繰り返すたびに水精霊騎士隊の皆は確実に疲労している。元から魔法面に不安があるから接近戦を鍛えたのが水精霊騎士隊だ。疲労しては力を発揮することは難しい。
焦るあたしを嘲笑うように前からまた別の一団が迫ってくる。けれど、あたしたちが戦闘態勢を取る直前に、敵の上に大きな影が覆い被さった。
「第一小隊! てえーッ!」
声が聞こえたと思った次の瞬間には銃撃音が響き、こちらへと走ってきていた敵兵たちが倒れる。見上げると、ローゼマインの騎獣が敵兵の右上空に位置していた。
「第二小隊! てぇーッ!」
続いての一斉射で更に兵たちが撃ち倒される。夜間で上空までは篝火の明かりが届かないこともあり、ローゼマインの騎獣の接近に全く気付かなかった。それは敵も同じだったようで、急な敵の接近と浴びせられた銃撃に驚いた敵は慌てて逃げ出していく。
「敵の動きから敵将のおおよその位置を予測しました。その場所までローゼマイン様の騎獣でお運びしますので、騎獣の上に乗ってください」
レオノーレからのオルドナンツを聞いているうちにもローゼマインが騎獣の高度を下げてくる。騎獣が降りきるまえにサイトはあたしたちには真似できない身体能力で、騎獣の上へと飛び上がっていた。
「あたしたちもフライで上に乗るわよ」
この戦いは時間との勝負だと作戦前に何度も言われた。時間を少しでも節約するために、あたしはギーシュたちに声をかける。
「ギムリ、僕たちはサイトと一緒に行く。きみはマリコルヌの援護に向かってくれ」
少し離れたところで兵たちの武装解除をしているマリコルヌを今から回収していたら、かなりの時間のロスになる。かといって、たった十名を敵中に置いていくというのも不安がある。そう考えての采配だろう。
「では、わたしも残ることにしよう」
そう言ったジャンはアルビオンの貴族から、あたしを助けてくれたときと同じ顔つきをしていた。これは任せないわけにはいかないだろう。
結局、ジャンはギムリの隊と一緒に残ることになり、ギーシュの隊だけがローゼマインの騎獣の上へと飛び乗る。すぐにローゼマインが騎獣を高速で飛行させ始めた。ローゼマインの騎獣の左右には、もはや見慣れたマティアスとラウレンツの騎獣がいる。他の側近たちは広範に散って敵の注意がローゼマインに向かわないように陽動をしているようだ。二人の騎獣に守られながら、ローゼマインの騎獣が闇の中を飛ぶ。
「正面に見える天幕です」
レオノーレがそう言うや否や、サイトがローゼマインの騎獣から飛び降りる。あたしも慌ててサイトの後を追い、少し遅れてギーシュたちも続く。前に立ちはだかる兵を蹴散らし、サイトは天幕に接近する。
「おのれ、ここは通さぬぞ!」
けれど、その前に一人の貴族が立ち塞がる。そのメイジは無数の氷の槍を作り出し、一斉にサイトに向けて撃ち出してきた。サイトのデルフリンガーが魔法を吸収できるのは触れている部分だけ。つまり、この相手との相性はよくない。
「だったら、ここがあたしの出番でしょ」
これまで取っておいた精神力。それを使うのは今しかない。
ありったけの精神力を注ぎ込んだ炎の竜巻を作り出し、氷の槍へとぶつける。あたしの炎は敵メイジの氷の槍を燃やし尽くした。けれど、相手の実力もさるもの。できたのはそこまでで、敵メイジに打撃を与えるには及ばない。
「十分だぜ、キュルケ」
けれど、氷の槍を一掃したことで、サイトが敵メイジに突進する時間は稼げた。敵メイジが次の詠唱を行うより早く、サイトは敵の懐に入り込み、腹に剣の柄を叩き込んだ。崩れ落ちる敵には目もくれず、サイトは天幕の中に突入する。
「ギーシュ、外のことはお願い」
そう頼んで天幕に入ったあたしが見たのは、サイトに杖を斬られて震えあがっている小太りの覇気のない貴族の姿だった。
「お前、本当にオーギャッツ侯爵なんだな?」
そう問うサイトの質問にも、こくこくと声もなく頷くのみだ。
「思った以上に、たいしたことない貴族が指揮官をやっていたみたいね」
「なんでもいいよ。とりあえずこいつを人質として連れて行こう」
あまりのあっけなさに、サイトも拍子抜けしたような顔で、そう言った。
昨日投稿するつもりが忘れて本日に。
前作のときから、通算では何度目か。
我ながら、なぜこうも懲りずに忘れるのか。