元ガリア東薔薇騎士団の副団長アルヌルフは、現在はシャルロットを王に戴く北ガリア王国の副騎士団長と立場を変えている。けれど、北ガリア王国は、まだ名前だけの存在で、実態としてはただのガリア王国に対する地方の反乱組織にすぎない。
多くの人は北ガリア王国は早晩、消滅すると思っていたことだろう。だが、シャルロットの巧みな策により三ヶ月が経過して尚、敵にサガミールの丘への進入を許していない。そして今宵、シャルロットが必ず訪れると言っていた外からの援軍がついに現れた。
北の空に剣先に青白い光を纏った一頭の獅子が現れたと思うと、流星のように地上へと落下していった。その少し後には、同じような光を纏った三頭の獣が地上へと続く。
「シャルロット様、あれは……」
「あれこそ我らを助けるために異国より馳せ参じてくれた騎士! 我らはこれより彼らの奇襲により混乱せし東のクボーの陣を急襲する! すでにこの戦での我らの勝利は約束されている! 雑兵首には目もくれず、貴族首のみ狙いに行け! 喇叭を鳴らせ! 喊声をあげよ! 皆の者、出陣!」
敵に囲まれた丘で過ごした日々が、今、ようやく実を結ぼうとしているのだ。皆が一斉に鬨の声をあげる。
「氷橋をかけよ!」
シャルロットが叫ぶと同時に、昼のうちに作っておいた氷のブロックが風の魔法で運ばれていく。氷には綱を通すための楔が打ち込まれており、堀に浮かべると同時に身軽な兵が綱を渡して固定していく。
「皆の者! かかれぇーっ!」
シャルロットが杖を振り下ろすと同時に、北ガリア王国の将兵たちが一斉にクボーの陣へと襲い掛かる。
「アルヌルフ、私はシャルロット殿下の護衛につく。前線の指揮は任せるぞ!」
「お任せください、カステルモール様!」
声の限り叫んでいたシャルロットは今はカステルモールの後ろで水筒に口をつけている。アルヌルフも自らの主が今のような絶叫を苦手としていることは気付いていた。それでも、今は必要なときだと己の役目を果たしたのだ。ならば、ここから先はアルヌルフの役目だ。
「駆け抜けよ! 貴族という貴族を討ち取ってしまえ!」
既に堀を渡り切ろうとしている先陣を追いかけ、アルヌルフは氷橋を渡る。今宵の先陣はシャルロットに味方してくれた中では最上位の貴族であるモローナ伯爵だ。モローナは爵位だけでなく戦の指揮でも優れていることは、この三ヶ月の戦いの中で知っている。
サガミールの丘から一番近いところにあったクボーの陣の兵たちは、深夜にも関わらず、早くも天幕から飛び出してきている。けれど彼らはこちらに向かってくるのではなく、味方の陣の方へと後退を開始した。北のオーギャッツ侯爵の陣が奇襲を受けたことは、クボーの陣にいる見張りも気づいたことだろう。その直後に城から用意万端の兵たちが出陣してくるのだ。こちらが万全の容易で夜襲に及んでいることに気付いたのだろう。
戦歴が長くなれば、自然と戦場での鼻がきくようになる。特に意識としては指揮官の保護対象外である傭兵ともなれば、なおさらのことだ。
負け戦で頑張りすぎて命を落とすとという行為は傭兵にとって論理的な行動ではない。命あっての物種。ひとときの主のために重大な怪我を負ってしまっては、その後、傭兵として稼ぐことができなくなってしまう。
だから、傭兵たちは速やかな後退を選択した。確かにこちらは万全の準備を整えてから出陣している。けれど、そこまでだ。
おそらく傭兵隊が恐れたのはオーギャッツ侯爵の陣と同様、クボー侯爵の陣も背後から襲撃を受けること。そうなれば頼みの援軍は来ず、傭兵隊は全滅となる。そのような危険な賭けに命を懸けるようなことはできない。もっとも今回に限っては、それは杞憂だが。
最前線の傭兵隊があっけなく後退したことで、その後方に位置していた部隊も恐慌状態に陥った。歴戦の傭兵隊があっさりと後退したことの衝撃は、敵わないという思いに繋がり、雑兵から算を乱して逃げ出し始めた。
「逃げるな! 逃げる者はわたしの炎に焼き尽くされると思え!」
叫んでいる貴族に向かってアルヌルフは岩の槍を投げつけた。槍は見事に貴族の体を貫いた。それを見て、辛うじて踏みとどまっていた兵たちも我先にと逃げ始める。
混乱が混乱を呼び、クボーの陣の兵たちは総崩れになった。こうなると、貴族たちも撤退を躊躇わなくなる。元よりクボーの陣にいる貴族のほとんどは、クボーに仕えているわけではなく、ジョゼフの命でクボーに陣に加わっているだけだ。命をかけてクボーのために戦う義理はない。
このままならクボーを討ち取ることができるのではないか。そう考えていたアルヌルフの頭上に影が差す。見ると、風竜に乗ったシャルロットだった。シャルロットの後ろには護衛役としてカステルモールも同乗している。
「クボーはすでに逃走を始めている。今から追いつくのは無理だ。アルヌルフは残敵の掃討に移れ!」
カステルモールからオルドナンツによる指示を受け、アルヌルフは近くにいたシバー子爵に向けて、部下たちを残敵の掃討に移させるよう指示をする。その際にも貴族を優先して狙うように言うことも忘れない。
この戦いが終わったら、速やかに北ガリア王国の勢力を広げるための戦いを始めなければならない。そのとき、貴族がどのくらい残っているかで、ジョゼフが次の軍を遣わすまでにどれだけ版図を広げられるかが決まる。
「マヤーナ男爵は北に逃げた敵を追え! リョシューン男爵は南からサマリーノ公爵が救援に来ないか警戒せよ!」
両将に指示を出し、アルヌルフ自身はモローナ伯爵の隊と一緒に、クボーの陣にいた中でも最大の兵力を有したギャダー子爵を狙う。ギャダーの力を大きく削いでおけば、今はとり逃したクボーを降すことも容易くなる。
「北のオーギャッツ侯爵の陣を攻撃した協力者からオルドナンツが届いた。協力者たちはオーギャッツ侯爵を生け捕りとすることに成功したということだ」
ギャダー子爵の兵たちを蹴散らしていく中でカステルモールから続報が届いた。同じ連絡を受け取ったのだろう。黄色の布を巻いた北ガリア王国の兵たちがあげる歓声が聞こえてくる。
「北に布陣していたオーギャッツ侯爵は我らの手の者によって捕虜となった。其方らの指揮官であるクボー侯爵もすでに自らの領土に逃げ帰った。この戦はすでに終わりだ。指揮官と共に投降すれば命までは取らぬ」
シャルロットが叫ぶ声が遠く聞こえてくる。南で援軍に備えているリョシューン男爵からサマリーノ公爵の軍がこちらに向かっているというオルドナンツも届いていない。ひとまず、今夜の勝ち戦は確定したとみてよいだろう。
捕虜としたオーギャッツ侯爵と、今回の夜襲で手痛い打撃を受けたはずのクボー侯爵の所領を併合できれば、シャルロットの動員兵力は三千を超える。それだけだとガリア王家の動員力には遠く及ばないが、今宵の勝利は心は寄せていても実際に離反には踏み切ることができなかった旧オルレアン公派を呼び込むには十分なはずだ。
その兵力をもって近隣の制圧を進めればジョゼフに反感を持っている者からも離反者がでてくるはずだ。そのとき、北ガリア王国は他国からも認められる王朝となる。そうなればガリアの地にはシャルロットの北朝とジョゼフの南朝の二つの王朝が誕生することになる。そこから繰り広げられるのは、ガリア統一のための戦いだ。
今、自分はそんな大きな歴史の第一歩を作ろうとしているのだ。齢はすでに五十へと差し掛かろうというアルヌルフの体に、これまでに感じたことのない高揚感が満ちてくる。
「進め! 我らの手でシャルロット殿下に天下を!」
叫びながら、アルヌルフは杖を抜き、殿軍として残ったギャダー子爵の旗下の部隊に切り込みを行った。