紫煙燻らせ迷宮へ   作:クセル

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第四十話

 周囲より一段高く隆起した直径七M程の舞台を思わせる場所。

 大小複数の水晶が生えた高座の上。

 そこに倒れ伏す無数の冒険者達。『敏捷』に秀でた狼人(ウェアウルフ)も、『力』や『耐久』に秀でたドワーフも、誰もかれもが泡を吹き、痙攣し、倒れ伏している。

「はァ……ザコ過ぎんだろ……」

 倒れ伏した者達を無造作に蹴り退けながら少年に近づく小柄な人物。

 モルド一派はたった一分もかからずに全滅していた──透明状態(インビジヴィリティ)にて不可視になっているモルドを除いて。

(な、なにが起こりやがった……!?)

 口に手を当てて声が漏れるのを抑えていたモルドは、目の前を通過して少年を足で小突く小人族(パルゥム)の少女の背を見て、息を潜める。

 

 ────【煙槍】クロード・クローズ────

 

 二つ名の由来とも言える魔法。それらの情報はあまり公にはされていない──というよりは普通はしない。有名だったり、長期間活動している中で分析されて詳細が知れ渡っている冒険者の魔法もそれなりにはいるものの、クロード・クローズという冒険者が有名になったのはごく最近。

 それも魔法を人前で使用したのは怪物祭(モンスター・フィリア)の時の一回のみ。しかもそれは遠方から複数人が見た事から、クロード・クローズには三つの魔法があると一般的認識されている。

 一つ目が『増強魔法(ステイタス・ブースト)』、二つ目が『紫煙を使った拘束魔法』、三つ目は『紫煙を槍状に形成し、撃ち出す攻撃魔法』。

 神々も目にしていた事から、推測の精度は高いと思われていた。

 詠唱の時間は非常に短く、その効果と威力からして、魔力のステイタスが高いという事も予測はされている。

 モルドもその認識をしていたが、実際には全く異なる性質の魔法だった訳だ。

 『能力増強(ステイタス・ブースト)』は実際には異常魔法(アンチ・ステイタス)の効果も併せ持つ特殊魔法である。

 そして、『魔力』の高さについては《スキル》の効果によるものが大きい。効果は自身が発症している状態異常(バッド・ステイタス)に比例し、薬物の副作用や依存症等も含め、その効力を飛躍的に上昇させている──身体に過大な負荷と損耗を与えている訳であるが。

 もう二つの『拘束魔法』と『攻撃魔法』の二つは一つの魔法である。しかも、その魔法にはもう一つの魔法との凶悪な組み合わせが存在する。

「おーい、ベル。起きろ……」

 爪先で無遠慮に少年を小突くクロードの背後、戦慄したまま潜伏しているモルド──未だにクロードは警戒を解いていないのか、紫煙の槍を複数侍らせている。今は手出しができない。

 彼の内心は荒れ狂っていた。まず、間違いなく彼女──クロードはこの場で詠唱していない。

 だが、付与魔法(エンチャント)等の事前発動してから解除まで効果を発揮する魔法も無いわけでは無い。その為、この場に現れる前に魔法を発動していた可能性はゼロではない──だが、そうなると彼女は複数の魔法を同時発動する化け物という事になるわけだが──。

「うぅ……」

「ベル、起きろ。さっさと地上に帰るぞ。女神ならヴェルフ達が上手い事奪還してくれてるはずだ」

 本の近くの崖下、モルドの仲間が女神を捕らえている地点の辺りから立ち上がった照明弾を指さしつつ、クロードは紫煙を燻らせてベルを叩き起こす。

「あ、クロードさん……」

「起きろ、とりあえずまずは地上に帰る。んで、ギルドに詳細を報……告はできねェな」

 クロードが面倒くさそうに髪を掻く。

 此度の揉め事(トラブル)の大本は冒険者達による無法、ギルドに禁じられている冒険者同士の揉め事に該当する。本来であれば主神を誘拐し、強引な決闘というなの暴行行為を行ったとして相手の冒険者及びに所属派閥への罰を求めるのが筋である。

 ただ、此度の件が迷宮(ダンジョン)内で起きている、というのが大問題だ。

 本来なら迷宮(ダンジョン)内への進入が禁じられている神が、迷宮(ダンジョン)内で攫われている。本神(ほんにん)が自ら進んで迷宮(ダンジョン)に潜ってきて、『18階層』で攫われている──此度の誘拐に及んだ者達も、何かあっても神が迷宮(ダンジョン)に潜っていた事を指摘してきて、有耶無耶にされる可能性が高い──だからこそ、このような蛮行に及ぶのの一助になったのは疑いようがない。

「面倒臭ェ事しやがってまァ」

 深く紫煙を吹きながらも、残っていた紫煙の槍を霧散させるクロード。

 少年が身を起こして目を白黒させながらも、周囲に倒れ伏す冒険者達を見て、声を上げた。

「あれ、クロードさん。モルドが居ません」

「あァ? モルドォ……? そういやァ、発起人がそんな名前らしいが……居ねェのか?」

 舞台の上でベルの相手をしていた大男の事を、クロードは視認していない。舞台の下から見上げていた彼女には、声は聞こえていても透明状態(インビジヴィリティ)にて不可視となっているモルドの存在には気付いていなかった。

「モルドねぇ……」

 訝し気に周囲を見回すクロードを他所に、警戒状態から魔法を解いて油断している小人族(パルゥム)に、大男が不意打ちを仕掛けんと拳を振り上げ──クロードの視線がモルドとかち合った。

「あァ?」

「なぁッ!!」

 気のせいかと勢いよく拳を振り下ろしたモルドが驚愕の表情と共に、上半身を反らして紙一重で回避をするクロードの目を見て背筋を冷やした。

「なァンだ? 見えねェ……透明状態(インビジヴィリティ)? 随分とまァ、希少(レア)魔法(マジック)……いや、道具(アイテム)か?」

 冷静に灰色に沈んだ瞳でモルドを捉え、分析するクロード。

 冷や汗を溢れさせたモルドが再度、生意気な小人族(パルゥム)を痛めつけようと拳を振りかぶった──次の瞬間、拳を振り抜いていた大男の軸足に喧嘩煙管を横薙ぎに叩き込む。

「ぐぁっ!? なんで見えてやがるっ!」

 盛大に倒れこんだモルドの眼前、クロードは紫煙を吐き捨てながら溜息を零す──。

「いやァ……自覚ねェのか。随分な弱点じゃねェか」

 クロードが透明状態(インビジヴィリティ)に対応するのを見ていた少年は──クロードが先程まで槍にしていた紫煙を解除した事で漂う、仄かに甘味のある紫煙の香りを感じながら、僅かに漂う紫煙の中にモルドの姿がうっすら浮かび上がっているのをみて目を見開いた。

「クロードさん! その人がモルドで──」

「あァ、お前が一方的にボコられたんは透明状態(ソレ)が原因か……へぇ……」

 拳を振り被る動き──攻撃時に全力を込め過ぎて重心が浮きすぎた隙だらけの攻撃姿勢。そして敏捷や器用さを感じられない動き──それらを加味してベル・クラネルと【ステイタス】的に差がなさそうな様子な事にクロードは大きく溜息を着いた。

「あァ、まったく……調子乗ってんのはどっちなんだか──」

「五月蠅ぇ!」

 未だに自身の姿がうっすらとはいえ捕捉されているとは思っていないモルドが、今度は剣を引き抜いて攻撃を仕掛けようとし────

 

 

 

 ────その様子を外から眺める二つの視線があった。

「あの弱点は改良点ですね。まさか煙の中だと透明状態(インビジヴィリティ)が露呈してしまうとは……」

「ははは、アスフィは真面目だなぁ」

 崖上から悪趣味な舞台を眺めていた神は、眷属が作った道具(アイテム)の弱点に眉を顰めているのを笑いながら、眼下で繰り広げられる、モルドとクロードの戦闘を眺めていた。

「──ベル・クラネルの力を自分の目で確かめたい、でしたか。あの様な悪趣味な方法とは思いませんでしたが」

 【リトル・ルーキー】ベル・クラネルの力が見たい。そんな主神の我儘を叶える為に自身の道具(アイテム)を貸し出していたアスフィは、非難と嫌悪を主神に向ける。

 荒くれ者達に呼び出された少年が、一方的に悪意に晒され、暴行される。そんな、見るも堪えない悪趣味な光景を意図して作り上げた主神──そんな彼は軽薄な笑みを浮かべて呟く。

「本当は階層主あたりと戦うところを期待してたんだけどね」

階層主(そっち)の方が馬鹿げていますよ」

 階層主──正式名称【迷宮の孤王(モンスター・レックス)】。

 迷宮の特定階層に一体ずつしか生み出されない極めて強力なボスモンスターの事を指し、その階層に発生するモンスターの中では隔絶した強さを有しており、一般的に個人ではもちろん、少数パーティーで挑むのは自殺行為である。

 ──上層のそれに該当するモンスターはゴライアス。

 ギルドの想定難度はLv.4相当──Lv.2のベル・クラネルとその仲間では到底太刀打ち等できようはずもない。

「私にはヘルメス様が彼に恨みでもあるのかと思いましたが」

 わざわざ【万能者(ペルセウス)】の魔道具(マジックアイテム)の一つを与え、破落戸に等しい冒険者を嗾ける。剣姫(アイズ)達の干渉を避ける様に少年達の予定を与え、仲間から孤立させる。さらに冒険者達には見世物(ショー)にしろとさえ煽る──地上の人間(こども)の理解の範疇を超えるのは当然の事だろう。

「んー、オレなりの愛なんだけどねぇ?」

 神なりの愛だと宣う主神に、アスフィが口を閉ざした。

 ()の清濁を知る主神(ヘルメス)なりの考えがあっての事というのは、それなりの付き合いから理解はできるが──それよりも、今後の展開が厄介だ。

「あのクロード・クローズから報復される可能性が高いと思いますが」

 眼下の舞台(ステージ)上にて、主役(ベル)を差し置いて、破落戸を一人残らず殲滅し、首領たるモルドを──不可視のはずの彼──を一方的に喧嘩煙管で殴り飛ばしている小柄な少女を見て、アスフィは溜息を零した。

 経歴を調べた際に出てきた彼女の特質的に──此度の策謀を巡らせた自身の派閥に彼女からどんな反応を示すかは想像に容易い。

「んー、彼女についてはオレも想定外かな。あそこまで素早く行動を起こすとは──あぁ、ヘスティアも無事救出されたみたいだね」

 崖下の坂道を懸命に駆け上がっていく女神と、女神を救出した仲間達。

 

 

 

 下から上に振り上げられた喧嘩煙管が綺麗な軌跡を描き、剣を振り抜いたモルドの顎を打ち上げた。

「おォッ? 見える様になったなァ」

 クロードの放った一撃に大男の脳が揺さぶられ、尻餅を付いて動きを止めた。

 途中から抜剣して、どうにかクロードを仕留めんとした男は──何一つ有効打を打つことができずに一方的に甚振られ──ヘルメットを弾き飛ばされて姿を現した。

 真上に吹き飛んでいた兜が重力に捕らわれ、落ちてくる。

「ンで、テメェの透明状態(インビジヴィリティ)の秘訣はコレか」

 パシッ、と落ちてきた兜を片手で掴み取った少女は、ギラついた瞳で兜を観察し──頭を振るモルドに喧嘩煙管を突き付ける。

「コレは、何処の神から授かった代物だ?」

 装備するだけで姿を消す魔道具(マジックアイテム)。眼前で座り込む手合いには価値の見合わない──余りに高価そうな道具──ベルが持つ神のナイフ(ヘスティア・ナイフ)と同じだ。

 明らかにその立ち位置に見合わないその道具は──クロード推定、誰かに与えられた魔道具(マジックアイテム)だ。

 ベル本人に逆恨みをしているモルド達の様な破落戸──そんな財力があるのは第一級冒険者ぐらいであり、少年の知り合いの中に少年を害そうとする理由がある者はそう多くない。もう一つ考えられる理由としてはクロード自身が買った恨みにより、仲間として行動している少年が被害を被った──これは確率が低い。

 まず、クロード自身がベルとパーティを組んで以降も、地上で合流なんて真似は基本的にしない。事前準備こそ地上で行うが、合流はダンジョン内で行っているし、地上ではクロードは基本的に外套で姿を隠している。ベルとの交流について知る者は限りがある。

 もう一つ考えられる事柄として、ありえそうなのはグラニエ商会関連。彼らも相応に恨みを買う事を裏でしている。そんなグラニエ商会と取引をしているクロードへの嫌がらせ──遠回しなグラニエ商会への攻撃──をするぐらいなら、もっと別の方法がある。それに、彼にちょっかいをかける意味が分からない様な、馬鹿な真似をするとどうなるのかというのは、裏の界隈では有名な話。

 そんな事を仕出かす相手──つい今朝程に『グラニエ商会 18階層(リヴィラ)支店』の店員。イライラしていたクロードがぶちのめした彼──はありえない。そもそもそんな魔道具(マジックアイテム)を手にする手段があるなら、迷わずテランス本人を殺しに行くだろう。

 そして、テランス本人の場合、装着するだけで透明状態(インビジヴィリティ)を付与できる魔道具(マジックアイテム)があればもっと色々な事に使っているし、そんな下っ端に道具を貸す事も、存在を伝える事すらしないだろう。

 可能性を一つ一つ潰していくと、自ずと最も可能性の高い理由が出てくる。

 ──わざわざ女神を18階層まで逢引(デート)に連れてきた男神。

(ヘルメスって野郎が一番怪しいじゃねェか)

 ベルに目的があるのか──ベルの知り合いではなく初対面らしいが──最も行動を起こす理由がある神ヘルメスが怪しい。それに、出発直前に姿を消しているのもそうだし、かの派閥の団長は有名な道具製作者(アイテムメーカー)──立ち振る舞いからレベル詐称の可能性が高そうな眷属(アスフィ)を引き連れた神だ。怪しくないわけがない。

 もはや自身の中で答えを確定させつつ、クロードは頬に走る傷跡を歪ませてモルドを見下した。

「ンで、答える気ィ、あるンだろォな?」

 脳震盪を起こして立ち上がれないモルドは健気にも睨み返し、口を開いた。

「誰が答えるか──ぎゅっ!?」

 バギィッという鈍い音と共に、モルドの左腕に煙管が振り下ろされる。

「がぁあああああああああああああああああッッッ!?」

「おいおい、質問の意味がわかんなかったかナ? 答える気ィになるまで、後何本へし折りゃァ、いいんダよ?」

 生意気な返答を聞き届けるまでもなく、望む答えを出させるのであればこの方法が一番手っ取り早い──そう、暴力だ。

「クロードさん……その……」

「ベル、テメェは黙ってろ。この塵カス野郎がテメェに何したか覚えてねェとは言わせねェぞ」

 つい先ほどまで、モルドという破落戸に一方的に甚振られていた少年が止めようとするのを、クロードは不機嫌そうに舌打ちを零す。

 自身が痛めつけられながらも、その相手に慈悲の心を示す──逆恨みされて、悪意を返されるかもしれない、等と考えつきもしない善性の鏡の様な考え方の純粋な少年。あの悪意に晒されてなお、モルドの叩き折られた左腕を心配そうに見るあまりにも善良の塊。

 見ているだけで不愉快だ、とクロードは次口開いたらテメェも女神誘拐の協力者として潰すぞ、と少年を睨み付ける。

「ベル君ッ!」

「クロード、ベル、大丈夫か!」

 女神を背負い、駆け上がってきたヴェルフやリリルカ、【タケミカヅチ・ファミリア】の眷属達の姿を視認したクロードが鼻を鳴らし、紫煙を吐き捨てる。

「よォ、無事で何よりだゼ、女神様よォ」

 舞台の周囲に倒れ伏した無数の冒険者。更に加えて舞台(ステージ)の上で折れた腕を抱えてクロードを睨む一人の冒険者。

 仲間が駆け付けた時点で既に事が済んでいる状態に【タケミカヅチ・ファミリア】の面々は顔面蒼白になる──クロード・クローズを舐めていた。彼女が本気を出して自分達への報復、本気で殺しにかかってきていたらどうなっていたのかを想像してしまった。

 そんな彼らの様子等、気にも留めない小さな暴君は、モルドに視線を戻した。

「ンで、だが……モルド、とか言ったか。何時、何処で、誰に、何の為に、(コレ)を受け取った?」

「ぐぅっ……だ、誰が答えるか!」

 次は右腕か、とクロードが煙管を振り上げようとし──ベルに肩を掴まれる。

「クロードさ────げぶぇっ!?」

 ドゴリッ、とクロードの回し蹴りが少年の胴に突き刺さる。

 吹き飛び、水晶に叩きつけられたベル・クラネルを見やりつつ、クロードは苛立たし気に煙管の吸い口を咥え、口の端から紫煙を吐き出した。

「ベル君っ!」

「ベル様っ!」

 女神とサポーターの二人が叩きつけられたベルに駆け寄るさ中、ヴェルフが慌てた様子でクロードに声をかけた。

「おいおい、やり過ぎじゃねぇのか?」

 周囲の倒れた冒険者は泡を吹いており意識を取り戻す気配はない。そんな中、見覚えのない兜を片手に首領らしき冒険者を痛めつけようとしているクロード。流石のヴェルフも女神を取り戻し、相手も倒している現状、これ以上痛めつける理由はないと止めようとするヴェルフ。

 そんな彼をクロードは迷わず喧嘩煙管を突き付けて黙らせる。

「今、このモルドとかいう破落戸如きが高価な魔道具(マジックアイテム)使って、女神を攫うなんつぅ、派閥抗争の引き金を引いたんダぞ……意味わかってンのか?」

 モルド一派の行った女神の誘拐は、一歩間違えれば、どころの話ではなく。派閥抗争の引き金そのものだ。冗談では済まされないし、それを赦すという意味を本当に理解しているのか。とクロードは水晶に叩きつけられて咽こむベルを敵意を向ける。

「なァ、テメェは主神攫われたンだぞ……オマエ、犯人を突き止めて再発防止しねェ意味がわからねェ」

 女神の奪還が完了し、無事も確認できた以上、クロードとしても命を奪う事までしようとは思ってはいない。ただ、それ以前の話だ──明らかに誰かの、第三者の入れ知恵か、介入があった此度の一件。

 命を奪うまでもないが、それはそれとして情報を落とさないなら痛めつけて──拷問してでも此度の介入者を特定するのはもはや確定条件だ。

 もし次も、また次も同じ様に女神を攫う真似をされれば洒落にならない。誰が自身の敵なのか詳らかにし、対策をするなり、先制で潰すなりしなければ、今後の活動に支障をきたす──今後もオラリオで活動する以上、誰が、何の為に、女神を攫う真似をしたのか。それを突き止める必要があるに決まっている。

 その為なら、その第三者にアイテムを受け取り、唆されたのかそれとも自身の意思かは関係ない。行動を起こしたこの塵を多少──それこそ死ぬまで痛めつけてでも犯人の情報は吐かせる。

「クロード君、流石にそれは────」

 ベルの様子を伺い、打撲を負っているとはいえ命に別状がないのを確認した女神が流石に止めようと声を上げた瞬間────クロードがヘスティアを鋭い瞳で射抜いた。

「……そウか、じゃあ────契約解消だ、女神様ヨぉ」

 女神の表情が凍り付く。

「クロード君……?」

「なァ、女神様ヨ。オレとアンタの契約は覚えてンだろォよ」

 クロード・クローズと女神ヘスティアの契約。

 基本として女神ヘスティアがクロードに恩恵を授ける事を条件に、クロードは定期的に収益の一部を女神に納める事。それ以外にも細かな契約が女神とクロードの間に結ばれている。

 それは、クロードの納める金額が女神の恩恵に見合わない時には問答無用で恩恵を消し去っても良いだとか、恩恵の更新の際には追加の金子(ヴァリス)の要求権等、女神に優位なモノが殆どとなる。そんな中にいくつか、クロードの身体や命に関する契約が存在する。

 

 ────()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()────

 

 大前提、女神の命令にそれなりに従いはする。ただし、クロード自身の命を危険に晒す様な命令はしない。それはクロードとヘスティアの間に取り交わされた約束。それとは別に、クロード自身が命の危機を回避する為に行う行動────自己防衛を阻止する命令は拒否するというモノ。

 此度の一件において、女神は透明状態(インビジヴィリティ)の効果を持つ魔道具(マジックアイテム)を使用した破落戸によって誘拐されている。女神の命を握られるというのは要するに──その恩恵を受けている全ての眷属の命を握っているに等しい。

 正式な眷属がベル・クラネルただ一人のちっぽけな派閥とはいえ、女神ヘスティアは【ファミリア】に所属していない恩恵を授けたクロードとの契約がある。

 クロード自身は自らの命を守る為に、女神の救出は前提条件。更に、此度の襲撃を受けた原因を追究し、原因の解決もしくは排除をしなければならない。今後同じように女神が攫われた際、それはクロード自身の命を脅かす事に繋がっている。それの解決・排除を妨害すると言うのなら、契約違反だ。

「コイツを拷問する(シメる)のをヤめて欲しけりャァ……オレの恩恵を消してクれよ女神様よォ」

 それを止めるなら、言葉なんて意味を成さない。本気で止めたければ────恩恵を消す以外に方法はない。

 酷く苛立った様な様子で、クロードは逃げようと這いずっていたモルドの左足首に喧嘩煙管を振り下ろした。

「つッッ、ぎゃあああああああああああああああああああああああっ」

 聞くに堪えない絶叫が周辺一帯を木霊する。

 女神は僅かに怯んだのち──ゆっくり唇を噛みしめて飛び出そうとしたベルの肩を抑えて止めた。

「ベル君……クロード君の言う事は間違っていない。」

「でも、神様──あのままじゃあ」

「ベル様、クロード様の言う事は間違っていません。自らに恩恵を授けた神に手を出す、その意味は──ベル様にもお分かりになると思います」

 クロードの言い分を、誰も否定できない。迷宮内における神の恩恵(ファルナ)は命綱だ。それに手を出す──それは敬愛の有無に関わらず、クロードの様に命を懸けて迷宮攻略に励む者に対する禁忌的行動だ。それをしてしまえば、派閥抗争は回避できない。

 他の面々もクロードの行動を止める権利は無い。命を脅かされた────その原因の排除を止めるというのはつまり、クロードの命を軽視する事に他ならない。【タケミカヅチ・ファミリア】の面々は当然の事ながら、ヴェルフもその凶行を止められない。

 腕に続いて、足の骨を砕かれた──同格の冒険者とは思えない凄まじい一撃。

 振り下ろされた喧嘩煙管により、モルドの鉄靴(サバトン)が拉げ砕け、中に包まれていた肉と骨を容赦無く潰す。ほんの僅かな肉片と骨片が拉げた鉄靴(サバトン)の隙間から飛び散り──クロードは飛び散ったそれを気にする事なく、痛みで溢れかえる涙と鼻水で顔をぐちゃぐちゃにしているモルドに冷めた視線を向けた。

「ンで、もう一回だケ、聞くぞ────(コレ)は誰に貰っタ?」

 バギリッ、とクロードが握り締めた部分が砕け、罅割れた兜を見て恐怖に歪み切った表情のモルドが────悲鳴の様に声を上げた。

「──あ、あそこの崖上で見物してる男神とその眷属にだよっ!?」

 口封じをされていた。高価な魔道具(マジックアイテム)を融通してくれた神との約束が頭から吹き飛ぶほどに、モルドは目の前の冒険者(魔女)に恐怖していた。

「ほォ────あァ……やっぱ、ヘルメス(テメェ)か……」

 モルドが指差した先、舞台(ステージ)を見下ろせる崖上に腰掛けて、青髪の眷属と共に見世物(ショー)を見学していた男神(じんぶつ)を遠目に視認したクロードは、煙管の吸い口を嚙み砕いた。

「悪趣味な見世物(ショー)なんぞしやがって────【ヘルメス・ファミリア】(テメェ等)────覚悟はでキてんだヨなァ……」

 遠方の神が僅かに肩を竦めているのを見たクロードが、徐に自らの手元にある(かぶと)を大きく真上に放り投げる。

「コレ────返すぞッッ!」

 両手で握った喧嘩煙管を、大きく振り被り、ちょうど落ちてきたそれを────ズゴンッ、という軽度の地震と誤認する程の衝撃派を周囲に巻き散らした一撃が、打ち出す。

 真っ直ぐ、高見の見物をしていた一柱と眷属の元へ一直線に跳んでいき──眷属が慌てた様子で神を庇い──崖に砲弾が撃ち込まれ、土煙があがった。




 ブチギレ過ぎて一周回って冷静な思考してるクロードくんちゃん。なお、スキルの【死灰復燃(カタプレキシー)】によって過去に感じていた感情が復燃しまくっている為、超々々高補正で暴走してる模様。
 裏の裏まで読み解ける思考能力がありながら、なんで前世でミリアちゃんに気付かなかったん? って思う方も居るでしょうが、あの頃は重圧でそれ処ではなかったからですね。あの時にこれだけ冷静なら……いや、変わらないですね。クロードくんちゃんはこういう星の元に生まれてしまっているので。



 以下裏設定。

 クロードくんちゃんの前世の兄達について。

 長男は剣道の達人。常勝無敗。大会何連覇も飾った優秀な剣士。生まれが生まれなら剣豪になれる才能を持った人物。背後からの不意打ちで致命傷を負った挙句に出血死。

 次男は学術の天才。解けない問題はなく、数多くの難問とされてきた問題を解いてきた人物。クロードくんちゃんを庇って鉄骨の下敷きになり死亡。

 三男は芸術の天才。音楽も絵画もどちらも優秀な成績を残していた────が、交通事故により半身麻痺の症状に苦しんだ挙句、クロードくんちゃんに呪言を残して自殺。

 死亡順は長男→三男→次男の順。

 ちなみに三男が死亡したのは自殺なので、ミリアちゃん視点だと殺すのではなく芸術方面の才能を潰すだけにすれば命奪わなくて良いのでは?と母親に掛け合って妥協されたラインでした。なお本人が才能を奪われた絶望に耐えられない所までは想像がつかなかった模様。残当。

 ちなみに、クロードくんちゃん視点だと兄達はそれなりに仲良さげですが、兄達はバチバチに仲が悪いです。というか、(クロードくんちゃん)の取り合いに発展してます。
 才能の所為で殆どの人間から壁を作られていた(天才だから、と距離を置かれていた)彼らは、血縁とかそれ以前に候補者や血縁から敵視されている中、クロードくんちゃんだけ純粋に褒め、憧れ、ボクも同じようになれるよう頑張る!と、無垢に憧憬の瞳と努力をする姿が目に付いた訳です。しかも努力が尋常じゃなく、常人なら才能を理由に諦める所を必死に喰らい付こうとしてくる愛らしさに心奪われたわけですね。
 事ある毎に自分の持つ才覚に追いつきそうなクロードくんちゃんを褒め称え、自身が(クロードくんちゃん)の一番を自称して見えない所でバチバチに喧嘩してます。愛してはいるのですが、方向性が可哀そうな感じですね。なおその所為でクロードくんちゃんはいらぬ呪縛にかかってるんですが。

 クロードくんちゃんが前世で三人の兄に追いつけなかったのは器用貧乏みたくなってたのも多少はあります。がっつり一つにのめり込めばワンチャンあったかもですね。三人の兄が見えない所でいがみ合って弟を取り合ってた所為で一つの事に集中できなかった事もありそう……。まぁ、最後の最後、本当にここ一番といった所でほんの一歩どころか半歩届かずに滑り落ちるのがクロードくんちゃんなんですが。

 まぁ、一番悪いのはバチバチに競い合わせて蟲毒みたいな事していた本家なんですが。
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英雄になれない元勇者(作者:ダンまち=スキー)(原作:ダンジョンに出会いを求めるのは間違っているだろうか)

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総合評価:4472/評価:8.32/連載:14話/更新日時:2026年05月08日(金) 20:30 小説情報


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