【伊アオ】「伊之助とアオイのほわほわもみじ狩り」【鬼滅の刃二次創作】   作:?がらくた

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第一話 平穏な日々、回帰しない命、少女の啜泣

始祖の鬼、鬼舞辻無惨を倒してから、最愛の家族を鬼に惨殺された鬼殺隊員たちに、心の平穏が訪れる。

それからほどなくして産屋敷家率いる鬼殺隊解散の知らせを耳にした鬼殺隊の面々は、滅の文字が背中に刻まれた黒の隊服をを脱ぎ捨て、それぞれの生活へと帰っていった。

―――鬼に奪われたものは、もう戻らないというのに。

 

 

 

あれから数ヶ月。

胡蝶しのぶとひっきりなしの怪我人がいた蝶屋敷も、今はカナヲ、アオイ、なほ、すみ、きよの5人だけしかいない。

炭次郎、善逸、伊之助がよく寝ていた三床の寝台。

休息によって体力の落ちた隊士たちを再度鍛え直す、機能回復訓練に用いた道場。

それに屋外の鍛錬にも励める、広大な庭。

5人で住むにはあまりにも広すぎる屋敷で暮らしていると、アオイは一抹の寂しさを覚えると共に、自らの罪と罰を知った。

(結局、私は願うことしかできなかったな。鬼のいない平和な世界を……)

感傷に浸るアオイの心とは対照的に、空は憎らしいほどの晴天が広がっている。

彼女の隣では胡蝶姉妹の継子であり、幼少期から溢れんばかりの鬼狩りの才能を嘱望(しょくぼう)された天才少女、栗花落カナヲが、アオイと同じように洗濯物を干していた。

 

「家事ができないと、お嫁にいくのも苦労するんだから」

 

アオイがそういうと、心に誓った相手がいる彼女は、無頓着だった炊事や洗濯、掃除など、意欲的に取り組むようになった。

カナヲは両目を失明している。

胡蝶姉妹の仇である上弦の弐・童磨戦と、炭次郎が鬼と化した際に使った花の呼吸・彼岸朱眼によって。

だが蛇柱・伊黒小芭内の相棒であった鏑丸の手を借りれば、どこに何があるか、誰がいるか、ある程度の判別がつくようだ。

炭次郎らがいる雲取山は、東京最高峰の山。

下山しないと他に人家はないし、四人の共同生活とはいえ、いつも彼らを頼れるとは限らない。

彼女も、私にばかり家のことを任せていては駄目だ。

アオイは心を鬼にして、盲目のカナヲに鞭を打つ。

昔は柱に等しい実力の彼女と、一般隊士にもなれない自分を比較して、アオイの心はざわついた。

自分で自分が嫌になった。

彼女への鬱屈した感情は、今でも完全に晴れてはいない。

(これはカナヲのためを思って言ってるの。私がカナヲを気に食わないから、大人しい彼女をいじめてる訳じゃない)

 

「どうかした?」

「ううん、何でもない」

 

洗濯物を干す手を止めると、払拭した筈の仄暗い感情が、アオイの心の深い傷を抉る。

鬼殺隊でありながら、戦うことのできなかった腰抜け。

誰かから、そうなじられた訳ではない。

自分なりの努力と隊への貢献を、蝶屋敷の皆は分かってくれている。

だが頭では理解していても、薬学の師であるしのぶすら救えなかった命が彼女の手の平から零れていくと、アオイは自分を責めずにはいられなかった。

(私が任務に出ていれば、この人も死なずに済んだんじゃないか)

自分一人で戦況が変わるなんて、鬼殺隊最強の柱でもないのに、ずいぶん傲慢な考えだという自覚はあった。

けれども、彼女は夢に見ずにはいられなかった。

隊服を誇らしげに着て悪鬼を討つ、己の姿を。

 

「そろそろ伊之助が来る時間。邪魔者の私は失礼するね」

「ちょっとカナヲ! 私と伊之助さんは、そういう関係じゃないから」

 

カナヲが満面の笑みを浮かべ、その場を去ろうとした。

かつては劣等感から彼女と上手く接することができずにいたのに、冗談を言い合う仲にまで発展したことに一番驚いたのは、他ならぬアオイ自身だ。

死が常につきまとう環境から平穏な日々が戻ってからは、彼女たちの張りつめていた心の糸は緩みきっていた。

言い合いをしていると猪突猛進、猪突猛進、猪突猛進というダミ声が、アオイの耳にまで届く。

その声は徐々に屋敷に近づいてきて、最後の

 

「猪突猛進」

 

が響き渡ると天空から猪頭の少年、觜平伊之助が屋敷の庭に綺麗に着地した。

 

「伊之助さん、ちゃんと屋敷の入り口から入ってください! なんでいつも塀を飛び越えてくるんですか!」

「うるせぇな。壁ブッ壊してねぇんだから、どうだっていいだろが。それよりアイツいねぇのか」

 

辺りをきょろきょろ見渡すと、どこか棘のある物言いで彼が喋りだす。

アイツとは、カナヲのことだろうか。

いつもは彼女に見向きもしないのに、どうしたというのだ。

アオイは首を捻った。

 

「何ですか、その言い方。もう天ぷら作ってあげませんよ」

「小うるさいチビが。権八郎からアイツに伝えろって言われてんだよ!」

 

(なんだ、伝言か)

彼の興味関心が、自分から映っていないことに気がつくと、アオイの胸は何故だかじんわりと熱くなる。

 

「カナヲなら、伊之助さんのすぐ横にいますけど……」

「は? よく見えねぇんだけど」

「被り物、外せばいいじゃないですか」

「嫌だ。これは大切なもんだから」

 

伊之助は猪の被り物の目を通して世界を見ているが故に、視界が狭い。

そのせいで彼は、カナヲが近くにいても気がつかなかった。

 

「えっと、私に何か用?」

「健太郎から伝言だ。今度、お前に会いに来るってよ」

「……え。本当に!? 何月の何日!?」

「日付まで聞いてねぇわ。まぁ、楽しみはとっておけよ。無理に着飾らなくても、豚太郎はそんな小さなことで怒らねぇし」

「ありがとう、伊之助。ゆっくりしていって」

 

言葉数は少ないが、拙いながら感情を表現するようになったカナヲが、炭次郎の名を聞いた途端、ほとんど視力のない瞳を輝かせる。

眼を見開かせて多弁になったかと思えば、次の瞬間には呆然としたりして、まさに恋をした少女と形容するのが相応しい。

病衣の隙間から顔を覗かせる鏑丸も、新しい主人の嬉しそうな表情を見るや否や、舌をチロチロさせて喜び、アオイまで顔が綻んだ。

 

「伊之助にお茶出すから、なほちゃんたちの所にいってくるね」

「カナヲ、一人で大丈夫? ついていくよ」

「おい、別にいいっつってんだろ。ちょっと山から降りてきただけだし。それにやたら優しくして、俺をホワホワさせるんじゃねぇ!」

「ちょっと山から降りてきただけって、どんな体力してるのよ……」

 

呆れ気味にアオイが呟くと

 

「当たり前だろ。なんたって俺様は山の王なんだからな。これくらい晩飯前だ」

 

と、伊之助は大笑しながら言葉を続ける。

こういう騒がしい毎日も悪くない。

忙しくしている間だけは、何も考えずに済むから。

 

「すいません、伊之助さんは適当な所に座ってて下さい。カナヲ、貴方は目が見えないんだから、もう少し安静にしてないと」

「アオイ、苦労かけてごめん」

 

小言を言いつつも、彼女がカナヲの手を引くと

 

「そういや、しのぶもそんなこと言ってたぜ。お前、しのぶみてぇになってんな!」

 

鬼が消えても、失った手足や命は元に戻らない。

人間が鬼になる悲しみの連鎖を断ち切った炭次郎が、病床で口を酸っぱくして言っていた台詞が、しのぶという単語を切っ掛けに、アオイの脳裏に蘇る。

(私の家族やしのぶ様、岩柱様、炎柱様、霞柱様、恋柱様、蛇柱様。それにお館様や数多の隊士たち。誰もが譲れないもののために命を賭した。だから私だって頑張らなきゃ)

急に立ち止まったアオイに、カナヲが何事かと彼女の顔を覗き込んだ。

 

「具合でも悪いの? 横になる?」

「大丈夫。カナヲの方こそ平気? しのぶ様たちが亡くなって寂しくない?」

「……私だって自分が弱くて情けないと思うよ。もっと鍛えてれば、しのぶ姉さんが死なずに済んだって思うよ。でもアオイやなほちゃんたちが親切に助けてくれるのに、いつまでも泣き声は言ってられないから」

 

アオイよりも遥か高みにいるカナヲは、彼女の目を見据え、自分が弱くて情けないと卑下した。

心に折り合いがつくまでは嫌味と感じたであろう台詞にも、今のアオイは嘘偽りがないのを、素直に額面通り受け入れられた。

大事に育ててくれたカナエが鬼に殺され、師のしのぶからは直接仇の鬼の餌になると告げられる残酷な運命の前に、どれほどの悲しみを、私とそう変わらない華奢な体に押し込めていたのだろう。

その悲しみを否定するでも、無かったように振る舞うでもなく、ただ受け入れるまでに、彼女は鬼との戦いを経て成長していたのだ。

それに引き換え、私は勝手に落ち込んで、勝手に苦しんで、なんて愚かなんだろう。

退屈で平凡で、しかし気の置けない友人や慕ってくれる三人娘が傍に居続けてくれる日常が、何より愛しいことを知ると、アオイの瞳からは大粒の涙が溢れ出す。

馬鹿野郎、馬鹿野郎……。

泣きたいのは前線で、多くの人の死を目の当たりにしたカナヲと伊之助さんの方だろう。

年端もいかない三人娘だって、大事な人を鬼によって次々奪われ続けてる。

泣くな、泣くな……。

 

「ア、アオイ?!」

「ったく世話が焼けるな、このチビは」

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